出会い その後 番外編 killing time1



夜が開けて間もない都会の一角
高層ビルに囲まれた人気がない街路を
イザークが歩いている

スーツの上に着たコートの襟をたてて

風が送られ(そんな必要などないのに…)
彼の髪がなびく

うつむきかげんだった視線を
合図とともにたくさんあるカメラのひとつに合わせる


「カーット」

上機嫌な監督の声が響いた

誰もがぽぉっとみつめてる



(イ…イザークったら…)

撮影前に何枚もの毛布をイザークからかけられて
かろうじて頭だけが動かせる状態のノリコが
赤くなってそんなイザークを見ていた







一週間前の事だった

イザークはいつものように千津美を家に送り
帰ってきた功と晩酌しながら話していた

ノリコは千津美と一緒に
台所で楽しげにおしゃべりしながら夕飯の用意をしていた

構わんだろう、おれの目の届く範囲ならば…

やっとイザークの許しが出て
台所に立てたノリコはやけにはりきっている
ちらりとそんなノリコをみてイザークは思った

あんなに楽しそうにして
おれはあいつを束縛しているのだろうか…

ノリコが振り向いてイザークを見ると
違うというように首を振り、にこりと笑った

何度むけられても、その笑顔にイザークは降伏してしまう
とんで行ってノリコを抱きしめたい思いをこらえ、功に訊いた

「なぜ千津美…あずける?」

功から千津美を数日預かってくれないかと、聞かれたところだった

「仕事で家に帰れなくなる…」

今千津美を 一人で家に置いておきたくない

「どんなしごとだ…」

功は少し困った顔をした
口が重いだけではない、守備義務とかがあるのだろう

イザークがじっと功を見る

功はため息をついた
異世界からきたイザークに話してどんな弊害があるんだ


「潜入調査をする…」

「せんにゅうちょうさ…?」


「疑いがある団体があって、そこに潜り込んで調べる…」

とある芸能プロダクションが何やら怪しいらしい…
証拠をおさえるために、功が潜入することになった


「どうやっておまえ せんにゅうする?」

「そ…それが」

功が赤くなった

促すようなイザークの視線に、仕方なく話し始める



その日、功は別の調査課の課長に呼ばれ
ある芸能プロの疑惑について説明された

けれど功は、どうして違う課の自分が呼ばれたのか理解できない


「それがな…藤臣」


その芸能プロのことを調べているうちに
一番の売れっ子である女性歌手の新曲のプロモーションビデオに
出演する男性を捜しているということがわかった
なかなかイメージに合う候補がみつからず
キャスティングに苦労しているらしい

「そのイメージというのがだな…」
くっと面白そうに課長が笑った

功にぴったりだという…

「おまえならうまくオーディションに受かって
 潜り込めるだろうと思ってな…」


功はただひたすら断りたかったが

「おまえんところの課長には許可はもらってるからな」

もうすでに決定事項だった


身分はすべて用意される

氏名も学歴も住所も
最近職場で問題を起こしてクビになった無職のフリーター
そんな設定らしい

当分は用意されたアパートに住み、家に帰るなと…




「だがおまえはずっとここで、けいさつかん、はたらくのだろ」

気になっていた事を指摘され
功も暗い顔でうなずいた

事件解決前に撮影が終わって
ビデオが公開されてしまったら…どうなるんだ
兄に知られたらという、もう一つの厄介事もあったが…


「ふん…」

少し考えていたイザークが、にやりと笑った

「おまえとおれ、にてる…」

「?」

「おんなをはらませたむしょくのガイジン…」

功を見て言った

「みぶん、よういしてくれるんだろ…」




ノリコの安定期まで、ここにいるつもりだが
家事はほとんどをノリコの母親がやる

掃除機の扱い方がよくわからず
すでに一台ぶち壊したので、もう触らないほうが無難だろう

洗濯物を干そうといったが、母親に赤くなって却下された
おれに見られたくないものがあるらしい

庭仕事を手伝うと、仕事が早すぎたのか
おじいさんから、わしの楽しみを奪わんでくれと泣きつかれた

せいぜい食事の後片付けくらいしかすることがない

ノリコはもうすっかり慣れて充分気をつけているので
それほど注意する必要はない

千津美の送り迎えは、毎日ではないし
チモを使うのであっという間に終えてしまう

一日中何もせずにノリコの傍にいる
それはそれで構わんのだが…


イザークは暇を持て余していた…


明日にでも、豪法寺のところに
押し掛けようかと思っていたところだった





「しかし、藤臣…一般人を危険な目に…」

「彼は大丈夫です…」
かなり自信を持って功は言った

いったいこの世界の誰がイザークを危険な目に会わせられるんだ


「これは未だ極秘事項だぞ…」

「口は堅いです」

おれなみに…


「どこの誰なんだ、その外人は?」

「詮索無用です」
そう言って、じっと上司を見た(睨んだ)


