出会い その後 父の想い4


「ま…まって…」
ノリコによく似た女の子が追いつこうと必死になってそう言う

前を歩いていた男の子が、振り向いて黙って差し出した手を
女の子は嬉しそうにつかんだ




「…」

二歳になる男の子の手を握ったイザークが
面白くなさそうにそんな二人を見ていた

なんだか小さい頃のノリコと功が仲良くしているように見える



「涼はね…普段は女の子と遊ばないのよ…」

「そうなの?」

「うん…他の子とちがって、ふざけたり笑ったりしないから
 女の子にとっては一緒にいても楽しくないみたいでね…」

男の子のお友達もあまりいないんだけど…



「でもユミちゃんといる時の涼はなんだか嬉しそうに見える」


功がしばらく研修旅行に行くので
千津美が涼を連れてこっちへ来ていた

ユミと涼は四歳になっていた


「それにしてもユミちゃんは、日本語上手だね」

ノリコはちゃんと教えているのね、と笑って言った

「うん…将来のためにねっ」

「将来…?」

「あっ…その…」

ノリコは焦って言う

「イ…イザークはふた…じゃなくてユミが
 将来どちらでも好きな世界に暮らせばいいと…」

「えーっ、もう、そこまで考えてるんだ、イザーク」

すごいと感心する千津美にノリコはどう答えていいかわからない


「でも、ノリコ偉いよね…」
千津美はノリコが抱えている乳飲み子をあやしながら言う

言葉も習慣も違う異世界で、家族もいないのに
子どもを産んで育てて…

「イザークってば相変わらずだったの?」

「うん」

他人から見れば過保護…ノリコにとったらひどく優しいイザークだが
ノリコの妊娠初期にはその傾向が著しくなる

3人目を身籠ったとわかってしばらく仕事に来なくなったイザークに
さすがの事務官もあきらめて首を振っただけだった


「イザークは自然に任せようと言ってるし…」
あたしは、イザークの家族がひとりでも多くなる事が嬉しいんだ…

いつものようにニコッと微笑んでノリコが言う
何人子どもを産もうが、相変わらずノリコの笑顔は娘時代のままだった


「でも、千津美のほうがすごいよ…」

千津美は、涼を育てながら通信教育で必死に勉強して保育士の資格を取った

「で…でも、まだまだ実地経験をつまないと
 なかなか雇ってもらえないんだ…」

今は、涼と一緒に毎日近くの保育園に通って補助の仕事をしている

「マンションのローンもあるし、これから教育費もかかるだろうし…
 わたしも少し頑張らねば…などと思ってしまうの」

相変わらず、保育園でもドジばかりなんだけど…
笑って千津美がそう言った

「偉いなぁ…」


功は警察官で忙しい身だ
千津美は家事も子育ても全てをひとりでやって、働いてもいるんだ

一見頼りなさそうな千津美だけどあたしよりずっとしっかりしている


ここにはイザークにもあたしにも、家族はいない
けど、それ以上に親切でおせっかいな仲間がいた
あたしったらそんな恵まれた環境で甘えてるなぁ…

いけない…
比べたって何の意味もない

千津美は彼女が置かれている環境で一生懸命頑張っているんだ
あたしはイザークや子どもたちのために
今できることを精一杯していけばいい…



「あ…でも、功くんがね…」
頬を赤らめて千津美が言った

「そろそろ二人目いいんじゃないかって…」

「えっ、ホント?」

「せっかく働き始めたのに…
