軌跡 エンナマルナ狂想曲 1



「元気だったかい」

ガーヤがノリコとイザークに駆け寄って、二人を抱き寄せた
再び会えた喜びで、つい腕に力が入った

あれ…?
ノリコを抱いた左腕にかすかな違和感を感じた…



あの時別れたみんなの顔が、今…このエンナマルナに…

変わらない笑顔
変わらない言葉



二人に声をかけようと人々が集まって来た
懐かしい逢瀬であった

けれど…

どうしてもそうせずにはいられないかのように
みんなは、ちらっちらっとノリコの方を見てしまう

「…」




その後の展開は目まぐるしかった

イザークが国軍を追い払って帰ってくると
ノリコの姿が消えていた
ラチェフから逃れるためにひとりシンクロしたノリコが倒れてしまう
イザークは元凶との戦いに出かけた

そして、ノリコは光の世界をみつけた…




光の力を手にし、元凶との戦いに勝ったイザークの姿が地平線に現れた





「イザーク!」

おれの名を叫びながら、ノリコが駈けてくる
両手を広げて彼女を迎え、その身体をきつく抱きしめた


「ノリコ…」

ノリコとふたり、焦がれるほど探し続けてきた
運命を変える方法を…
光の世界を見つける事ができた

もう…逃げ惑う必要はない
平和な日々を…
安心して眠れる夜を…
切ないほどに願ったそれを
おれたちはやっと手にしたんだ…



「身体はもう大丈夫なのか…」
さっきまでは身動きすらできなかったというのに…

ノリコはイザークを見上げて言った

「うん、大丈夫だよ
 イザークこそ、あんな怪我して痛かったよね…苦しかった…?」
いつもこの人は、こんなに傷ついてまで一人で戦うんだ…

「おれには…おまえに何かあった方がこたえる」

「イザーク…」

胸が一杯で、しばらくそうして抱き合っていた





やっと身体を離し、仲良く寄り添って歩いてくる二人を
集まって来た人々が暖かく迎えた

賞賛する声があちこちからかかったが
二人は手にした幸福の大きさに戸惑いながら
お互いの存在をただありがたく思うだけで精一杯だった

…だが

イザークの顔が暗く陰った

先ほど感じ取ったノリコの世界…
それを思うと胸がつかえるように気持ちが重くなる




「ひどい傷だな… 」

胸や背中、肩のところの服が破れ血だらけになっている

「…もう、なんともない」

「着替えた方がいいよ…
 傷がしみなければ風呂にでも入るかい…」

「そうさせてもらおう」

イザークはノリコを連れてその場から去った





「ったく、イザークのやつ変わっちまった…」
バラゴがつぶやくように言った

「でれでれしやがって…」

みんなは何とはなしに、広場の一角に集まっていた

「ああ…」
アゴルも相づちを打った

「ナーダの城から脱出した後、ノリコに抱きつかれて赤くなっていたのに
 さっきはみんなが見ている前で平然と抱きしめていたな…」
びっくりしたと言う

「今じゃ、片時も傍から離そうとしないんだから…
 風呂にまで連れていくとはね…」

ガーヤは、イザークがノリコを置いて出ていった朝を思い出す

ノリコは寂しくてぼろぼろ泣いていたけど…
あん時、あんたもつらかったんだね…本当は


「以前は 、 えれぇ突き放したのによ」
「もう少し優しくしてやれって、つい言いたくなるほど冷たかったからな」

「そうだよ!」
いきなりバーナダムが叫んだ

「あいつ、あんなにあいまいな態度でノリコを苦しめてきたくせに…」
なんだよ、今は …とむかっとしながら言った

「まるでノリコは自分のものみたいな顔してさ」
「おやおや、バーナダム君…なに怒ってるんだい?」
「隊長はあんな自分勝手なやつ許せるんですか!」
「許すも何も… おれにはむしろノリコを冷たく突き放しているイザークの方が
 考えられないんでね」
旅の間もあてられっぱなしで…と笑う

