出会い 2 






「ほんとーになんかすごい似てるのよね、雰囲気というか何というか…」

「はい、二人が駆け出していった時なんか、髪の長さが違わなければ、どっちがどっちだかわからないくらい…うふ」


仕方がないので、イザークも不本意なまま近くのカフェに入っていった

きゃあきゃあと典子と千津美のおしゃべりは止まらない

同年代の女の子と、久しぶりに日本語でおしゃべりが出来て
楽しそうなノリコを咎める気などない
勝手にしろ…

「無口だし、無愛想っていうか…」

「わたし最初こわかったんですけど
 だから笑った藤臣くんをみて驚いてしまって…」

「あたしも、初めて声を出して笑ったイザークに…」


ため息が、もれてしまう

功は黙って腕を組んだまま、イザークをじっと見つめている
普通の人間だったらびびってしまいそうな
その視線を平然と受け止め… かえす

二人の間で、二人にしかわからない視線の応酬が繰り返された


さすがに女たちも、男たちの沈黙に気づいたらしく

「ご、ごめんなさい、イザークはまだ日本語が不得手で…」

「そんな、気にしないで下さい
 藤臣くんもあまり会話とかしない人ですから…」



せっかくノリコが楽しんでいるのを邪魔する気はないイザークが
『構わん、気にせんでいい』
と心に話しかける

功も千津美に(心配しないでいいんだよ)と言うように微笑む



飲み物が運ばれてきて

「あ、お砂糖使います?」

功の左側に座っていた千津美がつかんだ砂糖の入った容器が
するっと手から落ちていった
絶妙なタイミングで、功の左腕がそれを受け止める


「あ、ありがとう…」

あまりにもそれが自然な流れだったので、ぽかんと典子は見ていた

一瞬会話が途切れたのを、自分のせいだとあせって
千津美は何かしゃべろうと…

「えっと…あ、あのイザークさんは外国の方なんですよね…どこのご出身ですか?」


当然聞かれる質問だと
今日出かける前に父親に相談したことだった

小説家の父親が頭をひねって
万が一、彼の事を聞かれたら…

こう答えておけと…



「ご、ごめんなさい。彼の事はあまり詳しく言えないの…」

「内乱がある国の出身なのだけれど…
 じ、実は追われている身で…」


「こっちこそごめんなさい!!! 
 よ、余計なことをきいてしまって、イザークさん。」

千津美が、必死な顔であやまるので
さすがのイザークも、つい表情を崩して

「きに する…いらん」
優しい表情で言う

そんな笑顔を
典子以外の女の子にするのは
めったにないことだった

「はい…」
声にならないイザークの気持ちを汲んだかのように
千津美が嬉しそうに微笑んだ


それまで黙っていた功が初めて口をひらいた

「あんた・・・なにかやってるのだろう」


イザークが うさんくさそうににらむが
ひるむ功ではなかった



「けん…を」
仕様がないのでイザークが答える


「見たいな…」
功がつぶやく


ふん、と笑ってイザークが功を見た

先ほどまでとは様子が変わって
興味がわいたかのように

すこし楽しそうかも…
典子はそんなイザークを見て嬉しくなった



「じゃあ、うちにくる? イザークの剣があるし…」

「えっええ、いいんですかぁー」

「もちろんよ、あたしたち今結構暇だし…」

「わたしたちも、今大学お休みで…」


結局、郊外にあるノリコの家にそのまま皆で移動することになった





家に着くまでの間
典子もイザークもあることに気がついた
(誰でも気がつくことなんだろうけど…)

千津美はかなり…不注意なところがあるらしく

カフェの ガラス製のドアに気づかず、激突しそうになったし

電車に乗って典子の家につくまでも
駅の階段ですべりそうになり
話に夢中になって、つり革を離してしまい倒れそうにも…

そしてその度に功が
当たり前のように千津美を受け止めていた


千津美のドジっぷりにか
功のフォローの絶妙さにか
ぽかんと目をみはっている典子とイザークに

「わたしってこのとおりドジで…
 藤臣くんに迷惑ばかりかけてて…」

ちょっと落ち込んだように手を前で組んでうつむいた

功が(気にするな…)とでもいうように
千津美の背中をポンポンと叩く


『なんか、いいよね。この二人…』
典子は嬉しくなって、イザークに語りかけた

イザークも、そうだなと言うように
典子に微笑む






「さあ、遠慮しないで入って…」

けれど千津美は相変わらず
門の脇にある石造りの塀に激突しそうになって
功に抱き戻された

「はら?」
千津美は顔の真ん前にあった表札をみつめた




千津美の携帯を借りて事前に連絡していたので
父母もニコニコと迎えてくれた


典子の部屋に落ち着いて
お茶やお菓子など運んで来て

なんか変
千津美が落ち着かない…


「どうかしたの、千津美さん?」
典子が千津美に聞いた


「あ、あのー」
千津美が片手を口に持っていって、かぁっと赤くなる

「どうした」
功も不思議そうに聞く


「あ、あの…お家に入る時に…」


「表札見て気づいたのですけれど
 典子さんのお父さんって、立木久典さんですよね

 わ…わたしすごいファンで、
 特に彼の『彼方から』が大好きでもう何度も読んでいるんです」


しまった、とその時思った
お父さんは作家で
しかも本名で書いている

あたしの日記をもとにした小説はベストセラーになった、って聞いたし


あたしだけだったら、どうでもいいけれど
イザークの立場は微妙だから…

でも千津美は特にこだわるふうでもなく
「あ、いつでもいいんですけど、持っている本にサインなんか…」


ほんとに可愛い人だな、千津美さん
あたしが言ったこと信じてる(チクッと胸が痛んだ)
人を疑うってことを知らないんだ
イザークでさえ、さっき心を開いてたし…
そういうことが、できちゃう人なんだなあ


