ゲーム



「きゃーーーっ」

イザークと待ち合わせの場所へと急ぐノリコが
階段で足を滑らして必死で手すりにつかまった


いけない…いけない…

階段にこすって汚れてしまったコートの背中を
ぱんぱんとはたきながらイザークの気配を探った

こんなところを見られたら…
少し(*)過保護気味の優しい恋人が眉を顰めるのは必定で…
(*ノリコ基準です)

彼の気配はまだ感じられない…

良かった…とほっとしたノリコは
顔の横に見慣れないものが差し出されているのに気がついた

ん…?
何これ…?


「いきなりゲームでどんどこしょ!」

え…

マイクを握ったやけに明るそうな人と
カメラを肩に抱えてこちらに向けている人が
自分を取り囲んでいることに気づいた

「さーて皆さん、毎度おなじみのドキュメンタリー
 『いきなりゲーム』の時間がまいりました」

な…なに?

「これは町行く人をいきなりゲームに巻き込む番組です
 本日のゲームは先ほど階段で滑りそうになっていた
 この彼女にやってもらいましょう…」

テ…テレビ…!

「彼女…学生?」
「は…はい」
「お名前と学年は…?」
「あ…あのあたし…」

そんな困るわ…いっきなりテレビだなんて…

「お名前と学年!!」
「立木典子…短大の二年生」

つい司会者の勢いに押されてで答えてしまったノリコだったが
司会者のタレントはノリコの方に身を乗り出すようにして
待った無しで質問を次から次へと浴びせてくる


「彼氏はいるの…?」
「いっ…います」
「初恋はいつ?」
「え…と、あの…今の人が初恋で…」
「おやっ それは珍し!
 しかし彼の方はきみの前に初恋の娘位いたよねェ!」
「え…と」
「どーなの、どーなの、どーなの?
「あのっ…あの…えっと…あたしが初恋かと…」
「へぇー今時珍しい!!!初心な男子なんだねぇ…」

イザークが初心…?



「ここを力まかせにぶったたく…」

首を傾げているノリコに構わず司会者がゲームの説明を始めた

「力によって目もりの上がり具合がかわってくる!」

腕を握られてぐいっぐいっと引っぱられた

「女性の場合は100以上いくと五千円の図書券
 80以上だと千円の図書券…それ以下だと…」

ふ…と司会者はノリコを見るとにこっと笑う

「そうだな…いつもは何にもなしなんだけど…」

いきなりがしっとノリコの肩を抱いた

「今回は特別にぼくとデートしてもらおう!好みのタイプだから…」

え…



くっ…

イザークはノリコの腕が握られた時点で
司会者を殴り倒したくてたまらないのを必死で抑えていたのだが…
彼がノリコの肩を抱いた途端、身の内から久しぶりに
怒りのエネルギーが湧いてくるのを止められなかった

だが…
テレビカメラが向けられている…
ノリコとの仲を公にしてしまうのは避けなくてはいけなくて…
野次馬の後方で歯がみしながら成り行きを見守っていた



「はいっ…それでは、はりきってどうぞ!」

そっ…そんなこと勝手に決められちゃ困るよ…

あたしの愛しい人はほんのちょっと(*)独占欲も強い…
(*あくまでもノリコ基準)

ノリコは自分が他の男の人とデートすることになったら
どんな騒動が起こるか目に見えるようで…
それは絶対避けなければならないと自分に言い聞かせる

よーし、何としても80出さなきゃ…

せーの…とノリコが思いっきりそれを叩いた瞬間
イザークのひとみが細く瞬いた


ぎゅーんとそれは勢いよく上がっていって…

カーン
最上部までヒットしてしまった


え…


「…」

司会者は目が点になって、なにも言わずに呆然としている
うるさかった野次馬もシーンとなった

うそ…


「違う…!」

青くなったノリコは必死で回りに向かって叫んだ

「みんな…これは違う!」

周囲はみな…そんなノリコから距離を置こうと一歩引いていた


司会者が怖々と賞品を差し出した

「と…特賞の一万円図書券です…」
「あの…」

ノリコが何か言おうとするが、 びびった司会者は完全に腰が引けていて…
ノリコが賞品を受け取ったのを合図にカメラマンもスイッチを切ると
二人してくるりと向きを変え、すぐにバイバイして逃げ出そうとした

「うわっ」

そこにいたイザークにぶつかりそうになって
司会者は驚いて声をあげた


目の前にテレビ局でもめったにお目にかかれないような、いい男が立っている
二人はついぽぉーっと見とれて立ち止まった
カメラマンが思わずまたカメラを回そうとしたが
イザークにひと睨みされて手が止まってしまった


「初心な男子で悪かったな…」

「え…」


イザークがノリコの手を取って歩き出した後ろ姿を
唖然としたまま司会者とカメラマンは見送っていた



その後、イザークは散々ノリコから責めたてられたり…
泣きつかれたりしたのだったが…




「見た?テレビ…」
「立木さんでしょ…」

典子の大学でもその話でもちきりだった

「びっくりよね…立木さんて小柄で華奢なくせに…」
「あの人とデートしたくなくて…頑張ったのかもね」
「『火事場の馬鹿力』かしら…?」

みんなも相当驚いているようだった

「司会の人も相当ビビってたわよね…」
「だって…あのゲーム、
 男の人だってあそこまでいく人めったにいないのよ…」
「確か…今までにたった一人しかいなかったって聞いたわ」
「あ…わたし、その時観てた…
 すっごく恐い感じの人だったけど…めっちゃカッコよくって…」
「でも…あの立木さんがねぇ…」



大学で遠巻きにしげしげと見られて
う…っとノリコは涙目のまま
その場にいないイザークに向かって叫んでいた


『イザークのばかぁ…』






もちろんイザークには聞こえて、おろっとしています
その後の彼方から
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by 彼方から 幸せ通信