再会…そして7


ノリコの朝は遅かった

生きる気力を失って…
毎晩…もう二度と目を覚ましたくないなどと願っていたノリコに取って
朝起きることは苦痛でしかなかった

学校があるときはいつもギリギリの時間に起きる
休日は…目は覚ましていたが…昼までベッドにいることが普通であった


あちらの世界で、日の出とともに目を覚ましていたのは
遠い過去の出来事

(目覚め…って、名前負けしてる…)

時々、自嘲気味にそう思っては、悲しくて…
余計に起き上がれなくなるノリコであった




「おはよう…!」

明るい声とともにノリコが姿を現した

今日は土曜日、大学はない
時間はまだ…ひどく早い


「おはよう…ノリコ。イザークさんと会うの…?」

もうすっかり身支度を整えているノリコに母親が訊ねた
その表情は面白がっているようにもみえる

昨晩は門限ぎりぎりで帰って来て…
何故だかわからないけれど(笑)…疲れていたようなノリコだったから
今朝はまた遅いのかと思っていた

「うん…朝ご飯一緒に食べて…それからお買い物…」
「お買い物…?」
「あのね…」

イザークったらね…
嬉しそうに顔を輝かせてノリコはしゃべり出す

「お部屋に…なーんにもないの…」
最低限に必要なもの以外…
窓にカーテンも、床に絨毯もなくて…

「彼のところに行ったのか…」
コーヒーを飲みながら朝刊に目を通している父親が
面白く無さそうにつぶやいた

「うん…それでね、お台所にもね…」
気にも留めずに、ノリコは話し続ける

「鍋もフライパンも…包丁もないのよ」

果物と、冷蔵庫にはハムやチーズ…サラダ用の野菜…
そのまま食べられるものしかなかった

ピザを切ったのは、以前いつも腰に携えていた短剣だった
野宿をした時はいつもそれを使って
イザークが果物やら肉などを切っていたのを
思い出して懐かしかったけど…

「ずっとああいう旅をしてきたからかな…
 栄養が取れて、お腹が一杯になればいいんだって」

「味にうるさくなくて良かったな…」
父親の厭味も効き目はなく…

「う…ん、あのね…」

ノリコはそっと頬を赤らめると恥ずかしそうに…
けれど幸せな笑顔で溢れた表情で言った

「イザークは家庭っていうのを知らないんだよね」

一緒にいた時も…ずっと旅から旅の毎日だった

「彼が帰って来た時にね…おかえりって言ってあげて…」
そして手作りのお料理を食べてもらいたい…

今のあたしが出来ること…
そのひとつだ


母親はそれを聞いた途端…
鍋や水切り籠…おろし器だの…
使っていない調理用品を台所中ひっくり返して探し始めた
流し台の下に屈み込んであれこれ引きずり出しながら
料理などあまりしたことない娘に訊ねる

「それにしても…大丈夫なの?」
「う…うん、今はまだ簡単なものしかできないけど…」

頑張って覚える…と言ったノリコを母親はじっと見つめた

小さい頃から、前向きで頑張り屋さんだったノリコが
やっと戻ってきたのだと実感できて…
嬉しくて…

「な…なに…?」

見つめられて焦っているノリコに
なんでもないと首を振りながら…
ふとさっきのノリコの言葉を思い返した

「…でも…彼をお部屋で迎えるって…」
「あ…うん…鍵をくれたから…」

ふん…と父親が面白く無さそうに鼻を鳴らした

「まだ…嫁にやったつもりはないけどな…」
「あなた…!」

母親が咎めるように父親に放った言葉に
なぜだかノリコがびくっと反応した…

「どうしたの…?」


あなた…

いつかあたしも…間違いではなく…
そんな風にイザークを呼ぶときがくるのかな…


「ノリコ…見えてる?」

返事をしないでぽぉっとしているノリコの目の前に
母親がひらひらと手を振って確かめていた

「あ…あの…」
考えていたことを知られてしまったかのような錯覚を覚えたノリコは
かぁっと赤くなって、慌てて何かしゃべろうとする

「で…でも、当分はひとりで部屋に行ったらだめだって…」
「あら…どうして…?」
「警察がまだ見張っていて…あたしを巻き込みたくないから…」
「警察には昨日出頭したのだろう…」
「うん…だけどテロリストに標的にされているとか…」


