捕らわれたノリコ




「いつも…何かが足りないのだ…」
ノリコの前にかがんだラチェフはそう言って、彼女の顔を覗き込んだ

せっかくイザークがドニヤ国軍を追い払って帰ってきたのに
いきなり知らない場所へ拉致され
目の前で繰り広げられた展開にノリコは怯えていた

「わたしは満たされたいのだ」

「だ…だったらさ、彼女つくれば…」
焦ったノリコは急に思いついてそう言った

「ばかを言うのではない…女がこのわたしを満たすとでも…」
「だって、イザークはあたしとつきあいだしてから
 ものの感じ方が変わったって言ってたもん」

天上鬼が変わっただと…

「やはり君にはそういう力があるのだね」
「違うの…そんなんじゃないのよ」

そう言う自分を見るラチェフの視線に嫌な感じがしたノリコは慌てる

「タザシーナがいいんじゃない?きっと彼女ラチェフさんのこと好きだよ」
「タザシーナ…」
「うん、やっぱり自分の事好きでいてくれるひとじゃなきゃ満たされないよ」

はっきり嫌だと言ったら恐いような気がして
遠回しにだが自分はだめだとラチェフに伝える

「それも一理あるかもしれないが…わたしはあの女が嫌いだ」

…母と同類の女

「えーなんで、あんなにきれいなのに…いったいどこが嫌なの?」

「あの厚化粧かな…」
「へっ?」

なんだか意外な気がする

「じゃあ彼女に、素顔の方がいいよって言ってあげればいいだけじゃない」

「そんな事は…」
「やだ、ラチェフさんてば照れてるの…?」

図星だったが、それを否定するようにラチェフは続けた
「それにいつも着ているあのぴったりした服…」

男に媚びるかのようにいつも厚化粧をし
身体の線がはっきり出る服を恥ずかし気もなく身につけていた母
それでも男に相手にされないとわたしさえいなかったらと子どもの所為にする
着飾れば身の丈以上のものが手に入ると信じていたばかな女…

「ふーん、ラチェフさんの服の好みって清楚な感じなんだ」
イザークと似てるかな…

「いや…別にそう言うわけでは…」
「そうだ…自分が気に入った服を プレゼントすれば…
 彼女、喜んで着てくれると思うよ…」
「女物の服など…男のわたしが買いに行けるわけがないだろう」
「そんなことないわよ、イザークはいつもわたしの服を買ってくれるもの」

天上鬼は女の服を買うのか…
ノリコの纏っている服を見ながら、ラチェフは少し感心した

悪い趣味ではない…





ざっ、とイザークは起き上がると砂漠を歩き始めた

ノリコが突然姿を消した不安から、天上鬼に支配されそうになったが
彼女の言葉を思い出すと、またもとの姿に戻っていた

再びノリコを探そうとするイザークの前に
シュン、とシンクロしたタザシーナが現れた

「!」

驚くイザークに、涙目のタザシーナが叫ぶ

「早く…早くあの娘を連れて帰って…
 さっきからラチェフ様と部屋にこもって
 なにやら仲良さそうに語らっているの」

もう我慢ができない…と彼女はイザークの腕をつかむと
またシンクロして戻っていった

ちなみにタザシーナは、ひとりシンクロしても疲れない術を体得していた





「…それからねぇ、チモで飛んで彼女の所に行くでしょう…
 そして言うのよ…チモとは便利な…」
「少し待ちたまえ…まだ前のを書き終えてない」

供の者に言いつけて持ってこさせた書紙に
床に座ったラチェフが何やら真剣に書き込んでいる

「…を向いていてくれ、おまえの顔がみえていないと寂しい…だな」

書きながら、ふっとラチェフはため息をついた
タザシーナのことを、少し前向きに考えてみようかと思った
だが、女となどいざつきあうとなるとどうしていいかわからない

ノリコに、参考までに天上鬼のどんな言葉が嬉しかったのかを訊いてみると
次から次へと話し出して止まらない
とても覚えきれないので取り敢えず書き留めておこうと思ったのだが…

