ユミのミニ日記4


X月X日

きょうがっこうですてきなおはなしをせんせいがしてくれました
あたしはすっごくかんどうしたので
おうちにかえったらみんなにおしえてあげようとおもいます
うまくできるかな…




今日はガーヤ、バラゴ、アゴル父娘の他に
アレフとグローシア、バーナダムも来ていた

暖炉の前にはいつもは本を読んでくれる姉に期待して…
弟達が集まってきた…
ユミが…えっへんと咳払いした

「今日は本は読まないで…学校で聞いたお話をします…」
「ごほんないの…」
「ないけど…本よりすっごくいいお話なんだよ」


「あら…どんなお話なのかしら…」

グローシアが面白そうにユミに訊ねた

夕飯後はいつも…居間でくつろぐことになっている
お酒やお茶などを飲みながら…皆がユミを見た

さすがに今は…膝にこそ乗せてはいないが…
イザークはしっかりとノリコの肩を抱いて長椅子に座っている


まったく…
子供が三人もいる自分の女房を…しかも自宅の居間で…
「おれの女」モード全開で周りを威圧する必要もないだろうにね…

アレフは相変わらずなイザークに半分呆れながらも…
ノリコに興味を示さないイザークが想像できないのも事実だが…と
一人納得しては楽しそうにぷっと笑ってグローシアに横目で睨まれた


「話せ…ユミ」

グラスを口に運びながら…
相変わらずの無表情でイザークが言った


命令形かよ…
子供にはもっと違う言い方があるだろ…

とバラゴも呆れる…

だが子供向きの言葉遣いをするイザークなど想像もできねぇ…と
こちらも一人で納得している



「…あるところに、一人の男の子がいました」

弟たちだけでなく…大人たちからも興味を示され…
ユミは意気揚々と話し出した

「その子はね…おとうさんやおかあさんから嫌がられて…
 おうちの中でもひとりぼっちで…寂しく暮らしていたの…」

「おとーさんとおかーさん、そのこ…キライなの?」

両親から目一杯の愛情を注がれている弟は…
そんなことは信じられないというように…姉に問いかける

「うん…可哀想だけどね…」
「どーして…」
「それはね…」

ユミは一呼吸置くと…少し重々しく語った

「その男の子の身体の中には…
 『てんじょうき』っていう化物がいたからなの」


バチッ…

イザークが少し乱暴にグラスを机の上に置いた
ノリコは青くなってイザークにすがりつく…

大人たちの間が一気に緊張感に包まれたことを
ユミは気づいていない…


「『てんじょうき』はね…世界で一番強くて怖い化物なの…」
「そんなのがからだにいて…そのこ…へーきなの…?」
「うーんと…きっと平気だったんだよ」

かなりいい加減に答えると…ユミは話を続けた

「でもね…その子はおとうさんとおかあさんのことが大好きでね…
 だからおうちを出て行ったのよ」
「だいすきなのに…?」

どうして…と訊く弟に
ユミは…うるさい…といなした
本当は…自分もよくわかっていないのだ


「ユミ…もうその話は…」
「え…」

ガーヤがユミの話を止めようとするが…
イザークが遮った

「…構わん…続けろ、ユミ」


なんだろう…と大人たちを不思議そうに見たユミだったが…
弟たちに催促されて…再び語り始めた

「え…と、その子はね自分の中の化物がいつ出てくるか怖くって…
 ずっと一人で旅していたの…」


いつだって…不安と恐れでいっぱいで…
自分を支えるのが精一杯だった…そんな日々

イザークは不安そうな瞳で自分にすがりつくノリコを見ると
安心させるように微笑う

それは…もうずっと昔のことだったから…


「それでね…『めざめ』が現れるって…占者たちが占ったから
 その子…もう大人になっていたから…その青年は
 『めざめ』を消そうと会いに行くんだよ…」
「めざめ…?」
「『めざめ』はね…『てんじょうき』を起こしちゃうの
 そしたら…その青年はね…化物になっちゃうんだよ」
「だったら『めざめ』ってわるいやつなんだ…
 それで消しちゃったの?」