一瞬の沈黙の後…


「テロリストだぁ…」
父親が轟くような大声をあげた

「だ…だ…大丈夫なの…」
母親も心配そうに訊く

「大したことない…って、イザークが言ってた」

「…」

彼の言うことを欠片も疑っていないノリコはニッコリと微笑むが
両親は開いた口が塞がらずぼけっと立ちすくしている
イザークと会う約束で頭がいっぱいのノリコは
そんな両親の姿が目に入らず時計を見ると慌て始めた

「あ…!いけない…遅れちゃう…
 荷物はあとでイザークと取りにくるね」

「…」




ノリコがばたばたと出て行った後…
昨日と同じように、両親は揃って盛大なため息をついた


大したことない…だと…

「テロリストに狙われている奴なんか危険だから娘を近づけるわけにはいかないと言ったところで
 どうせあいつのことだから心配など必要ないとあっさり却下して…」


頭を抱え込んでぶつぶつと口の中で独り言をつぶやく夫に
訝しげな視線を送りながらも憂い顔の母親は
ノリコが置いて行った荷物を纏めて袋に入れはじめた

二人には幸せになってもらいたいのだけど…

「もっと平凡なつきあいが出来ないのかしらねぇ…」
つい…愚痴っぽくつぶやいてしまい
いけない…いけない、と首を横にふった


「後で…くると言っていたな…
 その時にきちんと訊いてやる…」

父親が自分に言い聞かすように、こちらはうんうんと頷いて
やっと妻の方に振り返った

「私も出かけるので…
 留守の間ふたりがきたら引き止めておいてくれ」
「お仕事ですか…?」
「いや…ちょっと知りあいに会いに…」
「あら …聞いていませんでしたけど…」

コホンと咳払いした夫を母親は不思議そうにみるが
ふっと顔をそらされた




「しゅ…主任…」
店員が泣きそうな顔でやって来た

「なんです…?」
「あのお客様が…」
「…?」

目線で促されるままそちらを見た主任が青くなって店員を叱った

「包丁を…出しっ放しでその場を離れたのですか…!」
 
刃物は鍵のかかるショーケースに仕舞われて
客の求めに応じて取り出すが、必ず店員が付き添っていなければならない…

「で…でも…」
まだ若い女の店員が本当にべそをかきはじめた



これは…

軽く触れただけで、すっと切れた跡は赤い線となり血が滲んでくる

やはり…値段が一桁違うだけはあるな…
力を入れなければ切れないようななまくらでは使いづらくて大変だろうが…
あまり切れすぎるのも考えものだ
まだそれほど料理が得意ではないノリコが少し手を滑らせただけで
怪我をしてしまうような事態は避けたい

だが…

イザークはその包丁を手放せずに目の前に掲げる

この世界で生きていくことを決めた時…
寝室の奥にしまいこんだ剣に思いを馳せた

もう二度とふるうことはないんだろうな…

ノリコを再び得るためならば
全てを引き換えにしても構わなかった
もともと押し付けられるように習い始めた剣だったから
それを捨てることに躊躇はなかったはずだが…

ひどく懐かしい…
時折ふと…それを探すように手が腰のあたりを彷徨うことがある

そんな思いにふけっている時にノリコが傍にいなくてよかったと
思った自分に気が咎めたのか…口元に自嘲的な笑みが浮かんできた


「あ…あの、お客様」

売り場の主任が遠慮がちに話しかけてきて、イザークは振り返った
その男っぷりにか、視線の鋭さにか…
主任は一瞬たじろぎ、腰が引けるのを懸命にこらえた

「包丁を試すのでしたら…こちらにお野菜を用意してありますので…」
ご自身の手を切るのはやめて下さい…という言葉は飲み込み
困惑しながらまな板にのった大根を指差した


野菜の切れ味より、ノリコの指の方が心配なのだが…
  
「必要ない…これを貰おう」
鋼よりは安全かと…切れ味が適度に良いステンレスの包丁を差し出した

主任は包丁を受け取りながらイザークの左手をじっと見て
ついでに右手も確認してから
首を傾けると、後ろに頭を下げて立っている店員に小声で話しかけた

「手の甲に傷などひとつもありませんよ…」
「え…でも…確かにさっき何本も試して…血がにじんでましたけど…」
「夜遊びのしすぎで寝ぼけているんじゃないですか…」
「そんなぁ…」



