出会い その後 18

功は抱いていた千津美の身体をくるっとまわして
正面を向かせた

「きゃぁっ」

焦った千津美が 持っている包丁を投げ出しそうなるのを
その手をぎゅっとつかんで止め
包丁を調理台の上に置く


それから千津美の顔を見下ろした


「あのね…ま、まだわからないの」

千津美はすでに真っ赤になっている

「今日お医者さんに行って
 は…はっきりしたら、言おうと思って…」


無表情に黙ったまま功はじっとみつめている


「あ…あの、黙ってたこと怒った…?」

「いや…」



めずらしく千津美がおれの気持ちを誤解している

おれが悪いんだ
こんな時は、嬉しそうにしたり
喜んでやらなければならないのだろうが…

おれの子どもを千津美が…?

なにをうろたえているんだ…おれは
結婚して、彼女を抱いて…当然のことじゃないか




千津美の身体に宿った生命の存在の重さを
功は真剣に受け止めていた











両手を腰にあて仁王立ちしたガーヤと

腕を組んで立つイザークが

ガーヤの店で、睨み合っている



傍らでノリコが青くなって椅子に座っていた



「こんちわ」

暇な時にはお店の手伝いをすることもあるノリコが
顔なじみの客が入ってきたので
立ち上がろうとするが

「座っていろ、ノリコ」

びしっとイザークに言われて
また腰をおろした


「ったく、もう…」

ため息をついてガーヤが言う

「いいかげんにおし、イザーク
 妊婦は病人じゃないんだよ」


「ノリコの腹にいるのはおれの子だ
 あんたは関係ない…ガーヤ
 ほうっておいてもらおう」


険悪な雰囲気に、客はすごすごと出て行った






あの晩…

ここで大人しくしていろ、とイザークに言われ
ノリコはベッドに座っていた

恐ろしいほど真剣な剣幕だったので
ドキドキしていた


ど…どうしたんだろう
怒っているのかしら

子どもができたことが気に入らないのだろうか

まさか…
あんなに優しい人なのに


下に人が集まって来た気配がする
食器ががちゃがちゃいう音がして

あ、ごはん食べてんだ…
あたし本当にこんなところに座っていて
いいのかなぁ

でもイザークがそうしろって言ってたし


様子だけでも見に行こうと
そぉっと階段を降りようとしたところを
ノリコの夕飯を持って来たイザークにみつかってしまった


「大人しくしてろ、と言ったのに」

「だってぇ…」

「階段で足をふみはずしたら、どうするんだ」

「?」


イザークに腕をつかまれ
ベッドへと連れ戻された

「今はまだみんないるから、 ここで食え」
人前で無理して、おまえが疲れてはいけない…


「イ…イザ―ク」


「下に行きたかったら、おれを呼べよ」

いいな、と念を押してイザークは降りて行った


も…もしかして、気をつかってくれてるの…




過保護だとよく言われる

でもノリコにはイザークの優しさが嬉しかったし

人と接する機会の少なかった彼が
心配するにも加減というのを知らないのだと思うと
なんだか切ない気もして
彼の気持ちをいつも喜んで受け止めて来た

今回もそうなんだろうな
あたしの身体のこと大事にしてくれようと
彼なりに必死なんだ


イザークの子どもがここに…
そっとお腹を撫でる

大切に育てていこう
彼と二人で…

あたしは幸せだった

幸せだったんだけど…




かちゃりとドアが開いて
イザークが入って来た

「片付けもしてくれたんだ…ありがとう」

ノリコがそう言いながら抱きついたのだが

その腕をぐいと戻された

「ん?」

そんなことをイザークがしたのは、随分久しぶりだった

信じられない思いで、ノリコは戻された手を見る



「あまり強く抱きつかんほうがいい」

お腹に障る…とイザークが言う


「そんなことないよぉ、大丈夫だったら」

ノリコが笑うと


「何かあってからでは遅いんだ、ノリコ」

イザークは真顔だった





「今日からは別々に寝たほうがいいな…」

一緒のベッドでは
おまえの身体に負担がかかってしまうかもしれん


「ま…まって、イザーク」

さっさと部屋を出て行こうとするイザークの服を
ノリコは必死でつかんだ







「仕事にも行ってないんだってねぇ」
呆れたようにガーヤが言った


「ノリコは目を離すとすぐに無茶をするからな」


「あんた、まさか子どもが産まれるまで
 ずっとノリコを監視しているつもりかい」


「 監視だと…」


「心外だな、おれは気をつけているだけだ」







結局泣きそうな顔でいやだと言われ
イザークが折れて、ノリコと一緒に寝た

けれどいつもはその身体をしっかりと抱きしめるのに
なるべく触れないよう、間隔をあけて横になる

ノリコはまた押し戻されるのが恐くて
イザークにくっつけない

ため息ばかり出て、なかなか眠れない

そんなノリコに気づいたイザークが

「仕様がないな…」

と言って、身体はなるべく離しながら
ノリコの頭をそっと持ち上げると
自分の胸に置いた

「あ」

やっぱりイザークは優しい…

初めての子どもで心配してくれてるのに
あたしったら、我がままばかりで
本当にだめなんだから

「早く寝ろ」

「うん…」


ノリコは目を閉じた




翌日、すぐ戻るから絶対にベッドから動くな
とイザークは言って出かけて行った

確か今日からジェイダさんはお城で大事な会議があるから
数日間は忙しくなるようなことを言ってたはずだけど…


イザークは、館まで一気に走って行き
アレフに警備の仕事は、都合が悪くなって出来ないと伝え
アゴルとバラゴに当分は剣の指南を頼むと言うと
誰にも何も言う暇を与えず家へ取って返した


「おいおい…ったくもう、あいつときたら…」

「相変わらずだがな…」

アゴルも苦笑いするしかなかった










「7週目に入ってますね…」

あと数週間はあまり無理をさせないようにとか
いろいろな注意事項を
お医者さんが功に話した

功は真剣に聞いていた

今日午前中だけ休みを取って一緒に来てくれたのだ

遠慮する千津美に

「大丈夫だ…」
とだけ言って


医院を出ると一緒に家へ向かって歩き出した

「あ、もうお仕事行って…
 わたしは一人で帰れるから」

と言う千津美をちらっと見ると
ふっとため息をついて

「今、おまえをひとりでは歩かせたくない」

きょとんと千津美が功を見た

「買い物とか…必要なものはメールしろ」



たのむから、当分はひとりで出歩かんでくれ…








 
NEXT

出会い

Topにもどる


Copyright © 2008 彼方から 幸せ通信 All rights reserved.
by 彼方から 幸せ通信