軌跡 エンナマルナ狂想曲 2


「夫婦の誓いの儀式は
  同じ国でも地方によって違いがあります」

ノリコとイザークは族長の説明を仲良く並んで神妙な顔で聞いていた

族長は、 元凶を倒しこの世をいま闇から救おうとしている若い二人が
ここで夫婦となりたいというのがひどく名誉なことに思われて
少し高揚したような面持ちでしゃべっている

「ここエンナマルナでは
 まず新婦が半日ほど聖なる泉で禊をしていただきます」

それを聞いてイザークはうんざりしたような顔つきになった
「それは必要なのか…」

「はい…こればかりは譲れません」
コホンと族長は咳払いをする
「誓いの儀式は聖なる泉がある岩屋のすぐ隣にある祭壇にて行われます
 そこに立つ新婦は、純粋な穢れのない乙女であることが条件でして…」

ノリコはびくっとすると青くなって下を向いた
肩が少し震えている

くっ…
そんなノリコを見てイザークは片手の拳を握りしめた

今、まるで何か罪を犯したかのように…
恥じ入ってうつむいている彼女の姿が痛々しい
彼女にそんな思いをさせるくらいなら
式など挙げなくとも構わん…

「族長…」

殺気をはらんだ視線をイザークから浴びせられ
族長は慌てて言葉を続けた

「あ…少し勘違いをされておられるかも…」

そして優しい視線をノリコに送った

「人は生まれてから年月を重ねて行くうちに様々な厄災…
 病気や事故…争いごと、人間関係に置ける些細な不満や嫉妬などもそうですが
 どんな者でも…たとえどれほど清らかな魂をお持ちであろうと
 必然その身に穢れを纏ってしまうものですよ
 この禊は新しく妻となる女性に、生まれた時と同じような
 穢れのない身体で祭壇に立っていただくための儀礼なのです」

おれに抱かれたことも穢れの一種なんだろうか…
イザークは未だ不信感が拭えず
遣り切れない思いを飲み込む

「なぜ女だけが浄化されなければならん?」
釈然としない仏頂面で族長を睨む
「男だって充分穢れているだろう」

「夫婦になること、すなわち新しい家族の誕生です
 家族繁栄のために、その身体を傷めてまで子をなす女性は
 ここエンナマルナでは 聖なる存在なのです
 男性など、その価値に置いては女性の足元に及びません」

なるほど、とイザークはやっと納得したが… 
禊の後は式までは、会うことができない…
と聞いて少し後悔し始めていた



元凶との戦いから帰ったあと、おれの心を占めていたのは
光の世界で感じ取ったノリコの世界のことだった

ノリコはきっとこのままおれの傍にいてくれると信じてはいたが
心の奥底で暗いものが絶えず蠢いていた

…おれの最大のダメージ…
ノリコのいない世界…
そんなところで今さら生きていくことなど出来そうもない…

もし…
ノリコが自分の世界へ帰りたいと
家族と会いたいと望んだ時
おれはどうすればいいんだろうか…

何も言わずに彼女の願いを聞き届けてやるべきなのか
いや…無理矢理でも彼女を引き止めてしまうだろうな
どれだけ不本意で情けなくとも…

おれはひどく不安だったんだ…
なかなか言い出せず、このまま黙っていようかとすら思った

だからノリコがこの先もずっと一緒にいると言ってくれた時
本当に嬉しかった…

家族の元へ帰ることを諦めたノリコに
せめておれが家族になろうと思い
おれの妻にならないか…と彼女に訊ねた

彼女は嬉しそうにうんと言った
ほとんど即答だったな…
それを待っていたのだろうか…

実際のところあまり関心がないのだが…

友達…恋人…夫婦…
人と人との関係になぜ境界線を引かねばならん…?

おれにとって、ノリコはノリコでしかないのに…

だが…

隣にいるノリコを見る
彼女も笑顔でおれを見上げる

穢れなど…ノリコには無縁に思われるが…
元凶との戦いで…いや、おれと出会って運命を共にしたその瞬間から
彼女も散々酷い目に遭ってきた
その時の苦しみや辛さも全て浄化してもらえるのだろうか…

