序章 再会






イザークがノリコに求婚した翌日
二人は樹海の金の寝床にいた


「ではノリコ…」
「うん」

ノリコは語りかける、
もうひとつの世界にいる家族へ…








その時、立木家は夕食中であった。


最初に典子が語りかけた時は就寝中であったため
夢の中で典子の声を聞いたが

その後は、それぞれがその時に頭の中で典子の声を聞く事が出来た



「ふふっ、今日はすっごいお知らせがふたつあります〜!!!」


突然響いた明るい典子の声に、皆箸を持つ手が止まる


それまでの典子の語りかけは
よく考えて練った原稿を読むような
落ち着いたものだったが

今日のそれは
その世界に飛ばされる前の典子を彷彿させる
屈託のないものであった


「ひとつ目は…」

皆、息を止めて続きを待つ


「きゃーーーーどうしよう!!!」

突然典子の嬌声が響き
あっけにとられて皆目を合わせる

「あたし、イザークにプロポーズされました!!!!
 嬉しいぃーーーーーーーー!」


父親が、ふっとため息をついた

今更だがな…
こちらへ帰れるというのに
それを断ってそっちへ残ったんだろ
それをどうこう言うつもりはないのだが

彼がおまえのことをとても愛してくれているらしいのは
日記から伝わって来はしたが…
全ておまえ視線だし
もしかすると、おまえがそう思い込んでいるだけなのかもなんて

大事にされている様子と
出会ってすぐの頃から日記に書かれていた
あのことが、噛み合わずに

少し不安な気持ちになったりして

こちらとしても不本意だったんだ

だが、やっとそういう形になって安心した
おまえも本当に嬉しいんだな
よかったな、典子



「そして、もうひとつ…」



「イザークがねえ、あたしをそっちに送って
またこっちに戻せる方法をみつけたって!!!」


「!」


「だから、これから行くからねーー!」

ぷつんと、通信が途切れた



「えっ」

これからって……



まだ夕食の途中だったけれど
母親は急に椅子を倒す勢いで立ち上がり
後片付けを始める

「きゃっ!」
焦ったあまり手をすべらせお皿を割ってしまった。
兄が助けて、ちらばった破片を拾い集める

父は居間に行き、
うろうろしながら、読みかけの夕刊紙をたたもうとするが
上手くいかず、結局鷲掴みに丸めて屑篭へ放り込んだ

祖父はもう 暗くなった庭で水まきを始めた






「ただいまー」

玄関から、懐かしい声が聞こえてきた…





どどどっっと、 全員玄関に駆けつける

家族の記憶の中にある女の子の
少しだけ大人になった姿があった

けれども、相変わらず無邪気に微笑む

「久しぶり、皆元気だった?」


「…典子」
母親が、へたへたと座り込んで
涙を流しながらその名を呼んだ


それを見て、申し訳なさそうに典子が言う
「ごめんね、心配かけちゃったね…あたし」


「違うよ、典子。
 ただ、こうしてまた会えたのが嬉しくて…」
あとは言葉にならない


誰も何も言えずにその場に立ち尽くしていた


「ま、まあ、ここではなんだから…上がっておいで、それから話そう」
やっと父親が言い

「そうね」
と母親も立ち上がりかけた

「うん」

にこっとした 典子が
後ろを見てつぶやいた

「あれ?」







ノリコの家族にとって
おれはどういう存在なのだろうか

ノリコは全てを日記に書いたと言っていた

おれの全てをノリコは受け入れてくれたが
化け物のなりそこないが、娘に求婚したのだ
彼女の家族にとって、それは何を意味するのだろうか…

平気なわけがない

彼らにとってみれば、
おれは最愛の娘を突然奪った元凶でしかないのだから

おれさえいなければ
ノリコはここに残れるのだ…

このまま、ひとりであっちの世界へ戻れば
それは彼女の家族にとって
何より喜ばしいことなのだろうが

でも、だめだ
それは出来ない
おれはもうノリコを離す事などできないんだ…


覚悟を決めて
イザークはそのドアをくぐった


「!」

玄関の扉から現れた精悍なその青年の姿を
全員が唖然と眺めた

立ち上がりかけた母親は
またすとんと腰をおろす


「イザークよ」
それまで見た事もない優しい、大人っぽい笑顔で
ノリコは最愛の人を家族に紹介した


「一緒に来れば、その過程を逆にたどって
 きっとまた戻れるって」

「…それに…」

恥ずかしげに言葉を濁す典子に父が

「ま、まあ上がってもらって…」
再びそう言ったが

他の家族はただ惚けたように
イザークを見つめる


やはり…

おれは彼女の家族にとって…




「何がいいかしらね、イザークさんは」

久しぶりに典子と一緒に台所に立って
