再会…そして3



「えええっっ…」

学食に友人たちの叫び声が重なって…
周り中の注目が一気に集まった
シーっ…と焦ったノリコが口に指をあてた



さっき、ぼんやりと座っていたノリコに友人達が声をかけた

「また…典子ってば、彼氏の事…考えてたんでしょう…」


困っていたところを助けられるという出会いをしてから
友人達が賞賛したくなるほど、ノリコの様子は見事に変わった
それまでの心をどこかに置いてきてしまったような虚ろな風情から
恋にときめく…ちょっと浮かれている女の子へと…

ぽぉっとして何かを考え込んでいたかと思うと
顔がしまりなくにへーっと笑ったり…
急に赤くなって頭をぶんぶん振り出したり…

そんなノリコを友人達はからかいながらも温かく見守ってくれる

「ヘぇ…今日帰ってくるんだ」
「もっと先…って言ってなかってけ?」

「う…うん、仕事早く終わったみたい…」

警備の仕事で遠くに行っている…と聞いていた

友人達は頭の中で
地方都市の建設現場で交通誘導している人…
イベント会場で不審なものはないかと巡回している人…
会議場で人の出入りをチェックしている人…
など様々な想像をめぐらせていた

肝心のノリコ自身が…あの夜、半ばパニック状態だったので
イザークの仕事をあまりよく理解してはいなかった

『仕事…?』
『ああ…この世界でもおれは相変わらず…』

相変わらず…って、渡り戦士…なわけないし…
あ…そうか…
よく頼まれて商隊の警備とかしてた…

『警備の仕事…?』
そう言ったノリコにイザークはただ微笑っていた

ノリコの頭の中では
なにやら大事な荷物を運んでいるのを見守るイザークのイメージがあった

…でも、なんでわざわざヨーロッパまで…
とは…考えていない

イザークと再会できた喜びでいっぱいのノリコは
あまり細かい事は気にしていなかった


「じゃあ今日会えるんだ…楽しみだね…」
「あ…実は…」

今夜、両親に紹介すると言った途端…
冒頭の騒ぎになった


「もしかして…すでに結婚を視野にいれている…?」
「そ…そりゃそうだけど…」
「そうだけど…って、ホントにそうなの…?」
「うん…だけど…今日はただの紹介だってば…」
「ただの紹介…?」
「そうよ…親に黙ってつきあうのは良くないでしょ」
「…」

「ど…どうしたの?」

友人達は皆黙ってしまい…ただぽかんとノリコを見ていた

「変なの…あっ、午後の講義が始まる前に図書館に行かなくちゃ…」

そう言ってノリコは駆け出していった…


「冗談のつもりだったのに… 」
ぼそりと博子がぼやく

「きっと…つきあうイコール結婚…って考えなんだね…」
今時信じられない …と雅美がため息をついた
そしてあきれ顔の江利が頭を振りながら…
「世間擦れしてないってのも、ほどがあるよ… 」

「相手の人だって変だよ…たった一度会っただけで親に会わせろとか…」
「案外、似た者どうしで上手くいくんじゃない…?」
お互い初心な二人の出会いを想像してしまう

「ま…典子が幸せそうだから…」
「ホント…一週間前と随分変わったよねぇ…」
「恋は偉大だわ…あたしも早く彼氏欲しいなぁ」

…などと友人達のおしゃべりは続いていった





「あなた…いい加減座って下さい」

今日は朝から落ち着かない…
気がつくと居間の中をうろうろと歩いている
仕事どころではなかった…

妻がお茶をいれてくれたので、渋々ソファに座った


『会って欲しい人がいるの…』
ゆうべノリコは、はにかみながら我々にそう告げた…
今日の夕飯に招待したそうだ


「やっぱり…あの日、会っていた人かしら…」
妻が何とはなしにつぶやいた…

「…憶測しても意味がない…今夜わかるだろう…」
口からは冷静な言葉が出てくるが…

「貧乏揺すりはやめて下さい…」
妻に注意されてしまった


ノリコはあまり多くを語らなかった
外国人だ…と、警備関係の仕事で遠くへ行っていたのが
今日帰ってくるとだけ…

恥ずかしそうに臥せた顔を赤く染めて
だが…ひどく嬉しそうな風情で…



「ただいま…」

ノリコが帰って来た



落ち着かないのはノリコも同じだった…

母親を手伝って夕飯の支度をしていたが
物を落としたり調味料を間違えたりと…上の空で…
あげくに水の入った鍋をひっくり返して
服をぐっしょりと濡らしてしまった

「き…着替えてくるねっ」

ばたばたと階段を上がって行くノリコの姿に
喜んでやるべきなんだろうな…と思いながらも
不安な気持ちを抑えられない

ノリコは一度男性とのことでひどく傷ついている
もし今回もそんなことになったら…

「きちんとあたしたちに挨拶に来てくれるような方だし…」
大丈夫よ…と母親は多少楽観的らしい

「見守ってやるしかないな…」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた



ピンポーン
チャイムの音に両親はぴくりと一瞬動きを止めてから顔を見合わせると
次の瞬間二人して慌てて玄関へと駆け出した


「いらっしゃ…」

呼吸を落ち着けてからドアを開けた母親が
言葉を途中で飲み込んでしまった


つきあい出してすぐに親と会おうという
実直で気の良さそうな青年を両親は思い浮かべていたのだが…

クールと言えば聞こえはいいが、ひどく無愛想な青年が立っていた
それはノリコといる時以外のイザークのごく普通な表情なのだが
もちろん両親はそれを知らないので彼がひどく不機嫌なのかと
ここに来るのがいやだったのか…と思ってしまったのも致し方ない

