出会い その後 藤臣功の伝説




藤臣功にはいくつかの伝説があった


寡黙で表情を崩すことがほとんどない彼のことを
周囲は推し量るしか無く、いろいろ噂されることが多い
その内容が真実か、または誤解であっても
本人は大抵放っておくことにしているので
噂がそのまま伝説となることもしばしばあった




彼の出身校とその付近の高校も含めて
いまだ囁かれているのが「藤臣功最強伝説」だ

当時、同じ学校にいた豪法寺や東高の小室など
同等の力を持っていたものはいた
事実、決着など未だついていない

ではなぜ彼が最強と言われるのかをつきつめると
彼のガールフレンドの存在があった

志野原千津美

かの豪法寺も、この娘にはさからえないと兜をぬいだらしい…
小室などは、彼女に片思いの末玉砕したとか…

そして功はその彼女を高1の時からずっと自分の女として離さず
まだ学生のうちに結婚したという

ライバルたちをひれ伏させた女を、今は妻とする男

そういう立ち位置らしい…





社会人となった功にもいろいろな伝説がまとわりついている



配属された署で功は、 同性の先輩諸君に極めて印象が悪かった

無口で無表情…挨拶と必要最低限のことしかしゃべらない功は

生意気なやつだと思われていた


特に隣の席に座っている先輩には
当初は最悪の印象しか持たれてなかった

おしゃべりしろとかそういういうわけではないが
せめてジョークを言われた時に愛想笑いくらいしてもいいんじゃないか
真面目な顔で見られて、言った自分がひどく恥ずかしくなった
入署した時から黙ったままなので緊張してるのかと思って
打ち解けようと気を使ってやったんだぞ、こっちは

がたいがでかいせいか、ひどくすごみがあって
先輩のおれのほうがびびることもある
なんでこんなやつがおれの隣に座ってるんだ

先輩は、はぁっとため息をつく


それでいながら女にはひどくもてる
署の女の子たちは、功が配属された時からきゃあきゃあとうるさい

それもなんだか気に入らない…



新人は毎晩のように先輩たちに飲みに誘われる
だが功は最初から
「いや、おれは帰ります」と剣もほろほろに断っていた

普通は無理強いする先輩たちもなぜかそれ以上彼には言えず
功は帰宅組として認識されていた


とある金曜日、署の女の子たちが強引に功を飲みに連れて行こうと誘い始めた

「ねえー、少しくらいいいでしょ」
と功にまとわりついてくるのを、いつものような無表情で功が断る

「家で待ってる女でもいるのかな〜」
隣の先輩がからかった


「はい」
あっさりとそういうと、功は帰っていった


「…」

後にのこされた者はポカンとそんな彼の後ろ姿を見送った



翌日、訊いてみたら結婚していると言う

「そんなことは初耳だぞ、なぜ言わなかった」
「訊かれなかったから」

そういうやつなんだ、と先輩は功のことがうすうすだがわかってきた


「でも、おまえ指輪してないじゃないか…」
「指輪…?」

功が不思議そうな顔をした

「おまえ…式の時に指輪の交換しなかったのか」
「式は挙げていない」
 
指輪の交換はしなかったが、誓いの口づけはさせられた
今でも思い出すと恥ずかしくなる

功は拳をぐっと強く握った


くしゅんとくしゃみをした章が殺気を感じて振り返った



「でも普通するだろう…夫婦だったら」
「必要ない…」

ったく、こいつときたら…

「彼女もいらないと言ってるのか」
「訊いたことはない」

「まさか婚約指輪も贈ってないとか言うなよ」
「いや、贈ってない」

さっきから答えの語尾が「ない」づくしだぞ
なんだかこいつの女房がひどく気の毒に思えてきた

「藤臣…おまえ少しは女房孝行しないと、逃げられるぞ…」

「そんなことはない」

先輩は、くせになってしまったため息をついた

婚約指輪も結婚指輪も贈ってないとはな
常識のないやつなのか
女房は文句の一つも言わないのだろうか
毎日さっさと帰るから仲は良いのだろうが…
それにしてもこんな無口で無愛想な男によく我慢出来るよな

