「まゆこっ!!」
「うわっ、ゆっこ…久しぶり〜」
「おっ…和田じゃないか、ずいぶん老けたな〜」
「杉掛…おまえ、人の事言えないぜ」
そんな会話を遮るように幹事の声が響いた。
「みなさーん、ご静粛に…まずはは再会を祝して、かんぱーい」
「かんぱーい」という声がこだまのように重なって衝立の向こうから聞こえてくる。
会場となった居酒屋はその一画を衝立で区切って同窓会場にしていた。久しぶりに出会って、つい興奮して大きくなる声は一般席のところまで筒抜けだが、安価が売り物の居酒屋に来ている客たちもそれはそれで騒がしく、あまり気にしていなかった。
「あの〜すいませんが、相席お願いできますか」
「・・・」
店員は申し訳なさそうに一人で飲んでいた男に声をかけた。週末の夜にボックス席を占領していたのを多少は後ろめたく思っていたので、かえってほっとして顔を上げると、驚いて息を呑んだ。
店員と一緒にいた男は見たこともないほど整ったな顔立ちをしていた。身長もかなり高く、長髪で外国人らしい風貌からモデルか何かかと推察してみる。
「僕は別に構わないけど…そちらはいいの?」
あまりにも不機嫌そうな表情だったので、思わずそう尋ねてしまってから馬鹿馬鹿しさに気づいた。向こうから相席をお願いされたのだから良いに決っている。
男は答えずに向かい側に座ると、酒を注文した。店員が何度も頭を下げてから厨房の方へ戻っていった。
店の女性客のほとんどがこちらを注目している。前に座っている男をちらっと見るが、慣れているのか全然気にもとめていない。黙って酒を飲むその男は、大衆居酒屋より一流ホテルのバーのカウンターにでも座っている方がよっぽど似合っている…などと思っている彼自身もかなりな容姿の持ち主で、イケメン二人が黙って飲んでいるそこだけが別世界のようであった。
「ねぇ…その指輪ステキねぇ」
昔話や近況報告などが一段落した時、普段は実習などがあるのではずしている婚約指輪をつけてきたのを、同窓生から目ざとく見つけられていた。
「そうかな…」
少し照れてノリコは答えた。
「ちょっと見せて…」
先ほど自己紹介の時に宝石店に勤めていると言っていた子が、ノリコの手を取った。
「これ…ブルーダイヤだわ」
「なに…?それって高いの?」
他の女の子たちも興味深そうにノリコの手を覗き込む。
「天然だったらね…大きさもそこそこあるし…よく見ないとわからないけれどカットも…」
「も…もう、いいったら…」
恥ずかしくなってノリコは手を引っ込めた。
「ネックレスもお揃いだよね?」
宝石店の子が、ノリコの襟元から覗いているそれをちらりと見る。
「お…お揃いじゃあないと思う…」
「思う?」
「うん、こっちはクリスマスに貰って…指輪は…」
「貰って…って、やっぱ彼からのプレゼントなんだ〜」
「…う」
「じゃぁ、これってもしかして婚約指輪でしょ…」
「……う…うん」
頬を染めたノリコが控えめに肯定すると…
「えええっ、ノリコってば、婚約してるのぉーーー!!」
衝立の向こう側に響き渡るほどの嬌声が上がったのだった。
それまで俯き加減に飲んでいた二人の男が同時に顔を上げて、視線が合った。
「きみ、恋したことある?」
後から来た男が再び視線をそらそうとしたが、出し抜けにそう尋ねられて、無表情に相手を見つめる。
「自分はそういう感情とはずっと無縁だと思っていたんだ…」
見知らぬ相手に何を喋っているのか…
いや見知らぬ相手だからこそ想いを吐き出せるのかもしれない…
苦笑を口元に浮かべながらも彼は続けた。
「何人かの女の子とつきあったことはあるよ…ぼくだって男だし」
「…」
身体だけの関係だったと言った時、黙って聞いている男の瞳が妖しげに瞬いた気がした。
「どうやら、君も経験ありっぽいね」
