『あのね…前に話したことあるでしょ…中学の時に憧れていた先輩…
今日彼に偶然会ったのよ…』
眉間に皺を寄せているイザークの姿が目に浮かぶようだったが、ノリコは続けた。
『カフェに入ってね…一時間ぐらいおしゃべりした』
『楽しかったか…』
『うん…イザーク、怒ってる?』
『…あまり、いい気持ちはしていないな…』
一呼吸置いてから、イザークは正直にそう言った。
『…懐かしかった、それだけだよ…あのね、イザーク…』
『なんだ…?』
『フフ…なんでもない…明後日だよね、帰るの…』
『ああ…おまえは明日は同窓会か…』
『そうだよ…じゃぁ、もう寝るね』
『……おやすみ』
『おやすみなさい』
そう言って通話は途切れた。
イザーク、あのね…今日先輩と話してた時、わかったことがあるんだ…
帰ってきたら教えて上げるね…
ノリコは無邪気にそう思っていた。
そう思っていたのだが…
「なにぼんやりしてるの…?」
ベートの声に、はっとイザークは我に返った。
日本はすでに深夜だったが、ここはまだ夕方で、皇太女が記者会見を始めるところだった。
びくん…
意識をこの場に戻したイザークの身体が震えた
「皆さま、こんにちは…◯◯国の・・・です」
フラッシュが瞬く中、皇太女が笑顔でスピーチを始めたその瞬間…
「おいっ…」
「うわっ…」
「きゃぁ…」
皇太女を取り囲んでいた関係者たちが突き飛ばされ、何者かが彼女を演台の下に押し込んだ瞬間…ビシッ…皇太女が立っていたすぐ後ろの壁にかけられていたエンブレムの入った額縁のガラスが蜘蛛の巣状にひび割れた。
ここまでの場面が衝撃映像として、全世界のニュース番組などで放映されることになる 。
「ベート!… 後方右から3台目のテレビカメラだ…」
演台の下で皇太女を抱いたままイザークが怒鳴り、ベートはすぐに近くにいた警備員とともにイザークが指示した方向へと急ぎ、犯人は捕らえられた。
イザークが現れて姿を消すまで、時間にしたらほんの1・2秒に過ぎない。いくらスローモーションで映しても顔だちなどはぼやけてはっきりしないから、例え彼を知っている人間でも、あれが彼だと気づくことはほとんどないだろう。
数名を除いては…
「あーーーあれっ、イザークでしょう!!!」
遠いニューヨークでは、ホリーがテレビを見ながら叫んだ。
「ん…そうかな…?」
「そうだってば、絶対…」
「一瞬過ぎてよくわからないだろ…」
「あたしの目に間違いはないわ!」
「おまえ、自信過剰なんだよ」
「そんなことないもん…ねっ、チャールズ?」
ホリーとカークが言い争っているのを聞きながら、チャールズは何度も繰り返してその場面を映す画面を見入っていた。
「え…いや、よくわからないな」
そうホリーには答えたが…
間違いない…あいつだ…
チャールズは確信していた。
今回の皇太女の外遊には関係ないながらも興味を持っていた。よくあれだけ危険な国へ出掛けて行くものだな…と、彼女の勇気に感服していたものだったが、イザークが警護についたとわかれば、それはそれで納得する。
だが…
「あり得ん…」
伝説のボディーガード…破壊の化物…
あいつだったら、銃口が向けられた時点で気づくはずだ…
発砲を許して…しかもテレビ画面に一瞬といえどもその姿を現すとは…
チャールズは不審に思いながら、TV画面を見つめていた。
「君がカメラに映り込むとは、前代未聞だな…」
チャールズ以上にイザークを知っているベートは呟いた。
TVカメラに添わせた銃口が皇太女に向けられてから発射されるまでは、少しの間があったはずだ。普段のイザークであれば、銃が撃たれる前に気づいて余裕で制止していただろう。
散々な一日が終わった後、ホテルの部屋で、ベートが尋ねる。
「…ノリコとなにかあったのかな…」
いつも完璧なイザークがミスしたとすれば…原因は効かなくてもわかっている。
ベートの問いかけを無視してイザークは顔を背けた。
否定しないんだな…
そっぽを向いているイザークがなんだかひどく子供じみて…、ベートは思わずくすっと笑いたくなるが、今のこの状況にふさわしくないので顔をうつむかせ、口を手で覆った。
「ベート…」
「…ん?」
ベートは顔を上げてイザークを見た。
「おれは……時々…自分が恐くなる。」
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