上機嫌な母親が聞いた

「お茶で大丈夫」
「そうぉ、お酒は?こんな時間だし」
「う、うん。結構強いから…」


居間に、飲み物とつまみを運ぶ



イザークったら、すごく緊張してる…
典子は少しおかしくなった

この世界では、あたしが主導権握れるのかな
それはそれで、楽しいかも…


…と思う間もなく、イザークが横目でちらりとあたしを見て
くっ、と口の端を上げて笑った

あん、もう聞かれちゃった


取り敢えず、最初に乾杯した後
グラスの酒を飲み干すと

「はじめまして  イザーク … いう」

長い旅の徒然に、少しずつ日本語を教えて来たのだ


「あ…」

お父さんたら…驚いている


「い…いや、こちらこそ。はじめまして」


「ノリコを…」


「ここ」と下を指さす

「離した… おれのせい」

すまないと言うように頭を下げる


「ノリコ 大事…  すごく」

顔を上げ、家族の皆を見る

「妻に…ノリコ  護る ずっと」


「…やくそく…」

まっすぐな視線にゆるぎはなかった


たどたどしいながらも、その言葉から
イザークの想いが、痛いほど家族に伝わった



「イザークが…
 式を挙げる前にどうしてもあたしの家族に会って許しを請いたいと… 」


典子が微笑みながら言うが
その瞳はすでにうるんでいた


「幸せなんだな、典子?」
父親が聞いた


典子は少し複雑な表情で
「ごめんなさい、でもあたし…」

「いいのよ、典子」
母親が言う


「私たちはあの爆発事件で、あなたを失ったかもと思っていたのだもの…」

「あなたがどこかで生きているかもしれないと信じる事で
 なんとか折り合いをつけていたの
 だから、あの日記が届いた時は本当に嬉しくて…」

「別な世界で大変な経験をしたと知ったのだけれど
 でもあなたが生きていて
 心から愛する人に護られているとわかって
 本当に…本当に嬉しかったのよ、典子」


「おかあさん…」
最後にその名を口にしたのは
あの樹海だった
あの時の絶望感があったからこそ
今の幸福を大事にしたいと思えるのだと
典子は思う


「あたし、イザークと一緒に、この先もずっと生きていきたいの…」

そんな典子の横で

「たのむ…」
イザークが頭をそっと下げる


かけがえのない娘が
彼女の事をこの世の何よりも大事に想ってくれる人に
求められているのだと

家族はもう何の疑いもなく信じる事ができた

ストンと
暖かいものが心の中に落ちていった




「まあ、まあ、イザーク君。君、今日来たばかりだしね
 のんびりいこうや」

イザークの肩を、バンバン叩きながら父が言う


「イザーク、君いったい 幾つ?
 げっ、おれと同い年じゃん。
 その落ち着き具合、まじやべえ…」


「ふっふ、美丈夫いうのを初めて見たな。この歳で」


「イザークさん、お疲れでしょう。お風呂にでもはいりますか?」





なんだか
気負っていたわりには
あっさりと家族に受け入れられて
戸惑うイザークであった

風呂につかりながら
ふと、笑う
「ノリコの、家族だからか…」

ノリコも最初からこんなおれを
苦もなく受け入れてくれていた

言葉も通じなく、無愛想で
あいつを突き放す態度しか取れないおれに
いつも笑顔をくれた…

あいつの笑顔に…
どれだけ戸惑っただろうか
どれだけ癒されただろうか…

そして醜い姿をさらしたときでさえ…


そんなノリコを育んできた家族だから
いとも簡単におれを受け入れることができるのだろう


ノリコと出会う前の、自分を思い浮かべる

あの頃のおれには、もう戻れない

戻りたくない…

ノリコを二度と離したくない…






「一緒に入れば?」
母が言った

「な、なに言ってるのよ、おかあさん!」

「だって…」


典子の赤くなった 顔を見て
兄が察して、後を引き取った

「だったら、おれが…」

イザークを風呂場に案内して
タオルを渡し、簡単にシャワーだの、ボディソープだの を教えて
戻って来た



「おまえたち、まだ・・・ ?」
赤くなって固まっていた典子に
兄が尋ねる


「お兄ちゃん。変な事考えてんでしょ!」
真っ赤になって典子が言うのを


両親と兄は不可解そうに典子を見た



「でもな…典子」
両親はとても口に出せなさそうなので、兄が切り出した


「おまえの日記に書いてあったんだぜ」


「 『昨夜もイザークに抱かれて寝ました』とか
 『久しぶりにイザークの胸で眠れて嬉しい』とかって
 結構最初の頃から、頻繁に出て来たから…」


「さすがに小説には書けなかったが…」
父がちょっと寂しそうに言う


「ち…違う、それは…違う!」
真っ赤になりながら、典子が状況説明する