「問題ないよ、お父さんから一冊貰って あげるから」

「え、でも悪いです、そんなの」


「志野原…」

「その『彼方から』て、なんだ?」
功が聞いた

「うん。これこれしかじか…な話でね、
 すっごく感動するよ、藤臣くん…今度、読んでみる?」


「異世界へ飛ばされたムスメと超人的な力を持つ男…」
功がつぶやいて、イザークと典子を見た


イザークったらもうため息ついてる

あの頃と同じ…
やっかいな事になったと思ってるんだろうな







「これ」

剣を、功に見せている


「どう遣うのか…」

知りたい…と功が言う


「ここ…」
と部屋を見回して、イザークは頭を横に振った

剣を振り回すには、ある程度広い空間が必要だ

誰かに見られてしまうところでは、だめだし…





どうしていいかわからず
座ってお茶など飲んでいたら


千津美がおそるおそる聞いて来た…


「あの…小説『彼方から』って
 立木先生が突然いなくなった娘さんを思って書いた小説だと
 どこかで読みましたけれど…」


「そ、その突然いなくなった娘さんて
 もしかして……典子さん?」



「え、っっとー」

あたしは答えにつまる


「確か…男の人は剣の達人ですよね…」

やっと千津美も、なんか変だと気づいたらしい・・・


「あ…あの主人公の二人って…」

「千津美さん、あのねそれはね皆お父さんの小説の中の事なんだよ…」


「あ、そうですよね。すいません、あたしったら変なこと言って…」



「だが…」


「そのとおり」
イザークがつぶやいた


功と千津美が目を合わせた

典子も、驚いてイザークを見た



ふっと微笑ってイザークが

「あんた、かくご  」

剣を功につきつけて言う

「…あるか?」



藤臣功に異存はなかった


どうやらイザークは
この二人が気に入ってしまったらしい






「え、じゃあ典子さんてば
 たった17歳で飛ばされて…誰も知り合いのいない異世界に…」

「うん『目覚め』としてね…
 そこであたしを消そうとやってきた『天上鬼』のイザークに会ったの」

「でも彼は、そんなあたしを護ってくれた
 やっかい者でしかないあたしの世話をやいて、言葉を教えてくれたの」

「姿がどうでも、人でなくても
 とても好きになっていたの、イザークの事が」

「自分が『目覚め』だと知った時、運命をうらんだなあ」

すでに読んで知っているストーリーだったが、
本人口から聞くとそれは全く別な 感動をよぶ

「でもあたし今はこう思ってる 『目覚め』で良かったって
 だって、『目覚め』だったから、『天上鬼』のイザークに会えたんだから…」

少し赤くなった典子の肩を、イザークが優しく抱いた


千津美の涙が止まらず、功が困って彼女をみる

「やっだあ、千津美さんったら泣かないで…
 辛い事もあったけど
 イザークがいつも一緒にいてくれたから、とても楽しかったのよ
 ほらそれに今はすっごく幸せだし・・・ 」

「ねえ、それよりも千津美さんと功さんのことも教えて!」


「えっ、私たちなんて、そんなお話しするようなことはなにも…」
今度は千津美が赤くなると、ふるふると首をふった


「わたし、お父さんやお母さんが早くに死んでしまって
 ずっと面倒をみてくれていたお姉ちゃんも
 わたしが高1の時にお嫁にいって
 ひとりぼっちになってしまったのだけれど…

 でもそしたらすぐに…

 すぐに藤臣くんが…」


ふっと顔をうつむけて
嬉しそうに千津美が言った

「いつのまにか…とても静かにだけど
 わたしのそばにいつもいてくれるようになっていたから…

 本当に幸せで…」



「千津美さん…」
典子の涙腺はすでにゆるんできて、イザークが隣で戸惑っていた



「お姉ちゃんがね、本当に嬉しそうねって…

 両親ともいなくなって
 お姉ちゃんは、学校をやめて働きながら面倒を見てくれたんです

 だから心配かけないように、せめてお姉ちゃんの前では
 いつも笑っていようと決めたの

 でもお姉ちゃん、無理に笑っているの気づいていていたんですね
 自分も生活が大変で、そんなあなたに甘えてしまっていたって

 だから、心から笑っているわたしが見れて、やっと安心出来たって
 とても嬉しかったなあ、そう聞いたときは…

 藤臣くんのおかげなんです、全部」

顔を少し横に傾けて嬉しそうに話す千津美を
功がちょっと照れて見つめていた



典子は涙をはらはらとこぼしながら

「千津美さん…!!
 あたしなんか17歳まで家族と一緒でぬくぬくと甘えてくらしてたんだよ
 あなたはすっごく大変だったんだね…」


「ええっそんなことないです
 いっきなりご家族から離されて
 典子さんは 言葉もわからない世界で
 それこそ命に関わるような、大変な冒険をしてきたわけですし…」


お互いの境遇を想って
わんわんと泣き出す娘たちを眺めながら

イザークと功は思わず顔を見合わせた







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