出会い その後 19

昨日のお昼過ぎのことだった


ガーヤがノリコの体調を気にして
やって来た


イザークは、遠慮してほしいと言っていたけど
それは、夕飯のことだ

別に、昼間気遣って尋ねるのは
構わないだろう…


通りから二人の家を見ると
居間の窓のそばにノリコが所在なげに座ってるのが見えた


珍しいことだね…

働き者のノリコはいつも
くるくると動き回っているのに…


外から窓をとんとんと叩いて
ノリコがはっと見るのを
にやっと笑って答えた


入り口のドアがノックするまでもなく開かれた

ノリコが

「あの…ちょっと」

小さな声で言った


「どうしたん…」

声を抑えてくれと頼む


「イザークに聞こえたら、心配して飛んで来るので」


「なんだい、イザークがいるのかい」
こんな時間に…?



「あたしが、ドアを開けに行ったと知ったら」

怒るかもしれない


あの日以来
イザークはあたしが必要以上に動くのをひどく嫌がる


毎朝、あたしをベッドから一階の居間の椅子に運ぶと

「ここに座っていろ」
と言われる


はぁっ、とガーヤはため息をついた


「じゃあ、なにかい?
 ここ数日あんたはここに座ったままなのかい」


「ほとんど…」
とノリコはうつむいて、言った


イザークは今、中庭の水場で
ノリコの代わりに洗濯しているという

しゃがみ込んでの作業などとんでもない
ということだ

掃除も
足でも滑らせたらどうする…と言われ
モップを奪われた

料理は簡単な作業はいいけど

洗い物をするために水をくんだり
鍋を掴んだりしようとすると

「おれがやる」

と言ってさせてくれない




「…ったく、イザークときたら」
ちっとガーヤは舌打ちをした


「あ…っ、でも、ガーヤおばさん…」
と、ノリコが言った時


「ガーヤ…」

イザークが現れた


こんなところでなにをしている、とでも言うように
じろっと睨む


「イザーク…」

ガーヤは話しだそうとするが


「悪いが、今忙しい」

両手に洗濯物を抱えている


首を振りながらガーヤが言った

「話がしたいよ、あんたと
 明日、あたしのところへ来てくれるかい」



「明日は、ノリコを町の産婆のところへ連れて行こうと思っていた」


いいだろう…と、イザ―クが答えた



ばたんとドアが閉まってガーヤの姿が見えなくなると

「ふん、どうせまた説教でもする気だろうが…」

と言って、イザークはノリコを見た










困ったな…



「おいっ、藤臣…どうした」

同僚に声をかけられて、功ははっと我にかえる

「おまえ、今日どうかしたのか」

功がやけに上の空なのが、気になったらしい


「いや…なんでもない」

珍しく赤くなって功が答えた



少なくとも、今日の千津美の行動は押さえたが

彼女はまだ大学生だ


今、卒論に入ってるから
講義はもうないが

週2・3日は大学へ
ゼミだの調べ物で図書館だの行っている


どうすればいい…


