出会い その後 番外編 killing time 後日談


うつむき加減に歩いていたイザークの顔が上がって、視線があった…

ドキン…

ノリコの胸がときめく

「イザーク…」
赤くなってつぶやいた



「ノリコ…」
イザークはうんざりしたように言う

「行くぞ」

「あ…お願いもう一度だけ」

「…」


おじいさんの80歳の誕生日だったので
イザークとノリコは一週間休みをとってこちらへやって来た

今はおじいさんへのプレゼントと、千津美の卒業祝いを買いに都心に来ている





イザークの出演したPVは大ブレークして、社会現象にもなったようだ
そのDVD付のミュージックCDは売り上げの金字塔を打ち立てた
もちろん皆イザークのPV目当てだった


発売されてすでに半年近いというのに、いまだに人気は衰えない


スタイルが良すぎる
足が長過ぎる
顔がきれいすぎる
雰囲気が凄すぎる


なかなか出演者がみつからなかったので
あれはCG処理された映像だというのがもっぱらの噂だ

いや…噂ではなくもうそれが事実として認定されていた

制作サイドがいくらあれは本物の人間だと言っても、説得力はなかった


彼を実際見たと言う目撃談があっちこっちであった

買い物をした店の店員や、休憩したカフェのウェイトレスなどが
テレビ局や雑誌のインタビューに答えている


千津美たちがお披露目したレストランの店長は
「これはイザークが破壊した壁」
と、壊れた壁をそのままにしてあるらしい


さすがにノリコや 千津美、功の友人たちは
「反政府主義者」で国を追われているイザークの事を思い遣って
誰もなにも言わずにいてくれた

章でさえ、勤めているTV局がいくら特集を組んでも
ただひたすら沈黙を通していた




「つちのこや口裂けおんなと同じよね」

目撃談だけで実物が出てこなければ結局は伝説化すると
ノリコの母は言いたかったらしいが

「イザークをつちのこや口裂けおんなと同類にしないで!」
ノリコに怒られた

それに古すぎるよ…いくらなんでもその例え…





実家で DVDを観た
ただでさえかっこいいイザークが
もっとかっこよく見えるように編集されている


暇さえあれば何度もそれを観るノリコに

「ノリコ、もういい加減にしろ…」

嫌そうにイザークが言っても
ノリコはどうしてもまた観てしまう


だって、素敵すぎるもの…






買い物に来た繁華街の駅前でふと立ち止まった

商業ビルの前面にある大きなスクリーンが
ノンストップでそのPVを流し続けていた

特大アップのイザークにみつめられ
ノリコはすっかり魅入ってしまい動けない


まわりでは老若男女関係なく、みんなぽぉっとイザークを観ている


「近頃のコンピュータ処理はすごいな…本当に人間みたいだ」
ノリコのすぐ傍で、年配の男の人がつぶやいた

(に…人間なんですけど…)