大きさの違う鍋やら
使い勝手な良さそうなフライパンを選んだ後…

「刃物は…イザークの方がよくわかるよね」
包丁は任せるよ…と言って、ノリコは布製品の売り場へ行ってしまった

剣も包丁も一緒か…とその時は可笑しく思ったのだが…
実際に目の前に包丁を並べられてみると…
料理用と言ってもなかなか侮れないな…と感心していたイザークだった


「イザーク…」
名前を呼ぶ声のする方に顔を向けると
両手にランチョンマットやテーブルクロス、布巾などを抱えたノリコが
満面の笑顔でとことこと近づいてくる

「イザークのお部屋ってほとんどモノクロだから
 少し色を添えたほうがいいかなって思うの
 あんまり可愛いのだと合わないけど…これだったらどうかな…」

青と緑をベースにしたシンプルなチェックの柄の布などを見せながら
一生懸命説明するノリコを蕩けそうな顔でイザークは見つめる

「…どう思う?」
「…」
「ねぇ…聞いてた…?」
「ああ…ノリコがいいと思うのなら…」
「…やっぱり…」

シュンと肩を落として恨めしそうな表情を浮かべる姿も可愛らしい

「せっかく一生懸命考えたのに…
 イザークってば…無関心なんだから…」

上目遣いにじと…っと見るノリコの手から布類を奪うと
傍に立っていた主任に渡した

「おれは包丁を選んだぞ」
「…でも、イザークのお部屋のものだから…もっと真剣に考えて…」
「ノリコが使うものだから…真剣に選んだ…」

うっ…と、真顔モードに入ったイザークにノリコは言葉を詰まらせた


「そうですよっ…その人…自分の手で試し切りを…」

こらっ…と主任に睨まれ店員は途中で言葉を止めたが…

「そうだ…」
「へ…?」

短く肯定したようなイザークの言葉に不意をつかれ
主任は目をぱちくりさせて立ちすくんだ

「刃物は思わぬところで人を傷つける… 」

ノリコの両肩に手を置くと言い聞かすようにその顔を覗き込む

「料理用だと思ってみくびるな…」


「そ…そんな包丁で…大げさですよ…」

その周辺にいた客が立ち止まって二人を注目しはじめて
妙な雰囲気になってきたのを主任が払拭しようと試みたが
振り返ったイザークの鋭い一瞥に固まってしまった

「おれはノリコに刃物の恐ろしさを知って欲しいだけだ」


あたしったら、相変わらず頼りなくて…
イザークに心配ばかりかけてる

自分を情けなく思いながらもノリコは
イザークの気持ちが嬉しかった

「…うん…気をつけるから…」

あまり心配しないで…と見上げるノリコの肩に置いてあった手を
するっと背中に廻して、柔くその身体をを抱きしめた

「わかったのなら…いい」


「…」

土曜日の買い物客で賑わうそのフロアの一角は
普段になく静けさに包まれていた




「わざわざ…悪かったな…」
「気にするな…」

都心の…高台にあるホテルのレストランで
ノリコの父は知り合いの作家、飯沢と落ち合った

「まあ…好きにやってくれ…」
「…では、遠慮なく…」

徹夜明けで…昼を食べたら上でひと眠りするんだ…と言い訳がましく
飯沢はお昼前だというのに、かなり強いお酒を頼んだ

「私が頼んだことで、無理をしたのでなければいいが…」
「いや…知り合いに伝えて…返事を受け取っただけだから…」

飯沢はごくりと喉を鳴らしてグラスを傾けると
それにしても…と、ノリコの父親を少し不審気に見た

「何だって…こんなやつに、あんたが興味を持つんだ…?」


飯沢は、国際社会のいざこざの裏の世界を描く作家として有名であった
フィクションでありながら真実と紙一重のようなリアリティが売りだが
その情報がどこからくるのか誰も知らない
噂によると、なんだかすごいつてがあるということだ…