功の迫力に押されて、上司は許可してしまった





ノリコはきょろきょろとその部屋を見回した

古くて狭いアパートだった
家具もすべてお粗末なものばかりだった


「女を孕ませてしまって金銭的に困っている無職の外国人」
という設定にあわせて用意されたのだ

予算を相当削ったようだ…

「なんか…」

ここでイザークと暮らすの楽しそう…
ノリコがわくわくしていると

「なにを言ってる」
イザークが言った

「おまえは実家にいろ」

「でも…」

イザークと離れるのは絶対いやだと、ノリコはゆずらない
そんなノリコを見て、イザークはくすりと笑う

「おれがこんなところに、ノリコなしで暮らすと思ってるのか…」

「?」







「えいぞうきかくかかちょう(ちゃんと言えたぞ)…どこだ?」


芸能プロダクションの受付に
突然現れたイザークの姿にその場がざわめいた

真っ赤になった受付嬢が

「い…今お迎えを…」
と言って、受話器を取ろうとする手をおさえる

「いらん…ばしょをおしえろ」

手を握られぽぉっとなって、教えてしまった
(部外者を社内に勝手に通してはいけません)


まず写真を送るように指示されたが

「面倒だ…」
と言って、直接乗り込んできたのだった






「いませんねぇ…」

映像企画課課長と 担当プロデューサーが頭をつきあわせて悩んでいた

「妥協はできんぞ」

そのプロダクションの中でも今一番売れっ子の女性歌手の
新曲PV作成は社運を賭けてると言っても大げさではない
一大プロジェクトだった

新曲は、街でふと見かけた男性に恋いこがれる想いを
ただ切々と歌い上げるバラードである

美人で名高いその歌手が
一目惚れしてもおかしくない男性出演者がなかなかみつからない

「すでに顔が売れてる役者やタレントでは新鮮さに欠けますからね…」

「だが、新人は皆役不足だ…
 ただのイケメンというのではなく、重厚さと言うか
  凄みみたいなものが漂ってくれんと歌詞に合わんのだが…」

「ちゃんとイメージは伝えてるんですが
 なんでこんなのばかり送ってくるんでしょうかねぇ」

課長が、山になってる写真からひらひらとかざして言う

オーディションで募集しても
集まってくるのは軽薄そうなタイプばかりだった

二人してはぁーっとため息をつく…



ばんっといきなりドアが開いた

「なんだ…ノックぐらい…」

びっくりして怒鳴りかけた課長が
現れたイザークの姿を見て言葉を呑み込んだ




「びでおにでるおとこ…さがしている?」


こくんとうなずく


イザークはつかつかと近寄ると、だんっと机に両手をつき
課長とプロデュサーの顔を睨む


「おれをつかえ」


「はい」
即答だった







「ええ外人ですが、違和感はありません」

「もう彼以上の存在はありませんね…
 カメラテストなんて必要ないくらいですよ」

「はぁわかりました、すぐに…」


課長が、やっとみつかったと社長に報告していた
歌手は社長の愛人でもあったので
生半可なキャスティングでは雷が落ちるのだが
絶対な自信を持って報告した


「社長が会いたいと言ってますんで…一緒に来て下さい」


窓際に立って外を見ていたイザークが
無表情に振り返る

そんな所作ですら優雅な品がある
無愛想というよりむしろ仏頂面だが
それが逆に重厚な気迫と合って一段と凄みが増す

そしてその容姿ときたら…

長い間この商売をやってきて
これほどまでの逸材にお目にかかったことがない


よかったぁ〜と
課長とプロデューサーが 思わず手を取り合った





「外人ですって?」

「なんでも女を孕ませて、食いつめたらしい…」

「そんな情けない男があたしのPVに出るなんて…
 いやだわ、ことわって下さらない?」

「プロデューサーも課長もすっかりその気だが…」

「決めるのはあなたでしょう?」

女の手が社長の首に絡んだ




ノックがしたので、手を離す

「連れてきましたよ」
プロデューサと課長が入ってきて言った

彼らの後ろから、長身で長い黒髪の男の姿が見えた


「…」


二人とも黙ったままイザークを見ている