ちらっと横に座っている功を見た

ま…格好いいからってだけじゃ、長続きはしないだろうな…


実は先輩の言葉がひっかかって、功はさっきから考え込んでいた
表情に全く出さないので気がつかれなかったが


指輪か…




「藤臣はあんな顔してひどく常識に欠けているらしい」
「奥さんは彼にどんなことされても逆らわないって」

非常識説や亭主関白説が伝説化するのも時間の問題なようだ





さすがの功も署を上げての新人歓迎会には
欠席するわけにはいかなかった

こいつの酔っぱらった姿が見たい
それをからかいの種にできれば最高なんだが

腹に一物抱える先輩たちがここぞとばかりに功の周りに集まって酌をする

功は飲んでも飲んでも持ってるコップに
ビールだの日本酒だのどんどんつがれて「飲め」と強要された


しかしどんなに飲んでも、相変わらず顔色すら変わらない
お開きの頃には、逆に酔っぱらった周りから

「おめぇは、すげえぜ」
と賞賛された

「藤臣功酒豪伝説」がその時誕生した




本当は功が相当酔っぱらっていたのを
知っているのは千津美だけだった



風呂から上がった功が、冷たい水をごくごくと飲み干す

「まいったな」

冷蔵庫にふらつく身体を預けてつぶやく功を
珍しそうに千津美が見る

「そんなに飲まされたの」

「ああ…」

「藤臣くんは、表情に出さないから…
 みんなわからなくて、すすめちゃうんだよ」

結婚してからまだひと月も経っていない
千津美は相変わらず「藤臣くん」と呼んでしまう


酔っぱらったふりでもした方が良かったのか
第一、こんな無茶な飲み方はさせるなと
注意する立場にあるのではないのか、おれたちは



「早く寝た方がいいよ、ベッドまで一緒に行こうか」

功の腕をとって千津美は彼の大きな身体をささえようとする
そんな健気な姿がひどく愛らしい…

功はふっと笑う

「当たり前だ…」
そう言って、千津美の身体をそのままその腕にひょいっと抱えると寝室へ行った





「おい…藤臣」
先輩が功に言った

「おれが録音するから、おまえがやってみろよ…」

「…」



それまで功は、先輩たちの取り調べに同席し録音する係だった

ただ「おめぇーが悪いんだ。さっさとはけ」と脅して落とす先輩もいたし

「あんたが、あーしてそーしたからこーいう結果になったんでしょ」
理路整然と説くのや

「あんたの女房や子どもが…」
泣き落とすタイプもあった


どれにしても、自分には無理だと功は思っていた


今日、ドラッグ販売の疑いがあるチンピラの取り調べをやれと
いきなりそう言われた

そいつ自身はたいした奴ではないが、背後には大きな組織がありそうで
結構重要な取り調べだった





「十分もかかりませんでしたよ…」
功の先輩が上司に報告する

「だが…」
録音されたテープを聴いて上司は言う

「これは法廷では使えんな…」



取り調べのテープは、ずっと無音でいきなり被疑者の
「すいません」という告白で始まっていた



功はそのチンピラの前に腕を組んで座った
何を言っていいのかわからず、黙ってそいつを睨み付けた


最初はふてくされたように居直っていたチンピラが
数分経たないうちにだんだん青くなって冷や汗をかきはじめた

そして、そのうちべらべらとしゃべり始めた


「落としの藤臣」伝説が生まれた





初任給をもらった数日後、功は仕事帰りに千津美と街で待ち合わせた

「藤臣くん…待った?」
「いや…」

うふっと千津美が妙に楽しそうだ
功は視線で問いかけた

「だって…こうして外で会うの久しぶりだから…
 なんか、懐かしいよね」

そういえばイザークたちと出会ったあの日以来
一緒に出かけることはあっても
待ち合わせなんかしてなかったな…
それまではずっとこうして外で会っていたのに

おれは毎日、千津美が待っている部屋へ帰ることしか
頭にはなかったのだが


食事でもしよう、と昨日功に誘われた時
千津美にはそう言ってくれた功の気持ちが嬉しかった

もったいないよ、と遠慮する千津美に
構わない、と功は言って時間と場所を告げた


「たまにはいいな」
「そうだね」

「あ…でも、食事じゃなくて…
 こうして待ち合わせて一緒に帰るだけでいいからね」

そう言う千津美を、功はくすっと笑って見る



食事をするつもりだったので
功に連れて行かれた店に千津美は戸惑った

そこは商店街の一角にある宝石店だった

「こちらにどうぞ」
笑顔の店員さんに迎えられる

千津美と会う前に、功はすでにここに来ていた