おれだって、事件の担当になれば
いつ帰れるかわからなくなる


本人が、気をつけてくれれば何よりだが

「気をつけろ」と言ったとたんに
あいつは、余計に焦って…


功は頭を抱えてしまう



いっそ、あの時…あっちの世界へ残ってしまえば
よかったのかもしれない

こことは違う自由があった

千津美を預けて安心な人たちがいた

そんなことを、今さら言っても
どうしようもないが…











ノリコのところへ行けなくなったので
夕方、アゴルとジーナ、バラゴはガーヤのところへ集まってきた
ガーヤは今日の出来事を話した

「そうかあ、とうとうノリコも音を上げたか…」

今まではイザークの過保護を
苦もなく受け入れてきたのに…

「想像はしていたが…それでもすげぇな
 あいつの過保護っぷりは」

ジーナは黙って、少し不思議そうな顔をしていた

「イザークが、初めてのことで戸惑ってるのはわかるけどね
 でも、誰かがちゃんと言ってやらないと…」

「あはっは、お節介は相変わらずだな…」
バラゴに笑われて

あんたにゃ言われたくないよ、とガーヤが睨んだ










「そんなにノリコが心配なら
 誰か家事を手伝ってくれる人を雇ってさ…」

ガーヤがイザークに提案したが

「おれが自分でできることを
 なぜ他人にやってもらわねばならん?」

イザークはあっさりと退けた

「だってさ、あんた仕事はどうする気だい?」

「別におれがいなくても、どうにでもなる…」

「そんな無責任な」

「無責任だと…?」

ガーヤを睨む

「おれはノリコを護ると誓ったんだ
 彼女の家族にも約束した
 それを無視する方が、よっぽど無責任だろう」

警備の仕事は他にできるやつは大勢いる
だがノリコにはおれしかいないんだ


イザークの剣幕にガーヤは押され気味になる

「でも…さっきも言ったけど妊婦は病人じゃない
 少し動いた方がいいんだよ…」

「さっき産婆が言ってた…あと数週間は無理をさせるな、と」

「無理っていうのは、激しく動いたり
 重いものを持ったり…そういうことだ
 歩いたり、家事をしたり
 軽く身体を動かした方がいいに決まってる」


町へ出てきた時も、馬や馬車では不安だったので
イザークはノリコをおぶってやってきた


「ま…まあ、それは考えておく…」

今度は少しイザークが言い淀む

実は産婆からも同様なことを指摘されていたのだ


「だが当分は目を離す気はないからな…」

きっぱりと言った


ガーヤがため息をつく

「あんたのそういう態度が
 ノリコの負担になっているとは思わないのかい」


(えっ)

「ん…?」


「あんたに一日中そうやってまとわりつかれたら
 ノリコは息もつけないんじゃないか」


「おばさん、なにを…」

なにか言いかけたノリコを無視してガーヤは続けた


「ノリコはみんなと一緒にごはん食べるのが好きな
 そんな子なんだよ
 一日中あんたに束縛されて…
 このままじゃ、ノリコのストレスが溜まっていって
 余計身体に悪いよ」


