藤臣功の初恋






それは目の前にふわりと落ちて来た
サクランボのコサージュの白い帽子…

おれは少し焦って、それが落ちて来た方を見上げる
高い歩道橋の上の彼女は
その行方に気づかず、ただ…ただ泣いていた
悲しげに…
何かを求めるかの様に
何かを諦めるかの様に

トクン…

突然沸き上がってきた感情が
何なのか、よくわからず
帽子を手に、おれはただ立ちすくんでいた







制服から、同じ学校の女の子とはわかっていた
女の子の存在などに興味を持ったことなどなかったためか
少し難航したが
やっと、見つけ出した
昨日の彼女を

だが何と言えば良い…

相変わらずぶっきらぼうに
「見つけた…おまえだ」

彼女は喜んでくれたのだろうか?

放課後、彼女が俺を捜していて…
騙されて不良達に連れて行かれたと知った時
普段めったにないほどの強い怒りがこみあげてきた

もし何か彼女に取り返しのつかない事が起こったら
それはおれの所為なのか…

トクン…

不良達の行き先はすぐにわかった
無事に彼女を救えた…良かった、本当に

しかし心とは裏腹な言葉が口に出てきた
「このばかやろう!」

心配したんだ
何かあったら、どうしようかと
怒鳴るつもりなど、決してなかったんだ

けれど彼女は、
「ごめんなさい、わたし、帽子のお礼を言おうと思って
 ごめん…ごめんなさい」
その瞳からぼろぼろと涙を落として
おれから逃げる様に去って行った

そんなつもりでは…なかったのだが…

おれは生まれて初めて
押さえることも、割り切る事もできない
不思議な感情を持て余し
ひどくうろたえていた


次の日
怒鳴ってしまった事を あやまろうと
彼女の姿を探した
けれど彼女は、おれの姿が視界に少しでも入ると
びくっと回れ右して逃げていってしまう
授業前も、休憩時も、放課後も…

いったいおれはどうすればいいんだ

その日の剣道部の練習は散々だった
集中なんかできない
できるはずがない

他の部員達もおかしいと思っていたようだが
さすがにおれに直接それを言う勇気のある者はいなかった

だが顧問の先生に、道場の外に呼ばれた

「どうしたんだ、藤臣。おまえらしくないぞ」

一日中一人で悶々と悩んでいたせいか
普段のおれらしくなく
心に抱え込んだものを
つい、漏らしてしまった


「は、おまえが一目惚れとはなあ
 いったい誰なんだ、その娘は?」

「え、志野原…?」

「そいつはおれの担任しているクラスの生徒だが…
 …ん、そうか志野原か…」

お前らしいな…と先生は笑った

先生は、薄暗くなった校舎を見上げると、
「今日は、そうだ彼女が日直だったか…
 あいつのことだから、まだ終わっていないだろう…」

「藤臣、彼女に謝りたいのなら機会を作ってやってもいいが」

あいつ今一人暮らしだ、と
唐突に先生が言った

「志野原には注意するように言っているが
 あいつは少々頼りなくて、少し心配なんだ」

昨日、のこのこと不良たちについて行った彼女を思い出し
ひやっとした

「志野原のこと護ってやれ、藤臣…」

藤臣功に異存は無かった


どこかその辺に隠れていろ、と言った先生は
しばらくすると彼女を 印刷室へ連れて入った

そしておれを呼んだ



彼女は相変わらずおれを怖がっていて
出来るだけ距離をおこうとし
話しかけるとびくびくする…

おれはおれで
謝るどころか
優しい言葉ひとつかけてやれない


前掛けを渡してやろうとしたおれに怯え
おれと一緒に転んでしまい
おれの道着を汚してしまったと謝りながら泣く彼女が
切なくて…愛おしくて…


やっとおれは彼女に「悪かったよ…」と謝ることができた

彼女もわかってくれた…と思う

道着をどうしても洗うというので、逆らわずに渡した
もうおれのことを怖がってはいないようだった
それがひどく嬉しい

先生が帰りに中華料理屋へ 連れて行ってくれた
彼女の言動がおかしくて笑ったおれを見て
彼女はびっくりしていた
目を合わせたら何故か赤くなっていた

送らなくていい、と言う彼女の言葉に
別に先生の目配せが無くても送るつもりだった
声をかけるのがためらわれて
離れて後ろから付いて行った






それから学校で彼女と会うと
怖がらずに会釈してくれるようになった
おれは意識して彼女を探していたんだが
あいつにそれがわかっていたかどうか…


だがどうしてもあいつに想いを打ち明ける事はできなかった
あの日まで…


体育大会の日

あまり運動は得意ではなさそうだとは、思っていた
走った後、きつそうな顔をしていたので、心配になった

けれども客席に微笑んでいた…
今日は姉さんがきてくれると、嬉しそうに話していたな
姉さんを安心させたいとも言っていたし…

無理した笑顔はその為なのか?

彼女の心から笑顔がみたい…
おれに向けたそれであれば、尚更だ

借り物競走で「恋人」の札をひいた彼女が、
困って立ちすくんでいた

躊躇など何もなかった…
気がつくととび出していた

周りがどんなに騒ごうと、
そんな事はどうでも良かった

ただあいつの気持ちを知りたかった…

「いや……か?」

「いっいやじゃない、決して」


嬉しかった
この世のすべてに感謝したくらいに

「じゃあ、姉さんを安心させてやろう」


「これからこいつの心配は おれがするから安心してくれ」

何の面識の無いおれにいきなりそんな事言われて困っただろうな
志野原の姉さんも

だが志野原は、姉さんに心配させまいと必死だったから
つい、あんな言葉が出てしまった

彼女が笑ってくれるなら
どんなことでもするつもりだ…

何ものにも代えられない大切な ひとを手にいれたのだから

ただ大事に、護っていこうと
おれは心に決めた







Chizumi & Fujiomikun
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