「ノリコはどうなんだい?
 前からイザークのことをあんなに慕っていたのかな」

「ノリコは以前からイザークのことが好きだったからな
 そういう意味ではあんまし変わってねぇな…」

「そういう意味では…?
 別な意味でなにか変わったんですか?」

バラゴは額をポリポリと掻いた
「まぁ…何と言うか…」

アゴルも赤くなる
「…あれにはまいったな」

「?」

「あんたたち、大概にしなよ」
ガーヤが言葉とは裏腹に楽しそうに言った

バーナダムはひどくふてくされている
アレフはそんなみんなを不思議そうに見ていた



タッタッタとグローシアが足早に歩いてきた

「どうしたんです?」
アレフが訊ねた

「族長の奥さんがね、これをノリコにどうかって…」
手にした服を見せる

それはノリコに似合いそうな雄黄色のドレスだった

今夜はちょっとした祝宴が開かれる
その主役の一人であるノリコにすこしでも着飾ってもらおうという
エンナマルナの人々の心づくしであった


「待て、それをノリコに持って行くのか…」
バラゴが焦ったように言った

「ええ…いけない?」
「今はやめておいた方がいい…」
「どうして?」
「そ…そりゃあ、男ってもんは…なっ」
と言ってアゴルを見た

「うわっ、やめろ…おれに話をふるな!」

「?」

ひゃっひゃっと笑いながらガーヤが言った
「かしな、あたしが後で渡しておいてやるよ」





もう…こうして朝まで過ごしてもいいのだろうか…

激闘の昂りがまだ身体に残っているらしい
いつもより激しく彼女を求めてしまった


傍らで安らかな寝息をたてているノリコを
イザークは愛おし気にみつめた


この世界に平和が戻るまで、まだこれからやるべきことはある
だが、おれたちを追う元凶は消えた

少なくとも、一晩中彼女の体温を直に感じても構わないのではないか…


光の世界でかいま見た光景をまた思い出し
イザークの表情が一瞬険しくなるが
ノリコの方を見ると、ふっとそれをゆるめた

たぶん…




どんどん、とドアが叩かれた

「イザーク…いるんだろう」
ガーヤの声が聞こえた

「ああ…」
「もうすぐ宴が始まるよ…」
「わかっている」
「ノリコに着せたいドレスがあるんだけどね…」

イザークはため息をつくと、起き上がって素肌に直接上衣を羽織った


ドアを開けてドレスを受け取る

「ノリコ、眠っているのかい?」
「今、起こそうと思っていた」

ガーヤはちらりとイザークの肩越しに部屋の中を見る
「シーツくらいかけておやりよ」

「ここは暖かいからな」
イザークはしれっと言いながらドアを閉めた




ったく…
本当にイザークは変わったんだね

初めて会った時…
まだ少年の面影を残していた彼は
孤独な影を背負い、どことなく辛そうな様子がして
なんだかほうっておけなかった

それはイザークがノリコを連れて、再びあたしの前に現れた時も
あまり変わったようには見えなかった
それにノリコと接する態度に
彼らしくないひどくおかしなものを感じた

ただノリコは…
なんだか彼女がイザークのこれからの運命を大きく変えていくんじゃないかと
そんな不思議な思いにさせる女の子だった

正体がばれて、イザークがノリコを連れて逃げ出した時
これからあの二人はどんな旅をするのだろうと考えた
辛いものにならなければいいけどと、心配していたんだよ

だけど、今のイザークはもう孤独でも、辛そうでもない…
穏やかな雰囲気さえ感じる
相変わらず無口で無愛想だけど
ノリコに向ける表情がなんて優しいんだろう…
バラゴたちが呆れても無理ないよ…

