出会い 9







「今、何か空耳が…」

アレフが耳をかく

「ノリコとイザークが喧嘩したって聞こえたんですけど」

功が理解したように、真顔で頷いた

「あり得ないよ…」とガーヤも唖然とした顔でつぶやく


「お姉ちゃん、泣いてる…ひどく悲しんでる」
ジーナが言った


「もし万が一それが本当だとしても、いったい何が原因で?」
アゴルが尋ねた

「そ…それは、おれにもわからねえ」








発端は、数日前にグローシアが何気にノリコに話した事だった

今、元凶は消え去り
この世に光の力が満ちあふれている

しかしどんな世界でも人々は争い、いざこざは絶えない

国境を争う国々
跡継ぎ問題で内乱になる国

民間レベルでも盗賊だの
街の有力者と結束した強盗団だの
人々の間に争いに終わりはない


そんな国や人々が、イザークの力を求めて止まないと

世界中からザーゴ国に彼への仕事の要請が後を絶たないらしい

「でもね、今は結婚前だから…」
すべて断ってきたけれど

「結婚したら、彼も忙しくなるわよね」


「そ…そっかぁ、そうだよね」
ノリコは複雑だった



「それにね…」

もう結婚式も間近だし、教えちゃっていいわよね
とグローシアが教えてくれた


あたし達が留守にしている間に、北にある小国の王の一人娘の婿にと
イザークに縁談があったという

以前、光の力を配る旅をしていた時に
行った国だ

あの時あたしは体調を崩し、隣国の宿にアゴル親子と一緒にいて
同行はしなかったんだ

イザークは国王と王女にすっかり気に入られたらしい


今までだって、お金持ちや身分の高い人からの縁談は山ほどあったけど
そのすべてを、断って来たということは聞いている

けれど、国王の一人娘の婿ともなれば
それは将来彼が国王として国を治める事を意味するんだ

イザークだったらとても良い国王になれるだろうな
間違いなく…







「イザークはそのこと知ってるのかなぁ」
何気に聞いてみる

「もちろんよ、ザーゴ国は話を持ちかけられただけで
 返事は当人がするものでしょ」

「あらいやだ、ノリコったら…気にしてるの?
 イザークが他の誰かと結婚するとでも…」

そういえば本物の王女と騎士よね


グローシアは可笑しそうに言ったが
あたしの心は晴れなかった


イザークはそのことを教えてくれなかった


いつもは、 こんな話があったと
ちゃんと言ってくれるのに…


それは、何を意味するのだろう…







功の相手はバラゴに任せて
イザークはのどを潤わせに水汲み場へと向かった


中庭の芝生に座って
ノリコと千津美がおしゃべりをしていた

いつ尽きるんだろうかこの二人の話は…


千津美がいなくなったら
ノリコは寂しい思いをするのだろう

そう思うとイザークの心中は穏やかでない

千津美はせっせとレースを編み
ノリコは夕食用の野菜の皮を剥いていた

「ジェイダ様のお屋敷って広くって、ホテルみたい」

千津美が嬉しそうに言った

「おまけにお屋敷の人達ったら…」

館で働いている使用人のことらしい

「脱いだ洋服は片っ端から、片付けて洗ってくれるし
 朝は顔を洗うお湯だとか、お茶だとかベッドまで運んでくれて」

まるでお姫様になった気分…

千津美ははしゃいでいる 

それからこの家の話題になり

ノリコがこの家に決めた話をした

「えー、じゃあ典子ってば
 お屋敷に住めるのに
 イザークとの生活を大事にしたいとかって…」

「うん」
心なしかノリコの声は元気が無い

「でも、今は少し後悔してる。あんな事言わなければ良かったって」



なんだと………

今何と言った…ノリコ




おまえがあの日言った
おれとの生活を大事にしたいという、その言葉が
どれだけ嬉しかったと思うんだ

それを後悔しているのか

ジェイダの館で召使いにかしずかれる生活をして
気持ちが変わったとでもいうのか




「イザーク、どこだ」
バラゴが探しに来たので慌てて気配を消し、姿を隠した

今、動揺しているおれを誰にも見られたくなかった





イザークが変だ
功は気づいた

今のイザークはいつもの彼でない
さっきまでは普通だったのに…

いったいどうしたんだ


突然彼は
「バラゴ…後を頼む」
と言って去っていった

「お、おい」
バラゴも戸惑っている



だめだ、何も手につかん

ノリコの真意を知らなければ…



台所で夕食の準備をしていると

突然イザークが入って来た


「イザーク」
ニコッっとノリコは笑った

けれどイザークの表情は硬い


「ノリコ、聞きたい事がある」

「どうしたの、イザーク」


「おれとこれからここで送る生活のことを後悔しているのか?」

ハッとノリコは青くなった
「き…聞いてたの」


「やはり…」
イザークはショックを受ける



ノリコの肩をつかむと、聞いた

「では、いったいどうしたいというんだ」



「イザークは…」

逆にノリコが問う

「ほんとうにここであたしと暮らしたいの?」

「なにっ」


「王女様とのこと、あたしに話してくれなかったよね」
 どうして…?


「なにを言ってる…ノリコ
 おれがそんな話にのるとでも思っているのか…」

あれだけおまえが好きだと
離したくないと…
言っているのに 信用していないのか


「そういう意味じゃないの
 ただイザークから聞きたかった…
 他にも…いっぱいお仕事の話があるって、あたし知らなかった」

知っていたら…

「知っていたら、どうしたというのだ」


「知っていたら、あたしこのお家に決めなかった!」



イザークは呆然となる


「おまえの…あの言葉は嘘だったのか…
 おれとの生活を大事にしたい…といった、あの言葉は」



ノリコの肩をつかんだ手に力が入る


その時、功とバラゴが家に入って来た


「いたいっ、離して!」

イザークの手をはねのけるノリコの姿が見えた


言葉はわからないが
険悪な空気に千津美が怯えて立っている




「ひどいっ、ひどいイザーク」


「イザークなんか嫌い、大嫌い…顔もみたくないっ!」



「勝手にしろっ!」



イザークが家を飛び出していき


ノリコはふらつきながら中庭に出て座り込むと地面に伏して
嗚咽した
もうこの世が終わってしまったような虚しい泣き声だった

後を追った千津美が、傍でノリコの背中をさする



「お…おい」
何が起こったかわからず、功とバラゴは呆然とした

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