相手が自分を決して無視してないことに気づいて少し大胆に言ってみるが、相変わらずそいつは無表情に見つめ返すだけだった。
「ま、いっか…」
そう言って、おつまみを一口頬張ってから酒を飲んだ。
「このまま見合い結婚するのも、それはそれでおれの人生なんだと、そう思っていたんだ…」
実際に上司から縁談を勧められていた。相手は融資してくれる会社の関係者の孫娘で、悪い話ではなかった。
「だけど…」
週があけたら上司にOKの返事をしようと思いながら歩いていた駅前の商店街で、懐かしい面影を残した女の子に会った。
少し話をしただけだったが…
『えーそうなんですかぁ』
ちょっと大げさな話をすれば、驚いて目をみはる彼女…
『いやだぁ、先輩ったら』
軽い冗談にクスクスと笑う姿が可愛らしかった。
「誰かを本気で好きになるなど考えられなかったのだが…出会ったのは運命かなって思える女性が現れたんだ」
「……う」
先ほどから自分の婚約に関する質問が後を絶たないノリコは、涙目になっている。
中学生の頃から密かに人気があったノリコに焼きもちを妬いていた女子と、同窓会でノリコに会えることを楽しみにしていた男子が彼女を放っておかないのだ。
「もう、エッチくらいしてるわよね」
かなり酒がまわってきた頃、撃沈している男子を横目にそんなことをいじわるっぽく尋ねられた。
当然、全員が聞き耳を立てている。
別に答えなくてもいいのに、真面目なノリコは無視することが出来ない。
「あ……あのね、一緒にね…暮らしてるんだ」
ノリコが答えれば、一瞬の間の後、爆発したような叫び声が響いた。
「えーーーっ、ノリコってば結婚前に同棲してるの!!!」
「うそうそ…あの奥手のノリコがーー」
「そ…そんな大きっな声で…」
「お…おれ、ショックだな…」
「くそーっ」
「でも運命の女神は、ぼくには微笑んでくれなかった」
衝立越しの騒ぎ声を聞きながら、ふ…とため息ともつかない息を吐いた。
「彼女にはもう好きな人がいたんだ…告白してみてもまったく動じない…あきらめるしかないだろうね」
それでも今日また会えたらと、未練っぽくここに来てしまったのだが…
「おれと彼女が出会ったのは運命だった」
「え…」
それまで黙り込んでいた奴が初めて喋ったので、驚いて見る。
視線はそらしていたが、言葉はつながれた。
「だが…おれたちはその運命を変えようと戦ってきた」
「・・・」
「未来は変えられる…そう信じてきたんだ」
なんだかよくわからないが、そいつからすごいことを聞かされているような…そんな気がした。
「二次会は…」
「カラオケに行きましょうよ」
どうやら同窓会が終わったらしい。
ガヤガヤという話し声とともに椅子を引く音が重なって、会場から人が出て来た。
「おにいちゃん…?」
伝票をつかんで立ち上がった彼を妹が見とがめた。
「ちょうど近くを通りかかったんだ…おまえの同窓会がここだったと思い出して」
「きゃー先輩!!!」
当時憧れる女生徒は少なくなかったから、黄色い声が上がった。
そんな自分を見て驚いているノリコに、にっこりと笑いかけた…
お返しにノリコが自分に微笑む…
どんなにすさんだ心さえ溶かしてしまいそうな笑顔…
それを心から欲しいと願ったが…
「・・・!」
突然、ノリコの笑顔が変わった。
ノリコの視線が自分の肩越しを通り過ぎていってる。
それは笑顔とは言えないのかもしれない…
たった一人だけに捧げる祈りのような表情…
うまく言えないが…
彼女は彼のものだと確信した。
「でも、やっぱり…ぼくの運命を変えるのは無理のようだね…」
振り返って見ればヤツも立ち上がっていて、もう自分を見てはいなかった。
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