出会い その後 7




「えーっ、なんですって?」
「け…結婚!」
学食中にその声は響き渡った


まだ春休みだったけれど
新年度に向けて、講義のスケジュールが発表され
ゼミの受付も始まったその日

たいていの学生は大学に来ていた


久しぶりに会った三浦さんと園部さんに
千津美は結婚することを伝えた

「今、一緒にくらしているの?」
「い…いつのまに、そんな展開に」



「うん、あのね…偶然出会ったカップルの
 結婚式によばれたの」

「すっごく仲が良いんだ、その二人
 なんか影響されちゃって…」

恥ずかしそうに千津美が言った


「志野原さんならともかく
 藤臣くんまで影響されたなんて、信じられないわ」

「で…でも良かったじゃない
 ほっといたら一生お友達でいそうだったもの」

それで式はいつかと聞かれ

「来月にはもう藤臣くん、就職して忙しくなるから
 今月末に…でも籍だけ入れて
 あとは親しい人だけ呼んでちょっとお披露目するだけなの」

「あら、ウェディングドレスとか着ないの?」

うんとうなずく千津美に

「でも、女の子の夢じゃない」
「やっぱり着たいわよね」


「そんなことない…」

ドレスなんか着れなくていい


「相変わらず、欲のない子ね」

ううん、とっても欲張りだよ
一番欲しい物はちゃんと手に入れている



藤臣くんが一緒にいてくれる
これからもずっと…




「結婚するの、志野原さん」
聞こえちゃったんだけど


「あ、長谷さん…」

最初はお互い全く違うタイプなせいか
仲良くなんかなれないと思っていたけれど

大学生活も4年目を迎えようとする今
一緒に講義を受けたり
時々おしゃべりするようになり
読書とか映画とか 好きなものの共通点も
結構多いことがわかって
友達付き合いをするようになっていた