そして彼女が望んだように普通の女の子として
おれの妻になるのであれば…

悪くはないな…

ふっ、とイザークはノリコに微笑んだ




イザークが、おれの妻にならないか…と言ってくれた時
あたしは二つ返事で答えた

だって…
彼の気持ちが、嬉しかったから…
断る理由など何もなかったし…

本心を言えば、別に夫婦にならなくても構わなかった
だって、あたしたちはもう永遠を心に誓い合っているのだもの…
それ以上、何も望むものはないから…

でも族長さんのお話を聞いていたら
ここでイザークの妻になることが
ひとつの意味を持っていることに気づいた

目覚めとしてこの世に現れたあたし
盗賊や化物…そして元凶との戦いで
あたしの身体には一杯穢れがくっついていると思う
それをきれいに落とせばあたしは普通の女の子になれるのかな
そうしてあたしは彼の妻になる…

そう思ったら、なんだかすごく嬉しくて
思わず横にいるイザークを見上げてしまった

彼もあたしを見て微笑んでくれた


コホン
何やらお互い思うところがあるらしく
いつまでも見つめ合ったままでいる二人に
族長が再び咳払いをした

あ…と、二人は恥ずかしそうな顔を族長に向けた

明日の午後ノリコが禊をして
明後日誓いの儀式をを行うことになった



「族長…」

イザークは出来ればひっそりと式を挙げたかった
誰か…お節介なやつらがからむと
面倒くさいことになりそうな嫌な予感がする

簡単に誓いをして終わらせたいと言うのが本音だ

「このことは内密に願いたい…」
真剣な顔で族長に言った






「やっぱり今がチャンスだ…」
「なんだガーヤ?」

夕食後、いつものメンバーが集まって酒など飲んでいる

「イザークとノリコだよ…」

「はは…あの二人がここに来てから、ガーヤは彼らのことばかりだな」
眠ってしまったジーナの髪を撫でながらアゴルが笑う

「だってさ…」
ガーヤは首を振った

「ノリコは異世界から来た子だ…
 イザークはずっと一人で生きてきたから
 あんまし社会常識を気にしない
 誰かがちゃんと面倒を見てやらないと…」
すっかり二人の保護者になっている…

「ま…そりゃそうだが」

「…で、一体…今何がチャンスなんですか?」
アレフがいつも身につけている如才ない笑顔で訊いた

アゴルやバラゴはもちろん
ゼーナさんと弟子たち
左大公一家とその警備隊員が
首を揃えて興味津々な顔をしている

ガーヤだけでなく、あの二人のことにお節介を焼きたがるのを
至上の楽しみとしている人間はここには結構いるらしい


「きちんと夫婦にしてやりたいんだよ…」

「夫婦ですか…」

考えこむような沈黙が落ちた

「けれど…ノリコがもとの世界へ戻る、ということも考えられるのでは…」
アゴルが慎重に言うとガーヤが意味有りげに頷いた

「…今日、 ノリコが家族のことを話したんだ」
光の世界にとけ込んだ時、家族の様子が感じられた…と

「じゃあ、やっぱりノリコは帰りたいんじゃないのかしら…」
ノリコと同じ歳で、母親が一緒だったにもかかわらず
父や兄たちと会うことを毎日のように願って過ごした グローシアが言った

「当たり前だろ…家族と会いたいに決まっている」
ゼーナがグローシアを見た
「けどね…今のノリコには、家族より大事なものがあるんだ」

「ああ…」
バーナダムが目をそらしてつぶやいた

「家族の話をした時のノリコは決して寂しそうでも諦めた感じでもなかった」
ガーヤはきっぱりと言う
「むしろ、そうして家族とつながっていることが嬉しそうだったよ」

「まあ… 帰れと言っても帰らないでしょうね」
そうつぶやきながらも、旅の間中散々二人にあてられまくったアレフは
ノリコが『帰る』と言い出したら、イザークはどうなるんだろうかと
頭の中で、少し意地悪い想像を楽しんでいた

急に「くっ」と楽しそうに相好を崩したアレフにみんなの視線が集まって
なんでもないです…と、アレフは赤くなってごまかす

そんなアレフを胡散臭そうに横目で見ながらバラゴが言う
「だがよ…今さらなんじゃねぇか?
 別ににわざわざ式なんか挙げなくったってもう夫婦みたいなもんだしよ…」

「だからだよ!
 放っておいたらずっとこのままでいそうだからね…
 イザークはそれでいいかもしれないけど、ノリコの為にもさ…
 あたしたちがきちんとけじめをつけてやらないと」

