出会い 1 






「家にばっかりいても、仕様がないでしょ!」

明るく母に追い出された
お小遣いを、たっぷりとくれて
申し訳ながるあたしたちに

あなたの日記のおかげだから…って
使ってくれたら嬉しいと
パンパンって背中をたたかれた


平日のせいか人通りは思ったほど多くない
まだ学生だった頃、何度か来たことのある都心 の街だった

友達と一緒に
あつあつのカップルなんか横目で見ながら
ちょっと羨ましく思っていた…

うふっ…イザークと一緒に歩いている自分が信じられない
嬉しくて、つい彼の腕を必要以上に強く握りしめてしまった

イザークが心配そうにあたしを見て
「どうしたノリコ、ここはそんなに危険なのか?」

「やだ、ごめんイザーク…そんなんじゃないのよ
 ちょっと嬉しくて…」



出会ってから今まで、ほんの数日を除けば
いつも彼は傍にいてくれた
でもそれが当たり前だと思ったことはない

寂しかったのは、
彼に置いて行かれた時…

恐ろしいと思ったのは
彼と引き離された時… 

あたしにとって、イザークは
傍にいてさえくれればそれで有り難い
その存在が尊い
そんなひと…


その彼とこうして過ごせる時が
しかもあたしの世界で・・・
どんなに幸せか
この一瞬を、もっともっと大事にしたいと思った


よく考えて
こちらの世界に違和感のない服装で来たけれど

彼のためにちょっとお買い物をした
これから、きっとたびたび来られると
彼が言ってくれたから

ジーンズとかTシャツとか
着せてみたいかな…と思ったし
あたし、結構楽しんでたかも

「うっそーー、このメーカのジーンズで裾上げしなかった人初めてですよ〜」
あの店員さんうっとりと叫んでたっけ




「おまえのものは、何もいらんのか?」

イザークが尋ねたくれた

「大丈夫!あたし、前よりむしろ少し痩せたみたいだし
当時の服が着れるから…」

流行とかそういう問題じゃないのよね
あたしの場合…

そもそもあっちの世界で普通の女の人は
胸元どころか鎖骨さえも見せてはいけない風潮だし
足下だってスパッツはいて、しかも膝より長めのスカートが基本だから

ちょっと困ったのよね、今日出かける時も

長いスカートとスパッツって、もう春めいてきた季節だから変だし
ズボンは、って思ったんだけれど
膝から上が、例えズボンをはいていても人目にさらされるのがだめだと
イザークが首を縦に振らない。

お母さんがこんなのが流行だったのよ
と柄の入ったチュニックをくれたが
イザークが柄物が嫌いなのを知っているので断った

結局、長めのスカートにストッキングの上からソックスをはいて
上はちょっと高い襟があるインナーとカーディガン

お兄ちゃんに言わせれば、相変わらずガキみたいだな
と言われそうなファッションかも
でもイザークが「とても似合う」とほめてくれたから、それでいい






人気のない公園 の脇道を二人は歩いていた
静かなおだやかな午後…
こんな時が永遠に続けばいいのに
と思わせる ひととき

気がつくと前方から
同じ歳くらいのカップルが歩いてくる…

何とはなしに典子はその二人を見て、
 彼、随分背が高いな…それにがっちりしてる
 日本人では珍しいかも…あの体型
 その割には女の子、背も低いし 華奢だからすごく対照的
 ふふ、あたしたちも人目にはああ見えるのかな…

 彼氏、随分彼女のこと好きみたい
 無表情だけれど、あたしにはわかる
 だって、イザークと同じ…



その頃千津美も前からくるカップルに気がついていた。

 男の人、藤臣くんと同じくらい背が高いなあ
 でもちょっと細目かも…髪の毛長いけど…
 バンドとかそういうことしている人なのかしら

 うん、藤臣くんになんだか似てる、表情がクール
 けど彼女を見る目がすごく優しいわ…




「たすけてくれーーーっ、ひったくりだ!!!」

功は驚いて後ろを振り返る

今歩いて来た道の20メートルくらい後方に倒れている中年の男性がいた
その向こうには走り去る男の姿が
…横道に消えた

「いけない、見失う!」
あわてて走り出した功の傍らを
すーっと 吹き抜ける風のような
軽やかな影が通り過ぎて行った

「え…」
信じられない思いで
その影を追いかける

運動神経には結構自信がある功だったが
その影はぐんぐん彼を引き離し
横道に消えた

功がやっとその道を曲がったとき
影はすでに逃げる男に追いついていて
片手を軽く男の後襟にかけると
優美ともいえるしぐさで
ひょいっと功のいる方向に投げ出した

男は無様に功の前に横たわる
男の手から鞄をもぎ取とると
やっと追いついて来た被害者の中年男性が

「あ、ありがとうございます!
これには大切な書類が入っていて…
戻って来なければ、首をくくるしか…」

何度も頭を下げる

「お、おれは何も…」
困った功が見ると

その影…長い黒髪の男は
全く知らんぷりで来た道を戻って行く

「お礼をさせて欲しい」と取りすがる中年男性をふりはらって
功はその長髪の男の後を追った







(困ったな…)

後ろからついてくる奴は
普通の人間だが、相当出来る

背中に感じる視線でそれがわかった

(おれの力を、推し量っているようだが…)

それが本当にわかるとは思えないが、
それでも奴の興味をひいてしまったのは不本意だ

(早くここから立ち去った方がいい)

この世界にノリコの家族以外
なんのしがらみも持ちたくない




二人の男が駆け出していって戻ってくるまで
ほんの数分しか経っていなかったのだが…


そこにあった光景に
イザークも功も唖然とするしかなかった



残された典子と千津美は
すっかり意気投合していた…






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