ユミのミニ日記3

X月X日

おとうさんはいろんなひとから「かほご」だといわれます
あたしには「かほご」のいみがよくわかりません
だからきょうきいてみたのです…





「…ったく、イザークの過保護につける薬はねぇのかよ…」

バラゴが呻くような声でぶつくさと言った


警備隊の仕事を終えて、誘われもしないのにイザークにくっついて
ノリコたちが待つ家へやってきたバラゴだった
ジーナがグゼナのゼーナの所へ行って留守なので
なんとなくアゴルも一緒に来ていた



「わーい…おとうさん、おかえりなさい」

子供たちが大喜びで飛びついて…父親を迎える


「おかえりなさい…イザーク」

ノリコも台所から顔を出した…


「…」

その瞬間…その秀麗な眉をひそめたイザークは
腕に抱き抱えていた子供を降ろし
腰や足にしがみついていた小さな手をそっとはずすと…
台所の入り口から動こうとしないノリコへ駆け寄った


「あ…あの…イザーク…」

悪戯が見つかった子供のような気まずい笑顔をノリコが浮かべる

「見せてみろ…」

後ろで組んでいた手を渋々ノリコはイザークに見せた

「あのね…全然たいしたことないのよ…」

ノリコの手の甲に一筋の小さな赤い痕があった
先ほど熱い鍋にうっかり触れてしまったのだった

一緒に料理をしていたガーヤは
冷たい水で手を冷やしているノリコを見ながら
すでにこの先何が起こるか予想できて…
ため息をついたものだった


案の定…

ノリコの火傷の手当をしたイザークがもう今日は何もするなと言っても
もうすぐ終わるから…とノリコは料理の続きをしたがって…

つきあいきれない…と口論を始めた二人を台所に残し…
ガーヤは アゴルやバラゴと一緒に食卓で食前酒などを飲み始めた



「あれほどの過保護が無自覚って言うのがすごいな…」

今さらながらも…アゴルが感心したような顔をした


「ノリコはもう3人の子供の母親だって言うのにねぇ…」

ガーヤは…それはそれでいいとは思っているのだが…




「かほご…って何…?」
「おわっっ」

突然、ユミが弟たちと遊んでいた机の下からひょっこりと顔を出したので
バラゴがそのいかつい顔に「びっくり」を貼り付かせる


「…ねぇ…バラゴおじさん…」
「うーん…」

期待に目を輝かせているユミにじ…っと見られて
答えをひねり出そうと…バラゴはぽりぽりと額を掻いている

「それはだな…じき日が暮れるから遠くに行くなとか…
 そんなことを…いちいち言ったりだな…」

助けを求めるようなバラゴの視線に…
アゴルは一緒に旅をしていた時のイザークを思い浮かべた

「足元が危ないから気をつけろ…
 みたいなことを、うるさく言ってたな」

「ちょっと…その…体調が悪いとさ…
  動くな…じっとしてろとか…ね」

ガーヤはノリコが最初に妊娠した時…と言おうかと思ったが…
当の本人がお腹の中にいたことなので…少しだけ言葉を濁した


ふーん…とユミは小首を傾げる

「でも…そんなことだったら…
 おとうさん、あたしや弟たちにもいつも言うよ」


「それだっ…」

我が意を得たり…とバラゴは指を鳴らした

「ノリコはもう一人前の大人なのによ…
 おまえらみたいな小さな子供と同じように
 あれこれ言ったりしたりするだろ…」

それが「過保護」だとバラゴはユミに言う


「あたしたちと…同じ…?」

おとうさんがあたしたちと同じようにおかあさんにすること…?


「それって…おててつないで歩くこととか…?」

頭の中でくるくると考えをめぐらせていたユミが
急にひらめいたように言った

「…この前ね…森を抜けて湖まで行った時にね…」

はしゃいで走っていく弟たちを
ユミが…こらぁ…と怒りながら追いかけた

本当に危ないことになれば…
おとうさんが助けてくれるのはわかっていたけど
いっぱしにお姉さんぶりたくて頑張っていたユミが
ふと後ろを振り返った…

大して危険な道ではなかったのに…
おかあさんの手を握ってゆっくりと歩くおとうさんの姿が…
嬉しそうに微笑んでいるおかあさんの顔が…
ユミの目の奥に焼き付いたのだった



