出会い その後 12




千津美のアパートの六畳間で
机を挟んでお茶を飲みながら、二人は座っていた


典子たちとは先ほど
一週間後に一緒にお花見をしようと約束して別れた





功の母の遠い親戚の夫婦の夫が4月から数年海外赴任で
彼らのマンションを安く借りられることになった

次の週末は引っ越しの予定だ
持って行く荷物はほぼ纏められている
家具は揃っているので
今千津美が使っているものは全部
リサイクルショップに運ぶことになる

豪法寺に手伝わせるのは当然としても
イザークも暇そうだな…
よし、明日頼んでみよう

功はなんだか気恥ずかしいので
他のことを考えようと努めていた



千津美はさっきからうつむいてもじもじしている
いつもは何気におしゃべりできるのだけど
今は何を言っていいのかわからない

アイロンかけたり片付けをしたりと
何かしらやることはあるが
今日籍を入れたばかりで、ぱたぱたするのも気が引ける

もう夜も遅かった

「志野…千津美」
と功が呼んだ


「あ…はい」
千津美は答えると

「あっ、もしかしてお茶のおかわり?
 い…いま、いれるね」

慌てて立ち上がりかけて机にぶつかり
「きゃあ」
とそのまま尻餅をついた


「大丈夫か…」
功が千津美のところに来て、抱き起こした

「うん…平気。ごめんね、藤お…」
なんて呼んでいいのかわからず、かぁっと赤くなる


功はくすっと笑うと千津美にそっと口づける

「寝るか…」
と言った


一緒に暮らし始めて二週間…
あっちの世界にいた時のように一緒に寝てはいたが
まだそれだけの関係だった






功は両手を頭の後ろに組んで布団に寝転んだ

千津美は台所で茶碗を洗っている
あいつの気持ちが手に取るようにわかる
声をかけたら、焦って茶碗を割りかねないので
黙って好きなようにさせていた




おまえが何を考えているのかわからない…


小さい頃からしょっちゅうそう言われてきた
自分の感情を表情に出したり
言葉にすることができない

嬉しかったら笑い、悲しかったら泣く
欲しい物があればそう言う…

簡単なことかもしれんが
おれには出来なかった

別にわかってもらわなくても構わない
いつの頃からか、そう開き直っていた

クラスメートにも敬遠されて
用がある時は、みんなおどおどと話しかけて来た

八杉は、そんなおれを怖がらないはじめての女の子だった
好きだという感情は持てなかったが
雨の中をずっと待っていてくれた彼女の
気持ちに応えようとつきあい出した
おれはおれなりに彼女に誠実に対応したつもりだった
けれども愛想をつかされてしまった

高校に入って周りの男たちは
誰それが可愛いだの、彼女が欲しいだのそんな話ばかりしていたが
おれは剣道にうちこみ、女などには関わりたくなかった
全く興味がなかった

そんなおれの前に落ちてきたんだ
サクランボのコサージュの白い帽子が…







「藤臣くん…明日の朝食だけど、パンがいい、それともごはん?」
千津美が聞いてきた

意識しないと相変わらず藤臣くんか…
功は笑って

「パンでいい」

「パン切らしてるんだ、今買って来るね」
お財布をつかんで、家を飛び出そうとする

「まて、志野原」
功はがばっと起きると叫んで
千津美は足を止めた

慌てたので思わず志野原と呼んでしまった


「こんな遅くに一人で出かけるな…」

「で…でも」

「ごはんでいい…」


おまえが作ってくれるものならなんでもいいんだ



炊飯器をセットすると言って
お米を洗い出した
よっぽどここへ来るのが恥ずかしいらしい







八杉の時はいつも頭で考えていたような気がする

 待っていてくれたのだからつきあおう
 ミスに選ばれたのだからおめでとうと言わなければ
 困っているからハンカチを取ってやらないと

つまらない人だと言われてもしょうがなかったな


千津美には…

 体育大会では気がつくと彼女を抱えて走っていた
 お金を落とした彼女が心配で学校まで駆けつけた
 彼女を怖がらせて泣かした奴にかっとして本気で殴りつけた
 ドジして落ち込んでる彼女の姿が切なくてついキスしてしまった

このおれが不思議といつも感情で動いてしまうんだ

あいつを安心させるために笑いかけるようにもなっていた
誰かを心配したり、切なく思ったり…
どれも初めて経験することだった


そして…

大学に、おれに良く似た奴がいると
そいつを見ると出会った頃のおれを思い出すと
彼女がなんだか嬉しそうに話すのを聞いたおれに…

なんだ、これは…

初めて抱く、ひどく嫌な感情がわきあがってきた



小室だと…まさか東高の

小室は千津美のことを好きになっていた
殴らねぇと気がすまないと言われたが
負けるけるわけにはいかなかった
千津美のために絶対に

結局彼女がやって来て勝負はつかなかったが
小室とは友人としてつきあいだした
プライドの高いあいつはあの時以来
二度と千津美に対する思いを表さなかった

昨日までは…

バイトを終えて
「じゃあ、明日…ちゃんと来いよ」

今日のパーティのことを念を押してから
帰ろうとするおれに、いきなり殴り掛かってきた
寸前かわして奴の腕を掴んだ

小室はおれの目を見て言った

「絶対に幸せにしろよ」


あいつはさっきどんな思いで、あの場にいたのだろうか






あれは嫉妬という感情だったんだ

あのふざけたTVタレント…
手を掴んだだけでも許せないのに
デートだと…

気安くおれの志野原の肩を抱くなっ

怒りに任せてそれをぶっ叩いた
本当はあいつを殴ってやりたかったんだが…





もうやることがなくなって
おずおずと千津美が布団の横にやってきて座った

功は黙って掛け布団をめくる

功の横に千津美は横たわる
ひどく緊張していて
初めて一緒に眠った時のように距離をおこうと
布団からはみ出してしまう

功はそんな千津美を引き寄せると
半身を起こし、彼女の顔を覗き込んだ


千津美…
真っ赤な顔でおれを見ている

つきあいだしてから今までずっと
何も言わなくても
不思議といつもおれのことをわかってくれた

それがどれだけ嬉しかったか

どれだけおまえのことを…


「千津美…」

千津美は名前を呼びかけられて、ドキンとする
功の顔が目の前にあった


「初めてあった時から、ずっと…おまえが好きだ…」

えっ…

「おまえだけを…」

藤臣くん…

「…愛している」


藤臣くんが言葉をくれた…
千津美の目から涙があふれてくる


そんな千津美に功は唇を重ねた

これまでのそれとは違う
深くて熱い…口づけだった









   
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