「そう…なのか」

イザークがノリコを見た


「イザークに遠慮なんかする必要ない、ノリコ
 本当のことをお言い…」

ガーヤもノリコを見る


ノリコは両手にぐっと力を込めて、 立ち上がった











「みんな〜!」

バーナダムが嬉しそうにやってきた




アゴルやバラゴ、アレフが振り返る

「どうした…?」

「さっき、ガーヤからの使いがやってきて…
 今日はノリコのところで夕飯だって」


「お…ガーヤのやつ、やったな!」

歓声が上がった










夕方、みんながノリコたちの家へ行くと
台所に立っていたのは
イザークとガーヤだった


ノリコは、傍らの椅子に手持ち無沙汰に座っていた



「あれっ…、ノリコは料理しないの?」
バーナダムが聞く

「あ…うん、イザークが安定期に入るまではだめだって…」
赤くなって、ノリコがうつむいた


「だが、野菜の皮むきとか…座ってできることは手伝った」
イザークがノリコを見て笑う


「おー、この前の時の機嫌とはえれぇ違いだな…」

バラゴがからかうのをじろりと睨みつける





「結局…あたしが勝手に誤解してたんだよね…」

ガーヤが、少し情けなそうに言った



ノリコはふるふると顔をふると

「あたしの言い方が悪かったの…
 おばさんはあたしのためを思ってくれたんだし…」



ノリコが声をひそめていたのは
ただ単に、彼が心配してとんで来るのを避けるためで
イザークに聞かれるのを恐れていたわけではなかった


現状を説明して、 わざわざ心配して来てくれたガーヤに
イザークがいてくれるから大丈夫だというつもりだったのだ
決して泣きついたのではなかった






ノリコにはイザークの気持ちが嬉しかった

抱きついたらだめだとか
一緒に寝ない方がいいとか

言われた時は戸惑ったが

それは全部イザークがあたしの身体を気遣ってくれたことだった






あの翌日、彼が静かに言った

「おれは、どうしたらいいのかわからん
 おまえの身体の中に宿った命は…」

この世でおれの血を引く唯一のものだ

嬉しくないはずがない…

けれど、それはもしかすると天上鬼の…
化物の血を受け継ぐものかもしれん



ああ、そうなんだ
イザークは、あたしと違って
ただ嬉しいと有頂天にはなれなかったんだ


子どもができたと知らされた時の
彼の真剣な表情
恐ろしいほどの緊張感


普通の子どもではないかもしれない
それを考えていたんだ


度が過ぎる過保護も
そんな子どもを宿してしまったかもしれない
あたしの身体を心配してのことだった



「子どもが天上鬼だったら…だめなの」
ノリコが尋ねた

「そ…そりゃあ、イザークがずっと辛い思いをしてきたのは知ってるよ
 普通の人間の子を望む気持ちはわかる」

でも…

「もし産まれてきた子が天上鬼だったら
 あたしは、嬉しい」

「バカなことを言うんじゃない、ノリコ」

「ううん、バカなことじゃない
 だって…あたしはイザークが天上鬼だってこと」

イザークの目をみる

「誇りに思ってるんだもの」


「おまえは、自分の子どもが化物でもいいと言っているのか」
イザークは驚いて言った


「イザークは化物じゃない…人間だよ
 それはゼーナさんたちからちゃんと言われたでしょ
 天上鬼はイザークの個性のひとつなだけ…」

ちょっと強い個性だけどね…
光の力は特技かな…
あたしたちの子どもにもそんな特技があるのかしら

楽しそうに独り言を言い始めたノリコを
あっけにとられたようにイザークはみつめた


ノリコの言葉が、強ばっていた彼の気持ちを和らげた


フッとイザークは笑うと
ふんわりと優しくノリコを抱きしめる

そして耳元で囁いた
「おれの『しゅみ』は、ノリコ…おまえだ」


「?」






それでもイザークはあれこれ心配することを止めない


あたしは素直に彼の気持ちを受け入れることにしたんだ


彼がだめだというなら、何もせずにいよう
そうしろというなら、一日だって座っている


けれど、ガーヤおあばさんが来た時
ちょっと恥ずかしくて、うまく説明できなくて
誤解を受けてしまったんだ









さっきガーヤの店で
二人から問われた時

ノリコは言った

「おばさん、心配してくれてありがとう
 でもイザークは決してあたしを束縛なんかしていない
 あたしはイザークの気持ちがとても嬉しい…」

それに…

くすっとノリコは笑った

「なんだか思い出すの
 イザークと出会った頃を…
 何もわからなくて、言葉もできなくて…
 そんなあたしをイザークが面倒見てくれた、あの時を」


「ノリコ…」  


「みんなと一緒にごはん食べるのもあたしは好きだよ」

でもイザークと一緒にいられれば、それでいい…






「三日に一度だけだ」

夕食に来ても構わん
だが料理するのは、当分ガーヤとおれだぞ…と
イザークがみんなに言い渡した



(イ…イザークったら)

なにもそんなに真面目な顔で言わなくっても…

うぷぷ、と可笑しくて笑ってしまった


そんなあたしを、彼は怪訝そうにみつめた







「うん…?」

突然イザークが剣を抜く


「おっ」

みんな焦って一歩引く


イザークは剣をみつめて、くすっと笑った


「ど…どうした」


「千津美も、妊娠したらしい」


それはめでたい…


「功のやつ…千津美が心配で仕様がなくて
 相当うろたえているようだ」

可笑しそうにイザークが笑った


おいおい、とその場の全員がイザークにつっこもうとするが
次のイザークの一言で黙ってしまった



「やはり、当分ここでの夕飯は諦めてもらわねばならん…」
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