 でも、働くのは後でいいって…そう言うんだ」
引っ越して部屋も増えたし…

幸せそうにそう言う千津美を見ながらノリコは
無愛想さではお互いひけを取らないイザークと功を思い浮かべる

千津美やあたしが…幸せな毎日を過ごせるのは
そんな彼らがとてもあたしたちを大切にしてくれるおかげなんだ


しばらく二人は子ども達が遊んでいるのを見ていた

「涼は、こっちのほうが好きみたい…」
ぽつりと千津美がつぶやいた…

「え…?」

「ユミちゃんだけの所為じゃない…
 あの子、この世界の方が性に合うみたい」

功も実はそうだったんだ…
あの時の彼は、本気でここに残りたいと考えていたと思う

でもあと一歩が踏み越えられずに、自分たちの世界へと戻っていった

その彼に性格もそっくりな涼は
きっとこっちが気にいってるんだろうな

ゲームやアニメに興味のない涼は
木に登ったり、虫を観察したりとひとりで自然の中で過ごす事が多い

自然の多いこっちで、同じように自然の中で遊ぶのが大好きなユミちゃんと
楽しそうに過ごす涼を見ていると、このままここにいてやりたくなる

「それに、イザークが教えてくれる剣もすごく好きみたいよ」




「それなら、こっちで生活すればいい…」


いつの間にか傍にきていたイザークがそう言った

「おれが面倒見てやる…」

…イザークったら…
ノリコがきっと睨みつけるが…イザークは気づかないふりをする

ジーナが占った事をイザークが教えてくれた時に
二人の事は二人に任せてあたしたちは口を出さないようにしようと
約束したはずなのに…

「涼がその方がいいんだろ」
しれっとイザークが言った


さっきまで妙に不機嫌そうだったイザークが
急に楽し気になったので、千津美は不思議そうな顔をした

「それから、千津美」
「はい」

「次に産むのは、あんた似の女の子にしろ…」

そう言ってイザークは手をつないでいる男の子を見た
その子はどちらかと言えば、イザークに似ていた

「?」

キョトンとしている千津美の横でノリコが頭を抱えていた…





イザークが小さな子供用の剣で涼に稽古をつけている


「やけに熱心だな…」
バラゴが感心して言った
「警備隊に教えるより数倍熱心だぞ…」

「あの子に将来剣士としてこっちの世界で生活して欲しいんだろ」
可笑しそうにアゴルが言った

「まあ、こないだあんな事があったばかりだしよ…」
「涼には強くなって護ってやって欲しいんだろうな…」



ユミがぼんやりと剣を習っている涼を近くで見ていた

「ユミちゃんは女の子だから剣は習わないんだね…」
「う…うん、でもイザーク…少し考えているみたい…」
「え…ガーヤおばさんみたいな女剣士にするの?」
「そ…そうじゃぁないんだけど…」

ノリコがひどく複雑な顔をする

「ユミちゃんは可愛いし
 将来は素敵な人が出来て護ってもらえるほうじゃない…?」
「そ…そうだね…」
「?」

ノリコの態度が少し変だと思ったけれど
千津美はいつもの癖で深く追求しない


ノリコは数週間前の出来事を思い出していた





ジェイダ左大公が隣国グゼナの首都セレナグゼナへ行くことになった

だがそこで予定されている両国間の締結事項に反対するグループが
左大公暗殺を計画しているらしいとの情報が流れた
ゼーナやジーナも誰かを特定できないが
そういう人たちがいるということを占った