ノリコには見えていたんだね…あの頃から
あんたが内に秘めていた優しい心が…
だからあんなに迷わずにあんたを慕っていたんだ

良かったね…イザーク、幸せにおなりよ


「けど、なんだい…あれは!」
突然ガーヤが大声を出して、傍を歩いていた者がびくっとした

「どうした、ガーヤ?」
バラゴ達がガーヤに気づいて声をかけた

「ドレスは渡したのか?」

「なにが、ここは暖かいからな…だ
 やけにふてぶてしくなったじゃないか」

「?」





イザークは机の横にある椅子に座ると頬杖をついてノリコを見る

出会ってからずっと二人で旅をしてきた
年月にしてみれば一年と少しだが
その間に彼女はそれまでのおれの人生を大きく変えた

おれだけじゃない…

こんな華奢な女の子が、今日どれだけのことを
この世界のためにしでかしたのか
本人はわかっているのだろうか


なぜだか彼女を起こしたくなくて、そのまま座っていた


「う…ん…」
ノリコのまぶたがゆっくりと上がっていった

しばらくぼんやりとしていたが
はっ、とおれの視線を感じてこちらを見た

「…イザーク…?」

一糸もまとっていない自分に気がついて
慌ててシーツをたぐり寄せる

「やだ…イザークってば」

今さら何を恥ずかしがるのだろう

「見てたの…、前から…?」
「ん…そうかな」
「ずっと…?」
「ああ…」

イザークは微笑む

「ずっと…」

ぽんと赤くなった彼女にドレスを渡した




「おせぇーよ」

イザークとノリコが会場に現れた
主役がなかなか現れないので、宴は勝手に始められていた


「きれいだよ…ノリコ」

そのドレスをまとったノリコは、まるで光の精のように輝いていた
光沢のある薄くしなやか生地が、彼女の身体の線を際立たせている
柔らかなカーブを描いていているそこには、そこはかと色気まで漂っている