「そういえば、わたしまだ志野原さんの彼氏
 会ったことがないわね」

「あっ、だったら長谷さんたちも来る?」

長谷さんと友達も一緒に招待した




「会費制なんて、ケチね」
長谷真由美の友達は言う
彼女は真由美ほどは、千津美のことが気に入っておらず
陰では「ちまっとドジ子」などと呼んでいる


「仕様がないじゃないの、まだ学生なんだから」


「高1の時から、5年以上も付き合っているんですって
 あのドジ子と…」
ぷぷっと笑う

「それでいきなり結婚だなんて…よっぽど女の子と縁がないのね」

「来月から社会人だそうだけど、公務員ですって」

なんか想像出来るわ…と可笑しそうに言う


そうかしら…

真由美は気づいていた

ドジで子どもっぽい志野原さんだけど
何事にもひたむきに一生懸命で
決して人に責任をおしつけたり、悪く思ったりしない
芯の強さがある


「あたしが男だったら
 きっと彼女みたいな女の子を好きになるわ…」


「えっ?」


驚く友達を残して、真由美は立ち去っていった








千津美はとても困ってどうしていいかわからなかった

お披露目は
小さなレストランを貸し切りにして行うことになった


呼んだお友達はもう全員集まってきてくれている

お姉ちゃんも旦那さんと子どもを連れてきてくれた


でも、ノリコとイザークはまだ来ない
遠くから来てくれるので、遅れても仕様がないけど

そして肝心な藤臣くんもまだ来ていなかった



ここへ来る前、藤臣くんと一緒にお役所に行って籍を入れた

千津美は、藤臣くんのお母さんが買ってくれた
パステルピンクのワンピースドレスを着ている
それは彼女にとても似合っていた

「ほんとうは、ちゃんとした式を挙げて
 千津美さんにも花嫁衣装を着てもらいたかったんだけど
 功がどうしてもと言うんで…」
ごめんなさいね、とあやまる

「そ…そんな、気にしでください
 わたしこそ、こんな急なことでご両親には申し訳なく…」

今日は若い人で…と言って彼の両親は出席していない

ワンピースと同色の靴を履いていたが
ヒールになれない千津美が転びかけて
近くを歩いていたおばあさんを巻き込んでしまった


腰を痛めてしまったおばあさんを背負って
藤臣くんは家まで送っていった

一緒に行きたかったんだけれど
「もう皆集まって来るから
 おまえだけでも先に行ってろ」

おばあさんの家はそんなに遠くない所だったので
取り敢えず千津美は先に来たのだが
功がなかなか現れない




くすくすと真由美の友達が笑った

「仲人も花婿も現れないなんて…
 ドジ子らしいわね」


それにしても…
「小室さんまで呼んでいるなんて、思わなかったわ」

ちらっとテーブルの反対側に座っている小室を見る


同じ大学の小室のことはひそかに憧れている
でも女嫌いで通っていたし、なんだか怖いので
声をかけることが出来なかった

志野原さんが時々一緒に学食にいたのを見たことがあって
不思議に思っていたけど

まさかここに招待されているとは思わなかった

隣にはなんだかもっと怖そうな人がいるし…


「あら、小室さんは志野原さんの彼氏のお友達でもあるのよ」
三浦さんが教えてくれた


「そう、けんか友達」
なぜか、切なそうに園部さんがつぶやく


「けんか友達?」
わけがわからない…




「すまん、遅くなった」

現れたのは、超美形の男の人だった


「章さん…」
ほっとしたように千津美が言う


「えっ…」

ちがう、と三浦さんが手を振る


「彼氏のお兄さんよ」




「ちぃちゃん、おめでとう」

その人は志野原さんの所に行くと
その手を取る




「藤臣千津美なんだろ、もう」

こくりと赤くなって彼女がうなずく



「ところで、功の奴は?」


これこれしかじかで、と説明すると
ぷーっと吹き出した章が

「ちぃちゃん、相変わらずだな」


と笑って、ちゅっと千津美のほっぺにキスをした


あっ、と赤くなった千津美に

「功には内緒だぜ」

と言って、 千津美の姉の向かい側の末席に着いた






功も焦っていた

おばあさんの家はそんな遠くなくて
無事届けたのはいいが

一人暮らしだそうで
布団を敷いて、寝かしたりしていたら


いきなり、事故で亡くなった息子のことを思い出し
泣き出した

えんえんと思い出話を聞かされ
あの子が生きていたら
今頃あなたみたいな孫が2・3人はいたかもしれないと言う

帰るに帰れなく
功はおとなしく彼女の話を聞いていた


やっと話が途切れた時に

今度千津美とまた訪ねると
固く約束して、その家を飛び出した


時間はとっくに開始時間を過ぎていた





「お、きたか」
豪法寺が言った


功の息が上がっている

「まあ、落ち着け」
小室も言った




「す…すまん、おくれて」

どうやら、おばあさんの家から全速力で駈けてきたみたいだった




会場は、招待者用の机がいくつか縦に連なっていって
上座に新郎新婦と仲人用の椅子が横に4人分並べてあった


功は、千津美の横の端の席に座ろうとするが

「おいおい、藤臣くんは世間知らずだな」

「そうよ、新郎新婦は真ん中の二席でしょ」

友人たちから突っ込まれた



しばらく考えて、功は「おれはここでいい」と
端っこの席に座った




くっと、章が笑う


イザークか…

おれの家にきた時

典子が台所にいて
自分は居間にいるだけで
すごい仏頂面をしていたな

食卓で典子の隣に座った途端
表情が変わっていた

たとえ同じ席に着いていても
あいつだったら、典子の顔が見られないというだけで機嫌が悪くなりそうだ

功もよくわかっているらしい…


イザーク…
いい男だったが
その気になれば、功以上にからかいがいがありそうなやつだな


それにしてもあの二人…
千津美と功を見る


一緒に暮らしていながら、あいかわらずらしい

でもそれも…
今夜で変わるのだろうか



今日の藤臣くんは、グレーのスーツに
青と緑のストライプのネクタイをしていて

とても素敵だ


あちらの世界の格好も良く似合った
典子たちの結婚式で
正装ををした彼は、大人っぽくて
ぽぉーっと、千津美もみとれてしまった



なんでも似合うんだもの、藤臣くん
本当に素敵
あたしなんかでいいのだろうか

自信なげに千津美は下をむいた


ぽんぽんぽん、と背中をたたかれた






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