出会い その後 11




もう夜もふけていたが
春らしい暖かい風が気持ち良くて
店を出てから駅まで少し遠回りして歩いて行くことにした

川辺の道は、桜並木になっていて
つぼみが大きくふくらんでいる


千津美は、功に握られた手が嬉しい
今までだってこうやって歩いてきたけど
いつかその手は離されて
「さようなら」と言わなければいけなかった

わたし、藤臣くんと結婚したんだ
もうずっと一緒にいられる

功を見ると、彼も千津美を見て
そっと微笑んだ
千津美は赤くなってうつむいてしまう
気のせいか、握られた手に少し力が入ったみたいだった

彼らの周りを兄や友人たちがぶらぶら歩いて
そんな二人をひやかしたりしていた







ノリコとイザークは、皆から少し遅れて歩いていた
二人はまだぎくしゃくしていて
ノリコはイザークの数歩後ろを歩いている




ノリコがいなくなったら
おれはどうなるのだろう…

ノリコから逃げるのをやめた時から
これからは一緒に歩いて行こうと決めたあの時から
ずっとまとわりついていた不安は

ノリコがおれの妻となり
身体をかさねあい…その全てを手に入れてからさらに
ひどくなっているような気がする

不安がおれの心を頼りなくさせる
あいつへの欲望が抑えられないのも
あいつが少し怒っただけでひどく動揺するのも
そのせいか

情けない…


いつだったかアレフが言ってたな
手にしたら最後
いつそれを失うか恐れながら生きていかなければならないと
からかったつもりだったんだろうが
図星だった


そばにいてくれ
消えてしまわないでくれ、おれの前から

頼む

ノリコ…





イザークの背中が懐かしかった

あの頃のあたしはいつも彼の背中に必死でついていった
抱きついた腕を離されても
掴んだ手を振り払われても
どんなに冷たく突き放された態度を取られようと

彼について行けさえすれば嬉しかった

今、彼はいつもその腕で抱きしめてくれる
優しく口づけてくれる
彼の妻となり
毎日彼に愛されて…


恐ろしいほどの幸せを
噛み締めていなければいけないはずなのに


イザークの背中がどんどん小さくなって
見えなくなってしまった時のことを思い出す

追いかけたくてもできなかった
ついて行くことが許されなかったあの時を…


「ごめんなさい」

ノリコの声にイザークが振り向く



「ごめんなさい…」


…この人はこんなにも優しいのに…


ノリコの目から涙があふれて止まらない…


…いつもあたしを護ってくれるのに


「なぜおまえはいつもあやまる
 約束を破ったのはおれだろう…」


…いつだってあたしを本当に大事にしてくれて


「そんな約束させてしまって、ごめんなさい
 もう忘れて…」


…あたしを愛してくれているのに


「だから…お願い」

イザークにしがみつく
「置いていかないで」



イザークはとてもやるせなかった

未だにノリコは、おれがガーヤのもとに置いて行った
あの時のことを思い出すと、ひどく混乱する
その記憶にとらわれて、現実との区別がつかないかのように

おれはどれだけ彼女を傷つけたんだ…


「二度とおまえを置いていったりしないと
 おれが何度約束しようと、おまえは不安なんだな」

「すまん…おれのせいだ」


違うと、ノリコはぶんぶんと頭を振った

「あたしが、悪いの
 イザークはこんなに大事にしてくれるのに」

あの頃のあたしはただ彼の傍にいられるだけで良かった

それなのに今は

「置いてかれてもしょうがないくらい
 我がままばかり言って
 そう思ったら怖くなって…」

でも…
「イザークの約束を疑っちゃったみたいで
 ごめんなさい」

本当におまえはすぐあやまるんだな
イザークは笑った


「おれも、ノリコがどんなに誓ってくれようが
 おまえがおれの傍からいなくなってしまうかと思うと
 不安でたまらなくなる」

「えっ」

「おまえを妻としてから
 それがずっとひどくなってる気がする」

「手にした幸福が大きすぎるせいだろうか…」

イザークの言葉にノリコは赤くなるが
はっと気づく

「あたしも…」

また置いて行かれるんじゃないかと
不安に駆られるのはいつもそんな時だった


信じられないくらいの幸せを感じていると
ふっと暗い記憶が蘇る


「完璧な心などないのだろうな…」

これからもおれたちは
ずっとこの不安を抱えたまま生きていくのか…

「だからノリコ…不安になったらすぐおれに言うんだ」

何度でも約束してやる
二度とおまえを置いていったりしないと


「うん、イザーク」

ノリコはやっと笑顔を取り戻した

「あたしも誓うよ、絶対に傍にいるって …」







「仲直り…したみたいだね」
遠目に笑っているノリコを見て、千津美が言った

「ああ、そうだな」
功が笑う


「けどよ…」
ポリポリと頬をかきながら豪法寺は赤くなる

「あいつら、いっつもあんなにひっついてるんか」

さっきから抱き合ったまま離れない二人を見て言う


「ちぃちゃんもさぁ、少し見習ってもっと功にくっついていいよ」
懲りずに章は言ってから、殴られないようにさっと身を引く




「お花見、したかったなぁ」

身体は離したが、イザークの腕をしっかりつかんで
歩き出したノリコが言った


「ここにある木はね、もうすぐ一斉に花を咲かせるのよ
 とっても綺麗なの…
 ここだけじゃなくて、あっちこっちに一杯この木があるんだ

 そして、お花の下でご飯を食べたり、お酒を飲んだり」


「懐かしいなぁ…最後にお花見したのは
 異世界へ飛ばされる前の春…もう4年前かぁ」


「花はいつ咲くんだ」
イザークが聞いた


「うーん」
つぼみを見る

「あと一週間くらいかな」


「じゃあ、それまでここにいるか」


「えーっ、だってイザークお仕事は?」


「構わん」


一度戻ってまた来ることも出来るが
いつもなんだか慌ただしいので
一週間くらいのんびりしてもいいだろう

たいした仕事は入っていなかった…と思う
剣の指南は、バラゴやアゴルでも充分だろう

多少信用は落とすかもしれんが…


嬉しそうなノリコを見て

こいつの笑顔には代えられない

その綺麗だという花をノリコと二人で鑑賞するのも悪くあるまい…





「千津美――っ」

ノリコが叫んだ


「どうしたの、典子?」


「イザークがね…桜が咲くまでここにいてもいいって…」

本当に嬉しそうに笑ってノリコが言った


「皆で一緒にお花見出来るね!」











   
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