出会い その後 changing heart


ノリコは目立つようになったお腹をかかえるようにして
用心深く歩いていた


もうとっくに安定期に入っていたが
イザークの心配は尽きることを知らない

そして彼が見ていないからと言って
彼の言いつけを無視するノリコではなかった



町に用があったので
近所の人に馬車で連れてきてもらった

この後はガーヤおばさんのお店に行って
彼が迎えに来てくれるまで待つつもりだ



「あれっ、あんた…」

声をかけられて、ノリコは振り向いた



たしか、ジェイダさんのお館で女中頭をしている人だ

「お久しぶりです」
ノリコは笑って言う

結婚前には世話になった
気のいい、おおらかな人だった


その彼女が顔をしかめて言う

「あんたの旦那、警備隊のイザークだろ…」

「ええ、そうですけど」


ノリコを見て少し悩んだ後、話を続けた

「こんなこと、言いたくないけどさ…
 でも、あんただけが知らないのも気の毒だから…」


彼女が言うには
新しく雇われた女中とイザークの仲が怪しいらしい…


「そんな…」

明るく笑い飛ばそうとするノリコにだめ押しする

「館の者は全員知っているよ…」




年齢はノリコと同い年くらいのその女中は
ものすごい美貌と色気の持ち主で
館に来た途端、館の男たちや警備隊員を魅了した

けれど彼女はイザークを見た途端
吸い寄せられるようにイザークへと向かった


「おいおい…またか」

「ああ…気の毒に」

アゴルとバラゴは苦笑した

イザークは、今までどれだけ女たちから興味を持たれても
無意識にだが…まったく無視していた
ノリコ以外の女になどまるで関心はないのだ


けれども…

「新しく館にきた者です」

自己紹介する女に、イザークは目をやると視線を止めた

「…」

相変わらずの無表情だったが、 その女中をじっとみつめていた





「あんた、そんな身体だしね…」

女中頭は、ノリコのお腹を見る


「旦那、まだ若いから…我慢出来ないだろうよ
 そうして他の女にはしりたくなるんだよね…」


イザークが浮気…?

あり得ないと思ったけど …

結婚式を挙げてから
あたしを毎日のように求めていたイザークを思い出す
彼の激しさに最初は戸惑っていた
でも、いつしかそれを当たり前のように受け止めていた

けれど妊娠がわかってから、ぱったりとそれは止まっていた



「まだそんな深い関係じゃないと思うから
 今のうちになんとか手を打った方がいいよ」

じゃあ、と言って女中頭が去って行くのを
ノリコはぼんやりと見送った




バラゴやアゴルはひどく困惑していた

イザークが、あの女中にあからさまに興味を示している

どういうことだ…



あれ以来…
彼女はきっと故意にやっているのだろう
イザークの目につく場所にちょくちょく姿を現す

その度に、イザークは そうせずにはいられないような様子で
ちらちらと視線を彼女にあわせていた



ある日、イザークが休憩時に座り込むと
待っていたとばかりに彼女が水を運んできた

それを受け取って、イザークは女中に訊いた

「あんた…出身はどこだ」

え…と驚きながら女中は答えた
「東大陸のトラハンという国の小さな村ですわ」

「随分遠い所からきたんだな…」

イザークは質問を続ける
「家族は…兄弟はいるのか」

「両親は死にました…年の離れた姉がいます」

イザークにじっとみつめられて、女中は赤くなる
「お嫁に行って…もう長い事会っていませんけど…」

「そうか…」
何かを考えこんでいるかのようなイザークに

「遠い親戚を頼って思いきって西大陸へきてみましたの
 そしてここを紹介されて…本当に運が良かったわ」

イザークをうっとりとみつめて言った

「それは良かったな…」
イザークは答えた




近くにいたアゴルたちはあっけにとられて、二人の会話を聞いていた

 そんなにその女に興味があるのか、イザーク…?