「おれから離れるな…」

そういう理由もあって、イザークはノリコを傍から離そうとはしない
そんな二人を周囲は微笑ましく見守っていた


国軍の脅威が無くなり、元凶が消えた事を祝い
二人の功績がたたえられた

今後どうするかという話題が
こんなに楽し気に語られたのは久しぶりの事だった


「イザーク…」

イザークは先ほどから黙り込んで酒を飲んでいる

「何を考えてるの?」

イザークはノリコを見て微笑った

イザークが微笑んでくれる…
ノリコにはそれがなにものにも代え難いほど大事なものに思える
彼のそれを思い浮かべた途端
タザシーナからチモを奪う事ができた

あたしがあそこから逃れられたのは
彼がこうしていつも優しく微笑ってくれるから…


「ノリコとの旅の事を考えていた」
「え…」
「先が見えずにひどく不安で、恐ろしい目にもあったが…」
「うん…」

イザークと引き離されたときは恐ろしかった
イザークが捕えられた映像を見てしまった時は絶望にさえ襲われたんだ

「だが…不思議と楽しかったな…」

運命を変えることなどできないのではないかと
不安を抱えながら旅をしていた
あの地下の神殿での戦いの後は
光の羽の正体がわからずに焦燥に駆られることもあった

それでもノリコとの毎日は夢のように過ぎていった



「イザーク…」

彼との旅の出来事が次々と頭に浮かんでくる
いろいろなことがあったけど

彼はいつも優しかった…
いつもあたしを愛してくれた…

「あたし…すっごく幸せだったもの」
イザークが一緒だったから…それだけで良かった

その幸せが、やっと現実になったんだ

なんだか涙がこぼれてきて
イザークはそんなあたしの肩を優しく抱いてくれた


周囲はそんな二人からそっと目をそらした



宴はたけなわを過ぎて、親しい間での飲み会に変わっていった

「ねえ…あたしたちはもう失礼するからさ…」
ガーヤが言った

時刻は、もう女達は引き上げて男達の時間だった
普段のガーヤだったら遠慮せずに残っているのだが
今日はいやに控えめだった


「みんなでお風呂にはいろうと思ってるんだよ
 ノリコも一緒においで」

「ノリコはもう今日風呂に入っている…」
イザークがあっさりと却下したが

「なに言ってんだいイザーク、風呂なんか何回入っても構わないだろ
 久しぶりなんだからね…」

ちゃんと部屋まで送り届けるから…
と言われて、イザークもそれ以上断ることはできなかった

バラゴとアゴルが目を合わせた
「ガーヤのやつ…」




「イザークは胸が好きなのかい…」
「え…?」

ぽかんとノリコはガーヤを見た

大きな共同浴場でみんなと一緒に風呂につかっていた
さっきからガーヤはノリコの身体を遠慮のない視線で見ている

「ガーヤ…おやめ、がらが悪いよ…」

ゼーナがたしなめる
アニタやロッテニーナが、きゃーとか言いながらはしゃいでいた

「姉さんは昔から、お上品だから…」

ふん…と言いながらも、ガーヤはまた面白そうにノリコを見た

前は固かった身体の線が、今は随分と柔らかな曲線になってる
それに…


「あ…あの、なにか…」

ノリコは戸惑って聞いた

グローシア達と一緒に旅を始めた時から
彼女やニアナさんとお風呂に入ることが多くなったので
イザークには気をつけてもらっていた
身体になにも印はないはずだった


「あたしゃ、ノリコの怪我の世話してたからね…」
「?」
「前に比べて随分…大きくなったじゃないかい」

あ…そうか、胸のこと言ってるんだっけ

「そうなんです、急に大きくなっちゃって…」

ノリコはにこっと笑った…





「ノリコ…随分、発育したよな」
酒が入ったせいか、 遠慮せずにバラゴが言った

「どういう意味だ…」
じろりとイザークが睨んだ

「なんちゅうかよ…昔に比べて…」
と言って意味ありげににやりと笑った

アゴルも昔を思い出す風情で言う
「前はジーナと遊んでいるのが似合っているような女の子だったのだが…」
そのジーナはすでにアゴルの膝で寝入っていた


「確かにノリコは成長している」
イザークが言った

「最初に買ってやった服が今は身体に合わないようだ…」

胸の辺りだけなのだが…

「まだ十八歳なのだからおかしくはあるまい」

それがなんなのだとイザークが真顔でみんなに問いかける

「…」

面と向かってイザークに反論する勇気のある者はいなかった





部屋に戻ると、すでに風呂から戻って来ていたノリコは半分夢の世界だった


「イザーク…」
おれに気がついて、何やらつぶやく

おれはノリコの傍らに身を横たえて彼女の身体を抱いた

今日はまあ仕様がないな…
服を着て寝るか否かは明日考えるとしよう