「なんだ…あれは…」

グゼナの王宮付属迎賓館の警備隊長が
近づいてくる馬車を見て不思議そうにつぶやいた

ザーゴ国左大公の馬車が来るという知らせがあったので、門まで迎え出たのだが…

「向こうにはテロ計画のことは伝えてあるんだろうな…」
「はい、確かに…」
副官が答えた


通常でも左大公クラスの馬車には15〜20名程度の護衛がつく
ましてや暗殺計画があるというのならば
50名の護衛がついたとしても不思議ではない


左大公とはそういう人物だ


だが今こちらに向かってくる左大公の馬車には
前後左右に一人ずつ計4名の警備隊員が配備されているだけだった

「本当にあれが左大公の馬車なんですか?」
副官も訝って訊ねた

「ああ…間違いない」

ザーゴ国の紋章がある馬車に普通の者は乗れまい
…だが、この非常時に紋章つきの馬車とは…
普通の…それとわからない馬車で来るかと思っていた

しかし先頭に馬を進めているのは
顔見知りのジェイダ左大公の警備隊長だった


「やあ、お久しぶりですね」
相変わらず如才のない笑顔でその彼が挨拶をしてきた

馬車が止まったので、踏み台を置いて扉を開けた


「!」

いきなり小さい女の子が飛び出してきた

「ユミ!気をつけて…」
赤ん坊を腕に抱えた若い女が後から続いて降りてくる

最後に二歳児くらいの男の子の手を握ったジェイダ左大公が現れた

「…」


警備隊長は左大公の手を取ることを忘れて、呆然と突っ立っている

「ああ…彼女は…」
左大公が少し視線を外して言った

「ゼーナ殿の知り合いで…
 会いたいと言うので一緒に馬車に乗せてきたのだよ」

「では…彼女たちはゼーナ殿のお屋敷の方へ…?」

そう訊ねる警備隊長の肩がポンポンと叩かれた
振り返るとアレフがにっこりと笑っている

「彼女と子どもたちもここに泊まらせて欲しいんだけど…」
そして少し声を落として

「ジェイダ様の隣の部屋に…頼むよ」

「…」



一行は先ずゼーナの館へ寄って、ジーナを預けてきていた
ジーナは帰るまでゼーナのところで学びながら滞在することになっている

「ノリコと子どもたちも、ここに残ればいいのに」
「そうよ…イザークはチモでいつでも来られるんだから…」

去っていった一行を見送りながらアニタとロッテニーナが不満そうに言うが
ちちちっと指を振ってゼーナが笑う

「そんなことをしたら、ジェイダ左大公の警備が手薄になるだけだよ」

きゃあと二人がはしゃぐ
「イザークってば相変わらずなんですもの」
「子どもが何人生まれようとノリコと熱々なのね」

「ああ」
ゼーナも半分呆れたように言った

「この分じゃ四人目もすぐだね…」





警備隊長がアレフたちを部屋へ案内した

「こちらが二人部屋で…こっちの部屋には三つベッドがあります」

「ちっ、こいつにベッドは必要ないぜ」
厳つい顔と身体をした警備隊員が御者をしていた男を指して言った

「あ…」

やはり警備隊員と御者を一緒の部屋にしたのはまずかったか
御者と言っても一応剣を下げているので剣士かと思ったのだが…

「まあまあ…気にしないで下さい」
アレフにそう言われて部屋から引き下がった




「しかし…良かったよ、イザークに来てもらえて」
警備員用の休憩室でお茶を飲みながらアレフがほっとしたように言った

「いくら説得しても頑として首を縦に振らなかったので
 どうしようかと思ってたんだ」

左大公の暗殺計画の話を聞いた時は気が気でなくて
是が非でもイザークに来てもらわなければと思った

「まあ、奴としちゃあまだ乳飲み子がいるんで
 遠出はしたくなかったんだろうな」
バラゴがもうわかっているという風情で言った

「あいつの判断基準はあくまでもノリコと子どもたちだからな…」

「ノリコに裏から手をまわしたのはさすがですね、隊長」