ただでさえ人か否かで散々悩んできたイザークが
なんだか気の毒になってきた



ノリコのお腹はもうだいぶ大きくなった
隣には相変わらずイザークが
ノリコの身体を護るように寄り添って立っている



まいったな…
こんなはずじゃなかったのに 

初めて来た時はこの世界でノリコの家族以外
しがらみを持つまいと決めていたんだが…

千津美と功に出会って
彼らの家族や友人たちとも知り合いになった

ノリコの友人にも紹介された

だがそれはまだ許容範囲だった

気がつくと、今ではこの国のほとんどの人間が
おれのことを知っているという事態になっている

功が困っていたのと、おれが暇を持て余していた所為なのだが…


ったく、なんでおれがこんな格好をしなければならん



イザークはノリコの家族の忠告におとなしく従って
兄の野球帽をかぶりサングラスをしている

イザークには両方とも大きめなので
帽子は彼の長い髪をたくし込んでも余裕があり
かなり目深にかぶっていた
サングラスも顔の大部分を隠している


「少しダサいくらいの格好をしないと、おまえ目立つから…」

悪のりしているとしか思えない兄が言って
イザークは父親のコートを羽織っていた

撮影の時に着たような素敵なのではなくて
十数年前のサラリーマンが着用していた野暮ったいよれよれのコートだ
袖は短いのでまくりこんでる

なのに、イザークが着るとなぜかかっこいい
ヴィンテージファッショを決め込んでいるモデルのようだった

兄もそんなイザークを見て、ため息をついて諦めた

「まあ、本人だとばれなければそれでいいんじゃないか…」



やっとイザークはノリコをその場から引きはがした
今、彼女はおじいさんのプレゼントを必死で選んでいる


だがそれも、千津美の卒業祝いも
結局はノリコの両親からもらったお金で買っているのが
仕様がないとはいえ…イザークには不本意だった



待てよ…
あの時…確か、現金でかなりの金をくれるとあいつらが言っていたな

どうせ暇つぶしのつもりだったので金などどうでもよかったんだが
あいつら結構もうけたようだし、それを回収しても構わんだろう…


イザークは にやりと笑った



買い物を終えたノリコを家に連れて帰ってから
イザークはシンクロしてあの芸能プロダクションの
映像企画課課長室へとんだ


 


功も困っていた

イザークのPVにCG疑惑がかかっていることは千津美が言っていたが
芸能界のことなど興味が無いので聞き流していた



「よぉっ、藤臣は長髪も似合うな…」
ある時、同僚からポンと肩をたたかれそう言われた

「?」

あの芸能プロの社長の逮捕に
課が違うにもかかわらず功が貢献したことは知られている
そのせいで、署内ではあれは功だという噂が
次第と真実味を帯びてきていたらしい

「潜入調査、ご苦労さん…」
「ねえ、あの歌手にも会ったの?」

いつのまにか周りを同僚が取り囲んでいた

「何を言ってる、おれは日本人だ…」

「CG処理で、体格を細めにして顔立ちを外人っぽくしたんだろ」
「髪もあとで加工したのか、それともカツラか?」

「お…おれは仕事をしていたぞ」

「撮影は早朝に数時間だけだったとどっかで読んだな」
「社長が逮捕された途端、姿を消したってことはやはり…」

元来、 弁明という類いは苦手なたちだ
黙って誤解させたままにしてしまうほうがよっぽどましだと思っている

すっかり信じ込んでいる同僚たちを言葉で納得させることなど
功にはどだい無理な話だった


例の課長のところへ行ったが

「潜入捜査は極秘事項なんだぜ、藤臣
 たとえ同じ署員にでもべらべらしゃべることはできん」
なぜだか嬉しそうに言う

「それにやつのことは詮索無用だったから、何も知らんしなあ…」
かっかっか、と大声で笑った

どうやら、あの時功に睨みつけられた仕返しをしているらしい…




映像企画課課長もすっかり困りきっていた

今やネットではイザークCG派が多数を占めている
誰かが「いや彼は実在する人間だ」などとつぶやこうものなら
あっというまに批判コメが山のように寄せられる

「じゃあ、本物みせてみろよ…」
「あんた芸能プロの回し者?」


最初こそはあのPVの出来を賞賛され、鼻が高っかったのだが
いまや「イザークは実在する」と主張するプロダクションは
笑い者どころか、詐欺だとか騙りとか完全に悪者にされている