ガーヤも困っていた

近頃バラゴやアゴルが、イザークとその女中の話をやたらするのだが

「イザークがノリコ以外の女に興味を持つなど信じられないよ」
と言って聞き流していた


けれど昨日偶然見てしまった




イザークが早めに仕事を終え、馬に乗って帰ろうとした時
その女中がやって来て言った

「町まで乗せて行ってくれるとありがたいのですけど…」

イザークは手を差し出して彼女を引っ張り上げ、ふたりは館から出て行った


アゴルも…バラゴも、アレフやバーナダムまで
それを呆然と見送った


イザークの前のその場所はノリコ専用だと思い込んでいたのに
いとも簡単に奪われてしまった…

そういう感覚だった



「あれっ」

ガーヤは用があって、その広場へ出かけていたが
馬に乗っているイザークを見かけた

けれど、彼の前にはノリコではなく
別な…とてもきれいな女がいた


あれが噂の…






「こんにちは…ガーヤおばさん」
明るい声がして、ノリコが現れた


「ああ…ノリコ」
ガーヤは幾分焦り気味に言った


「ここへお座り…」
大きくなったお腹のノリコに椅子を勧めた


うふっとノリコは笑う

「ありがとう、おばさん」


ノリコのこの笑顔を曇らせる事だけはしたくない…
ガーヤはそれを、心から願ったが


「おばさん…」

「なんだい?」

「イザークと、お館の女中さんとのこと聞いてる?」

「!」


さらっとノリコは訊いたが

「な…なんであんたが知ってるんだい」
ガーヤが青くなった

「やっぱり…」
ノリコの顔が曇った

「みんな知ってたんだね…」

「気にすることじゃないよ…イザークがそんなわけないだろ」
昨日見た光景を頭から振り払って、ガーヤは言った


「それはそうだけど…
 なんで、あたしには何も言ってくれないのかなぁ」


「そ…そりゃあ、今のあんたに余計な心配をかけたくなかったんだよ…」

まさか、もはや冗談では済まされないほど
イザークがその女中に関心を寄せているらしい
などとはとても言えない

彼女を馬に乗せたイザークを見てから
ガーヤもどうしたものか、悩んでいた
このままではノリコが気の毒だ

けれど…



「あら…」
ノリコが店の入り口を見る


「よぉっ」

アゴルとバラゴが入ってきた
続いてイザークの姿も見える


「イザーク…」
最高の笑顔でノリコはイザークを迎えた

イザークは、椅子に座ったノリコに近寄ると優しく訊いた
「無理をしなかっただろうな…」

うん、と言ってノリコは頭をぺたんとイザークの身体にもたれさせる
イザークの手がそっとノリコの髪 をなでた


いつもと 変わらない仲の良い姿だったが
そんな二人を 周りは戸惑いを隠せずにみつめている


その視線にイザークは気づいた

「どうかしたのか…」

「えっ」

ノリコもイザークの身体から顔を上げてみんなを見る
なんか、変…

「いや…なんでもない」
みんな目をそらした



「あ…そうだ、イザーク。あたし訊きたいことがあったの」

「なんだ?」

「あのね…」


ノリコが言いかけた時、突然イザークははっとすると

「行くぞ」
ノリコを抱きかかえるようにして慌てて出て行った

突然のことで、みんなポカンとしていた

「どうしたんだ?」
「なんで裏口から出ていったんだろうね…」



「あっ…」

表の入り口から例の女中が入ってきた


「あんた、ここで何をしてるんだ」
アゴルが彼女に訊いた

「そこで買い物をしていたら
 イザークがここに入っていったのを見かけたのだけれど…」

「イザークならもう帰ったよ」
ガーヤが女中をじろじろ見る

なるほど、近くで見ると本当にすごい美貌だ
輝く金髪の巻き毛
長いまつげに縁取られた瞳
ぽってりとした唇
見事な曲線を描く身体を強調するように
ぴったりとしたドレスをまとっていた

