鼓動



トクン…トクン…トクン…

その音にどれだけ癒されたか





いきなり知らない世界に飛ばされ
夢かと思いたかったが、それはどうやら現実らしく…

知らない環境
知らない生き物
知らない化け物

違う、ここはあたしの世界じゃない!!




この世界で初めて出会った人
化け物に襲われそうになったあたしを助けてくれた人

その人の胸に何も考えず飛び込んで行ってしまった


その音があたしを救ってくれた


その音があたしを
この世界でどうすれば良いのかを示してくれたのだ…


ただこの人についていけばいいと… 





ナーダの城を後にした一行は町のはずれで
ノリコ、ガーヤそしてジーナと合流した

協議の末、白霧の森を通ってグゼナへと向かう事になった

しかしもう日暮れが近づいていたため
森の中で夜を明かすのは危険だと
手前で野宿する事になった

城から貰って来た食料で夕食を終え
眠る準備を始める

野宿が初めてだというジェイダと息子たちの為に
バラゴやアゴルが草を集め
「女子供はもとより、初めてでしたら男の方でもこれを敷布の下に敷いてクッションにしなければ、明朝ひどい事になりますよ。」
と、説明する

「ジーナはアゴルが居るけれど、ノリコにも必要だろ」
バーナダムが気を使って、ノリコの為に草を集めようかと提案したが

「必要ない」
と、あっさりイザークに却下された

「なんだよ…」
むっとしてバーナダムが言うが

「ありがとう、バーナダム。でも大丈夫だから… 」
と、何故か赤くなったノリコに言われて

それ以上は押し切れなかった



「おいっ、 数がひとつ足りねえぞ」
皆に夜具を配っていたバラゴが言った

「おめえでも間違えることがあるんだなぁ〜」
何故かバラゴは嬉しそうだ

夜具をナーダの城の備品室から調達したのは、イザークだった

「まっいいか、おれはこんな身体だし
 夜具なんかなくても平気で寝れるからよぉ」
 最後に残ったそれをイザークに差し出し、バラゴは笑った

顔は厳ついが良い奴だと、その場にいた全員が思った

「おれはいらん」
差し出された夜具を、イザークはバラゴに突き返す

「おい、何も責めてるわけじゃあねえぜ
 おまえは今日は大活躍したんだし、疲れてっるんだろ
 遠慮せずに、これを使え」
バラゴもおいそれとは受け取れない

「おれは、ノリコと一緒に使うから必要ない」

イザークがきっぱりと言い切った




「……」
「…!…」
「!!!」

皆の手が止まった
バラゴすら受け取ったそれを抱え、口をあんぐりと開けて何も言い返せずにいた


しばらくの沈黙の後
ガーヤが言った

「やっぱ、あんた達できてたんだね…」


「妙な事を言うな、ガーヤ」


イザークが真正面からガーヤをみつめて言う
「ノリコと、初めて会った時、
(そこで「樹海」とか「花虫」という言葉をのみこむ)

 森で獣に襲われていて、助けたおれの心臓音を聞いてパニックから戻った」


「それ以来、おれのその音を聞くと安心するらしい」

「安心する寝る癖があるんだ」
くっと、口の端を上げてイザークは笑った

だがすぐ真顔に戻ると

「ノリコは普通の町の娘より、ずっと身体が弱い
 ちょっとした事で疲れるし、熱を出す
 睡眠不足などもっての他で、翌日の旅の支障になる」


「だからおれは」
そう言って、イザークは自分の胸を親指で差すと

「ノリコが一番よく眠れるようにしているだけだ」


「わかったか、ガーヤ?」


「ああ、わかったよ…イザーク」
真顔で話すイザークに
ガーヤもつい真剣に答えてしまった



ノリコはその時
ちょっと離れた場所で、夜具の準備をしていたので
今のイザーク達の会話は聞いていない

言うだけ言うと、イザークはノリコが用意した夜具に滑り込み
黙ってノリコに手を差し出した
ちょっと照れたノリコだが

その手に導かれる様にイザークの隣に横たわる


他の皆もそれぞれ寝る準備に勤しむが
そっちばかりが気になって
落ち着かない

風上にいるせいか
二人の押さえた会話が
なにとはなしに耳に入ってくる

「痩せたな、ノリコ」
「だってぇ、いろいろあって……
(イザークには置いていかれちゃって
 襲われておばさんまでいなくなっちゃうし
 変な人達にからまれるわ
 幽霊は見えちゃうわで…
 あ、でもイザークの姿が見れたのは嬉しかったな
 けど無事城を脱出出来るのか不安だったもの…)
 食欲無くて… 」
「明日からは、ちゃんと食えよ」
「…うん…」




ガーヤさんの家に初めて泊まったあの夜
たった一人で部屋に眠るのは
この世界に来て初めてだった

なかなか寝付けず、寝てもすぐに目が覚めて
隣の部屋にいるというイザークのもとへ行きたくてたまらなかった…

またここへ戻って来られた…
よかったぁ

ノリコは安心して眠りについた




ノリコと別れて一人眠ったのは数晩だったが
ノリコの体温が感じられない身体が、その重さを覚えている腕が
なぜか、とても空虚だった

今こうして彼女を抱いていると
不思議と気持ちが和らいでいく

安心して眠るのは、ノリコだけではなさそうだ
イザークは自嘲して目を閉じる





翌朝、日が昇るか否やのまだ薄暗いなか
面々は起きてきた
確かめるために(何を?)

イザークとノリコが眠るその場所へ
昨夜は影になっていたのでよく見られなかったが
ノリコはイザークの胸ですやすやと
安眠を貪っていた

ノリコの身体が安定するよう
イザークはその二つの腕でノリコをしっかりと抱きとめている
もちろん、ノリコの身体は地面には接していない

「こ、この状態で一晩中か?」
畏敬とも言えなくない思いが沸き上がる

(昨夜はやけに理路整然と説明してくれたけどよぉ、イザーク
 大甘じゃんか、これ)
(ま、まあこれだったら草のクッションいらないよな…)

視線を感じたイザークが、はっと目を開けると
皆、サーーッと散らばり
水汲みだとか、火をおこしたりとか、朝食の用意だとかをはじめた

まだ寝ているのはノリコとジーナくらいだ

たぶん、久しぶりに安眠したのだろうな…
おれが起き上がれば、目を覚ましてしまうからな

ノリコを思いやるイザークもまた
なかなか起き上がらない








その夜、 怪我したノリコとの添い寝はもうできず
夜具をやはりもう一式持ってくれば良かったと
イザークが後悔したのか、どうかは…




短編

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