ユミのミニ日記2

X月X日
あたしはまいにち「がっこう」にいきます
おともだちがいっぱいいてたのしいです
がっこうはまちのまんなかにあっていえからはとおいので、あさはまいにちおとうさんがおくってくれます
ちもちゃんたちとひとりしんくろすればあっというまにいけるのに、おとうさんもおかあさんもそれはぜったいだめだといいます
じゅぎょうがおわるといつもすぐちかくにあるがあやおばさんのおみせにいっておむかえをまちます
きょうはおともだちのみいなもいっしょにきました



「今日…新しい歌、習っておもしろかったね」
「うん…学校いけて本当に良かった」

ガーヤの店の二階は住居になっている

そこの食卓でユミはお友達のミーナと
宿題と称して教科書だの書紙だのを広げていたが
おしゃべりばかりでいっこうにはかどらない

「学校いけて良かった…って
 ユミったら学校来られなかったかもしれないの」
「うん…もしかするとね…」



ユミが学齢期を迎えて学校にいかせると決まった時…
周囲から異議を唱える声が聞こえてきた


「おまえらの子だったらよ…
 学校なんか行かせなくってもよ…いいんじゃないか」

バラゴおじさんは不満そうに言ったんだ


ガーヤおばさんですら…苦笑いしていた

「なにもわざわざ毎日学校へ通わさせなくても…」


「いい先生だったら…紹介できるわよ…」

おかあさんがこの世界のことを良く知らないんだろうと
グローシアさんはそう思っていたみたいだった


でもおかあさんはユミは学校に行かせる…
そう頑に言い張った

それはもちろん…ノリコの育った世界の影響もあったが…

幼い頃…家から出ることを禁じられ…
怯える家庭教師から勉強を教わり…
友達など一人もいなかったイザークの気持ちをノリコが汲んだのだった


「ユミのおうちに先生が来たかもしれなかったの…」
「おうちに先生って…家庭教師のこと…?」
「うん…」


うぷぷ…とミーナが吹き出した

「やだ…何言ってんの…ユミったら…」
「え…おかしいの…?」

きょとんと首を傾げるユミに
ミーナが物知り顔で説明し始める

「あのね…ユミ…
 家庭教師の先生がくる子供のおうちはね…
 すっごーぉくお金持ちなんだよ…」
「お金持ち…?」
「そう…お部屋がね…両手の指より多いおうち…」

ユミの家には二階に三部屋しかない…

今はおとうさんとおかあさん…ユミ…弟たちが一部屋ずつ使っている
たまにやって来るお客さん(涼くんと家族…etc)を泊めるために
建て増しするか…離れを造るか…そんなことを両親が話していたのを
ユミは聞いたことがあった

おかあさんがあそこのおうちを気に入っているので
引っ越しは考えていないみたいだった


「それにね…ユミのおかあさんは
 自分でお料理したりお掃除したりする…?」
「もちろんよ…」

お料理上手でおうちをいつもきれいにしているおかあさんが
ユミの自慢だった

「お金持ちのおうちのおかあさんは
 自分でそういうことはしないのよ」


ユミはしばらく考え込んでいたが…
にこっ…と笑って言った

「じゃぁ…ユミのおうちお金持ちでなくて良かった」

だって…学校に行けるし…
おかあさんも毎日お料理できる…
きっとおかあさんもその方がいいに決まってる

わかってないのね…とミーナが肩をすくめた

「おかあさんだってさ…本当はそんなことしたくないのよ」
「そんなこと無いよ…おかあさんはいつも嬉しそうにお料理するし… 
 おうちにたくさん人が来る日は張り切っているもの」
「おうちにたくさん…?」
「そう…おうちにたくさんの人がごはん食べにくるのよ」
「あれ…ユミの家ってうちみたいに食堂だったっけ…?」

ミーナの家は昼間は食堂、夜は居酒屋になっていた

「違うけど…三日に一度だけ…たくさん人が来るの…」
「たくさん…って…何人くらい?」

えーっと…ユミは指を折って数え始めた

ガーヤおばさん、アゴルさんとジーナおねえちゃん、バラゴさん
アレフさんと奥さんのグローシアさん、バーナダム(なぜか呼び捨て…)
いつもじゃないけれどお城のロンタルナさんやコーリキさん、その奥さんたち…
ロッテニーナさんも旦那さん連れてくることもあるし
ごくたまに…グゼナからゼーナおばさんやアニタさん…
エンナマルナからドロスさんがチモちゃんたちとやって来る