「イザークはノリコと手をつないで歩くのか…」
「手くらい…普通につなぐだろ…」

面白そうににやりと笑うバラゴを
アゴルが、止めておけ…と視線で制するが…

「そっかなぁ…ユミ…他になんかないか…」

なにかとイザーク達をからかうことが多いバラゴだったので
ユミからなにか面白いネタでもを引き出そうと
意気込んでいるのが丸わかりだった


そんな大人たちの思惑をよそに…
大真面目にユミは考えている

「うーんとね…」

ノリコによく似たしぐさでユミが握った手を口に当てた

「お膝にだっこもかなぁ」

「お…」

思いがけない収穫に目を光らせたバラゴに構わず…
ユミは話し続けた

「あたしや弟たちをね…
 おとうさんよくお膝にだっこしてくれるのよ」

「そ…それを…ノリコにもするのか…」

アゴルはなぜか照れて赤くなっている

「うん…この前もね…」


暖炉の前の床に座り込んで…本を開き
覚えたての文字をつたないながらも一生懸命…
弟たちに読み聞かしていたユミの耳に
くすくすと笑うノリコの声が聞こえてきた

ユミは頭を上げて声のする方を見ると
長椅子に座っている父親はその膝の上に母親を乗せていた

楽しそうな母親のおしゃべりを黙って聞いている父親…
それはごくありふれた光景だった

いつもの位置関係が逆転していて…
ノリコは首を下に曲げてイザークの耳元に口を寄せている
何か話しては可笑しそうに笑うノリコの腰を
イザークは両腕でしっかりと抱えていた



「…あ…でも…やっぱ、あたしたちとは違うかも…」

その時のことを思い出してユミは遠い目をしている


「なにが違うんだい?」

すっかり呆れているガーヤはため息まじりに訊ねた


「お膝の上でね…おしゃべりしてるとね…
 おとうさん…おでこにチュッてしてくれるの…」

嬉しそうにユミは…自分の額を指差した

「さすがに…ノリコにはそれはしないんだね…」

「うん…おかあさんにはお口だもん…」


「…」
「…」
「…」


「それにチュッじゃなくてね…もっと長いから…
 おかあさん…おしゃべりが出来なくなっちゃうのよ…」

さすがのバラゴも…言葉もなくぽかんと口をあけていて…
アゴルは片手で頭を抱えている

「…ったく…イザークは子供の前で…
 いったいなにしてるんだい…」

こめかみに怒りのマークを浮き上がらせ
両手をぐ…っと握りしめているガーヤを
ユミは不思議そうに見た




「お待たせ…」

明るいノリコの声が聞こえてきた


「あれ…どうしたの?」

手におおげさな包帯を巻かれているノリコが
自分を見るガーヤたちの視線がおかしいことに気づいた


「あのね…おとうさんの『かほご』のお話ししていたの…」

ユミが楽しそうに母親に報告した

「もう…いっつも… 」

散々言われ続けていたことなので
ノリコは気にも留めずにいる


「あ…そうだ」

急に何かを思いついたユミが母親から視線をガーヤたちに戻した

「お洋服を着替えさせてくれるのも…そうかな?」

「え…」
「もうお止し…ユミ」

わけがわからずに説明を求めて自分を見るノリコには答えず
ガーヤがユミを止めようとしたが…


「なんの話だ…」

ノリコの後ろで料理の入った鉢を抱えたイザークがユミに訊ねた
台所でノリコの代わりに料理をしていたらしい…


そんな父親の問いにユミはにっこりと笑って答えた

「あたしが…恐い夢見た時のことだよ…」

もうはっきりとは覚えていないけれど
恐ろしい化物が出て来たような気がする…
そんな夢をみてユミは目を覚ました

おねえさんだし…もう小ちゃい子供じゃないと自負するユミは
恐い夢を見たことくらいで両親に泣きつくのはためらわれて…
でも…やっぱり恐いので…せめて顔だけでも見たいと…
そっと気配を消して両親の寝室へ向かった

さすがのイザークも…
本気で気配を消したユミのことは…
部屋へ入ってきて初めて気がついたのだった

ノリコを組み敷いていたイザークが振り向いた

「ユミ…?」

それを聞いたノリコが… がば…っと起き上がると
汗をかいたから寝衣を着替えようとしていたのだと…慌てて言った


「おかあさんは夜目がきかないから…暗闇ではボタンが上手くはずせないの…
 だからおとうさんが脱がせてあげてた…子供みたいだよね」

それも『かほご』なのかと…ユミは真顔でガーヤたちに訊ねる


訊かれた当人たちは…
それぞれが明後日の方向に目を泳がせていた…

寝室に鍵くらいかけろよな…バラゴは心中毒づく
アゴルは、ジーナがここにいなくて良かった…と胸を撫で下ろしていた



「あたし…」

ユミの話の途中から顔を伏せて固まっていたノリコが
くるりと向きを変えて…

「用があるので…」

いつものノリコらしくない…
一本調子な声でそれだけ言うと…
しおれた様子でトコトコ…と部屋を出て行った


ドン…と料理の鉢を食卓に置いたイザークが
さっさと食べて早く出て行け…という視線で皆を睨んでから…
ノリコの後を追って行った


「やっぱり…」

ユミからとんでもない話を暴露されても平然と構えていたくせに
ノリコが部屋を出て行った途端…顔色を変えて後を追ったイザークを見て
バラゴは確信したように頷いた


「あいつの過保護につける薬はねぇな…」




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