One More Story 15









結局、ノリコはアレフに代わって
農具を扱うイザークの傍に立って
やって来る客たちに説明したり値段を言ったりすることになった

「でもあたし、農具のことなんかわからないです」

「ちゃんとした客がきたら、おれが対応するから
 きみは彼の傍にいてくれ…」

頼む…と、アレフは頭を下げる

さっき台所用品を売っているノリコに
気安く声をかける男性客がいた
イザークが一悶着を起こしそうな気配を敏感に感じたアレフが
その客を追い払ってなんとか事なきを得たのだ

けれどそれ以来、イザークの表情が以前に増して険しくなっている

その前は店先で抱き合ってたな…

アレフは呆れてもいたが
本当の所は楽しんでいた





相変わらず女達がイザークに寄って来る
傍でノリコがニコニコと
「えっっとそれは鎌で、30ゾルで…」
と健気に話しかけるのを全く無視するどころか

「あんた、邪魔よ」
と手で払いのけようとして、ノリコの身体が倒れそうになる

イザークはぐいっとノリコの肩を抱いて引き戻すと
女の顔を睨みつけた

女は青くなりお金を置くと
鎌をつかんで去っていった



「ダメだよ、イザーク!」

怒ってノリコが言った

「お客さんを睨みつけたりして…」

「だが…おまえのこと突き飛ばしていたぞ」

「ちょっと手があたって、よろめいただけ
 せっかく買ってくれるんだから
 あたしだってずっと我慢してるんだよ!」

ノリコの勢いにおろっとしているイザークの姿が可笑しくて
アレフが屋台の方で吹き出していた



ノリコも慣れてきて、女たちの邪魔にならない位置で話しかけ
イザークもノリコがすぐ傍にいるので表情も穏やかになり
商品も順調に売れていった






「この若造か…」

数名の屈強な男たちに囲まれた、恰幅のいい中年男性が現れた

「へえ、こいつです」

なんだと言うようにイザークが彼らをちらりと見た

「きさま…よくもおれの女を虚仮にしてくれたな…」




「あいつは…」

表立っては酒場や売春宿の経営者だが
裏では屈強な男たちを使ってやりたい放題している
闇の顔役だった


もちろん役人たちにはたっぷり賄賂を渡しているので
罪に問われた事はない



アレフもここに店を出すたびに
いくらかの金をいつも彼らに払っている
断れば嫌がらせか、または店をめちゃくちゃにされることを
覚悟しなければならなかった





「言いがかりだ…だれも虚仮にしたつもりはない」
イザークは興味をなくしたように顔をそらすと言った


「おれの女がせっかくかまってやろうとしたのに
 無視したあげく、睨みつけて鎌まで無理矢理買わせたそうだな」

「睨んだのは悪かった…誤解があったらしい」
ノリコの方をみて言う

「だが、無理矢理買わせた覚えはない」


「商売の邪魔だから、そこをどいてくれまいか」


淡々と答えるイザークの態度が、逆に怒りをあおった

「こいつ姐さんを怖がらせたんだ…
 それもこんなつまらない娘のために」

多分あの女のそばにいたのだろう
おつきの一人がノリコを指して言う





「今、何と言った…?」

一瞬にしてその場の空気が張りつめた


「つまらない娘だと…」


先ほどまで無関心そうに振る舞っていたイザークが
今その男を見ている



アレフは焦っていた
ただでさえ無意識に挑発的になっているイザークの言動に
ハラハラしていたのだが
ノリコが話に絡んでしまった
「だめだ、あいつはノリコの事になると…」


男たちの中に顔見知りがいた
いつもここに集金に来る奴だ
口の達者なアレフはその男とは気安く話せる仲になっていた
そいつもアレフに気がついて目を合わすが
ただ頭を振っただけだった
諦めろと言っている


イザークは相当顔役を怒らしてしまったようだった
彼がちょっと気に入らないと思っただけで
すでに何人もの人間が死体で見つかったり
消息すらわからなくなっている


せめてノリコだけでも安全なところに
とアレフはノリコを見たが

彼女は状況を全く理解していないらしい
キョトンと男たちを見ている



「 町一番の美貌を誇る姐さんより、こんな娘っ子がいいんか」
男たちが笑う

「ま、でもちょっと可愛いかもな…」
男たちの一人がノリコの腕を掴んで抱き寄せた

その瞬間、イザークが持っていた鍬の木の柄で男の身体を払う
軽く払っただけのように見えたが
男の身体は道の向こうの焼き菓子を売っている屋台まで吹っ飛んでいった
男の周りに菓子が砕けちり
あたりに甘い香りが漂った




「イザーク…周りのお店に迷惑が…」

「ああ、うっかりしていた」




「?」

ひどく見当はずれの二人の会話に
アレフは当惑する



「こ…こいつ」

「いいから殺っちまえ、店もめちゃくちゃにしろ」
顔役が怒鳴ると、男たちが一斉に剣を抜いて襲いかかった

アレフは加勢しようと走り寄るが
その足が途中で止まった

鍬を投げ捨てたイザークが
男たちの急所を手や足で攻撃していく
まるで舞っているかのごとく
とても優美な仕草で…


あっという間に、男たちは全員店前にころがり
動けなくなっていた


青くなって震えている顔役にイザークが言った

「商売の邪魔だ。早く片付けろ」








「ごめんなさい…本当にごめんなさい」

ぺこぺこ謝りながら、ノリコは向かいの菓子店の片付けを手伝っていた

「だめになったお菓子、弁償したいんですけど…
 あたしたちお金持ってなくて」


いいんだよ…
と店のおばさんが言う

「あいつらには、今までひどい目にあってきたからね
 胸がすーっとしたよ」


「あつあつなんだね、彼氏と」

あ…あれを見られていたんだ…
ノリコは赤くなる


「若くてきれいな子だから…朝からずっと見てたんだよ」
あたしもいい年してさ、とおばさんは笑う


「彼氏さ…本当にあんたの事しか見てないね
 あてられちゃうよ…」

先ほどの活躍で、一段とイザークの周りに女たちがまとわりついている
キャーキャーいう声がうるさいほどだ
相変わらず無表情なイザークの傍で、アレフが対応していた


そんなイザークを道の反対側からノリコはじっとみつめた
ノリコの視線に気づいたイザークがみつめ返し
ふっと微笑んだ


「ほら、あれだよ。彼氏あんな顔、あんたにしかしないだろ」


おばさんに言われて、今さらながら気がついた…


あたしは…優しいイザークしか知らない

最初の頃、冷たく突き放した態度をとっていたけれど

護ってくれた
面倒を見てくれた
言葉を教えてくれた

初めて出会ってから二人で過ごした日々は
毎日がとても穏やかな日々だった


ガーヤおばさんのところへ置いていかれたのも
あたしにとって それが一番いいと彼が考えてくれたからだ

再会した後ぎくしゃくしたのも
彼はずっと一人で苦しんでいて
それでいてあたしのことを 置いて逃げ出せなかったからなんだ
辛かったのに…あたしの傍にいてくれた

彼はあたしのことを無視した事など一度だってなかった
あたしはいつでも彼に大事にされてきた


イザークはいつだってとても優しかった


ごめんなさい…妬いてしまって
ごめんな…さ…い…疑ってしまって

涙があふれてきて
目の前が滲んで何も見えなくなる




「ごめんなさい…」

彼が来るのが気配で分かった

あたしったら、この気持ちを押さえきれずに
彼に気づかれてしまった


「泣くな、ノリコ」


「もう…泣くな」




ノリコ…




イザーク…




気がついた時は
彼の腕の中にしっかりと包まれていた




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