どうしても彼が欲しかったので
言われるがまま身元確認もせず契約もしていない
いい加減な採用を全方面から責められていた

全ては社長に許可を貰ってやったことなのに
肝心の社長は今堀の中にいるため、責任が彼にかかってしまっている


「なぜ、あんな大物をきちんと押さえとかなかった」
上司からは怒られ

「このプロダクション勤務だというだけで白い目で見られんですよ」
部下からは泣きつかれる

「きちんと証明出来ないなら、CGを認めるべきではないかな」
などと業界の重鎮からはそれとなく諭された


それでもCDは売れ続け、社に莫大な利益をもたらしているので
それなりの功績は認められているが、ストレスは限界に達しそうだった


部屋でひとり頭を抱えていると

「おい」
と声が聞こえた

え、と顔をあげると
そこにイザークが立っていた

悩みすぎて、まぼろしでも見ているのか…

ドアが開いた気配はしなかったが
考え込んでいたので気づかなかったんだろうか
そう言えば、こいつは一度もノックなどしたことがなかったな…


「ほうしゅう、まだだ」

イザークは腕を組んで立ったまま、上から睨みつける


「あんたが消えちまったんで
 あげたくともあげられなかったんですよ…」

そう言いながら、課長の手がそっと電話に伸びた
警備員を呼んで、力づくでも彼をここに引き止めなければ…


その手はがしっと掴まれ、びくとも動かない


「いまもらおう」

「それは無理ですね」

「なぜだ」



課長は懐かしさすら感じていた

彼の無愛想な表情
短く端的な言葉…日本語ができないというだけではないのだろう

媚びたり、へつらったり…そういうこととは無縁な奴だ

人間不信に陥ってた課長には、そんなイザークが好ましくさえ思える
できれば彼の望むようにしてやりたいが…


「現金を用意するには時間がかかりますから…」

「いつできる?」

「明日だったら…」

「では、またくる」

そう言って背を向けたイザークに


「ちょ…ちょっと待って…」
課長が呼び止め、イザークが振り向いた

そんな所作にもぞくっとするような凄みがある
本当にいい男だ

「せめて連絡先を教えてもらえませんかねぇ…
 ほら、明日用意出来なかった場合とか、無駄足を運ばせない為に」

「かまわん」


「イ…イザーク」
去って行こうとするイザークを必死で引き止める

「なんだ」

「頼みますよ…知っているんでしょ
 今あんたのことがどれだけ話題になっているか」

「…」

「ほんの少し…一瞬でいいから
 みんなの前に姿を見せてもらえると嬉しいんですが」

「ことわる」

「報酬、二倍にしますよ」

「いやだ」

剣もほろほろに言う


「はっきり言わせてもらいますが、
 契約なんかしてませんから、報酬払う義務も無いんですよ」


こいつぶちのめそうかとも思ったが、イザークはしばらく考えて

「さんばいだ…」

「で…では」

「あす、よういしておけ」

「はい」

「いっしゅんだぞ」


そう言い残して部屋から出て行った






それから課長の行動はすばやかった

あらゆるマスメディアに
明日、本物のイザークが現れると触れ回り
会社の役員たちを集めて会議を始めた





「おいイザーク」

ノリコの兄が部屋から降りて来て
居間にいるイザークに声をかける

「ネットがすごいことになってるぞ」



「あら、こっちもすごいわよ」

テレビを見ながら母が言った

最初はテロップだったが、今は臨時ニュースが流れ
明日イザークの実物が現れると予告がされていた

ノリコは、ニュースを読むアナウンサーの
背後に流れるイザークの映像を嬉しそうに見ている

お腹の大きくなったノリコを
後ろから抱きしめるのが癖になったイザークは
床に座り、あぐらをかいた足の上にノリコをのせ
愛おしげに彼女の身体に腕をまわしている

最初は目のやり場に困ったが
もうすっかり慣れた家族はそんな二人を微笑ましく見守っている


「明日、本当に記者会見するのかよ」

兄に聞かれて、まったく関心なさそうにイザークは答える

「いっしゅんだ」

「?」




芸能プロでは、現社長をはじめ映像企画課課長
その他の関係者が徹夜で打ち合わせをした


記者会見の場所は、そのビルで一番広い会議室があてられた
窓には暗幕がはられライトが煌煌と部屋を照らす
後方にはカメラがずらり並び
記者たちはぎゅうぎゅう詰めになって座っている

何時に現れるとイザークは言っていなかったので
朝早くからみんな待機していた


時間が経つにつれて
誰もがいらいらと落ち着かなくなってきた

もし彼が現れなかったら…というストレスで課長は倒れそうだった

長いテーブルに社長たちと座る彼の前には
イザークに渡す最初の約束より三倍の報酬が入った分厚い封筒があった

彼が現れたら、きちんと報酬を渡し誠意を見せた上で
次の契約を結ぶよう説得する役目だった
大勢の記者やテレビカメラの前で彼も無下に断れまい
というのが上層部の判断だった