彼女なら男たちを惹き付けて止まないだろう

見られることに慣れているのか
まったく意にも介せず女中は言った

「館までおくってもらおうと思ったのに…」

「おいおい、あいつは仕事が終わって帰ってきたばかりだぜ」
なに考えている、とばかりにバラゴが言った

「あら、彼…あたしのお願いだったらきっときいてくれるわ」
自信満々で女が言った




そうか、イザークは彼女の気配を感じて
ノリコと会わせたくないと出ていったんだな

みんなは合点がいった


やはり…そういうことか
なんだか遣り切れない




「イザークにはちゃんと女房がいるんだよ」
ガーヤが挑むように言った


女中は、ほほほと高笑いする

「話はきいてるわ…
 彼は国一番の剣士で、本当ならもっと豪勢な暮らしをしてもおかしくないのに
 奥さんのわがままで、町外れの小さな民家に住んでいるんですってね」

女の態度に、ガーヤはむっとする

「ノリコはわがままなんかじゃないよ
 イザークがそれでいいって言ったんだ」

「今までは奥さんに夢中だったみたいだけど… 」

他の女中たちが教えてくれた
彼はそれまで他の女なんかまったく無視していた
奥さん一筋だったと…

「あたしには明らかに関心を持っているのがわかるわ」

みんな何も言い返せない…

「別にあたし奥さんがいても構わないし…」

上手くいけば出入りする金持ちや位の高い男の目にとまって
愛人にでもなれればラッキーと思って
ジェイダの館に女中奉公したのだ

けれどイザークに一目惚れしてしまった
たかが警備隊員と思ったが
噂を聞けばすごい人だとわかった

「彼の傍らにいるのは、あたしがふさわしいのよ」

先日彼に話しかけられていたのを見ていた人から言われた
「あんたたち、二人並んでいると絵のようだね」



「あんたに何がわかるんだい
 あの二人が今までどれだけの思いで生きてきたか…」

「あら、過去にばかりとらわれていたら不幸になるだけよ」
いともあっさりと女中は言い捨てて、店を出て行った


「なんてことだ…」
ガーヤには信じられない

「あの女の自信はどこからくるんだい
 イザークはもうなにか約束でもしちまったのかね…」

「知らねえよ」
バラゴもアゴルも頭を振る


確かにきれいな女だ
どんな男でも夢中になるだろう
あたしは我慢出来なかったけど
この二人は女の傲慢な態度を許してしまっている


けれどイザークは…ぶれることなく
ノリコだけを思っているはずだった

あれはあたしたちが勝手に思い込んでいた幻想だったのかね
あんたも結局はただの男だったのかい、イザーク


初めて会ったときから、彼にまとわりついていた
苦しげな表情が…孤独な影が
再びエンナマルナで再会した時は、きれいに無くなっていた
ノリコが彼の運命を変えたんだ


「やっぱり、あたしには信じられないよ」
頭を振ってガーヤが言った



「ガーヤ、あんたイザークにいつものように意見してやれよ」
バラゴが言ったが

「あたしゃノリコの妊娠の時に、一度みそつけてるからねぇ」
とガーヤは断った

「しかし、ただ黙ってみているだけなのは…」
情けないと、アゴルが言う

「ジーナに、占ってもらえないかい?」

「いや、ジーナにはイザークとノリコのことは見えないんだ」

「ああ、そうだったねぇ」
姉さんにもあの二人のことは占えない







「あのさ…イザーク」

「ん?」

そういえばさっきおれに何か言いかけてたな


イザークはノリコの身体の負担が少なくなるように
馬の前に横座りさせて片手でしっかりと彼女を抱きかかえていた


「お館に新しい女中さんが入ったでしょう」

イザークは明らかにぎくりとして、ノリコは少し動揺する

けれど彼は気になることはどんなことでも話せといつも言ってるから
黙っていたらかえって怒られるかも、とノリコは勇気を奮い起こす

「みんなが噂しているんだって…」

「どんな噂だ」

「そ…その、イザークとそのひとが…」

できてるって…



「…」






ノリコのたちの家で夕飯の日だった
いつもは待ち通しいその時が
今日は心がやけに重たい

いったいどういう顔をして飯を食えというんだ


「おれ、イザークに言ってやる!」
バーナダムが憤慨している

「君が言うとかえって話がこじれそうだな」
アレフが冷静に言った

「じゃあ、あんたが言えよ…一応、上司だろ」
アゴルが突っ込むが

「おれ、イザークに嫌われてるから」
あはは、とアレフは笑った



「ったく、笑い事じゃねえよ」
笑っているアレフの姿にバラゴがちらっと 後ろを見た

みんなの話し声が聞こえないように
バラゴは馬車をわざと遅れて走らせていた


ノリコたちの家に行こうと館を出る時に
女中が声をかけて来た