アゴルは少し揶揄気味だ


「イザーク…この子をまだゼーナさんに見せていないし…」
一緒に行こうよ、と言うノリコに
イザークはうんと言わざる得なかったのだ


「でもテロがあるかもしれないんだよ」
バーナダムは不機嫌に言う

「ノリコや子どもたちまで危険な目にさらしていいのかよ」


「まあイザークだからな…」
「ああ…あいつだったら大丈夫だろ…」
「一軍隊追っ払うのも朝飯前だったからね…」





「寝たのか…」

ノリコたちの部屋に現れたイザークがそう言った

「うん、 疲れたみたい…」
片方のベッドに三人の子どもたちが並んですやすやと寝ていた

「こういう旅は初めてでしょう…ユミったら道中ずっとはしゃいじゃって…」
ユミを連れて何度かこの町に来てはいたが、いつもチモで移動していた

「そうか…」
イザークは子どもたちの並んだ寝顔を愛おしそうに眺める

「今度はみんなで旅するかな…」
数ヶ月かけて花の町へ行くのもいい…と言うイザークに

「うん…みんなで野宿とかしても楽しいよね!」
嬉しそうにノリコが答えた

イザークはそういうノリコを見るとたまらず抱き寄せて口づける
そのまま抱き上げて空いているベッドに横たわらせた



「!」

ノリコの服を半ば脱がせかかっていたイザークが顔を上げた

ちっと舌打ちすると起き上がって
「すぐ戻る…」

そう言うと部屋を出ていった





「あんたたち…いったいどういうつもりなんだ…?」
館の警備隊長がアレフたちに訊いている

「ジェイダ左大公暗殺計画のことは知っているのだろう」

「ああ…」
アレフがすこし焦り気味に答えた

「今この館は、通常の警備隊員に加えて軍隊からも派遣された兵が護っている」

だが…と睨みつけながら

「左大公の身辺警備はあんたたちの役目だろうが」
せめて部屋の前に護衛を置くべきなんじゃないか…

「のんきにここでお茶を飲んでいるとは…」

「い…いや、実は…御者をしていた彼が…見張ってるんだ」
「御者…?あいつなんかどこにも見かけなかったぞ」

そりゃあノリコの部屋に入るのを見られるとまずいのではないかと言ったら
チモで飛んでたからな…
アレフたちは思った

左大公の外遊に警備隊員が妻子連れというのでは世間体もあるので
ノリコはジェイダの知人ということになっている




あんなやさ男の御者に警備を任せるだと…
平和な世界が続いてたるんだのか…こいつらは

警備隊長の不信感が最高潮に達した時、ドアが開いた


「おい」

イザークがそう言ってどさっと何かを床に投げ出した
警備隊の制服を着ている男だった

「左大公の部屋へ侵入しようとしていたぞ」

「この者は…?」
警備隊長が 副官に訊ねた


「たしか…今回の警備のために新しく雇い入れた男です」
「だが…身元確認はしているんだろう」
「それは事務方が…」


慌てふためいている両名を後にイザークはさっさと部屋から出ていった


アレフたちは倒れている男をみた
気のせいかぼこぼこにやられている

普段のイザークなら
軽く当て身をして意識を失わせる程度のことしかしないはずだが…
ついでに二・三発殴られている


(怒ったのか…)

(怒らせたんだな…)

(あいつ…なにやってんだよ)


「なるほど…」
あごをさすりながら納得したようにアレフがつぶやいた

「邪魔されて、腹が立ったんだね…」

「えっ?」
警備隊長が問い返すのを

「はは…彼、ちゃんと仕事しているでしょう?」

「…」





「いったいどういうことか…」
説明しろと、反勢力の主導者がドンっと机を叩いて怒鳴った

「ジェイダ左大公が白霧の森を通ってくることは事前にわかっていた筈だ」
「けれど…あそこは何故か、彼らの存在が不思議な力で護られてまして…」
気がついたら一行は森を抜けグゼナへ入っていた

