出会い その後 4





「何を言っている」

功は兄に言った

「兄さん、本気でそんなことを信じているのか…」


「じゃあ、聞くけど…この二週間、お前たちはどこに行っていたんだ」


「それは言えない…」



そのまま階段を上がろうとする功の前に章は立ちはだかる

「説明しろよ、功」


「誰にも彼らの居場所は教えないと約束している」

だから、言えない…と



「じゃあ、何故言えないのか…教えてもらおうか」

章もあきらめない



「イザークは、未だ内乱のある自国から追われている…」


「日本へは不法入国、不法滞在だ」


だから教えるわけにはいかないんだ



「じゃあ、あの典子という娘は…?
 立木久典の娘はあの当時の爆弾事件で行方不明のはずだ」

「あれは狂言だよ」

あの少し前に二人は出会って愛し合ったが
家族の許しは当然得られなくて

「イザークは小さい頃から、反政府主義者として活動していたから
 爆弾を作る事なんか朝飯前なんだ」


無差別爆弾事件を利用して、典子がいなくなったと思わせれば
追っ手もかからないだろうと…


あれから何年も経って、やっと家族の許しを得たんだ
結婚といっても、法的なものではないが




実は千津美と功がそれぞれ家族に語った行き先が違うとわかった時
どうしたものかと悩んで、典子に相談した

小説家の父親譲りの想像力をもって
彼女が造り上げた話だった

今頃、姉に帰ってきたと報告している千津美も
同じ事を言っているのだろう




千津美…

典子とイザークが仲直りしたあの日の夜

初めて彼女をこの腕に抱いて寝た



結婚式後から昨夜までは、毎夜…


彼女のきゃしゃな身体の感触を、重さを、暖かさを
おれの腕が、身体が…忘れない


功はぐっと握った手をみつめた




「兄さん…おれ」

功は章に言った



「なんだ?」


「志野原と一緒に暮らす」


「!」


もう離れてなどいたくない…
あいつと一緒に過ごしたい


おれはずっと心のどこかで制御してきたんだ
彼女への想いを


けど、ノリコとイザークの
狂おしいまでにお互いを求める姿を
この二週間見続けてきた

そんな彼らに影響されてしまった、と素直に認めよう

もちろん、彼らにはおれたちとは比べられない
過酷な運命と戦ってきた過去があるのだけど



月があければ、おれは就職して
学生の頃のようには時間が自由にはならない

けれど…出来ることならら毎日彼女と会いたい

彼女のもとから仕事へ出かけ
そして彼女のもとへ帰る

毎夜、志野原と一緒にすごす

そんな生活をしたかった

千津美もきっとそれを願っているだろうと確信出来る


あいつはおれに、なんのわがままも言わないが

今日、彼女をアパートに送って、帰る時
寂しそうな顔をしていた

その時おれは決心したんだ

明日からだって構わない


おれは志野原と暮らす、と…







あはは、と章は明るく笑った

「そうか、お前たちやっとそういう関係に…」



「そういう意味じゃない」

兄を睨みつけて、それ以上言うと手がでるぞと脅す



ただ…おれはもう、あいつを一人にさせたくないんだ











典子とイザークが短い旅行から帰って来た

「どうだった、京都?」
と尋ねる母に典子が答える


「なんか不思議なもの…見た」


「?」








「千津美たち、どうしてるっかなぁ」

早速、ノリコは千津美に連絡を取ろうとする

二週間ずっといっしょにいたせいか
もう姉妹みたいで、ちょっと会えなくても気になる

でもあっちの世界へ戻ったら
連絡なんかできなくなるんだ

そう思うとノリコはちょっと落ち込んだ


『心配するな』
ぽんとイザークがノリコの頭に手をのせた


『そのうち、きっと…簡単に通信できる手段をみつけてやる』
と、笑って言う


「うん…」
ノリコにはそんな彼の気持ちがとても嬉しい






千津美に電話しているノリコが突然叫んだ

「えっっっっっ、本当なの!」



「うん、じゃあ後で行くね」
と言って電話を切った


「どうした」
尋ねるイザークに


「千津美と功たち…今一緒に暮らしてるんだって」


「…」


きっとそうなるのは早いだろうな
とは思っていたけど

「功ったら…」

何故かノリコは赤くなってる


くっとイザークが笑った
「あてられたんだろ…」


あいつはおれから剣だけを学んだのではなかったようだ



愛しい存在が傍にいることの喜びを
その腕に抱けるありがたさを

あいつはやっと気づいたんだ
千津美と一緒に過ごせる時間の大切さを
別れて暮らすなど噴飯ものだ


千津美にぞっこんなくせに
その気持ちを言葉にする事も
表情に出すこともせずに、5年もの歳月が流れていったらしい
千津美にはあいつの気持ちが理解出来ているから
それはそれでよかったんだろうが

ほっといたら、いつまでそのままでいたんだろう


おれたちが、きっかけを与えてやったわけか…

お節介な奴らの顔が浮かぶ




きっかけか…


おれも

もしあの時、天上鬼と目覚めだと知られなかったら…
ノリコがおれから離れようとしなかったら…

どうしていたんだろうか

ノリコを受け入れられない自分と
ノリコを離したくなかった自分が
おれの心の中で相争っていた

あのままでいたら
おれはいったいどんな決断をしていたのか

もしかすると、今ノリコは
おれの傍にはいなかったのかもしれない…






『それは ないよ』

ノリコの声を感じた



『それは絶対にないよ…イザーク』



ノリコを見ると

ニコリとおれに笑いかけた…






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