「えーと名前はイザークと言って、それ以上は言いたくないとか…」
課長が紹介した

仮名で暮らす生活はもううんざりだった
ノリコの家族との繋がりさえわからなければ
あとは構わなかったので本名を名乗ることにした



「なんだ、それは?」

「旅行者として入国して、ずっといるようですよ…」

「不法滞在じゃないか…まずいだろ、それは」

「経理のほうにお願いして
 接待費とかで落として現金で貰えるようにしてやって下さいよ」

「しかし…それは…」
ふと社長は何かを思いついて、にやっと笑った

「まあ、やむを得んな…
 しかし…彼女が彼ではいやだ…」

「課長!」
突然歌手が叫んで、みんなは驚いた

「い…いい方をみつけていただいたようね」
ありがとうと、高飛車に言った

「…」





「しかし、あんただったらいっくらでも
 芸能界やモデルなんかで食えるだろうが…」

イザークをじろじろ見ながら社長が言った

「『芸』はきらいだ」
過去にいやな経験がある

「おんなに子どもが出来て、いやいややってきたのか」

「そうだ」

「じゃあ、今までは女に食わせてもらってたのか…?」

「あ…ああ」

「まあ無理もないね、こんないい男だったらな」

「しかし、子どもを堕ろそうとか
 女を捨てようとかって発想はなかったですかねぇ… 」


「なんだと…」

イザークがそう言った課長をじろりと睨みつけ
一瞬でその場の空気が張りつめた


「あ…いや、その…えーと
 彼女日本人なら、結婚しちゃえばビザとか問題ないんじゃ…」

焦って課長が話を変えた

「わけありだ」

「なにか…」

「せんさくするな」

社長の言葉をぴしゃりと遮るようにイザークが言った

「はい」

社長はおとなしく従った







「例のPVの出演者、とうとう決まったらしいよ」
「ああ聞いた、外人らしいな…」


 そうかみつかったか…

章は同僚の会話を、コーヒーを飲みながらぼんやりと聞いていた
そのPVのキャスティングが難航しているのは
業界内で話題になっており、テレビ局勤めの章も知っていた

その映像企画課にいる知り合いが
課全体が絶望感にあふれていると酒の席で愚痴ってたな

20代前半、容姿端麗なのはもちろん
長身で重厚な雰囲気、凄みが感じられる男

イメージを聞いた時からずっと思ってたんだ
今時そんなやつがどこにいる

功以外に…

だが警察官がまさかPVに出演するわけにいかないだろう
それにそんな話、勧めればまた殴られそうだしな

惜しいな…ずっともやもやしたものがあったが
決まったとなればやっと胸のつかえがとれそうだ…



「名前以外は、姓や年齢、出身国なんかも全部伏せられてるようだ」
「ミステリアス感をあおって、売り出そうって戦略だろ」
「名前は、なんていうの?」
「たしかイザークとか…」

ぶっとコーヒーを吹き出した章を、同僚たちは驚いてみた





「ああ、もうその夜は祝賀会さ…珍しく課長がおごってくれて」

「随分気が早いな…」

例の知り合いに電話して聞いてみた

「もう成功200パーセント間違いないよ…」

「そんなにいい男か…」

「拝みたくなるほどにな、かなり無愛想だが…」

間違いない、奴だ…

「なんでも女を孕ませて食いつめたらしい」

ノリコが妊娠したのか…

「けど…」
不思議そうに彼が言う

「女なんか鈴なりで寄ってくるぜ、あいつだったら…
 孕んだ女なんかポイして、別な誰かに貢がせればいいってだけなのに」

「…」

「現に会社の女の子たちで、あたしが養ってあげたいとか言…
 おい藤臣…なに笑ってるんだよ?」

「いや…なんでもない」

ノリコにべた惚れのイザークを思い浮かべた
身ごもったノリコを捨てるだと…絶対にありえん…


ノリコが妊娠したので、医療設備が整ってるこっちへ出てきたのか
さすがにノリコの実家におんぶにだっこでは気が引けるんだろう
不法滞在だから、まともな職にはつけんだろうし

そういうことかな…
だが、かすかな違和感を感じるぞ 


「それで撮影、いつ?」

「え…」

「教えろよ…」




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