体育大会

「では、障害物競走に参加希望の者…」

体育大会の参加種目を決める時間で、真面目そうなクラス委員がメガネの縁をくいっと指で上げながらそう尋ねた途端…四人が一斉に手を上げた。

「えーと…あと一名、必要だな…」


手を上げたメンツがどうも気に入らない…と言うかいやな予感しかしない。
自分は関係ないとばかりにそっぽを向いたイザークだったが…。

「手を上げろ…イザ?ク…」
「う…」

急に耳元でぞくっとするほどの声で囁かれて…思わず手を上げてしまった。



「おまえらよ〜気持ちはわかるが…
 クラスの為にリレーに出ようとは思わなかったのか」

仕方なくリレーメンバになった男子から恨めしそうに言われたが、全員どこ吹く風と受け流している。
昨年はクラス対抗リレーに出場して見事優勝した4人だった。


「障害物競争は3年の男子だけの競技なんだよ」

矢野がイザークの机の前に椅子の背を抱えるようにして座り、説明している。
全種目の出場者が決まり、今は競技ごとに集ってミーティングをしているところだった。

「各クラス5名参加できる。
 予選はそれぞれのクラスから一名ずつが出て5回… 」

あまり興味もなく聞いていたイザークだったが

「予選で一番だったヤツらで決勝をする」


やけに張り切って手を上げていた彼らを、不思議なものだと思った。
先ほどのクラスメートの意味有りげなセリフも気になる。


「そこで一番になった者が、もちろん優勝者で…」
「それはもういい、それより…
 ショーガイブツキョーソーとはいったいなんなんだ」
「あれっ…きみ、もしかして運動会とか体育大会とかはじめて?」
「おれがいたところには、そんなものはなかった」

ムッとしたイザークだったが…
そんなことに構わず矢野が、 跳び箱とか平均台などがコースに置いてあって…などと相変わらず暢気そうに言う。



男鹿と宝崎がひそひそと額を寄せ合っている。

「高橋はきっとあの倉本と出場するだろうな」

テニス部の前部長のことだ。

「佐久間も陶子とな…
 矢野の友達の吉祥寺もきっと…」
「ああ、ワッコちゃんだっけ…」

なにやら真剣に話している二人だった。

「皆、あなどれない…だが、あいつは…」

宝崎がイザークを見た。

「彼は問題外だな」
「そう思ったから、引き入れたんだよ」

男鹿と宝崎は、視線を合わせると不敵に笑った。



「だが、この学校の障害物競走は他とは違う」

とりあえず一般的な障害物競走について説明した矢野が、ひどく熱心な勢いで語る。

「選手は女の子を背負って競技するんだ…
 背負う相手はクラス・学年に関係なく指名できる…だけど…」

実際には、つきあっている彼女を指名するのが定番だった。


なるほど…体育大会中に彼女とイチャイチャしたいのか

白霧の森でノリコをおぶった自分がどんな障害をくぐり抜けたか
説明する気もなかった…


イザークは呆れて、すっかりやる気をなくしている。



「あーんな細っこい腰つきでは…
 彼女を背負っても、歩くのがやっとか」
「ああ…走ったり、ジャンプは無理だな…
 しかも、結構とろいやつみたいだし…」

男鹿と宝崎の小声の会話は続いていた。


体育の授業の時は絶対に本気を出すなと、ノリコやその父から言い含められていたのでかなり手抜きしていたから、イザークの運動能力はクラスの中でも中の下くらいに位置していた。


「だが…イザーク同様、一見なまっちろい矢野は陸上部だし、あれで結構力はあるんだよね」

以前、聖子の友達をおぶって家まで平気で歩いたことがあるのを知っている男鹿は、警戒した視線を矢野に送る。

「おまえだって充分…見た目とギャップはあるぜ」

見かけに騙されては、痛い目に会ったヤツがいると知っている宝崎は、男鹿をそう言っておちょくった。


「だが…」
「ああ…」

窓辺にもたれて、黙って外を見ている功を二人はみつめた。

「ヤツは要注意だな」
「ったく…あいつが自ら名乗り上げるとはな…」

自信があるのか…
話し合いには関わっていなかった功の口の端が、珍しく上がっていた。


「待てよ…」

ハッ…と二人は気づいて立ち上がった。



「優勝者はペアで後夜祭の舞台に立つから、フォークダンスが免除される」
「フォークダンス…?」

また出て来た新しい単語に、うんざりしたようにイザークは繰り返した。

「ああ…フォークダンスは踊る相手が次々変わるだろう…」

女子の肩や腰を代わる代わる他の男が抱く…
その説明を聞いた途端…イザークの瞳が暗く瞬いた。


ノリコが他の男に肩や腰を抱かれるだと…



「イザーク…」

絶対にそんなことを許すまいと…ぎゅっと拳を握りしめたイザークに、そうとは知らずに、クラスの女子たちが声をかけた。

「ね…ぇ、障害物競走に出るなら…あたし、パート?ナーになってもいいわよ」

うふん…ウインクんをしてみせる。

「あら…やだ、私の方が体重が軽いわ…」
「何言ってんの…」

ノリコがいるのを知っているにもかかわらず、イザークの前で喧喧諤諤はじめた女子たちだったが…


「くっ、今は彼女たちの体育の授業だったな…」
「藤臣…おまえ、ひとりで楽しむなよ…」

男鹿と宝崎の責めるような声に

「なんだ」

と矢野が立ち上がって…
イザークもつられて立ち上がって、窓辺へ向かった。



秋に入ったばかりのまだ汗ばむような季節…
ノリコのクラスの女子たちが体育の授業をしていた。

「なんだ…」

矢野は窓の外を見るとつまらなそうにつぶやくと、視線を借り物競走参加者と打ち合わせしている聖子へと移す。
聖子が「恋人」のカードを引けるように裏工作しなくちゃな…同じ陸上部だった大会委員長の顔を思い浮かべていたところに

「おい…あれ、イザークじゃないか…」

窓の外を見ている宝崎がそう言ったのが聞こえた。

「バカ言うなよ…イザークだったら、ここに…」

親指で後ろを指し示しながらふり向けば、先ほどまでそこにいたはずのイザークの姿が消えていた。
少しびっくりした顔で聖子が言う。

「イザークったら、文字通り飛ぶように出っていったわよ」

勢いではね飛ばされたのか、イザークに纏わり付いていた女子達が尻餅をついて、目を白黒させていた。



「ノリコ…!」
「え…あれ…どーしたの?…イザーク…ちょ、ちょっと」

イザークはノリコの手首を掴むとぐいぐいひっぱって行く。

「何してるの!待ちなさい…」

体育の教師が怒って飛んできた。

「授業妨害は許しませんよ!」

ノリコを連れ戻そうとする教師からノリコを守るように背中に隠したイザークが、ぎろっと教師を睨みつけた。



風が吹いて…
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