天上鬼の奴…どれだけ甘い言葉を目覚めに囁いているのだ



「だが…この言葉は…」
「どれ…?」

ノリコにわかるように、ラチェフはペンの先で前に綴った箇所を指す

「消えかけの虹でも今日の方が美しく見えた…というのは
 やはり虹が出ている時限定だから…なかなか使えないな」
「あれ、ラチェフさん…虹出させられないの?」
「虹など…出したことはない」

ちょっと意外と言う顔をノリコがした
「へぇー、イザークは 川とか湖が近くにあれば作れちゃうのよ」
「む…」

天上鬼の力の方が上、と言われた気がしてラチェフは面白くなかった


「でも、一番はやっぱりあれかな…」
思い出したのかひどく嬉しそうな顔をノリコがした

「なにかな…(まだあるのか…)」

「あのね…ひざまずいてね…」
「またか…」
「え?」

「確かここでも彼はひざまずいていたはずだが …」
書紙を何枚かめくってから、またペンで指して見せた

「おれと一緒にいてくれ…頼む…、か
 彼はしょっちゅう君にひざまずくのかな…?」
「そんな事はないのよ…その時は頼み事をしたのだから…」
「では、今度は何をしたのだ?」
「忠誠を誓ったの」

「…」

かなり呆れてきたラチェフに構わずノリコが続ける

「まず手を取ってね、ひざまずいてから…ラチェフさん、ちゃんと聞いてる?」
「あ…ああ、勿論だ…」
「うそ! 上の空だったくせに」

「うそではない、やってみせようか…」

怒った顔をしたノリコにやれやれといった風情でラチェフは立ち上がった
そしてノリコを立たせると、手を取ってひざまずく

足の鎖はついたままだったが
ノリコはもうあまり気にしていなかった

「わたしは君に一生の忠誠を誓おう」

ラチェフがそう言っている途中で
シュンと部屋にイザークとタザシーナが現れた

「!」




「うわっ!」
外で番をしていたお供が叫んで逃げ出した

その廃鉱の建物は一瞬にしてふきとんだ




「ラチェフ様…」
もうもうとたつ土ぼこりの中
まだ涙目のタザシーナがラチェフに取り縋った

「あんな娘に忠誠など…」

その瞬間バリアを張って爆発から身を妨ぐ事はできたが…

「タザシーナ…やはり諦めるしかないな…」
「?」

せっかく書いた書紙は、爆発とともに消えてなくなった
縁がなかったのだろう

一時の気の迷いだったのだ
最初の予定通り、天上鬼を捕えてこの世の覇者となろう
そうすれば満たされるはずだ…

「急ぐぞ」
これ以上、天上鬼に甘い言葉を言わせたくなかった
そうしないと次に目覚めを捕えた時に厄介なことになりそうだ

「ラチェフさん…あのね…」
嬉しそうに報告する彼女の姿が見えるようだった






「女の子が見つかったって?」
「見つかったことは見つかったけど、ちょっとひどい状態なんだって…」



「ノリコ…」
ガーヤやゼーナたちが心配して慰めてくれるが
ノリコはベッドに俯したまま泣き叫んでいる

「違う…って言ってるのに…
 イザークったら全然聞いてくれないんだもの…」

あれ以来、怒ったイザークは口もきかなければ目も合わせようとしない



「おいおいイザーク…誤解なんだろう、落ち着け」
バラゴ達が怒り狂っているイザークをなだめようとするが

どんっ、とイザークは壁を破壊しかねないような勢いで叩いた

「よくも…」

「え…」

「よくも…ノリコに…」

何が誤解なものか…おれはこの目で見て、この耳で聞いたんだ

「ラチェフのやつ…ぶっつぶしてやる!」

ノリコに忠誠を誓うのはおれひとりで充分だ



魔の圧力が急に高まった

二度とさらわれないようノリコの身の安全を確保すると
イザークは元凶との最後の戦いにでかけていった

短編

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