ガーヤは固い決心をあらためて言葉にした

イザークも随分な言われようだな…
と思った輩も少数ながらその場にいたようだった


「わたしたちに何ができるのだろうか…」
ジェイダ左大公にとれば、主要国会議で反対派をとりなすほうがよほど易しい
「二人に式を挙げるように説得するのかな…?」

「イザークにあっさりと『いらん、必要ない』って却下されるのが関の山だぜ…」
バラゴが遠い目になる
「奴は…てめぇのことにいろいろ口出されるのが嫌えだからな…」
ああ…と、アゴルも憂い顔で頷いた

「あら、ノリコと夫婦になれるのだったらイザークは断らないと思うけど…」
対照的にニアナがにっこりと笑う

「…お…おらもイザークは、よ…喜ぶんじゃないかと…」
遠慮がちにドロスも言った


どうもセレナグゼナ組とアイビスク組では意見の相違がみられるようだ


「とにかくね…時間があまりない…」
「時間?」
「だってあと数日したらジェイダ左大公たちはザーゴ
 姉さんたちとあたしはグゼナ」
「そしておれとジーナ、バラゴはイザークやノリコと一緒に旅に出る」
「説得に失敗したらやり直す時間がないんだよ」

「そうだねぇ、どうせならみんながいる時に式を挙げてもらいたいね」
ゼーナは初めて二人に出会った時のあの不思議な感覚を思い出す
禍々しさから一転して溢れ出たの光の束
闇から光の世界へと運命を切り開いてきた二人の行く末を
ゼーナは見届けてやりたかった

「失敗は許されない…」
ガーヤは真剣だ
「有無を言わせず、式場に連れ出して誓わせるんだ」
片手で拳を握って顔の前につきだし、宣戦布告するかのように言った

「で…でもよ…力づくは無理だぜ…ノリコはともかくイザークはよ…」
バラゴは急に及び腰になり、なさけなさそうな顔をした

「だから…なんとかするんだ」

じれったそうなガーヤに期待大な表情のアゴルが訊ねた
「何かいい計画があるんですか…?」
「それは…もちろん
 (政治的・軍事的に)はかりごとの得意な人がここにはいるから、任せるよ」
「そっか…」


「え…」
「…おれ?」

みんなからじっと見られてジェイダとアレフはしばし呆然となった



「ここではどのような形式で夫婦の誓いが行われるのか
 まずはそれを知らないことには…」
とジェイダが提案して、族長がその場に呼ばれた

今日二度目、求められるままに族長は儀式についての説明をすると…

そこにいる全員が、うーんとうなりはじめた

「禊自体は半日で終わるんだったら問題はねぇ…
 てきとーによ…臨時会議でもやれば奴を拘束できるからな」
ポリポリと額をかきながらバラゴが言って
「て…てきとーですか…」
ジェイダが苦笑する

「誓いをする祭壇にも、それこそ『てきとー』な理由をでっちあげて
 連れ出すことはできる…」
ガーヤがため息をつきながら言った

「けれど…」

伝染したかのように、族長をのぞく全員が次から次へとため息をつき始めた

「ど…どうしたんですか?」
ひとり訳の分からない族長が面々を見まわしながら訊ねた


「禊が終わった後も、その聖なる泉がある岩屋で
 新婦は翌日、式が始まるまで過ごさなければならない」

と聞いた途端、ガーヤすらも計画実行を諦めかけた

「午前中に禊をして、午後に式ってのはだめかい?」
「いけません、禊は日が中天にある時から沈むまで
 式は日が昇ってから中天に行く間に行うと決められています
 禊後の一晩、新婦は泉の傍の庵で過ごしてもらいます」



「一晩中、イザークからノリコを離すのは…無理ですね」
きっぱりとアレフが言って、みんなの肩ががっくりと落ちた

「えっ…」

族長が一瞬言葉を詰まらせて、それから恐る恐る訊ねた
「も…もしかしてイザークとノリコに式を挙げさせようとしているのですか…?」

「そうだよ、ここにいる間きちんと夫婦にしてやりたいんだ」

「だったら…本人たちに…ちょ…くせつ…」
なぜだか口ごもる族長に

「ダメだ!」
ガーヤが恐ろしい顔で睨みつけた
「絶対に二人には内緒だからね…」

「…」

生真面目で実直な若者である族長は約束したことは死んでも守り抜く
言うな…と請われたら決して言わない…
そして融通をきかせられるタイプでもないため
うまく収める術を知らない
どうしたものかと、思考を頭の中でぐるぐるまわし始めた


