One More Story 24



目が覚めると、ノリコの頭はイザークの肩にのっていて…
彼の片腕が彼女の肩を抱き、足が微妙に絡み合っている

毎朝同じじゃない…

イザークの胸の中にすっぽりとおさまっていることもあれば
彼が後ろから抱きしめていることもある

ただ…いつだってイザークは一晩中
決してノリコをその腕から離さない…



ノリコはそのまま動かずに
そっと上目遣いでイザークの横顔を見た

切れ長なその目の閉じたまぶたを長いまつげが縁取っている
潔いほどすっと伸びた眉
まっすぐにとおった高い鼻梁
少し薄い唇が口元を引き締めていて…


…その口の端がくっと上がった

「なにを見ている…」

もう…せっかく楽しんでいたのに

「おれの顔がそんなに面白いか…」
ノリコの方へ顔を向けてイザークが訊いた

ほんの鼻の先でイザークと目が合って
ドキン、とノリコの胸が大きく高鳴る

イザークとどれだけ一緒に過ごしていても
相変わらずノリコはイザークにときめいてしまう


「イザークが素敵すぎるからだよ」

「くだらんことを…」
イザークはノリコから目をそらした

…照れてるの…?

ノリコはイザークの引き締まった筋肉質の胸に片手をまわすと
ギュッと抱きついてつぶやいた
「イザークが好き…」

顔かたちだけじゃない…
彼の気持ちが…その思いが…

イザークのすべてが、ノリコの気持ちをつかんで離さない


こんなにもひとりの男性を好きになれるなんて
前の世界にいた頃は、思いもしなかった

学校の同級生に比べたら奥手のあたしは
ちょっときわどい話題になるとすぐ真っ赤になるので
しょっちゅうネンネだとからかわれていた

あれから1年とちょっとしか経っていないというのに…
夜毎、イザークに抱かれるあたしのことを
友達が知ったらどんな顔をするのだろう

家族が知ったら…


「知られるのが、恐いのか…」

ノリコの気持ちを読んだイザークが訊ねた

「恐くなんかないよ…」

ノリコはにっこりと笑う

「ただ、びっくりするだろうなぁ…て考えてたの」
「だが…おまえの家族はいい気持ちはしないだろうな」
「ちゃんと話せばわかってくれるよ」

最初の出会いからずっと
あたしがイザークにとても大事に護られていることを
そのために彼がどれだけ犠牲を払ってくれたかを
今のあたしがこんなに幸せだってことを

知ったら喜んでくれる…絶対に
そう自信を持って言うノリコの頭を
イザークはくしゃっと撫でた

「おまえは家族に恵まれたんだな…」
「あ…」

両親から愛されなかったイザークのことを思いノリコの心が痛んだ

「そんな顔をするな…」
心配そうな顔をするノリコにイザークは微笑って言った

「おれは嬉しいんだ」
おまえが家族に愛され育まれて来たことが…

そう言ってイザークは上半身を起こし
ノリコに覆い被さるようにして顔を覗き込むと
額に…頬に…鼻先に…何度もキスを落とす
最後に唇を捉えその身体を両腕で包み込みかき抱いた



口にした言葉とは全く逆な不安におそわれる

彼女がもとの世界へ戻って行ってしまうかもしれない…
そんな恐れはいつもおれを苛み続ける

家族のもとへ返してやらなければいけないのではないかと
そんな考えが常に頭の奥の方にこびりついている

けれどおれはもうノリコを離すことは出来ない
彼女がいなくなったこの世界で生きていけやしない

彼女を失えば間違いなく
闇に囚われておれは天上鬼となってしまうだろう

ノリコをこの腕に閉じ込めたまま…
どこにも行かせたくない

際限のない独占欲…
…それはおれの我がままなのか…




「随分遅いな…」
いつもよりずっと遅い時間に食堂に現れたノリコとイザークを
アレフはからかいもせずに、横目で見ただけだった

「あんたこそ、一人でなにをしている」

他のみんなの姿はもうなく
アレフがぽつんと一人でテーブルに座っていた

「ったく…君たちのせいだからね」
憮然とした表情でアレフはため息をついた

「?」




「理由はわかった…」
イザークが恐ろしいほどの仏頂面でアレフに言った

だが、なぜ…おれの隣をこいつが歩いてる…?