ビクっと震えたノリコの肩を
イザークは大丈夫だ…としっかりと抱きしめる


「…ううん…それが違うの…」

ユミはうっとりとした表情になった

「『めざめ』は…何も知らない女の子だったから消せなかったのよ…」
「…?」

なぜ姉がひどく嬉しそうにそう言うのかわからない…と
小首を傾げる弟たちに…ふふん…とユミが笑った

「青年と女の子が出会ったんだから…」

おませな調子でそう言うと…
少し年上の優越感をひけらかす

「らぶらぶになるに決まってるじゃない…」


イザークはう…っと口に手を当てる
ノリコは赤くなってうつむいてしまった

大人たちのそれまでの緊張が一斉に緩んだ
中には顔を覆って肩を震わせている者もいる


「らぶらぶ…?」

意味がわからずに…問い返した弟に…
うーん…とユミが頭をひねる

小さい弟たちは「らぶらぶ」の意味がわからない…
自分だって…涼くんのことがなかったら…
きっとまだ知らなかっただろう


「らぶらぶはね…男の人と女の人が仲良くすることなのよ…」
「…ぼくとおねえちゃんみたいに…?」
「ちょっと…違う…」

どう説明していいか考えながらユミは周りを眺めた
仲良く寄り添う両親の姿が目に入って…にっこりと笑う


「らぶらぶってね…
 おとうさんとおかあさんみたいに仲良しなことだよ」

弟はなんだかわかったようで…わからなくて… 再び訊ねた

「『てんじょうき』と『めざめ』はおとうさんとおかあさんみたいなの…?」
「うん…そうだよ」


我慢ができなくなったアレフが…
ダッシュで部屋を飛び出していった

…ホントにアレフったら…笑いが堪えられないんだから…

呆れたようにグローシアが首を振りながら立ち上がった

「ごめんなさい…あたしたちもう失礼するわ…
 ユミ…良かったら、いつかまた続きを聞かせてね」


アレフさん…どしたんだろ…

不思議そうに見送ったユミだったが…
再びお話の世界に戻る…


「女の子はね…青年のことが好きになって告白したのに
 最初は…青年はすっごく冷たくって…女の子は落ち込んでたの…」

お話の前半ではヒロインは薄幸…というメルヘンチックな展開が
ユミは結構気に入っている

「その女の子のことを他の男の人が好きになったりするのよ…」

恋のライバル出現というシチュエーションも乙女心がくすぐられる

「…でも、女の子は青年のことしか好きじゃなくって…
 その人…すぐフラれちゃうんだけどね…」


「悪い…」

バーナダムが頭を掻きながら…立ち上がった

「おれ…用があったの忘れてた…」
「…」

肩を落として部屋を出て行くバーナダムを
ガーヤたちは気の毒そうに見送った


「本当は青年も女の子のことが大好きだったんだよ」

ユミはらぶらぶな世界に浸っているが
弟たちには…全く理解できない…

「どーして…すきなのにすきっていわないの…?」
「だから…一緒にいると化物になっちゃうんだったら…
 それが怖くてなかなか言う勇気がなかったの」
「…よわむしなの…そのせいねん…」
「…そうかもね…」

あっさりとユミは弟の言葉を肯定した


「…」

イザークは片手で頭を抱えている…

「あはは…ユミ…決して君のおとう…」

アゴルがイザークをかばおうと思わず口を滑らすが
皆からじろ…っと睨まれ…慌てて自分の口を塞いだ

おとうさんてば…

ジーナはこれ以上父親が失言を重ねないよう…
アゴルの腕を引いて帰って行った


アゴルさん…何が言いたかったんだろう…

ユミはちょっとだけ気になったが…
すぐに忘れてお話を続ける


「それでもね…青年もやっと告白して
 ふたりはやっと仲良しになったんだけど…
 青年が『げんきょう』につかまっちゃうのよ」
「げんきょう…?」
「『げんきょう』はね…青年を『てんじょうき』にして
 この世界を支配しようとするの…」