「何か一晩中かかりそうな用事をイザークに頼むとか…」
「だめよ、イザークは危険なことでもないかぎり
 必ずノリコを連れて行くもの」
ニアナが軽い調子で言って、ばっさりと娘に切り捨てられる

「じゃあ…誰かが盗賊のふりをして…イザークをおびき出すのは?」
「…」

娘は頭を抱えてしまい、他のみんなから呆れたように見られて
ニアナはあらどうしたの?という顔をした

「みんな命はおしいですからね…」
アレフが主の奥様に優しく言い聞かした
それに…と続ける
「元凶との戦いですらそんな長いことかかりませんでしたし…
 おれたちだったら瞬殺です…すぐ帰って来てしまいますよ」


「もう数日後はお別れでしょ
 女の子同士で一晩語り合う…て言うのはどうかしら?」
「そうよ、ノリコにイザークとのこといろいろ聞きたいからって言ったら
 イザークもついてこないわ」
アニタとロッテニーナが無邪気に提案すると

「おっ…いいかもね」
「ああ、それだったらイザークもダメだって言わないんじゃないかな」
ロンタルナとコーリキが指をならし、若者らしいのりで相づちを打った

「族長…その岩屋には新婦以外も…例えば友人が入ってもいいのかい」
ゼーナは弟子たちの言葉を聞いて族長に問いかけた

「いえ…あそこは特別な場所なのでその場を司り儀礼を執行するわたしの妻と
 補助する為に特別な許可を得た数人の女性たちのみで…」

「じゃ…だめだね」
「えっ、どうしてですか、ゼーナ様」
「ノリコとイザークは心で通じ合えるんだよ」
「でも…ノリコだったら頼めばイザークには伝えないでくれますわ」

ゼーナはちちちっと指を振った
「イザークは気配でノリコがあんたたちとは一緒にいないってことが
 すぐにわかっちまう
 それにノリコに真実をイザークに黙ってろ、というのは罪だよ…」