「あ…のね…」
「ん…?」
「イザー…ク、むね…好き…?」
「?」

そう言いながら、寝入ってしまった


今日は朝から拉致されて…大変な一日だったんだ

「疲れたな…」
彼女の頭に口づけた




翌朝…

これからのことを協議するため
ノリコと別れたイザークが会議場へと向かっていた


「よっ、イザーク」
バラゴ達が楽しそうに近づいてくる

なんだ…というように、イザークは彼らを振り返って見た


「おめぇ、胸が好きなんだってな…」
そういうバラゴに、周りは苦笑していたが


「おれは胸より脚の方がいい…」

「え…」

「というか上腿部かな…」

ぽかんとしたみんなを残してイザークは去って行った





「長いこと旅をして野宿が多かったせいだろうか…」

長引いた午前の会議が終わって
遅めの昼食をみんなでとっている時だった

「?」

そういうイザークを、ノリコは相変わらずあどけない表情で見上げた

「胸肉よりはこの方が食べやすくて好きなんだ…」
骨を握って食べながらイザークが言った

「あらでも…」
笑いながらノリコが言う

「胸の方があたしは好きよ…こうして両手でつかんで」
がぶりと可愛らしい口で噛み付いてみせる

そんなノリコの姿にイザークはついくっと笑ってしまう

「もう…イザークったら、すぐ笑うんだから」
ノリコは怒ったようにイザークを見たが…

「イザークは…」
赤くなって言った

「ん…?」
「そうして脚の肉に噛み付く姿も素敵なんだもの…」

今度は、イザークが赤くなる
「くだらんことを言うな…」



半日ノリコと離れていただけでも不本意そうなイザークに気をつかって
他のみんなは 少し離れたところに座って食事をしていた


「それでねぇ、ノリコったらさ…全然わかってなくてね」
ガーヤが昨夜のことを話している

「イザークのやつも似たようなもんだな」
バラゴがうなずく

「だから訊いたんだよ、『イザークに可愛がってもらっているんだね?』って」

「ガーヤ…大胆だな…」
アゴルは感心したように言った
幸いジーナはアニタたちとおしゃべりをして聞いていない

「まったく…」
ゼーナは呆れて言った

「それで…?」
バラゴが先を促した


「それがさ…」
ガーヤは諦めたように頭を横に振ると

「とってもやさしい…って嬉しそうに言うんだよ」

本当にまったくわかってないんだから…ふぅっとため息をついた



他にも大勢が食事をしているせいで、ざわざわとあたりはうるさかったが

「胸のほう…あたし…好き…」
突然ノリコの声が聞こえてきて、みんなの手が止まった

「両手でつかんで…」
二人はみんなに背を向けて座っているので、顔は見えない
イザークの声は低いせいかここまで届いてこなかった

「イザークったら…」
明るく笑っている

「脚… 噛みつく…」
ざわめきが高くなってノリコの声がところどころかき消された

「…素敵…」

何気にみんなは赤くなった
今朝イザークが、脚の方が好きだと言ったのはもう知られていたが…

噛みつく…?



「どうしたの…」
急にみんなが黙ってしまったので、ジーナが父親に訊いた

「いや…ノリコとイザークが…」
と思わず言ってしまってから、うっとつまった

「二人がどうしたの…?」

「なんでもない…
 おまえには二人のことは見えないしな…」

「そんなことないよ…」
「え…?」

ジーナはにこりと笑って言った

「あのね…おねえちゃんが光の世界をみつけてイザークの所へ行った時から
 ごちゃごちゃしたものが急に消えて、二人のことが見えるようになったの…」
「ほんとうか…ジーナ?」
「うん…今は二人の顔も知ってるよ」
「そうか…」

アゴルは娘が嬉しそうにしているのを見た
ジーナはノリコが好きだからな…

「だから…何か気になることがあるなら、あたし見ようか」

「見るなっ!」
アゴルが思わず叫んだ

「?」

「見なくていい…ジーナ」



「どうしたんだい…バーナダム君?」

アレフは部下に訊いた

彼はイザークとノリコの話題になるとひどく不機嫌になる
昔から短気で単純なところはあったが…
これではばればれだな…

くっとアレフは笑った

「お…おれ、あいつに言ってやる」
アレフの笑いがきっかけになったようにそう言うと
バーナダムは立ち上がった



「あんたに話がある」
そう言ってバーナダムは二人の前に座り込んだ

「 …?」

「いくらノリコがあんたを好きだからと言って
 やっていいことと悪いことがある」

「バーナダム…?」
ノリコは不思議そうに見る


「ノリコは無理して素敵とか言ってるけど、おれはいやだぞ…」


なんだ…?