でもね…とユミはにっこりと笑った

「『めざめ』が…助けにくるのよ…」
「めざめがたたかうの…?」
「めざめはただの女の子だから…戦えないの」
「じゃぁ…どうやってたすけたの…?」
「 …愛の力よ…」
「?」

母親が真っ赤になったのに気づかず
ユミはうっとり…と両手の指を祈るように組んだ

「あい…って、つよいの…?」
「あったりまえじゃない…」
「つよいのに…たたかえないの…」
「そういう意味じゃなくってね…」

コホンと…ユミはもったいぶるように咳払いをする
ここが一番ユミのお気に入りの個所だったから…

「あのね…女の子の青年が好きって気持ちが
 青年の中にあった光の力を目覚めさせたの…」
「…?」
「それでね…『げんきょう』もやっつけちゃうのよ」

めでたしめでたし…とユミが締め括った


なんだか妙にあっけない…と
ノリコは肩すかしを食った気がする

「ひかりのちから…なにそれ…?」
「知らないったら…でも『てんじょうき』よりもっと強いんだよ」


おまえにもそれがあるのだが…ユミ…

イザークが密かにひとりごちた…


「てんじょうきはどうなったの…?」

そう訊かれてユミは困った…

先生…なんか言ってたっけ…

はっきり言って先生の話の中で
「てんじょうき」と「めざめ」のらぶらぶにしか興味がなかったユミなので…
その他の部分はよく覚えていない

ユミはどんな質問でもいつもきちんと答えてくれる父親を見た

「おとうさん…知ってる、この話?」
「あ…ああ」

やっぱりおとうさんはなんでも知ってるんだ…
ユミはそんな父親を誇らしく思った

「『てんじょうき』はどこいっちゃったかわかる?」
「…まだその青年の中にいるのだろう…」


ふーん…そうか…でもそしたら…
ユミは少し心配になった


「じゃぁ…いつかその青年は化物になっちゃうの…」
「それはない…」
「どうして」

イザークの口元がにやりと上がる

「目覚めがそばにいるからな」
「!」

父親の答えが乙女なツボにヒットして…ユミは瞳を輝かせた

「めざめといると…どーしてばけものにならないの…?」

小さな頭を傾げて訊ねる弟を優しく見つめながら…
イザークはきっぱりと言い切った

「愛の力だ…」



この野郎…
なにしれっと言ってやがるんだ…

バラゴがくっと拳を握りしめた



ユミはもう有頂天でワクワクしていた…

「二人はずっと一緒で…ずっとらぶらぶなの…?」
「当たり前だ…」



なにが…当たり前なんだい…

ガーヤは呆れてため息をつく



「おとーさんとおかーさんみたいに…?」
「ああ…そうだ」

上の弟に短く答えると…
イザークは隣で真っ赤になって固まっているノリコを抱き上げ膝にのせた


「…らぶらぶ…とーさん…かーさん…」

下の弟までが片言ででそう言いはじめた…


「そういう話だったはずだな…?」

そう問われて恥ずかしそうに頷いたノリコに
イザークは唇を重ねる


ガーヤとバラゴは…いつの間にか部屋から消えていた






* 注
学校の先生は政情なども絡め、数々の困難をくぐり抜けた二人が世界を闇から救ったことも話していましたが、ユミは二人が想いを寄せ合ったというところだけにポイントをおいていて、かなりの部分が省略されています。ただし先生の話も言い伝えられていることだけなので、目覚めが異世界からきたことや具体的な場所などは特定されていないかなり曖昧な内容になっています。





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