SF作家の自分とはまったく別な分野にもかかわらず
ある出版社のパーティで知り合い、結構気が合ってからは
時々親交を暖める程度のつきあいをしていた飯沢に
ノリコの父親が連絡を取ったのだった


「警備員…なのだが…」
電話で話し始めた父親だったが…

「はぁ…警備員…?おれの分野とは関係ないと思うが…」

最初は、まるで見当違いなことを訊いてしまっているのかと
少々…気が咎めた

だが、イザークが所属しているという会社の名を言うと
電話回線を通して緊張すらも感じられるほどに飯沢の態度が変わった

「最近…日本へ転勤して来たと言ったな…」
「ああ…」

受話器の向こうで、少しの間だけ沈黙があった

「わかった…調べてみよう…」


今朝早く…彼からメールが来て
お昼にここへ来いと誘われたのだった


父親は頼んだビールを嘗めるように飲みながら
彼に促すような視線を送った


「先ず…君は警備員…と言ったが、彼は少し違うな…」
「警護…ボディガード…というのか…あちらでは」
「まあ…そう言うところだ」

それから彼はおもむろに懐から分厚いメモ帳を取り出し
ページをめくった

この時代に…私もそうだが…さすがに原稿はパソコンに打ち込むが
大事なことはこうして手書きでメモする癖が抜けない世代だった


「彼の所属している警備会社だが…
 決して大手ではないが老舗の…超一流と言ってもいいだろう」

「はぁ…」

あまりその辺に詳しくない父親は
警備会社の老舗の超一流と言われても、まったくピンとこなかった

そんな父親の表情から察したのだろう…
彼は少しシニカルな笑みを口元に浮かべた

「日本の警備会社を想像してはだめだよ」

なんでも彼が言うには、普通の警備会社が
工場で大量生産した服を売る店だとしたら
その会社は顧客一人一人にオーダーメイドの服を作る
街の小さな仕立て屋だそうだ

「ただし…売るのはめったにお目にかかれないような高級服…」

三桁くらい金額が違う…と父親の顔を覗き込むように彼が言った

その例えを聞きながら…家に現れたイザークの姿を思い浮かべた

そういや…やけに上等なスーツを着ていたな
結構金のかかる奴かもしれん…


「本当に小規模な会社なのだが…
 それでも、この業界ではトップの売り上げだそうだよ」

ニューヨークの小さなオフィスにはただ事務員がいるだけで…

どこかで、警護の講義やら実習を実施しているのだろうが…
その実態は誰も知らない
合衆国の法律では禁じられているほどの過酷な訓練をしているとも言われている

顧客はいわゆるセレブだけではなく
近頃では国の警備が依頼できる立場の者からさえ
お金を払ってでも依頼が絶えない…

「それほどの実績があるというわけだな」


けれど依頼に応じて世界中どこでもエージェントを派遣すればいいわけで

「…日本に支社を立ち上げた事を…誰もが不思議に思っている」



ステーキでも食うか…
飯沢は、ぱらぱらとメニューをめくりながら旺盛な食欲をみせる

「これから寝るなら…もっと消化がいいものを…」

そういう父親に、ファンタジーなんか書いている奴は軟弱だな…
などと微笑っていた顔を急に引き締め…
訊ねるとも…独り言とも言えるようにつぶやいた

「…何故…その男は…日本に来たのだろう…」




女子大生に人気というショップの店員は
そのカップルが店に入ってきた時
男の方のイケメンぶりに瞠目した

男連れで来る客は結構いる…その男達とは
試着した服を「似合う…?」などと可愛く訊ねた時に
肯定するためにいるような…そんな存在だと認識していた

だから当然…イザークの方に気を取られながらも…
営業スマイルを向けたのはノリコにであった

「いらっしゃいませ…どのようなものをお探しですか?」

にこっと店員に笑顔を返すノリコをその場に置いたまま
イザークは店内を巡り始めた



「…」

じっくりと時間をかけて選び出した数着の服を前に
片手でもう片方の腕の肘をささえながら
顎に手を当ててイザークは考え込んでいた

時々ちらりと隣にいるノリコに目を走らせるのは
その服を着た彼女の姿を思い浮かべているのだろうか…

迷っている時は適度なアドバイスを…
ショップの店員の心得を頭に、まずは話しかけてみようとする

「彼女にプレゼントですか…?」
「…?」

初めてそこに店員がいることに気づいたイザークが振り返るが
店員にしてみればその視線はひどく不機嫌そうにしか思えない

いやだ…怒っているの…?