宿を出てから、ノリコはグローシアとずっと話している
代わりにアレフがイザークの隣を歩きながら
今朝の出来事を愚痴っていた




「ノリコたちどうしたのかしら…」

なかなか朝食の席に現れないノリコとイザークを気にして
グローシアが言った

「まあ、あの二人のことだから…放っておいても大丈夫ですよ」
「アレフったら、また変なこと考えてるでしょう」
くっと笑ったアレフは、赤くなったグローシアに責められた

「いや、おれはただ事実を…」
「いつも、そんなことばかり…最低」

ガタンと彼女は席を立って出て行った

それ以来、グローシアはアレフと目も会わせようとしなかった





「ノリコ…」

支払いを済ませているイザークとアレフを 宿の前で待っていると
おずおずとグローシアがノリコに話しかけて来た

「グローシア、どうしたの?」
「あ…あの、ちょ…ちょっと教えて欲しい事が…」
彼女にしては妙に歯切れが悪くそう言うと、下を向いてしまった

「なぁに…?」
励ますようにノリコは優しく訊ねる

「おと…男の人のことなんだけど…」

「え…」
ノリコはきょとんとしてから、苦笑いをする
「やだ…あたし知らないよ、男の人のことなんか」

「イザークとのこと…」
「イザークとのなにを…?」

グローシアはきっと顔を上げるときっぱりと言った
「閨でのことよ」


閨…? 
ね…や…寝る所……!!


「なっ…」
ひどく焦ったノリコは言葉がうまく出てこない

「お願い…ノリコ以外に訊ける人いないのよ」
「え…、う…うん」
真剣な顔で頼むグローシアに、ノリコは頷いてしまった




「待たせたな…」

イザークとアレフが宿から出てきた

「イザーク…来ちゃだめっ! 」
「あっちへ行って…アレフ!」

真っ赤になった娘達が、叫んだ

「?」





女の子の話だから、近寄るな…と言われ
イザークは仕方なくアレフと歩き出した

「大体ね…君たち少しくっつきすぎるんだよ」
「別にくっつきすぎているつもりはないが…」
「はぁーっっ、自覚ないね…」
ため息をつくアレフをイザークは横目で睨んだ

「あんたがおれたちのことを放って置いてくれたらいいだけのことだろう」
「干渉なんかしていないよ…ただ…」
「ただ…なんだ…?」

アレフは急に口に手を当てると、顔が見えないように横を向いた
肩が震えている…

「おい…っ」
その肩をつかんでこちらを向かせた

「…そうか…無自覚だから…こんなに…」
アレフは、懸命に笑いをこらえながら独り言のようにつぶやいた

「意味がわからん…」
「い…いや…悪い…が…いろいろ思い出して…」

ぷっと、とうとう吹き出した

「…」



「楽しそうだね…アレフさん」
「イザークがなにか面白いことでも言ったのかしら…」
「…それは…ない…かも…」



笑いの止まらないアレフに呆れたイザークは
ノリコの心を探ろうと気を飛ばすが
それはしっかり閉ざされていて、彼の片方の眉がくっと上がった



彼女たちは、話が聞かれないくらいの距離をとっている
時々、きゃーとか、えーっとかいう声が聞こえて
振り向いて立ち止まると、しっしっと手で追い払われた



昼食後、しばらくしてから話が終わったらしい
やっとノリコがイザークの隣に戻ってきた

けれど イザークが何か話しかけてもノリコは
赤くなったり、 ぽかんとしたりで心ここにあらずという感じだった

イザークは諦めて、黙って歩き続けた





「それで…」

宿の部屋のベッドに腰かけて
イザークの顔がまともに見られずにうつむくノリコに
腕を組んで立つイザークが訊いた

「グローシアと何の話をしていたんだ…」
「…それは…」
「おれに言えないようなことか」
「…」

話をはぐらかせることは、素直な性質のノリコにとっては苦手分野で
どうしたらいいかわからず黙ってしまう


「仕様がないな…」
イザークが、ふぅっとため息をつく

あきらめてくれたのかな…
ノリコは上目遣いでイザークを見た


「ノリコに秘密を持たれるとはな…」

もう一つのベッドに座ると
片肘を膝につきその手で頭を抱えたイザークが 寂しげにつぶやいた

え…
ノリコの顔がさーっと青くなった

イザークのその風情はノリコにとってひどく辛い
睨まれたり怒鳴られたりする方がまだましだった

「話すよ…話すから
 もう…そんな暗くならないで…」
慌ててノリコはそう言った


「そうか」
すぐに顔を上げたイザークは満面の笑顔だった


「あーっ、イザーク」

ひっかかった…

悔しそうなノリコの横に座り直したイザークは
彼女の肩を抱き寄せ額に口づける

「おまえに隠し事されると本当に辛いんだ」

「あ…あのね、隠し事とかじゃなくて
 ただすっごく恥ずかしいだけで…」
ノリコは赤くなって言う

「グローシアだってきっとそうだから…」

「わかった、聞かなかったふりくらいできる」

うん…と言ってノリコは話し始めた





「ノリコはイザークと出会ってから、ずっと一緒に旅をしてきたのでしょ」
「うん…そうだよ」
「ど…どのくらい経ってから、イザークと…そ…の…」
グローシアは真っ赤になって言葉をとぎらせる

