出会い 10





結婚式はもう3日後にせまっていた


けれど…




あの日
アレフとバーナダムは
泣き疲れて力なく地面に伏せたままのノリコを抱えて
馬車にのせ、館へ連れ帰った


イザークは夜半、人知れず戻って来て
翌朝からごく普通に功の稽古を始めた
バラゴが何か問いたげだったのを
まったく無視して…


ノリコはジェイダの館から一歩も外に出ようとせず
イザークは稽古の時以外、誰とも口をきこうとしなかった



ガーヤやアゴルが何度もイザークと話をしようとしたが
結果は虚しかった



「藤臣くん…」

普段は千津美はなるべくノリコと一緒にいるようにしているのだが
今日は一人で、功のいる所へやってきた


「あのね、私思うんだけど…」

なんだ、と功が千津美を見る


ノリコがああなってから、状況は一切説明されていない
ノリコは千津美が傍にいることは構わないが
決してそのことについて話そうとはしなかった

だけど千津美には、わかるのだろう
二人のことが…


「二人の喧嘩の理由さ…なんだかよくわからないんだけど
 なにもないような気がするの」


「何も無い…」
功が問い返す

「うん…」

「たぶん誤解だから…二人で話した方がいい」

それは誰もが思っている事だが
あえて千津美は言ってみた

機会を作ってあげられないかしら



結婚式が近づき、周囲は慌てていた
まさか今そんなことが起こるとは
誰も考えていなくて
パニックにさえなっていた

このまま行けば
式場に花嫁も花婿も現れない事態になりかねない


式は中止にするべきだろうか…


「ノリコをここへ連れて来ることはできないか…」

「ううん、それは無理」

今、ノリコにとって
どこよりも一番近づきたくない場所がここである


「そうか…」


功は考え込んだ


「勝手にしろ」と怒鳴った時の
イザークの苦しげな顔を思い出す

あれは絶対彼の本意ではない
千津美に言われなくてもよくわかった


けれど、今のおれに何が出来る
何が…


「功、始めるぞ」
当のイザークがやって来て言う

そこに千津美がいることに気づいて
少し動揺した

あれ以来、千津美はノリコに付き添ってるはずだ
ノリコはどうしてる…
元気にしているのだろうか

聞きたい事は山ほどあった


けれど何かを振り切るかのように顔をそむけると
イザークは稽古を始めた


功は稽古しながら考えていた

もしおれがイザークの立場だったら…

もしおれが志野原を失うかもしれなかったら…




「!」
(見えた)


その時、功はイザークの剣をはね返していた


「志野原…」
あがった息で途切れながら、功が言う

「今すぐ…ノリコを…ここに連れてこい」

有無を言わせず…




屋敷には今、 バラゴさんしかいなかったけれど

必死に言った
「ノリコ…ここに  ノリコ…ノリコ」

彼はわかったらしく、馬に乗って消えていった


固い殻で覆ってはいたが中身はガタガタなんだ
志野原を無くしてしまった自分を思い浮かべた途端
それが見えた
殻の内側のイザークはノリコを失うことを恐れて
ひどく 隙だらけだった


イザークの心に寄り添って
剣を交えたとき
切ないほどにノリコを求めている
イザークの叫びを感じた





イザークは功にはらわれた剣を拾うと
そのまま立ちすくんでいた





「いやーっ、バラゴさん…ここはいや」

叫ぶノリコを無理矢理馬に乗せてバラゴが戻って来た


ノリコを馬から下ろすと黙ってそこから立ち去っていった



千津美と功ももうそこにはいない


ノリコは惚けたように立ちすくんでいるイザークと
二人っきり、そこに残された


あの日から
ろくに眠っていなかった

会って話しをしなければいけないとは思っていたが
おれが嫌いだと叫んだノリコと顔をあわせるのが怖かった
顔も見たくないと言っていたな
もう二度と会えないのだろうか…
そう考えただけで身体が震えてきた

ノリコのことしか考えられなかった
ノリコに会いたいと切に願った

そのノリコが目の前にいた
無理矢理連れて来られて
あんなに嫌がって…

おれの顔を見ようともしない

何と声をかけていいのかわからず
横を向く


小さい、ほとんど聞こえないような声でノリコが言った
「ごめんなさい…」


「!」


少し大きな声で
「ごめんなさい…」



イザークはノリコを見る
「ノリコ…」



「ごめんなさぁいーーーー」



と叫ぶと
ノリコはいきなり 崩れ落ちる
顔を地面につけて
泣きながら何度も繰り返し叫ぶ

「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


「やめろ、ノリコ」

そんなノリコに駆け寄り地面に跪くと
彼女の顔を上げさせる

目からぽろぽろ涙をこぼし
ノリコは繰り返し続ける

「ごめんなさい、イザーク」

「やめろ」

「ごめ…ん…な…」


「やめろっ、ノリコ」



ノリコを抱きしめその口を塞いだ
激しく泣きじゃくる彼女の身体は震えていた

こんなに愛おしいのに
おれは何をしていたんだ

彼女が何を言おうが
何をしようが

それがなんだ

この身体がここにある
おれの腕の中にある
それだけで満足なはずだったのに…




「なんであんな事を言ったのかわからない
 嫌いになんか絶対なれないのに、イザークの事…」

少し落ち着いたノリコが話し始めた

「…あの後、死にたいほど後悔したの…
  あ…あんなこと言っちゃって
 イザークに会わせる顔なくて…
 イザークに顔会わせるくらいなら
 死んだ方がましかもって」


「イザークとの生活を大事にしたい…って言ったこと
 後悔したのホントなの」

だって…

「遠い国から一杯お仕事がきてる、って聞いて…
 何ヶ月もイザークがお留守になっちゃうんだって
 考えたら落ち込んじゃって」


「このお家が…いい…思ったのは
 あなたとの生活を…大事にしたいと言…のは
 毎日…イザ…の為にお料理した…お洗濯したり…」
また涙がこぼれ出し言葉が途切れる

「ひとりで…いる…ためじゃない……」

ノリコは涙でくしゃくしゃになった顔をあげて
きっぱりと言った

「離ればなれになるくらいならお家なんていらない
 前みたいにずっと旅でも構わない
 あたしはイザークと一緒にいたい!」

「で…でも、せっかく皆にお祝いしてもらったし
 すごい我がままだと思ったから
 言い出せなくて…」

「それにイザークは、どういうつもりなのかなぁって
 あたしと一緒に暮らす為じゃなくて
 あたしを置いてくために
 お家を用意してくれたのかなと思ったりして…
 ザーゴに決めたのも
 皆がいるから、あたしをひとりぼっちにさせないようにって
 お仕事にあたしなんか付いていったら足手まといだし…」


「王女様との縁談の事も…」

「イザークの気持ちを疑ったわけじゃないけど
 イザークはふさわしい人だとあたしは思う
 イザークが国王になったら
 きっと国民も幸せになれるかな…なんて考えちゃって
 あたしのせいでそれがだめになるのは
 考えたらすごくもったいないじゃないかなんて…」


さっき謝るだけ謝って
イザークも優しくしてくれたのに安心したのか
ノリコは堰を切ったようにしゃべり出して
止まらなくなった



「相変わらずだな…おまえ」

そんなノリコにイザークが微笑む

「日本語じゃないだけ、進歩したようだが…」



イザークは立ち上がると、ノリコも抱え起こし

「話をしよう」と言った






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