今、希望と予算にあわせた指輪がいくつかケースに並べられている

千津美の誕生石の指輪…


それを目の前にして千津美は硬直したように動けなくなっている

「サイズを測りますから、左手を…」

「えっ…」

差し出そうとする左手ががたがたと震えている



いかん…
千津美が緊張している

功ははっとなった

彼女のことだから、そこに置いてある指輪をすべて放り投げかねない
あせって倒れてガラスケースを壊して、中の商品まで…

高価そうなものばかり並んでいるそこを見た功が
すっと千津美の後ろに立った




「おい、あれ…藤臣じゃねえか」
「ん?」


例の隣の席の先輩と、もう一人同僚が店の前を通りかかって
功の姿に気がついた

「とうとう奴も女房に指輪を…あれっ」
「嘘だろ…」

二人とも目を疑う

千津美の後ろに立った功は、右手でしっかりと彼女の身体を抱くと
左手は彼女が差し出そうとしている手を掴んで支えた


「あいつなにしてんだよ、人前でべたべたして…」
「ああいうやつだとは思わなかったな」


対応している店員も困ったような顔をしているし
お店にいる客や他の店員は、ちらちらと二人をみている


千津美は功が気をつけてくれているのがわかった
それが嬉しくて緊張が解け震えもおさまった

「好きなのを選べ」
頭の上から声がする

「うん」



買い物を終えた二人が店から出てきた

なんだか去るに去れずにいた署の二人は物陰にさっと隠れた
職業柄その行動は素早かった


店を出たところで、買った指輪をつけた千津美が立ち止まって言った

「藤臣くん…ありがとう、大切にするから」


功は微笑むと千津美の手を握る

「何が食いたい?」



物陰に隠れていた二人は顔を見合わせた





その噂は翌日、あっという間に署内に知れ渡った

「嘘でしょ…あの藤臣さんが信じられないわ」
「だが、これは想像などではなく実際に目撃した人間がいるんだぜ」


功も何気に気づいていた

今日は誰も自分をまともに見ない
隣の席の先輩も挨拶した時、目をそらした
それなのにちらっちらっという視線を周り中から感じる
そっちを見るとさっと目をそらされるが

「?」


当の目撃者が周りを同僚に囲まれていた

「そうなんです、あの藤臣が女をこう後ろから抱いて…
 で、指輪を選んでる手をこんな風に掴んで…」

手振り身振りでその時の状況を説明している

きゃーとかやだぁ、などという叫び声が聞こえた

「公衆の面前で堂々とですよ…」

「しかし、女房には買ってやらない指輪を愛人には買うんだな」
「そういうやつだってことでしょ」

えーなんか、がっかり…
女の子たちの声が聞こえて、男性陣はほくそ笑んだ

「で…でも本当に愛人なの、奥さんじゃなくて…」
「間違いないっすよ、女房が亭主を『藤臣くん』だなんて呼びますか?
 おれ、この耳でちゃんと聞きましたから」
「そ…そうよね」

「ったく、毎日さっさと帰ると思ってたら二股か…」
「あいつだったら、もっといてもおかしくないですけどね」

じゃあ、あたしも…なんて声も聞こえてきた…



そうして、功の「愛人溺愛伝説」が生まれた


それは数ヶ月後
めずらしく憂鬱な顔をしてため息をついている功に先輩が
「どうした」と聞いた時
女房が妊娠してと答えて、さらに確信されてしまった





ついでに言えば、ほんの短い期間だったが
「藤臣功=イザーク伝説」も存在した
だがそれはイザーク本人が署にやって来て
あっという間に消えてしまった






あちらの世界にも功の伝説があった


イザークがまた勝手に帰ってしまい
バラゴやアゴルも手が離せない仕事があり
仕方なくアレフが集まった隊員に剣の指南をすることになった


「君たち…」

一席ぶつのが好きなアレフは最初に話し出した

「イザークは無敵と思っているかもしれないが
 かつて剣を習い始めて二週間に満たない者が
 彼の剣をはじき返したことがある」

おおっと隊員たちがどよめいた


「彼は、イザークの弱点をついた」

アレフは、敵の弱点をつくという
彼の好きな戦略法を説明したかっただけなのだが…

功の存在は隊員たちの間に「伝説の剣士」として語り継がれて行った






「功くん、これっ」

玄関で、お腹の大きくなった千津美から弁当箱を渡された功が

「気をつけろよ」

と言って千津美の頭にキスを落とす


赤くなった千津美を名残惜しそうに見ながら
功は今日も仕事へ出かけて行った

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