「最初…二人きりで旅してた時は、なにも無かったよ…」

三桁の日々を一緒に過ごして来たけど
彼はあたしには手を触れようとしなかった


「そんなに長い間…
 じゃあ…その間…イザークは他の女性と…」

ううん、とノリコは首を振る

「あたしと出会ってからは、一度も…」
「ずっと、一緒にいたのね」
「そう言うわけじゃないけど…」

彼が渡り戦士の仕事を引き受け
一日から数日、ノリコがひとりで宿で待っていることは何度もあった

「でも、彼がそう言ったから…」
他の女を抱いたのは、あたしと会う以前のことだと…

「信じているのね…彼のこと」
「うん」


「アレフさんのこと…気にしているの」

ノリコはグローシアの思い詰めているような顔を見る
グローシアはそれには答えずに 問い重ねた

「男の人って、そういうことをいつも考えているのかしら…」




「それでおまえは何と答えたんだ」
イザークはおかしそうな顔をして訊いた

「あたし、わからないもん…
 あの頃のイザークが何を考えていたのかなんて…」
ノリコは逆に問いただすように上目遣いでイザークを見た

しまった…やぶ蛇だったか

「あの頃のおれは…ノリコのことが気になって
 女どころではなかったから…」

話の続きを促そうと思ったイザークは
ノリコがじっと見たまま答えを待っているのに気づいて渋々答えた
けれどもノリコは責めるように言う

「気になるって…あたしのことを消してしまおうとか…
 厄介者を抱え込んでどうしようとか… 
 そういうこと考えてたんだよね…」
「ノリコ…今さらそんな事を…」
「…目覚めだもんね、あたしは」

