出会い 13





「もぉーっ、イザークってば!」

眉を吊り上げてノリコが言う
また怒っているのか…
いったいおれは何をしでかしたのだ…
当惑しておろっとするイザークだった








今朝目を覚ました時
ノリコの体温と重みを身体に感じ、ただ有り難かった
朝食後、彼女をジェイダの館まで送っていった

「あと二日だな…」
結婚式が終われば、こんな毎日が当たり前になってくるのだろうか
いや、絶対当たり前だと思わんぞ…おれは
馬に揺られながら前に座っているノリコを片腕で抱きしめる
この存在がどれほど大事か、決して忘れるものか


「楽しみだね、イザーク」
振り返ってニコッと笑うノリコの額にキスを落とす




ジェイダ左大公は館にいなかったので会えなかった
ノリコを置くと昨夜ここに泊まった功やバラゴと一緒に帰路につく

バラゴがやけににやにやしている
「いやーっ、どこもかしこも花盛りで」

「何を言ってる、バラゴ。花の季節にはまだ早い」
真顔で問い返すイザークに

「そっかぁなあ、おれのまわりはそうでもないけどよ」
わけのわからない事を…いう

言葉はわからないはずだが
功は 表情のない顔で、バラゴを見た

「おっと、こえーな功、そんな顔で睨むなよ」

なにか昨夜あったのだろうか、イザークは怪訝な顔をする


途中ガーヤの店に寄ってイザークは昨夜の事を詫びた
事情はどうであれ、約束を破ったのは事実だ

「まあねぇ、式がだめになるよかましだからね…」

厭味のひとつでも言ってやろうかと思っていたが
イザークが久しぶりに穏やかな表情をしているのを見て

「もうノリコを泣かせたらだめだよ」とだけ言って
イザークの肩を叩いた

そんなことは二度としないと

イザークは微笑って言った





午後、ノリコと千津美がやってきて
それに合わせるように休憩にしたイザークだったが…





「ひっどーい、イザーク」

このまま放っておくと、おれのことが大嫌いで
顔も見たくないと言われそうな気がして
ノリコを抱き寄せその口を封じる

ノリコは最初は抗っていたが
そのうち静かに彼の口づけを受け止めた

やっと唇が開放されると
力なくイザークの身体にもたれかかる

「どうした、ノリコ」

「だってぇ…、グローシアに笑われたんだから」

「?」

「『傾国』って国を滅ぼすほどの絶世の美女ってこと知らなかった…
 イザークったらいっつもあたしのことからかうんだもの…」

両手のこぶしでイザークの胸を叩き始める


「からかってなどいない…」
ノリコの両手を捕まえると、イザークは言った

「おれがもし国王になったら、ノリコに夢中で国政をおろそかにしてしまう
 おれにとってはノリコはこの世で一番の美女だからな」

ノリコの顔をまっすぐ見てイザークが言った

一瞬赤くなりかけたが、必死でこらえてノリコが言った

「ま…また、そんなこと言って
 あたしの反応で遊んでるんでしょ…」

くすくす笑いながらイザークが

「遊んでいない、本気だノリコ」

「でも笑ってる…」

「笑っているが、本気だ」

そのままノリコの両手を引き寄せて、その身体を抱きしめた

「おまえ以上の存在などあるものか」







今朝目が覚めた時
功はその胸にすっぽりと千津美を抱きしめていた

腕枕だけのつもりが
寝ている間にそういう体勢になってしまったようだ

うろたえたが、千津美がまだすやすやと眠っていたので
動けなかった

しばらくそうして千津美の身体を感じていた


そのうち千津美が目を覚ました
静かにまぶたが上がっていく
そして功の顔がすぐ前にあるのを見て

「えーーーーーっっ」
と驚いて身を起こそうとするが
功の腕に抱かれていたので身動きができない

「慌てるな、志野原」
腕をほどくと千津美がベッドから転げ落ちそうで
その身体をぎゅっと抱きしめる

そして 「おはよう」と言った

「お…おはよう、藤臣くん」
真っ赤になった千津美が言う


けれどその後はお互いなんだか恥ずかしくて
目も合わせられなかった

そんな様子をバラゴに見つかって
からかわれてしまったわけだが



いつものように休憩時に功は千津美のもとへ行ったが
まだ顔がまともに見られない
二人ともお互い前を向いたまま、中庭の芝生に並んで座っていた

「典子のヴェールは出来上がったのか」
功が聞く

「ん、今日ねヴェールの布とあたしのレースを縫い合わせて…
 あとは当日お花を飾ればきれいだよ」

「そうか」


「ここにいるのもあとわずかだね…」

「ああ、そうだな」

そう言った功の顔を
何か感じた千津美が今日初めてきちんと見つめた



「藤臣くんてば、ここに残りたいんだね」

ハッと功は千津美の顔を見る

「典子から聞いたけど、イザークが
 藤臣くんならその気になれば一流の剣士になれる、って言ってたって…」

「その気になれば、か…」

功は、唇の端を持ち上げて笑う

イザークから厳しく鍛えられたが
剣を習う事は楽しかった
最初に比べたらかなり上達したと思う

だが…


「残りたいという気持ちはあるが…」  


「おれは…剣士にはなれない」

「えっ」
不思議そうに千津美が功を見上げた


「覚悟ができないんだ」

剣は遣えるようになった
千津美を護るためなら、それを振り回す事も吝かではない
しかしおれは、仕事で人を斬ることなどできない

ノリコにべた惚れのイザーク
なにかとおれたちをからかうバラゴ
時々何か言った後あわてて口をおさえるアゴル
今は店をやっているがガーヤも凄い遣い手らしい
飄々としたアレフや
まだノリコに気があるらしいバーナダム

親切で、世話焼きで、気のいい人たち
一緒にいると言葉はわからなくとも楽しい面々だ

だが、彼らはいざとなれば躊躇なく剣を抜いて戦うのだろう
人を斬りつける事をためらわず

おれにはそれが出来ない
平和な日本でぬくぬくと育ったおれには
結局最後の一線を越える覚悟ができない


「イザークにはわかっていたんだろうな」
おれがその気になどなれないことを…
最初から奴は見抜いていたんだ
だから剣を護るために遣えと釘をさしたのだ

おれたちをここに連れて来たのも
それをおれに伝える為だったのかもしれん
何度も「覚悟はある」と答えた
その度にイザークは何を考えていたのだろう

「志野原」
と言って功は千津美の肩を抱いた

「帰ろう、おれたちの世界へ」

功の胸に頭を寄せて千津美はうんと頷いた


「おーやっぱし、効果があったみたいだな…」
そんな二人の姿を目ざとく見つけて
バラゴが満足そうに笑った











  だけどバラゴさん熱々カップルの中にいても、よく平気ですよね
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