はぁっ〜と、納得する家族


「じゃあ、おまえたち未だに…?」


「だ…だって当たり前じゃない
 まだ結婚もしていないのに…」


典子の剣幕に

「おい、何年一緒に旅してきたんだ?」

兄も負けていない

「当たり前って何だよ、いったい
 しかも毎晩抱き合って寝て…
 はぁーー、イザークも可哀想にな
 おれ同情してきたぜ…」


「やだお兄ちゃんたら、イヤらしいんだから。最低…」

「ホントにおまえときたら、相変わらずネンネだな〜」
からかっているのか、真剣に言ってるのか…

久しぶりの兄妹の会話にしては
なんだか内容がえげつない


けれど両親は、長いこと心につかえていたものがなくなって
嬉しそうな顔で言う

「まあまあ、それだけ大事にしてもらえたって事だから…」


なんやからで、明るい立木家の居間であった

風呂から上がったイザークがドアの前で
なんとなく家族団欒に割り込めずに立ち尽くしていたのを
兄が目ざとくみつけると

「こっちへ来いよ、イザーク」

「飲もうぜ!妹の事は謝るから…」

「もっ、もうお兄ちゃんたら〜」
なんだか怒ってるノリコ…

わけもわからずソファーに座らさせられて
兄に肩を抱かれた

「おまえもよ、こんなネンネ相手によく我慢出来たよな〜
 すげえよ、尊敬するぜ」


「?」


ノリコの怒りが頂点に達しそうな勢いで
イザークは困ってしまった

『何をそんなに怒ってる、おれのせいか…ノリコ?』

まったく状況を把握出来ないイザークが
ノリコにの心に語りかける

「あっ」

『ち、ちがうよ、イザークは全然悪くないよ
 お兄ちゃんが意地悪なだけ…』

『だが、彼はおれに謝っているが…』


「ん…もう…お兄ちゃんなんか知らない!」

イザークにどうしても説明することが出来ずに
典子はぷんっと、横を向いた


「いいかげんにしなさい…」
母が兄をたしなめたる

父もべちんっと、兄の頭をたたく
「おまえが悪い・・」

「だってよぉー、おれはイザークの身になって… 」

イザークはわけがわからず
ノリコからは思念を閉ざされ
ただ当惑するばかりだった…


「ん、もう遅いな。そろそろ寝るか…続きは明日…」

その後 話題を変えて
話も結構はずんできたのだが
夜もふけてきたので、父が言った

「典子、お部屋はイザークさんと一緒でいいのかしら?」
母が全く屈託のない顔で尋ねた

「うっ」
先ほどの対話が思い返されて、典子は答えられない

「はははー、当たり前じゃないか。な、典子!」
兄がぽんぽんと背中をたたく


答えられないままイザークとそこへ向かった
数年前までは、毎日過ごしていた
典子の部屋へ…



ひとつのベッドで寝て来た、ずっと
野宿の時も同じ夜具で、彼に抱かれて…

なのに、どうして今日はこんなにも
気恥ずかしいんだろう

お兄ちゃんのせいだ、あんなこと言うから…

違う…

ここがあたしの世界で、あたしの家で…
だから…


そうじゃない…


あの日、
遠くから来てくれたゼーナさんやドロスのために
結局、皆うちに泊まって、尽きる事なく語り明かした

翌日、みんなが帰った後あたしたちは樹海へ向かった


そう
イザークに求婚されて
はじめて一緒に、二人だけで過ごす夜だった


ただイザークのそばにいる
それがあたしの使命であり、生きていく所以であった
それは今も変わらない
けれども今はもうひとつ加わったんだ

イザークと結婚して
彼と家庭を築き、家を守る

イザークの妻になる…

求婚された実感が、時間とともに大きくなってくる

顔が熱い…
きっと赤くなってるんだろうな
またイザークに笑われる…


「ノリコ…」
イザークがベッドに腰掛けて、つぶやく


「家族とは、いいものだな」

ハッとして、あたしはイザークを心配げに見た

「そんな顔をしなくてもいい」
と、くすっと笑う

「ノリコの家族は、おれの家族だ」

「…違うか?」


あたしは首を大きく縦に何度も振る

「違わない!そうだよ…その通りだよ、イザーク」


彼はあたしを引き寄せると

「ノリコに会えてよかった」と少し震えた声で言った


頭を強く胸に押し付けられたので、彼の表情は見えなかった


けれども気持ちはいたい程伝わってきて
あたしは胸が熱くなる



「今度はおれたちが家族を作る」

やっとあたしを胸から開放し
今度はまっすぐと目を合わせて言った

「うん」

あたしの目はもう涙で潤んできた



「楽しみだな、ノリコ」

彼は優しく微笑んだ




その夜もイザークに抱かれ
あたしは眠った










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