「だが…その後でも機会はあった筈だが…」
「しかし…まさか…本当にあの一行だとは…」

堂々とザーゴ国の紋章をつけた馬車に警備が4名…

「しかも馬車の中から時々子どもが顔をのぞかせるんですよ…」

完全なダミーだと思われて本物を探して周囲を探っているうちに
町中へ入られてしまったのだ

「しかも館に入り込ませたスパイは捕まったんだろう…」
「優秀な奴だったのですが…」

見張りの隙をついてジェイダを殺る筈だったのがあっさりと見破られたようだ

「けれど…他に探り込ませた者からの情報では」
「なんだ…?」
「なんでも、ジェイダ左大公は愛人と子どもたちを帯同しているそうですよ」





「しかし…人徳者で知られた左大公が…」
「愛妻家でも通ってましたよね」

辛い逃亡生活の果てに再び妻子と巡り会えた話は
ここグゼナにも伝わってきていた

「あんな娘同然の女をな…」
「三人も子どもがいるなんて…元気ですよね」

そう言う副官をじろっと警備隊長は睨んだ

「この事実を厳格なエンリ様やカイノワ様が知ったら…」
両国の友好関係にもひびが入るかもしれんぞ…

「それが…そうでもないんですよ」
「?」


ジェイダ左大公が着いた後、非公式に両大臣が挨拶がてらやって来た
たまたま廊下でノリコと子どもたちとすれ違ったのだが…


「なんだか知り合いみたいでして…」

おおっ、お子様がもう三名ですか!
などと、親しそうに言ってました、と副官が言うのを
警備隊長は不審そうに聞いていた





翌朝、会議の前にノリコと子どもたちはゼーナの館に出かけた
そんな遠くないので散歩がてら、仲良く歩いていった
もちろんイザークが一緒にいる


「なんだか思い出しちゃう」
数年前にこの街で起こった出来事を思い浮かべて
ノリコは懐かしそうに言った

「ノリコ…」
心配そうにイザークはノリコを見た

「やだイザークったら…そんな顔して…」

うふっと笑いながら、攫われたことなんかもうどうでもいいと言う

「?」

「あたしにとったらここは…
 イザークが初めて好きだって言ってくれたところなんだもの…」

イザークは赤くなって顔をそらした

「とーさん、かおあかい」
手を握っているユミに指摘されて
ノリコがぷっと吹き出す


「おやおや…仲良きことは美しきかな…だね」
迎えに出ていたゼーナに見つかってからかわれた


「…終わったら迎えにくる」
「うん」
「なにかあったら…」
「イザークを呼ぶよ」

ニコッと笑ったノリコに口づけるとイザークは王宮へと戻っていった

「ったく、あんたたちときたら…」
あてられたようにゼーナが言った





「愛人と子どもたちはゼーナの館へ入っていきましたぜ」
「随分と不用心だな…」

反勢力の主導者は考え込んだ

迎賓館を含む王宮は警備がいつもの何倍も厳しくなっていて
そこを狙うのは自殺行為だ


「仕方がない…人質を取ろう」



ぽんぽーんと遊んでいた鞠が外に転がっていった
かーさんはゼーナさんたちとはなしてる…

外に出てはダメだと言われていたが…
ユミは思い切って通りへ鞠を拾いに行った





会議の間中、イザークはジェイダの後ろに立っていた

他の警備員も部屋の中に適当に分散している

「!」

急にはっとして窓の外を見ると

「ノリコっ!」

そう叫んでイザークは窓から外へ飛び降りた


「何か…起こったんでしょうか」

残された者が唖然としていると
ドアがノックされジェイダのもとに手紙が届けられた




シュンッとシンクロしたイザークがノリコのもとに現れた

「イザーク…!」
涙をあふれさせて狂乱状態のノリコがイザークにしがみついた

「ユミが…ユミが…」


「さっきまで庭で遊んでいたんだよ…それが急に姿が見えなくなって…」
あちこち探したんだけど…ゼーナが心配そうに言った

「占えないんだ…たぶん相応のことをしていると思う」

国一の占者のゼーナのもとから攫うくらいだから
結界くらいははっているだろう…


「ダメだ…眠らされているのかもしれん…」

イザークがユミの気配を探ってもダメだった
結界をはられてはチモでも飛べない

「でも…どうしてユミが…」

「わからん…」
イザークも答えが見つからない



「イザーク」
王宮からバラゴが馬で駆けつけてきた

「すぐ戻れ…手紙が来た」
「?」