なんでもイザークに今日の夕飯にこいと誘われたらしい
彼女は有頂天だった

いったい何を考えてる…イザーク?
馬に乗せて行く気はしなかったので
馬車をだして彼女を乗っけて来たが…




今日のイザークは、いつにもまして無愛想で無口だった
時々、バラゴたちをじっと睨んでいるような気さえした

昨日ガーヤが言っていたが
ノリコに女中のことが知られてしまったそうだ

あの後、ノリコから責められたのだろうか
そんな噂を流したおれたちを逆恨みしているのか…

女中が夕飯に誘われたときいて
それがきっかけで、とうとうイザークは
彼女をノリコに会わせる決心をしたのかと思った


今夜はなんだか憂鬱な晩飯になりそうだ
バラゴが珍しくため息をついた




「こんばんは、いらっしゃい」

台所から明るい声が聞こえた

少なくともノリコの声にはなんの鬱屈も感じられなかった
イザークからまだなにも聞かされていないのか…


「あれ…みんなどうしたの?」
台所から出て来たノリコは不思議そうに言った


もう勝手知ったるこの家では夕飯まで
用意されている酒やつまみを自由に始めるのが流儀だった

でも今日のみんなはなんだか遠慮して
玄関に立ち尽くしていた


「あ…」

女中に気づいたノリコは、びっくりして大きく目を見開いた


「ノリコ、こ…これは」
バラゴは焦って言葉が出て来ない


ノリコを初めて見た女中は密かに思う
 …普通の娘じゃないの、あたしの敵ではないわ



「なにをしている」

二階からイザークが降りて来た
ノリコ以外の全員が彼を見た



「イザーク」
女中が彼の名を嬉しそうに呼んだ

「よく来たな…」
イザークはそう言うと、ノリコへ近づき彼女の肩を抱いた

「ノリコがあんたに会いたいと言ったんだ」

「えっ…」
女中だけでなく、他のみんなも驚いたように二人を見た



「本当にそっくり…」
眼が離せないというように、ノリコは女中をじっとみつめていた


「…」



「グゼナのワーザロッテの所にいた
 占者のタザシーナにそっくりなんだそうだよ」

台所でノリコを手伝っていたガーヤが出て来て言った




昨日の帰り道、ノリコから館の噂を聞いた時
イザークは自分の耳を疑った

おれが他の女とできているだと…
みんな、そんなことを本気で思っているのか…

イザークは少し人間不信に陥り
今日は一日不機嫌だった



幸いなことにノリコはそんな話を微塵も信じておらず
ただそういう噂があるとおれに教えてくれただけだった

ノリコの心配事は別にあったが…
思い起こして、くっとイザークは笑った




「イザークは、 ノリコに嫌なことを
 思い出させないようにと伏せていたんだよ」



タザシーナそっくりの彼女を見た時、イザークは驚くと同時に
ノリコの事を思い浮かべた

困ったな…

タザシーナにまつわる過去は
ノリコにとっては悪夢 でしかあるまい

今の彼女にそんなことを思い出させて苦しめたくなかった
できるだけ心安らかに過ごして欲しい

その女中を見かけるたびに
イザークの心は痛んだ

出身を訊いたら東大陸のリェンカの隣国だそうだ
年の離れた姉がいるのか…
結婚していると言ってたから、まさか違うだろう

関係はないと思うが
あまりにも似すぎている…

できればノリコを彼女と会わせたくない
ガーヤの店にあの女が近づいてくる気配がした時は相当焦った



けれど噂のことを聞いたイザークは
黙っているわけにはいかずに、本当のことを打ち明けた


「もう…イザークってば!」
ノリコは怒って言った

「なんでも話そうと言ったのは、イザークだよ」

イザークはすまんとあやまる


でも…イザークはあたしのことを考えてくれたんだ…

ノリコはいつものようにイザークの気持ちを素直に受け止める


「タザシーナはいつも嫌なひとだったけど…」

彼女が、あたしたちが天上鬼と目覚めだと教えてくれたから
あたしたちは心を通じあわせることができた

彼女が紫魂山にイザークがいると教えてくれたから
ドロスさんはあたしをそこへ連れて行く事ができた

そしてあのラチェフの結界からあたしが逃げ出せたのも
彼女のおかげだった


「あたしは、むしろ感謝してるんだ」

今、彼女が幸せでいてくれればいいと心から願う


「おまえはいつもそうだな…」

イザークは微笑って言った


ノリコはいつも人の良い面を見ようとする

白霧の森で化物の精神攻撃から逃れられたのは
彼女のそんな性質のおかげだった

あいつに冷たい態度しかとれないおれの事すら
「やさしい人」と言っていたな

あのラチェフやケイモスでさえも
彼女にとっては、おれを運命の楔から解き放ってくれた
恩人にでもなりかねんのだ



「それにイザーク…」

ノリコはおれを見て言った

「タザシーナがどんなにいやな人でも