ぷい、と顔をそむけると
ノリコは肩を落としてうなだれた

「言ったはずだぞ…そう考えてはいたが、もう一つ別な感情が…」
ノリコの肩を抱きしめていた手に力を込めて必死にイザークは宥める

うつむいているノリコの肩が震えている…

「ノリコ…」
心配そうに名を呼びながら、ノリコの顔を上げさせようとした時
ノリコがウププ…と吹き出した


「仕 返 し ・・・」

「!」

「嬉しいーっ! 
 初めてイザークをひっかけた…」

きゃらきゃらと笑うノリコを
しばらく呆然と見ていたイザークだったが
すっと我にかえると、静かに口の端を持ち上げた

あ…
ノリコは、なんだか嫌な予感がして
イザークの手から逃れようと身体をひねったが…
軽くイザークに阻まれる

イザークはノリコの両腕をつかむとベッドに押さえつけた
彼の瞳の奥でちらちらと揺れる炎が見える
イザークの男の顔が露わになる瞬間…

「ま…待って、イザーク…話の続きは」
「後でいい」
ノリコは虚しい抵抗を試みたけど
イザークにあっさりと退けられてしまう

「今夜は容赦しないからな…」
覚悟しろよ…と耳元で熱い息とともに囁かれた




「今朝はひとりか…」

朝食にひとりで現れたイザークをアレフが見る
もう…呆れることすら諦めたようだった


「ノリコはどうしたの」
「まだ寝ている…」
「具合でも悪いの…?」
「少し…」

心配そうなグローシアにイザークは素っ気なく答えた
アレフがなにか言いかけたが
グローシアを見て開きかけた口を閉じた


まだ口をきいてもらえていないんだな…

にやりと自分を見て笑うイザークを
アレフは軽く睨みつけた




イザークったら…

ノリコはベッドの中でひとりぼやいていた

どうするの…
今日は歩けないよ…


昨日のグローシアとの会話の一片を思い出す

『…ノリコが嫌がっても無理矢理とか…』
『ええ…っ、そんなことないよぉ…イザークは優しいもの…』

…ってあたし言ったのに…
昨夜は絶対…無理矢理があった…

うっ…とノリコは枕に顔を埋める


「ノリコ…」

ノリコの朝食を持って部屋に入ってきたイザークを
顔を上げたノリコが涙目でにらんだ

「…」
その剣幕に足を止めると、イザークは伺うようにノリコを見る

「ひ…ひどいよ…イザーク…」
「すまん…なかなか目を覚まさないので…
 朝食を取ってきてやろうと…一人にさせてしまった…」
「ちがーうっ!」
「…?」

ベッドからかろうじて半身起こしたノリコが咎めるように言う

「ゆうべのイザークったら…ど…どうしてあんな…」

どうして…と問われても…

「…事前に容赦はしないと断ったはずだが…」
「断った…って、あたしにいやって言う選択権なかったじゃない…」

「ノリコは…嫌そうではなかったが…」

怒ったノリコの顔もそそるな…
などと不謹慎なことを考えながらイザークがしれっと言って
さらにノリコ憤らせる

「やめて…って何度も頼んだよ」

『も…う…やめ…て…』
さんざんイザークに上げさせられた挙句
掠れてしまった声でなされた哀願は
逆にイザークを煽っただけだった


「ノリコは、やめて…とよく言う…」

イザークは朝食の盆をテーブルに置きながら
ノリコの方に顔を向けて悪戯な笑みを浮かべる

「いや…とか、だめ…とも…、その全てを今まで聞き流していたが
 一度も後で文句を言われたことはなかったな…」

ノリコを抱え上げるとそのまま椅子に座った

「…次はいやだと言われたら…大人しく従うぞ…」

ぽっと赤くなったノリコは
イザークの膝の上でしばらく大人しく食べさせてもらっていたが
恨めしそうにイザークを見る

「イザークってば…ちゃんとわかっているくせに…」

意地悪…と悪態をつき出した口にちぎったパンが突っ込まれ
口移しで水を飲まされた

それをごくりと飲み込むと
ノリコはもう…っと言いながら、乱れた呼吸を整えた

「イザークが話を聞きたいって言ったのよ…
 なのに全然話させてくれないんだもの…」
「話なら、歩いている時でも出来るだろう…」
「えーっ無理だよ…グローシアたちが近くにいるのに…
 あっだめだからね、心で話すのは…すぐ変だって気づかれちゃうよ」

それに…あたし歩けないよ…と情け無さそうにノリコが言った
イザークは、心配するな…と笑って、ノリコの口にスプーンを運んだ

「しゃべってないで、早く食え…」





「ノリコの調子が悪いから…」
宿を出ると、イザークはノリコを負ぶって歩き出した

ノリコはもう…とっくに恥ずかしいと思うことはやめていて…
大人しく彼の背中にいることにした


「続きを話せ…」
「…え?」
「昨夜…話していたことの続き…そのまま囁けば誰にも聞かれまい」

負ぶさっているノリコの口はちょうど彼の耳元にあった

結局、ノリコはグローシアとの会話の一部始終を
移動中ずっと、イザークの耳元で囁くはめになってしまった




アレフさんは、イザークやあたしのことをよくからかう
その大半はあたしたちの夜の行為…に対して…だと思う
イザークはそのほとんどを受け流すけれど
あたしはいつも赤くなってしまうので余計面白がられる
だって…彼は結構鋭いんだもの…

グローシアも気づいたようで
そんなことを楽しむアレフさんが
彼女は気になるみたい…

大人の男と女の関係…
彼女は頭のいい人だから
結婚を控えて考えてしまうんだろうな…

昨日、グローシアは覚悟を決めたみたいに
いろいろと訊ねてきたんだ


「 服は自分で脱ぐの…?」
「…そういや、あたし…自分で脱いだことないかも…」
…みたいな笑ってしまうやりとりも多かったけど…
くだらないなんて思わない…
誰だって…未知のことは不安だもの


「…初めての時は…恐かった?」
「ううん…恐くはなかったよ」

イザークがあたしを欲しいと言った時…
恥ずかしい…って思いはあったけど
恐くはなかった

だって…
イザークだったから…

彼のことを、怖がるなんて…ありえないもの…


「逆に…彼のほうが少しためらっていたのよ…」
「あら、どうして?」
「だって、あたしたち…この先どうなるかわからないでしょ…」
「…」
「もし…ずっと一緒にいることが叶わなくて…
 あたしが彼と離れて一人になってしまったり…もとの世界に戻ったりした時に
 きれいな身体のままでいさせてやりたいって…彼はそう言ってくれたの」
「…それでも結局彼はあなたを抱いたの…?」
「そんなのおかしい…ってあたしが言ったの 」