課長は、正直言って成功する見込みはまったくないだろうと思っていた
イザークをみんなの前に披露できればそれで上等だ



昼過ぎ頃…
いらだった報道陣から本当に現れるのかとか、怒声が発せられ出したそんな時…


突然、明かりが消え部屋は真っ暗になった

「停電か…」


バチバチとカメラや照明器具から火花が散り始める

「なんだショートしだしたぞ…」
「電気回路が故障したのか」


混乱した報道陣はなんとかしようとするが
真っ暗闇でぎゅうぎゅうに詰め込まれているせいで
思うように動けず大騒ぎとなる


どうして良いかわからず、呆然と座っている課長の耳元で声がした


「ほうしゅうは…?」

「あんたか、イザーク!」
びっくりした課長が声を上げるが、騒々しすぎて誰にも聞こえない

「ですが、先に会見をしてもらわないと…」

「やくそくはまもる」

課長はなんだか一連の騒動がひどく馬鹿らしく思えてきた

えい、もう、どうとでもなれ…
半分やけになって、報酬の入った封筒を差し出した



ドアが開いて明かりが漏れた
真っ暗な部屋にいた全員がそちらを向く

そこにイザークの後ろ姿が浮かびあがった
振り向いた彼は、無表情に会場を睨むとドアを閉めた


「…」


数秒で明かりが再びついた

先ほどの騒ぎが嘘のように室内はしんと静まって
誰もがぽかんと放心している

はっと我にかえった数人がドアを開けると
外に立っていた警備員に聞いた

「今、イザークが出て行っただろう」

「はぁ…何言ってるんです?
 入ってもいないのに出て来るわけないじゃないですか」

警備員はいつ来るかと待ちわびて、会場のドアに背を向けていた
ドアが開いたような気配がして振り返ったが
イザークはもうそこにはいなかった




報道陣は狐につままれたような気分で帰って行った

彼らの話を聞いた者はそれは3D映像だろうと言い出し
その場にいた者までそうだったかなと思い始める

芸能プロが悪評をなんとかしようとして仕掛けた会見だ
ということころに噂が落ち着いたようだ
マスメディアだけでなく一日中テレビやネットの前で
待っていた人々からも非難の声が涌きあがり
芸能プロの評判は地に落ちて行った

社内の人間は、皆がっくりと落ち込んでいた
ただ課長だけは妙に清々しい気分で満足していた


イザークはあれでいい
そのうち、またふらっと現れてくれそうな気がする…




イザークはもう一カ所、別な場所で目撃されていた




功の机の電話が鳴った

受付から、功に訪問者がいるとの連絡だった
気のせいか声が裏返っている


来訪者の予定はなかったが…

功が受付へ行くと

「功…」
にこっとノリコが笑う

「ごめんなさい、お仕事中に」

「いや…」

「近くを通りかかったから、ついでにと思って…」

千津美に借りたマタニティ関連の本や雑誌を返しておいてくれと渡された

「ああ…」


通りかかったついでだと…


ノリコの傍らにいつものように立っているイザークが
功を見ると口の端を上げて笑った


昨日、千津美に卒業祝いを持って行った時に
功の困った状況を聞いたのだった


「お仕事の邪魔をして本当にごめんね」

何度もあやまりながら去りかけたノリコたちに功が言う

「ありがとう」


イザークは振り向きもせずに出て行った



受付の周囲には話をききつけた署員が群がっていた
署長の顔まで見える


「ふ…藤臣、今の…?」
顔なじみの同僚に訊かれた


「知り合いだ」
それだけ言うと功は自分の席へ戻って行った





外に出たノリコは風が随分と暖かくなったと言う

「初めてここへ 来て、もう一年以上経つんだね」

「そうだな」


もう二度と戻って来られないと思っていた
でもまた家族に会うことが出来た

「イザークのおかげだよ…」

ノリコはただ嬉しくて、ありがとうとつぶやいた


イザークは優しく微笑んでノリコの肩を抱くと、シュンとシンクロした

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