「そうですね…」
「考えが浅はかでした…」
しゅんとなったアニタとロッテニーナをジェイダ家の兄弟が慰め出して
少しその場の空気が和やかになったが…


「ったく…禊とか必要なんか?
 一番でっかい厄はイザークがぶっつぶしたばっかじゃねぇかよ…」
ぶつぶつとバラゴが愚痴り出して、また空気がどよーんと重苦しくなった

「隊長…なにかいい考えないんですか?」
計略家で知られる上司にバーナダムが詰め寄った
バーナダムもノリコの幸せのためならと一肌脱ぐ気になったようだ

「えっ…おれ?」
「そうよ…アレフは旅の間中も結構上手くイザークを使ってきたじゃないの」
グローシアが言って

「えっ…うそ、あのイザークを?」
「すごいな…アレフは」
感心したようにジェイダ家兄弟から見られてアレフも悪い気はしない

「簡単ですよ…イザークは、ノリコの為だって言えばなんでもしますから…」
得意げな顔でにっこりとアレフが笑った
「敵の弱点をつくのは、戦略法の基礎ですよ」

「…」

一瞬で『アレフはすごい』から『アレフは人間として最低』に
風向きが変わってしまった

自業自得か…

焦ったアレフは必死で挽回に努める
「け…けれどそれが一番手っ取り早いですよ…」
「何がだよ…」

まだ出会ったばかりのアレフを、バラゴはあまり信用していない
武人のくせに妙に愛想がいいのが気にくわないのだ

「だから…ノリコの為だって…」
「そんな嘘はおれはつけねぇぞ」
「嘘じゃありませんよ」
「…ん?」

「だって穢れを落とすのはノリコの為じゃないですか」
「それは、そうだねえ…」
ガーヤが興味を示して、アレフもしめたと思ったのか続けた

「誓いの式のために…の箇所だけふせておいて
 目覚めとして散々大変な目に遭ったノリコの穢れを落とす
 と言えばイザークも納得してくれるのではないでしょうか」

ふーん、と親指と人差し指であごをはさんでアレフをじろじろ見ながら
ガーヤが少し感心したように言った

「悪くないね…よし、それでいこう」


族長は、では明日の午後に禊を…誓いの式は明後日に…と言って
そそくさと逃げるように退出して行った

「…で、誰がそれをイザークに言うんだい?」
最後の難問をガーヤがみんなに投げかけた





「もう…イザークってば…」
「…すまん…」

翌朝…ベッドから起き上がれないノリコが恨めしそうにイザークを見る

「今日…大事な禊があるのにっ、これじゃあ…」
目に涙まで溜めていた

「す…少し時間がたてば、きっと大丈夫になるだろう…」
おろっとしながらイザークは、ノリコを抱き起こそうとするが

「無理…お昼まで寝てる…」
ぷいっとノリコはベッドに横たわったままくるりと背中を向けた

「イザークは朝ご飯食べてきて…」
「…」



今日の昼から明日の式までノリコに会えないかと思うとつい…
ノリコと一晩中…半ば強引に愛を交わした

もう…無理…だめ…と
何度もノリコが訴える声に耳を貸すことすらせず
逃れようとするノリコの身体と意識を何度も引き戻した

それにもかかわらず…
求めるたびに…ノリコは応えてくれる
甘く呻き…おれを受け入れ…激しく乱れる
そんな彼女の姿がたまらなく愛おしくて
彼女がどれだけ拒否しようと
繰り返し彼女を求めたくなり
止められなかった


「穢れか…」
部屋を出て岩の回廊を歩くイザークは大きくため息をつく

まったく、それがなんだと言うんだ…

何事も無く…明日の式が(さっさと)終わることを
イザークは心から祈った





「あれ…ノリコは…?」

朝食の場にはすでに全員集まっていた

「まだ寝ている…」
目を合わせまいと、顔を何気にそむけてイザークは答える

「具合が悪いのかい?」
「少し…疲れが出たようだ…」

イザークは、やはり部屋に持っていってノリコと一緒に食べようかと思い
パンとスープ皿を盆にのせた



おかしい…

こんな場合はすかさずからかったり
いやみの一つや二つを突っ込んでくる奴らがおとなしい
こちらは適当な言い訳を用意していたのだが…

イザークはスープをよそぎながら
気づかれないように上目遣いでガーヤを見た
口を動かしながら何ごとかを考え込んでる
次にバラゴの姿を横目で探すと
あさっての方角を見ていて後頭部しか目に入らない
最後にアレフの方に顔を向けた
どうやらおれを見ていたらしい…
一瞬目が合うとさっと視線をそらした

なんだ…?


「イザーク…」
ジェイダ左大公から名前を呼ばれたイザークが今度はそちらを見る

「話があるのだが…部屋へ戻る前に少し座ってもらえないかな」
「…」

イザークはなぜだか二つ空いていたジェイダの前の席に座った

「ノリコのことなのだが…」
「ノリコの…?」

不審気にイザークはジェイダを見るが
ジェイダは静かに話しはじめた

「我々は君たちに口では言えないほど感謝しているんだよ
 特にノリコは…普通の女の子なのに…
 彼女がこの世の為にどれだけのことを成し遂げたのか…」
「ならば、直接ノリコに言ってくれ」

木で鼻をくくったような返答が戻ってきた

「だが、ノリコにとって…あんな華奢な身体で…
  いろいろ負担も大きかったのではないかな」

「何が言いたい?」

じろりとイザークはジェイダを睨め付ける


「それで今朝は疲れが出てしまったんだろう」

…それは違うっ…

イザークは内心焦るが
長年培ってきたポーカフェースでやり過ごすと
左大公を真正面から見て言った

「だからなんだ?
 あんたには関係のないことだ」

(出たっ、イザークの放っておいてくれ発言!)
これが聞きたかった、もとい…聞きたくなかった
視線はそらしながらも耳をそばだてていた面々が
一斉にため息をついた

やはり…無謀な計画だったのか

「実は…ここエンナマルナには聖なる泉というのがあると聞いてね」
外交に関しては百戦錬磨のジェイダ左大公はくじけず話を続ける

ぎくり…とイザークは身体をこわばらせた

族長がしゃべったのだろうか…
口の軽い人間には見えなかったが…

ジェイダはイザークが見せた一瞬の隙をすかさず捉えて言葉を繋いだ

「女性がそこで禊を行うと穢れが祓われるそうだ
 穢れとは…例えばノリコの場合、これまでの戦いの中で
 化物や元凶から受けた悪い気などのことだな」

あそこは新婦のためだけにあるのではなかったのか…?

「なぜノリコの穢れにこだわる…」
隙を見せてしまったもののイザークは素早く態勢を立て直した

「誰だって、生きていれば穢れを身につけるだろうが…
 ノリコだけが責められる謂れはない…」

「責めているわけではない…」

イザークとジェイダは緊迫感を漂わせながら視線を会わせた






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