涼くんの入園式







独自の方針で4歳児から受け付けている
かなり名門ともいえる幼稚園の入園式だった

入園面接を通ってこの場にいる親子は皆
晴れがましい顔をしている

そんな中でちょっと目立つ母子がいた

4歳児とは思えない落ち着いた雰囲気の
整った顔立ちの男の子と
対照的に落ち着かなげに、どうしていいかわからず
きょろきょろと辺りを見回す母親の二人だ

案内係に促されて
受付で手続きをしているが
母親はどうも頼りない


地元の普通の幼稚園で構わなかったのだけれど
夫の兄に唆されて
受験してみたら受かってしまった

面接時に、やたら緊張してドジをしまくる母を
常にフォローしている息子が
試験官には好印象を残した
というのが真相だったが…

周りは結構エリート家庭が多く
その雰囲気に千津美は完全にのまれている


新入園児達は所定の席に座らされ、
親は保護者席へ向かう

しかし千津美は席に座ろうとした途端
「きゃあーっ」と叫んで
椅子ごとひっくり返ってしまった

「ああん、もう…」
倒れたままふと顔を上げると
夫と良く似た息子の顔がそこにあった

母親の悲鳴を聞いて駆けつけたようだ

「かーさん…」と言って手を差し出す

もちろん彼には千津美を引き起こせる力はない
けれども千津美はそんな息子の手を握ると…
自力で立ち上がった

「ありがとう、涼」

汚れたスカートをはらっていると
隣に座っていた人が、倒れた椅子を元通りにしてくれた

「す、すいません…」

いいよと、笑ってくれる
なんだか、その母子の様子がとても好ましくて
手助けしてやりたくなったのだ



「こらこら、だめでしょ、勝手に席を離れたら」
先生がきて、涼の手をつかむと連れていった


わ…私のせいで涼が怒られた
落ち込む千津美だった

気がつくと、母親だけではなく
父親や祖父母までもがたくさん参列していた



本当は涼の父親も今日休みを取って
一緒に来てくれる予定だった…


けれど昨夜遅く電話があった

「今日は帰れない…」
無口な夫は、いつもそれ以上は語らない

けれど昨日はさらに
「涼にすまない…と、伝えてくれ」
辛そうに続けて、切った


お仕事だから仕様がない
わたしには理解出来る
もう慣れている…


用意した夕食にラップをかけて
冷蔵庫にしまいながら
千津美はどんと、落ち込んでいた

明日、涼にそのことを告げねばならない
そのことがひどく重荷に感じた


今朝、起きてきた涼は
父親の気配のない様子に
千津美が話す前に全てを悟っていたようだった

「ごめんね、涼…」
しおれて語る母親の背中をぽんぽんと叩いて
朝食を食べ始める


涼は誰よりも父親を尊敬していた
自然と仕草や考え方も
父親と似てくる…

父が誰よりも大事に想っている母親だったから
涼は母親を悲しませるようなことは絶対しない
無理をしているわけではなかった
ただそうしたいのだ…
父親と同じように母親が大好きだったから



功は決して涼を甘やかしたりしないが
とても子煩悩な父親だった
どんなに疲れて帰ってきても
子育てを手伝う
赤ん坊の頃はおむつを替えたり、お風呂に入れたり
決して嫌がらずに引き受けた


涼に離乳食を与えているのを
たまたま遊びにきた章に冷やかされた

「おいおい、功クン…」
くすくすと笑う

「赤ちゃんに食べさせる時はな
 普通ニコニコして『お口をあけて、アーン』
 とか言いながらやるもんだよ」

やってみせろよ、とからむ兄を無視して
真面目な顔で食べさせる功と
真面目な顔で食べてる涼に

笑いが止まらない章だった




入園式が終わり、園児達は教室に行った
オルガンに合わせた子ども達の歌声が聞こえてくる

園庭にクラスの保護者が集まって
係の選出をした

一番の世話役には
もう3人目だよ、これで
と笑うベテランのお母さんがなった

あれこれ行事の担当など決めたが

会計係は 誰も受けたがらず
いつのまにか千津美が担当することになっていた



話し合いは終わって、
保育終了時間まで未だ間があり

保護者達は所在なげに
園庭をぶらついていた


「あなた…」
近くにいたお母さんに声をかけられた

「同じクラスよね…たしか」

「あ、はい。さくら組です」
千津美は答える


「息子さん、随分しっかりしてるのね」
ちょっと笑いながら彼女が言った

さっきのあれを、見ていたんだ

「母親が、この通りドジですから…」
赤くなっててうつむく千津美に

「でも、すっごくきれいな子ね、
 将来いい男になりそう」

「うちのムスメの彼氏になってくれないかしら…」

「は、はあ…」

「あら、お母さんとしては複雑?」
からかうようにいう

「いえ、そういう意味じゃないです」
あわてて千津美は言う

「でも、あの子…あんまり笑ったり、ふざけたりしないんで
 女の子に避けられちゃうんですよね」

「まあ、4歳児にして硬派ってわけ」
あまり信用していないかのように笑った



その時、下駄箱の辺りが騒がしくなり
子ども達が一斉に飛び出してきた

嬉しそうに母親に抱きつく子や
やっと親と会えて泣き出す子で
辺りは大騒ぎになった


涼は千津美をみつけると
いつもと同じ落ち着いた態度で近づき
母親の手を取った

この母子が手を繋いで歩いていると
なぜか子どもが母の手を引いているように見える


園門では保育士達が帰って行く親子を見送っていた
けれど彼女達は何故か落ち着かなげにそわそわしている

「あ」
涼の表情が突然、子どもらしい無邪気なものに変わった
門の近くにある大きな木に身体を凭れて
腕を組んだ父親の姿が見えた


仕事がやっと終わって来てみたが
式は終わっていたので、ここで待っていたのだった


「とーさん」
駆け出していって飛びつく
そんな涼を片手で軽々と持ち上げると

「悪かったな…涼」
と謝った

ううん、と首を振って
涼が言った
「ぼく、かーさんまもった」

男なのだから、かあさんをまもってやれ
と父親にいつも言われている

「よし、よくやった」
頭をぽんとされて、嬉しそうに笑う

そんな二人に千津美が近づこうとすると
さっき話していた母親が通りかかって

「ちゃんと笑ってるじゃないの」
と言う

ちらと、良く似た父子を見て
そう、大きくなったらああなるのね…
「悪くないわね」
と意味不明の言葉をつぶやいて去って行った

きょとんとしている千津美に
涼を 抱いてる功が近づき
「帰ろう」ともう片方の手を差し出した

3人は仲良く家路についた






Chizumi & Fujiomikun

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