One More Story 17









「断る」

イザークが言う


「ねえ、たまにはさ…」
ニコリと笑ってアレフが言った

「何も言わずに快諾してくれてもいいんじゃない」




在庫が思いのほか早く捌けたので
アレフたち一行は村を旅立っていった


リェンカの方向には絶対行かないとイザークたちが言うので
遠いけれどコロポリの港を目指している


そんな旅の途中の街での出来事だった


お店がいっぱいある、大きな街だった
けれど活気がない
諦め気味な人々の暗い表情が気になった



「あいつが、いたんだ」
アレフが言った

「薬遣いだよ」
まだ若い頃、ジェイダの警備隊にいたそうだ

不思議な薬を調合出来る能力者だったと
あとでわかった

わかった時はもう遅かった

「おれはその頃新入りだったんだが
  仲間の隊員の何人かがやつのえじきになったんだ」

その薬を吸い込むととても気持ちよくなり
自信が持てて、幸せな気分になるらしい…

だが薬が切れると全く逆な現象が起こる

だから、一度味わった幸福感を得ようと
何度も用いるようになり
やがてそれ無しではいられなくなる


『それって、ドラッグ…』

ちらっと、イザークがノリコを見た

『あたしの世界にもあるの
 たくさんの人がその薬のせいで問題を抱えて
 だめになっていくのよ』

『おまえの世界は平和だと思ってたんだが…』






仲間の様子がおかしいので、問いただしてみると

 おまえはいいんだ、アレフ…
 剣の腕もいいし、人望もあってジェイダ様の覚えもめでたい
 この先きっと出世出来る
 おれは、これをやっている時だけ自信が持てて
 何かおれでもやれるような幸せな気持ちになれるんだ


「彼は薬を得るために
 頼まれて強盗や人殺しまでするようになっていてね
 中には自分の妹を売ってしまった奴もいた」

「ひどい…」
ノリコは青くなった

苦い思い出を聞いて、ニアナやグローシアの表情も重い


気づいた時はもう遅くて
あいつは姿を消していた…

後には何人もの廃人同様の隊員や館の使用人たちが残された

クーデターの罪をでっちあげられた時ですら
怒りはみせずに、ただ憂えてた温厚なジェイダ左大公が
あそこまで怒ったのは、その前も後も一度も見たことがない



その男の姿をこの街で見かけた
商人のようななりをしていた

気づかれないように後をつけたら
ある娼館に入っていった

「客としてか」
イザークが聞いた

「裏口から入っていったから奉公人か…
 いや違うな…あの感じでは主だろう」


ちょっと近所で聞いてみたら
そんな立派な店でもないのに
毎晩のように街の上級役人や保安隊隊長
貴族や豪商たちが訪れるそうだ

「君たちも気がついていたよね、この街にただよう不穏な気配…」

「関係ないとは思えないんだ
 あいつが何もせずにいるとは信じられないし」


だから

「イザーク、客になってあの店のこと探ってくれないかな…」


アレフがにこっとしながら
肩に置こうとする手を掴んで

イザークは言った

「ちょっとまて、なぜおれがそんなことをしなければならん」

「おれは顔が知られてるし…」

「おらは、ぜ…ぜったい無理だ」
ドロスは顔をぶんぶん横に振った

「君だったら、娼婦のひとりやふたりたぶらかして
 情報が貰えるんじゃない」


「断る」

きっぱりとイザークが言った


「人助けだよ…こうしているうちにも
 何人もがあいつの毒牙にかかってるんだ」


「ノリコだって…」
ちらっとノリコを見る
「許してくれるだろう」

話の展開についていけないノリコがぽかんとすると

「ノリコは関係ない」
イザークが怒って言う


「おれは絶対に行かん」


「あ、あのー」

「娼館…てお店なんでしょう
 あたしが行ってもいいよ」

ノリコが言う

この世界の言葉がかなり上手くなってきてはいたが
ノリコの知らない言葉はまだある
イザークがあえて教えてなかった言葉もあった

そういう女たちや、そういう店は知っていても
娼婦や娼館を言葉としては知らなかった


「客は男だけだ」
焦ってイザークが言った


「だったら、あたし雇ってもらって…」


その場にいた全員がノリコの言葉に固まってしまった





みんなが黙ってしまったのでノリコは赤くなった

「あっ
 あ…あたし、変なこと言っちゃたの?」


焦った時の癖でぺらぺらとしゃべりだす

「そんな悪いやつ、どうにかしたくて
 そ…それに困っている人たちを助けてあげたいし
 イザークは嫌がっているから
 あ…あたしで出来ることだったら
 何かしたいな…なんて思ったんだけど…」



「もういい、ノリコ…それ以上言うな」
イザークが、ため息をついて力なく言った


「ノリコの気持ち、大事にしてあげようよ」

不覚にもアレフに、ポンと肩を叩かれてしまった




「ノリコ」
イザークが真顔で言う

「娼婦とは金で身体を売る女たちのことだ
 娼館とはそんな女たちがいる店だ」

「おれがそこへ客として行っても、おまえは本当にいいのか」

青くなってノリコが言った
「イザークが嫌なら…」

「おれはおまえの気持ちを聞いているんだ」


しばらく考えていたが、うんと首を振ると
「人助けだもの、仕方ないよ
 あたしは構わない」

笑顔を浮かべてはいたが、声は震えていた











「ここだよ」
アレフがイザークを娼館まで連れてきた

「悪いな…」


何も答えず、黙ってイザークはドアを開けて中へ入った


「いらっしゃ…」

声をかけた男が途中で黙ってしまった


イザークはカウンターへ行くと酒を注文する


その店は、一階が酒場になっていて
身体の空いている女たちがそこにたむろしている

酒を飲みながら女を物色し
気に入った女を二階の部屋へ連れて行く


「一晩いくらだ」
イザークは聞いた


「おいおい兄ちゃん本気かよ」
隣で飲んでた男が声をかけてきた

「あんただったら、いっくらでも只で女が抱けるだろうに」

「金で買った方が後腐れがない…」
無表情につぶやいた


「はーっ、色男には色男の悩みがあるんだなぁ」


言われるままに金を払うと、ぐいっと酒を飲み干して
近くにいた女の腕をつかみ二階へと階段を上がって行った


「せ…性急だな、やけに」
「しかも一番の年増を連れて行きやがった」
「なんか、普通の娘では相手に出来ない趣味でもあるんかなあ」
「いるよな、たまにそういうやつ」




部屋のドアを閉めた途端
女が抱きついてきた

「あたしも長いことこの商売やってるけどさ
 こんないい男は初めてだよ」

嬉しそうに身体をすり寄せるが
イザークは黙ってその身体を押し返す

「なんだい、前戯はなしかい?
 やることだけやりたいんだね」

ベッドに腰掛けて服を脱ぎ出す


「よせ」

イザークは、肩をつかんで止めさせた

「その必要はない」


えっと、女は不思議そうにイザークを見たが


「ああ、そうか
 服を脱がせるのが好きなんだ」
よくいるよ、と笑う

イザークはそのまま女の肩を押して
ベッドに押さえつけると
顔を覗き込んで言った


「おれが脱がせたいと思っている女は、あんたじゃない」








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