イザークは少しうつむいた顔から上目遣いでそんなバーナダムを見る

こいつは以前もこうしておれを責めた


「あんたが何をしてもノリコの気持ちは変わらないって
 たかをくくってんのか」


占者の館から出てきた時も
おれの背中を思いきり…痕がつくくらいの力で叩いた

ノリコはバーナダムが優しいとか言って笑っていたが
おれはそうは思わん
あれには悪意がこもっていた…絶対に


「そうやって、ノリコ を…」

イザークはベルトから鞘ごと小刀をはずすと
バーナダムの額にぐいーっと押し付けた


「うるさいぞ」




額を赤くしたバーナダムが戻って来た


女の子達がきゃあきゃあと騒がしい
グローシアがアニタやロッテニーナと何やらおしゃべりをしている
        
「えっ、だってイザークはノリコにむちゃくちゃ優しいじゃないの」
グローシアは言った

「前はね…ちょっと冷たかったの、イザークは」
「ノリコってば片思いでもいいからって
 傍にいられたら嬉しいいとか言ってたのよ」

ねぇー、と顔を見合わせて笑う

「それなのに…ゆうべはノリコの肩とか抱いちゃうんですもの」
「もう見た時は信じられなーい、って気分だったわ」

「別に、いつものイザークじゃぁないの?」
グローシアが不思議そうに言った


おれたちが昨日話していたこととあまり変わらんな
周りで聞き耳をたてていた連中がそう思った時…


「それにね、ノリコ…身体つきが全然違かったもの」
「そうそう、どちらかというと子どもっぽい体型だったのよ」
「うそっ…華奢なくせに胸大きいし、身体の線も柔らかくて羨ましいな…って
 あたしずっとそう思ってたのよ」

あたしたちもびっくりよね…とまた顔を見合わせてうなずき合った

「やっぱり…イザークの所為よ」
「そうよ…愛されて女の子はきれいになるんだわ」
「えーなになに…どういうこと?」

きゃあきゃあとおしゃべりは続いていった



「女の子の会話というのは…意外と大胆ですね…」
アレフがこほんと咳払いをして

「…で、ノリコの体型ってそんなに変わったのかな?」
と訊ねてバーナダムに思いっきり睨まれた





やはり、ノリコも気がついていたんだ…

午後の会議がやっと終わりノリコを探した
ガーヤと洗濯をしていると聞いて洗い場へ行ってみた
ノリコがガーヤと話しているのが聞こえてきた



おれは恐かったんだ…

ノリコがおれのことを何よりも想っていてくれることは確信できる
唯一かなわない存在…それは彼女の家族だろう…

今、おれには その力がある
彼女を家族のもとに返すことができる

彼女がもしそれを望むのであれば…

果たして彼女はそれを望むだろうか…?



元凶との戦いから戻って、なかなか言い出せずにいたことを
おれはノリコに告げた

「おまえを…もとの世界へ返してやることができると思う」

「え…」

「だが、再びこちらへ呼び戻すことはできない…」

どうする…そう言うおれを、ノリコは怒ったように見た

「イザークはあたしがいなくなってもいいの?」
「いいわけがないだろう…だが、おまえの家族なんだ…」
「またあたしに決めろと言ってるんだね…」
「ノリコ…」
「イザークはあたしにどうして欲しいの?」
「おれは…」
「お願い…教えて…」

涙でうるんだ目でおれをみつめている

「おれはノリコを離したくない」

そうだ…

心も身体も、おれたちは全てを分かち合って旅をしてきた
おれの想いはそのまま彼女の想いでもあるんだ

おれにはわかっていた…彼女が何を望むのかが…


「離したくない…離したくないんだ」
ノリコを抱きしめてそう言った

「じゃあ…離さないで…」

ノリコはおれの胸の中でつぶやく

「本当にそれでいいのか?」
「そりゃあ帰りたいよ…家族にも会いたいよ」
「ノリコ…」
「でも…イザークと会えなくなるのはもっといやっ」

顔を上げておれをまっすぐと見た
彼女のその視線は固い決心を物語っている

「忘れたの…?
 あたし…イザークの傍にいるって…もう決めたんだもの」
「そうだったな…」


この両腕に抱いているかけがえのない存在
離すものか…この命が尽きるまで…


ならばいっそ…




しばらくあたしたちは抱き合ったまま動かなかった

あたしは彼の胸に顔を埋めて、彼の鼓動を聞いていた
初めてこの音を聞いた時…
ひたすら家族のもとへ帰りたいと思っていたんだ

でも今は…
このままずっと…
この命が終わるまでこの音を聞いていたい…


「ノリコ…」
名前を呼ばれたので、顔を上げて彼を見た



「おまえ…おれの妻にならないか」
「うん!」










気づかれた方も多いと思いますが、他作品のパロディ入ってます。


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