「えっ、じゃあユミはジェイダさんの子どもと間違われて…」
「ああ…わたしが代わりに出向けば子どもは返すと…」

ジェイダは自分は喜んで行くと言うが
そんなことをさせられないのは明白だった

イザークは焦る気持ちを抑えながらユミの気配を探っていた




「…ん」
ユミが目を覚ました

知らないところ…知らない男の人たちが一杯いる


「おとーさん、おかーさん…」

「おっ気がついたか…」
意地悪そうな男の人が言った

「今におまえの父さんが来るからな」
「ほんと…?」
「ああ…そうしておれたちがぶち殺してやるがよ」
はははっと大声で笑った

「おとーさん、つよいもん」
「はっ、あんな上品な方だったらあっという間にやっつけるぜ」
「そんなことない…おとーさん」

うわぁーっとユミが泣き叫んだ




はっ、とイザークが顔をあげた

「ユミ…!」

「どうした…見つかったのか…?」


「ああ…町外れ…南、大きな館…」
それだけ言うとイザークはシュンっと消えた


「南側の町のはずれに、昔貴族の館だった廃屋があります
 きっとそこのことでしょう…」

先ほどから成り行きについていけない警備隊長がそう言った

目の前のノリコを見ながら思う
ここに戻ってからずっとあの御者に抱かれて泣いていた
いったいこの娘は…それに子どもたちは…
ジェイダ様のなんなんだ?


「とにかくわたしたちもそこに行きましょう」
アレフが言って、全員がその場所へ馬を走らせた



その館へたどり着いたみんなが中へと流れ込んだ

大広間に三十名近い男たちが倒れている
真ん中で大泣きしているユミをイザークが抱きしめてなだめていた

「ユミ!」
ノリコが二人に駆け寄り抱きついた

「無事でよかったぁ」



「イザークの奴…かなり手荒くやったんだな」
倒れている連中を見て呆れたようにバラゴが言った

「当たり前だろ…愛娘が攫われたんだから…」
アゴルはそう言いながら、少し気の毒に思ったりした

「怪我が直っても、まともには動けそうにないね…」
アレフもつぶやいた

「仕様がないよ…」
バーナダムはノリコが嘆いているのを先ほどから見ているので連中に同情はない


「もう行くよ」
後はここの保安部隊に任せよう…とアレフが声をかける

「ああ」
なぜだかイザークはひどく複雑そうな顔をしていた





今…またベッドに三人仲良く寝ていた

本当に良かった…
ノリコは子どもたちをみてしみじみと思う

だけど…

「イザーク…どうしたの?」
ノリコが訊いた

今日の出来事はひどく辛かったけど…ユミが無事に戻ってきてくれた
それでもう良いはずのに…

イザークの様子が変だった


「あ…いや…」
「…何か隠しているでしょう?」
「…ああ…」

ノリコにじっと見られて、覚悟を決めたようにイザークが話し出した

「おれが、あの館へ行った時…もうみんな倒れていたんだ…」
「えっ…」
「おれがやったんじゃない…」
「…」


二人でユミを見た…

「ユミが…」
ノリコがつぶやくように言う

「ゼーナやジーナも占った…ユミは天上鬼ではない」
イザークがそう言うのを

「そんなこと…イザーク…」
ノリコがイザークの胸にすがる

「たぶん…能力者か…」
いや…それだったら、占いにそう出ていた筈だ

「光の力をつかえるのかもしれん…」

普段はずっと奥底に潜んでいてめったに出てこない力
おれにそれがあることを未だどんな占い師でも見ることが出来ない不思議な力

それがユミにあるのだろか


あそこに駆けつけてユミを抱き上げた時
『おじさんたち…おとーさん、やっつけるっていった…』
そう泣き叫んでいた

父を思うユミの心に光の世界が反応したのか…



それがいいことか悪いことわからん

そうイザークは言った

でもユミは普通の女の子として育てようと
あたしたちは決めたんだ

彼女の将来は涼と歩んで行くのだろうけど
それまではあたしたちはユミを見守って行きたかった

なのに…




練習に疲れて涼が座り込んだ

「上達したな…涼」
イザークが言った

「まだ…」
それだけ言って、涼は手に持った剣を見る

イザークはふっと微笑って
「…無理しなくとも…おまえには最強のかの…」

ばしっとノリコがイザークを払いのけて涼に水を渡した




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