 その女中さんにはなんの罪もないのよ」


「ああ、そうだな」

おれはおまえのことしか考えていなかったが…


イザークのそんな気持ちが嬉しい…と
ノリコはおれの胸にその身体を預けた
おれはそんな彼女をしっかりと抱きしめる


これほど愛しい存在がおれの腕の中にいるというのに
どうして他の女になんぞ目を向けなくてはいかんのだ




「あんたたち…」

みんなをじろっと睨んでイザークが言う

「おれが他の女に心をうつしたと、本気で思ってたんだな」


大抵のものは後ろめたさに目をそらしたが

「けどよぉ、あんたあの娘を馬の前にのっけたじゃないか」
まだ納得してないバーナダムがイザークにつっかかった

「あそこは、ノリコ専用だろ」

「おれは頼まれたら断らん」
イザークはそんなバーナダムを横目で見るとしれっと言った

もちろんノリコ優先だが…


「イザークは優しいから…」
ノリコがくすっと笑って言った



さっきから居心地が悪そうにしている女中にノリコが言った

「今日はわざわざ来てもらってありがとう
 本当に噂通り、きれいで色っぽいのね…」

「え…」

「あたしは、ほらこんなガキっぽくって色気なんかないし…」

うらやましい…と笑顔で言われ
女中はなんと答えて良いかわからない

「ねえよかったら、ちょっとお台所手伝ってくれる?
 お料理しながらおしゃべりしようよ」

「え…ええ、もちろん」

ノリコの笑顔に救われたように女中が言った



台所から明るいおしゃべりが聞こえてきた
笑い声も聞こえる

「ノリコは相変わらずだねぇ…」
ガーヤが笑う

変なお節介やかなくて本当に良かった…



「イザークも変わらねぇな…」
やっぱあいつはノリコ一筋か…

「彼もやっと人並みになったのかと、思ったんですけどね…」

あはは、と笑うアレフにみんな慌てて

「よせ…今日のやつは機嫌悪いぞ…」

「それはもうないと思いますよ…ほら」


アレフが指差した方を見る

イザークは台所の入り口にたたずんで
ぺちゃくちゃと楽しそうにしているノリコを
愛おしそうにみつめていた


「いまだにね、時間が許す限りイザークは
 ああしてノリコに気をつけてるんだ」

監視とも言えるね、とガーヤが笑って言う

「浮気だなんて…あり得ないよ」


いつものように楽しい夕食の時間が過ぎて
みんな帰路についた




「あんた、まだイザークに未練があるのかい」

馬車の後ろに座っている女中にガーヤが馬から話しかけた

「もちろんよ…あんな素敵なひと、他にはいないもの」

でも…

「奥さん…ノリコから彼を奪おうなんて
 もう絶対無理だって、わかったから…」

思うだけにする…と少し恥ずかしげに娘は言った









その頃…

ベッドの上で イザークは前に座っているノリコを
しっかりと抱きしめていた


そして耳元でささやく

「正直に言えば、おれはノリコをいつでも欲しい…」

ノリコはぽっと赤くなる


「結婚する…ずっと以前からそう思っていた」

あ…そうだったんだ

あたしったら、全然何も考えてなくて…
お兄ちゃんから、ねんねとからかわれたのも無理はない


「だが、一番大事なのは…」

こうしておまえがおれの傍にいてくれる
おれの腕の中にいる
だから、おれは我慢ができる


「それにおれが欲しいのはノリコだけだ
 他の女をノリコの代わりに抱くなど考えられん…」

余計な事は気にするな…

「今おれが望んでいるのは、おまえが無事に子どもを産むこと…
 それ以外はどうでもいいんだ」




あの女中頭の話の中で、ノリコが気になったのは
女中と彼との噂ではなかった

『旦那、まだ若いから…我慢出来ないだろうよ…』




その後、馬に揺られながら
女中との噂の事をイザークに教えたついでに
思いきって訊いてみた

「イザーク、も…もしかして我慢してる?」

その時イザークは、くすっと笑っただけで答えなかった





「ずっとおれの傍にいると言っただろ…」
耳元に彼の息がかかる

「…う、うん」
ノリコの心臓はそれだけでもうどきどきしていた


「では、いくらでもまだ機会はあると言う事だ…」


や、やだ…イザークったら

なんと答えていいかわからず
ノリコは真っ赤になり、口をぱくぱくさせる


くっと耳元で笑い声が聞こえた

「!」


「イザークったらまた…遊んでる…」
怒ったように言うノリコに

「何を言ってる」
笑いながらイザークは

「本気で言ったに決まってるだろう…」

そう言うとノリコを抱きしめたまま
くずれるように横になった

「もう遅い…」




二人は静かに目を閉じた



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