ただ…両親が固まってしまったのは彼の表情の所為だけではなかった

スーツの上に長めのコートをボタンはかけずにはおっている
そんな格好が恐ろしく様になるほど長身でスタイルがいい
今まで見た事もないほど端正な容姿の青年だった
見目形だけでなく、漂う雰囲気もどこか優雅な風格がある
それでいながら重厚さすらも感じられて…

典子が夢中になるのも無理はない…
だが…本当に…この彼が典子と…

「…」
「…」

疑問符を頭の上に貼付けた両親が息をのんでイザークを見ていた

そんな二人の様子にイザークはどうしたものかと
表情にこそ出さないが戸惑っていたところへ
ノリコが階段を転がるように駆け下りてきた


「イザーク!」
愛しい人の姿が目に入った途端…嬉しくてたまらないノリコは
思わずドンっとイザークに抱きついてしまう

「ノリコ…」
イザークも目を細めて、彼女の身体に腕を廻そうとするが
じっー…と両親が見ているのに気づいて
優しく彼女の肩をつかむとその身体を離した

はっと我にかえったノリコも両親の視線に気づいて赤くなった

「え…と、上がって…」


居間のソファに腰をおろし、お茶の用意がされる間
父親は頭の中でもやもやしている原因を懸命に探っていた
イザークは暗くなりかけている庭を見ながら黙って座っている


「イザーク・キア・タージ…イザーク…」
紹介された名前を口の中でつぶやいてみる

どこかで…確かにこの名前を聞いたことがあった


「…そう、警護のお仕事をしていらっしゃるの…」
「ああ…」

日本語には不自由しないとノリコは言っていたが
先ほどからやけに言葉数が少ない…
不遜とも言える態度だ

その整いすぎている容姿と不機嫌な表情
抱きついたノリコを身体から離した様子もあって
父親はあまりいい印象を持てないでいた

それは父親が娘の彼氏に抱く普遍的な感情でもあったが…


「それで…」
それまで黙っていた父親が口を開いた

「君はノリコとつきあっていると…そういうことなのかな」

単刀直入な問いかけにノリコは恥ずかしそうに顔を伏せ
対照的にイザークはまっすぐと父親の目を見た

「その通りだ…」

「…まあ、我々に会いに来るくらいだから…
 少しは本気だと思っていいのだろうか…」
つい嫌みな口調になってしまった…
言ってしまってから父親は少し後悔したが…

「少しは…?」
イザークは心外だとばかりにその秀麗な眉をひそめた

「おれは…ノリコ無しで生きていくことなど考えられんのだが…」

「は…?」

いきなりどストレートな彼の言葉に、父親は思わず間抜けな返事をしてしまった

「き…君は、冗談を言っているのか…」

それには答えず、イザークは真剣な顔を向けたまま
ほんの数呼吸分間をおいた

父親はなぜだかいやな予感がして
その視線から目をそらし…茶碗を手に取った

「ノリコを…おれにもらえないだろうか…」

やはり…
ごくりと冷めたお茶を飲み込む
娘とつきあっている男が挨拶に来るということは
そういうことなのだと頭のどこかで覚悟してはいたが…

「しかし…君たちは先週会ったばかりで…」
いくらなんでも早過ぎる…
「もう少し…つきあってから決める事では…」

「…その必要はない…」
「なっ…」
にべもなく言い切るイザークに返す言葉を探そうとした時…


記憶が蘇った


消毒薬の匂いが立ち込める病室…
機械の発する電子音…
長い眠りから目覚め
わけの分からないことを叫びながら暴れるノリコ…
無理矢理押さえつけられ、腕に注射されている姿が可哀想で…
親でありながらどうしてやることもできないばかりか
とても見ていられず目を背けてしまった…情けない自分