「…16人かな」
「そんなにぃ…!」
「うん…あと…」

イルクや森のみんな…

「20〜30人くらい…ごはんは食べないけれど…
 しょっちゅう遊びにくるよ…」

「…」


うちの店のお客さんより多い…とミーナが目を見開いている所に
カチャっとドアが開いて グローシアが入ってきた

「グローシアさん!」
「こんにちはユミ…
 町に買い物があって…ここに寄ったら
 ユミが二階にいるってガーヤが教えてくれたの…」

そう言って手に持っていたお菓子をミーナとユミに渡した

「お友達…?」
「うん…ミーナよ」
「宜しく…ミーナ」
「あ…はい、宜しく…えーと…」
「グローシアさんよ…旦那さんはおとうさんのたてまえじょうの…」
「あら…アレフは関係ないわ…
 あたしはね…ユミのおかあさんとおとうさんの友達…
 そしてユミのおとうさんはあたしたちの恩人…」
「おんじん…?」
「そう…あなたたちが生まれるずっと前の話だけど…
 いろいろ助けてもらったのよ…
 あたしや…旦那…父母や兄たち…みんな…」

本当はこの世界中のひとたち…と言いたいグローシアだった

「それにね…おとうさんだけじゃなくてユミのおかあさんもね…」
「グローシアさんお買い物は終わったの…?」

グローシアが両親を褒め出すときりがないのを知っていて
ちょっとお友達に恥ずかしかったから…ユミは話題を変えた

「あ…そうそう、まだ見たい所があったんだわ…」

グローシアはじゃぁね…と部屋を出て行きがてら
思い出したようにユミに言った

「来月…父の国政復帰10周年 のパーティーがあるの
 ユミたちもみんな招待されているから楽しみにしてねっ」

ジェイダが国政復帰できたのは…
何と言ってもイザークのおかげだったから
本来ならユミの一家が主賓扱いになっても不思議ではないのだが…

それを知っているのは…ごく一部の者だけだった


「こくせいふっき・・・?」

ミーナはますますわけがわからないというように首を傾げる

「…えーと…グローシアのおとうさんのジェイダおじさんは左大公なの…」
「さ た い こ う…?」

ミーナはそれは自分が知っている左大公と同じものかを確かめるよう
一文字一文字区切って発音した

「左大公ってお城の王様の次に偉い人だよ…」

そのお嬢さんが一人で町でお買い物…?

「グローシアさんはお付きの人とか…警護の人が嫌いなの」

そういう堅苦しいものが大嫌いで…
一人で自由に歩き回っているようにみえて…
何人もの警護がいざという時の為に陰に控えているらしい


「…ユミってば…左大公に会ったことあるの?」
「え…だって仲良しだもの…」
「仲良し…」
「ジェイダおじさんはいろんなこと知っていて…教えてくれる…」
「そ…そうなの」
「うん…それにね…奥さんのニアナおばさんは面白いし…」
「おもしろい…?」
「小さい頃からね…よく弟たちとお泊まりに行ってるの…
 ニアナおばさんが…おとうさんとおかあさんにたまには二人っきりで
 らぶらぶさせてあげなきゃって言うから…」

「らぶらぶ…」

もはやミーナの理解の範疇を超えて首を傾げるどころでなかった


ユミはユミで…らぶらぶという言葉から
涼を思い出して遠い目になっている

でも涼のことはお友達でも話せない…

おじいちゃんたちがいる世界のことは人に話したらいけないと
きつく言い渡されているから…

それに…

ちもちゃんたちとひとりシンクロできること…
遠当てが出来るし…火や風も使える…
でもそれは絶対に他の人の前でやってはだめだって…


「ユミにだめが多いのは可哀想だけど…」

おかあさんは少し悲しそうに言う

「でも…お友達がいっぱい欲しいなら…気をつけてね」

おとうさんは「力」が「いざ」という時以外は
外に出てこないようコントロールする仕方をいろいろ教えてくれた

「いざ」という時とは…大事な人を守る時だ…とも…

大事な人…涼くんのことかな…
でも…涼くんは剣の腕前がいい…っておとうさん言ってたし…
守る必要があるのかな…

ああ…そうだ…おかあさんや、まだ小さい弟たちを…
「いざ」という時に守ればいいのかなぁ…



「ユミのおとうさん…強いの…?」

グローシアの話から…そういう結論に達したらしいミーナがそう訊いて
ユミは、は…っと我に返った

「う…うん…すごく…」
「へぇー、でもうちのおとうさんも強いよ…」
「そうなの…」
「うん…お店で暴れるひとたちお店の外に放り投げるもの…」
「うわぁーすごいね…」

ミーナのうちは居酒屋なので
ミーナがユミより耳年増なのはお店の手伝いもするせいだろう…

ユミはイザークが強い…と人づてに聞いているだけで
実際に父親の勇姿を見たことは無かった

おうちのお庭でたまにいろんな人と剣を合わせているけれど…
いわゆる指導剣で…真剣勝負とは言えなかったし
ユミの前で戦わなければいけない事態になったことは
幸せなことに今まで一度も無かった…