せっかく買ってくれそうな客を怒らせて帰してしまったら
後でどれだけ店長に厭味を言われるか…

考えている所に話しかけたのがまずかったのかしら
男の人のお客って初めてだし…どうしていいかわからないよ…

途方に暮れて…また女の子の方を向くと
目が合うたびに人懐っこく笑ってくれる

よしっ…
一度尻込みかけた気持ちを再び鼓舞した

「かっこいいカレシですね…羨ましいなぁ」
「えっ…そ…そうですか」

途端に真っ赤になってもじもじし始める様子がひどく初々しくて…

つきあい出してまだ間もないのだわ…
遠慮しているのか、さっきから自分の意見全然言わないし…

「彼、迷っているみたいですよ…好みとか教えてあげたら…」

意外とその言葉に反応したのはイザークの方だった

「おまえは…どれがいい?」

店員は心の中でガッツポーズをするが

「えっ…イザークがいいって思うのなら…なんでもいいよ…」
「そうか…」

あっさりと交わされた会話を聞いて、がくりと肩を落とした


「でもさ…これは…」

ノリコがそう言って、やっと女の子が主張し始めたのかと
肩を上げ直して聞き耳を立てる

ノリコが指を指したのは、ベルベットとサテンの光沢が美しい
パーティなど特別な時のためのワンピースドレスだった

「すっごくきれいだけど…着ていく所ないし…」
「一着くらい持っていてもいいだろう」
「それに大人っぽいデザインだから…似合わないよ…きっと」
「ノリコに似合わない服をおれが選んだことがあったか…?」
「でも…もったいないよ…」
「構わん…」

「ご試着してみたら如何ですか…?」

適切なアドバイス…(? )が出来て店員はニッコリと微笑んだ

「え…」
「ん…」

「で…ですから…お似合いになるか…どうか」

二人から同時に…しかも意外そうな表情で見られて
焦った店員はなぜだか動揺してしまった

「必要ない…」
「だ…大丈夫です」

なんなのこの二人…
試着ってするのが当たり前なのに…

自分の中の常識が通じないことにだんだん腹がたってきた

「イブにお召しになればよろしいんじゃないですか…」
半ばやけになって店員はしゃべり始めた

「イブ…?」

眉をひそめたイザークの表情も、もう気にもしない

「ああ、そうか…外国の方だからご存知ないんですね」
「何の話しだ…」

関心を示し始めたイザークに得意満面の顔で説明する

「日本では、クリスマスイブは恋人と一緒に過ごすのは当然ですけど…
 ドレスアップしてロマンティックなレストランでディナー…
 その後は当然ホテル…ラブホテルなんかじゃだめですから…
 きれいな夜景の見えるホテルで…シャンパンなんか飲みながら…」

完全に自分の世界に入り込んでしまっているようだ

「一晩中愛を交わすんです…」
「あ…あのぉ…ちょ…ちょっと…」

暴走気味の店員にノリコが焦って止めようとするのをガン無視して言い放った

「それが女の子の夢なんですよ」
「…」


しばらく黙った後、 店員は二人を気の毒そうに見た

「あ…でも、もう遅いかな…
 いい所は全部予約埋まっちゃってますね…」
「い…いいんですっ…あたし門限があるから…ホ…ホテルだなんて…」
「でも…本心はそうできたらいいなって思ってるでしょう…?」

真っ赤な顔で一生懸命そんな必要はないと申し開くノリコに
とどめを刺すかのように店員が訊いた

「そ…そりゃあ…」

ノリコが恥ずかしげにうつむくと同時に
勝ち誇ったような顔をしている店員にイザークは選んだ服を押し付けた

「全部貰おう…」

選ぶのが面倒くさくなったのか…
いい加減この店員から解放されたくなったのか…

自分でもよくわからなくなったイザークだったが
遠慮して抗議するノリコを黙らせると
いつものクールな表情で支払いをしながら考え込んでいた


女の子の夢…か


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