「えっ…?」
グローシアがその瞳を大きく見開いてあたしを見た

意外…だったんだね

「だって…大好きな人に抱かれて…
 あたしの身体がきれいじゃなくなるなんて…変だよね…
 グローシアはそう思わない…?」
「ノリコ…」

「そりゃあ…恥ずかしかったし…痛かったよ…
 あたし…なんにも知らなかったし…でも、嬉しかったんだ…」
その時のことを思い出した…

「全てが終わった後にね…イザークの胸の中で思ったのよ
 これで…あたしはイザークともう離れられなくなったんだ…って
 そうしたら…すごく安心しちゃって…気がついたら眠ってたの」

安心すると寝てしまう癖があるんだ…
そう言って笑うあたしに
グローシアはやっと緊張を解いたようだった

「けど…グローシア…」
そしてあたしは言ったんだ

「人それぞれ…愛し方があると思う
 アレフさんとイザークでは…違うだろうし…」
「そうね…」
「それより…グローシアがアレフさんのこと好き…って
 気持ちを大事にするのが…一番大切なんじゃないかな…
 …なんちゃって…あたし偉そうだね」
えへへ…とあたしは照れて笑った

「ううん…」
グローシアは首を振って柔らかい笑顔をあたしにむけた

「ノリコはイザークのことが本当に好きなのね…」
「うん…すっごくね、グローシアだってアレフさんのこと好きでしょう?」
「…ええ」
珍しく控えめな彼女の返事が
逆にその想いの強さを物語っている気がした


その後もまたいろいろ訊かれて、あたしは出来るかぎり答えた
最後にグローシアはあたしの手を取って、ありがとうと言ってくれた

あたしで役に立てたのかな…



「イザーク…?」

さっきからイザークは黙り込んで、相づちを打つこともしなくなっていた

「どうかしたの?」

「…」

答えてくれない…
イザークとのことをいろいろしゃべったから気を悪くしたのかなぁ
グローシアが訊いてくるくらいだから
あんまり露骨なことは話していないと思うけど…



「ノリコは…もし…」

ぽつりとイザークが言った

「…?」

「もし…元の世界に…家族のもとへ帰れるとしたら…」

どうする…と、イザークは前を向いたまま…
目を合わさずにノリコに訊いた

「…帰れるって…イザークと一緒に?」
「いや…ひとりで」
「で…でも、また戻ってこれるんでしょう」

「わからん」

「…どうして…そ…そんなこと訊くの?」
「もしもの話だ…」

「いやよ…イザーク…」
おれの肩に添えていた腕を前に廻して
ノリコはおれを抱きしめる

「もしもだって…冗談だって…そんなこと言わないで…」
「家族に会いたくないのか…」

「会いたいよ…」

会いたいに決まっているでしょ…
ノリコは声を震わせてそう言った

「でも…あたしはイザークと一緒にいる
 ずっと傍にいたい!」

「ノリコ…」




おれは…
ノリコを二度と離したくないと
家族の元になど返したくはないと
そんなあさましい独占欲を胸に秘め
己の想いに不安すら覚えていたというのに…

ノリコはおれに抱かれて…
もうおれから離れられなくなったと …
だから安心してしまったと…
笑って言った

同じ想いでいながら裏腹な感情…


消えてしまわないでくれ…
おれの前から…


あたしはイザークと一緒にいる…
ずっと傍にいたい




「いや…いやだよ…離れるのは絶対いや…」


何度もいや…と繰り返し言いながらノリコは顔をおれの首筋に埋めた
そこに暖かいものが流れていく
おれは…またおまえを泣かせてしまったんだな…



「泣くな…ノリコ…」

切ないほどに愛しく思っている人にそう言われて
ノリコは彼の首から顔を上げた

「今朝…言っただろ…」

相変わらず彼は前を向いていて…表情が見えなくて…
不安がノリコの胸の中で一杯になる


「次は、いやだ…と言われたら…大人しく従うと…」

「!」

またからかわれたのかとノリコは思ったが
微風が撫でるように優しい彼の声が心の中に響いてきた

『もう…帰りたいと言っても…離さない…絶対に…』



「ノリコ…?」
急に黙ってしまったノリコに、イザークは呼びかけたが…


肩にのせられたノリコの頭から
すやすやと安らかな寝息が聞こえてきた

NEXT
One More Story
Topにもどる


Copyright © 2008 彼方から 幸せ通信 All rights reserved.
by 彼方から 幸せ通信