…と言うか、以前ユミが攫われた時は
ユミ自身で誘拐犯たちを片付けてしまったということもあるが…


「おとうさんはお祭りのお相撲大会でも
 一等賞になったことがあるのよ」
「へぇーーっ」
「ユミのおとうさんは…?」
「…」

イザークは当たり前ながら…祭りはもちろん…
城で催される剣術大会や体術大会などには一切参加したことはなかった…

「本当に強いんだったら…
 どこかの大会で優勝とかしてるはずじゃない…?」
「知らない…」
「本当に…ユミのおとうさん強いの…?」

ミーナがなんだか疑わしそうにユミを見た

「強いって…みんなそう言ってるもん」

少し意固地になって下唇を突き出したユミがそう言った時…


「ユミ…」

ドアが開いて…イザークが入ってきた…

「おとうさん…」

ユミは父親を見るなり…
母親仕込みのおかえりなさいの挨拶…

たったた…と駆け出して抱きついた

ただノリコと違ってユミの場合は…
片手で目の位置が合うように軽く抱え上げられてしまう

もちろん…ノリコにだってそうしようと思えばそう出来るが
どちらかというと…抱きつかれたまま両腕をノリコの身体にまわして
ぎゅっと抱きしめる方がイザークの「好み」であった


「いい子で勉強していたか…?」
「…えへへ、おしゃべりばっかしてた」

しょうがないな…とばかりにイザークは片眉をあげた

「…ユミのおとうさん…?」

ミーナがぽ…っとイザークを見ながら訊いた

「おとうさん…お友達のミーナ…」
「あ…あの初めまして…」


イザークはミーナを見ると…
大人が子供に言うようなあやすふうでなくて…
普通に大人同士の会話みたいな真面目な口調で言った

「ユミが世話になってる…」


「すごく強い」…という人は…自分の父親みたいに
がっしりとした「岩」のような人だとばかりミーナは思っていた

なのにユミの父親は…
お店のお手伝いをしながらいろんな男の人を知っているミーナでさえ
見たこともない…いい男で…
しかも「がっしり」とは正反対な細っこい体型…

やっぱり「すごく強い」というのはうそだったんだと
ミーナはあらためて思った


「よぉっ…ユミ、元気か…?」

イザークの後からバラゴが入ってきた…


「あれっ…バラゴさん」
「おっ…おまえは確か…居酒屋の…」


バラゴはミーナの店に時々飲みにいく…

たまたま彼がいた時にお店で複数の酔っぱらいが喧嘩を初めて
店主であるミーナの父親だけではどうしようもなくなった時に
バラゴが加勢をして沈めたことがあった
それ以来…バラゴはその店では下にも置かないもてなしを受けている

店のおごりだ…と言ってもきっちり飲んだ分のお代を置いていくバラゴは
ミーナの店では英雄扱いであった


「ユミ…!」

嬉々としてミーナが叫んだ

「どしたの…ミーナ」

やっとイザークの腕から降りたユミが不思議そうに訊ねる

「この人…」

ミーナが誇らしげにバラゴの腕を取る

「あたしのおとうさんよりも強いの…
 きっと世界で一番強い人だよ…!」


「…」


当のバラゴは…何を言われたのか…よくわからずにぽかんとしている
イザークは…面白そうに口の端を上げた



「おめぇーのとーさんは世界一つえーんだぜ」

ユミは…小さい頃からことあるごとに
そう言っていたバラゴの顔を見上げる

「バラゴおじさん…強いの…?」
「あったりまえじゃないの…見てこの身体…」

ミーナは岩のようなバラゴの身体を指で示す

「本当に強い人はね…こうでなくちゃ…」

ちらりとミーナはイザークを見た…
子供心にも…確かにいい男だとは思うけれど…

「悪いけれど…ユミのおとうさんよりバラゴさんの方がずっと強いよ」

「…おい、待て…おれは…」
「…でもバラゴおじさんはいっつも…」

やっとミーナが何を言っているのか理解したバラゴと
ユミの声が重なった…


「バラゴは強い…」

イザークが二人の言葉を遮ってそう言った

「それは…本当だ」

ミーナに向かって真顔で語りかける

「…」

イザークに見つめられたミーナは赤くなってしまった



「ユミ…帰るぞ…ノリコが待ってる…」

イザークは子供たち対しても決してノリコを「おかあさん」とは呼ばない
彼に取ってノリコはノリコでしかなかったから…

ノリコは逆に子供たちにイザークのことを「おとうさん」と呼ぶ
それはノリコにとって当たり前のことだったから…

お互いその違いに気づいてはいたが…
あまり気にはしていなかった


「バラゴはその子を送ってやれ…」
「あ…ああ」



ユミを馬の前に乗せて…イザークは家路をたどる
愛しいノリコまで…あと数分の距離だった


学校での出来事を嬉しそうに話しながら振り返って自分を見上げるユミは
出会った頃のノリコを彷彿させた…


「いいから…前を向いていろ」

イザークは優しくユミにそう言った