そして意識が無くなる直前にノリコが叫んだのだった

『イザーク…』



「君か…」

父親が立ち上がるとイザークを指差し睨みつけた

「そうか…君なんだな…」

その拍子に茶碗が転がりお茶が机から床に滴り落ちた…
何ごとかと母親がびっくりして見ている

「あの日…三年前のあの事件が起こる前…
 典子を抱いたのは…君か…」


「おとうさん…」

ノリコが両手を口にあてて真っ青な顔になり…
イザークは相変わらず無表情に父親を見上げた

「そうだ」


「きさまっ…」
父親がイザークの胸ぐらを掴んだ

「三年間も放ったらかしにしておいて…
 ノリコ無しでは生きていけない…だと」

拳が頬に飛んできたが、イザークは何もせずに黙って殴られた

「ノリコが…あれからどれほど辛い思いで過ごしてきたか…
 くっ……よくも…」

「あなた…やめて…!」
「おとうさん…」

再びイザークを殴りつけようとする父親を
ノリコと母親が必死に止めた

「イザークは悪くない…全然悪くないのよ…!」
ノリコが全身でイザークをかばうように二人の間に立ちはだかった

「おまえは…あんな目に会ってまで…」

「イザークは…本当にあたしを愛してくれていたの
 あの時からずっと…苦しんでいたのはイザークだって一緒なの」

目から涙をぽろぽろこぼしながらノリコが必死に言っている

「それを信じろと言うのか…」

娘の様子に殴ろうとした手は引っ込めたが
今にも唾を吐きかけそうに憎々しげにイザークを見下ろした

「信じて…おとうさん
 イザークは誰よりも…誠実で信頼できる人よ…」

そう…自分を犠牲にしてまでもあたしを護ってくれた人…
そのことを話せないのがひどくもどかしい…

「…だが、まだ高校生のおまえを…避妊もせずに…
 誠意の欠片もわたしには見えないが…」

それは…と、ノリコは言葉に詰まった


「説明してもらいたい…」

口の端から流れる血を手で拭いながら
イザークは 視線をそらさずに父親を見ていた

「納得できる説明を聞かない事には…
 つきあいを許すわけにはいかないからな…」




張りつめた重い空気の中で、イザークは静かに語り出した

この世界の記憶…
部屋にあった書類の中に書かれていた自分の経歴…




信じられなかった…

その青年の口から出てきた話しは…
小説家の自分ですら想像できない世界だった

彼は今はもう別の国家になってしまった王国の生まれで
幼い頃から特殊訓練をされ
同い年の王子の護衛として傍に仕えていたそうだ
十五歳の時に革命が起こり、国王一家は皆殺しにされた
目の前で王子の悲惨な最期を見た彼はどうにか逃げ出したが
新政権から口塞ぎのため追っ手がかけられた

闇の中に身をひそめ、追っ手から逃れるために
たったひとりで国から国へと世界中を彷徨い続けたという
あの時期日本に滞在していて、ノリコと出会ったらしい
そして二人は恋に落ちた…
だがここにも追っ手が迫ってきた

「ノリコは…危険は承知でおれと一緒についてきてくれると…
 そう言ってくれた…だから…おれは…」

その後の言葉を彼は言わなかったが…
だから彼女を抱いたのだと言いたかったのだろう…

若い二人の真剣な恋…
二度と我々と会えなくなるかもしれないというのに
ノリコは彼について行く決心をしたのだ

それはショックな事であったけれど…

ノリコがそんな恋をしていたのか…と驚くが
長い間、男に弄ばれ捨てられたノリコ…という見方をしてきたせいだろう
ノリコの思いは相手に通じていたのだと…
それがわかって不思議と心が安らいでいく


ノリコは約束の場所に現れず
結局、自分より家族を選んだのだと思った彼はひとりで旅立っていった
あの事件の事は知らなかった…

二人のことを話す時、イザークは目をそらしていた
なぜならここのところは彼が考えたフィクションで
若干後ろめたい気持ちがあったのだが
幸いな事に父親は、照れているのだろう…という程度にしか思わなかった

『イザークったら…』
ノリコの声が聞こえて、赤くなった顔を片手で覆った


最終的にアメリカに政治亡命を申請して認められ
今の彼はアメリカ国籍だ

彼を追っていた新政権も結局は再びクーデターが起こり
別な政権に取って代わった

職も得て晴れて自由な身になった彼はノリコの事が忘れられずに
希望して日本に転勤してきた

再び出会った二人はお互いの思いをあらためて確認したという…


さて…どこまで信じていいのか…
妻はすでにこの話に感動して涙まで流しているが…


「話はわかった…
 けれど君が本当に信頼に値する男か…我々にはまだ判断できない…」

どういう事だ…と、イザークは声にはせずに視線を送ってきた

「ノリコをもらいたい…と言ったが、結婚をしたいと言う事かな…」

こくりとイザークはうなずき、ノリコは真っ赤になった

「一年…待ってもらいたい…」


くっ…とイザークは、ひどく不本意そうに呻いた

本当は今日にでもノリコを連れて帰りたかったのだ
だが…ノリコの父親と一悶着起こす気はなかった

「わかった…」
不満をにじませた口調でいやいや答えた


「つきあうのは…構わない」

あたりまえだ…と、またイザークは目で返答する

器用なものだ…と父親は少し感心した後、きっぱりと言い渡した

「だが…門限は十時だ…」


イザークは再び眉をひそめた

「十二時にしてもらおう…」


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