One More Story 19

目を覚ましたノリコが

無邪気にグローシア達とおしゃべりしだしたので

イザークは馭者台に座り
アレフに代わって馬をあやつる




「ホントのところはどうなんだろう?」

アレフが後ろに聞かれないようにそっと訊いた


「あの声をかけてきた女だろう…
 君のこと、とろけるような目で見ていたよね」

海千山千の娼婦をあそこまで夢中にさせるなんて…

「どれだけすごいンだ…って、おれ感心してたんだけど」





「アレフ…」

ため息まじりにイザークが言った


「一度、あんたに言わねばと思ってたんだが…」


「?」


「ジェイダ左大公からの依頼は
 妻と娘を無事にエンナマルナまで届けて欲しい、ということだった」

じろっと、横目でイザークが睨んだ

「おれはあんたに対しては何の義務もない」

だから…

「旅の途中で、あんたに何があってもおれは知らん…」


「何がって…?」


「例えば…」


「例えば?」


「今、あんたが馬車から転げ落ちても」


おれは、助けんからな…


「…」







コロポリの港町は数日前
10年に一度くらいの暴風に見舞われて、大変な様相だった

停留していた船が叩き付けられて
残骸が港にあふれ、他の船が入港できない


町をあげて、除去作業に入っているが
なかなか進まない

男手が必要だと、町にいる男達は集められた

当然のように、西大陸への船を待つイザーク達一行にも
要請がかかった

けれどグローシア母子も、ノリコも追われる身で
女だけを宿に残すのは不安があった

いつものようにイザークはノリコの傍から離れるのを嫌がり
おれが残ると主張したが


「でもねぇ…、少しでも早くおわってほしいんだよね
 いつまでもここに居るわけにいかないしさ…」

アレフが言う

君が行ったほうが早く終わりそうだ…

イザークは反論しかけたが

うん…あたしもそう思う
とノリコがつぶやいた


結局、イザークとドロスが作業に参加して
アレフが、宿に残ることになった


「宿から一歩も出るなよ、ノリコ」

なにかあったらおれを呼べ…

そう言い残してイザークは出かけて行った






グローシアは前日から体調不良を訴えて寝ていて
ニアナが付き添っていた

「疲れたんだと思います」

アレフはちょっと心配そうにそう言った

ここで休めて良かったと



アレフったら、ホントに心配なんだね、グローシアのことが…

ノリコには、そんな彼らの姿が好ましい




ノリコとイザークは
何気に気持ちが弾んでいた



ここへ来る途中、偶然の出来事から
クレアジータさんと出会った


彼は、教えてくれた
光の世界の存在を


あたしたちの運命を変える方法…

もし見つからなかったら
本当はどこにもそんなものはないのではと
不安を抱えながらずっと探していた道を

クレアジータさんは指し示してくれた

今は、確信できる
それは、あるのだ
どこかに…
確実に…





ノリコはいつもにましてニコニコしていた
イザークは相変わらずの無愛想だが
文句も少なく除去作業へ向かったので
アレフは内心驚いていた






「どうしよう、困った…」

宿の女将のつぶやきに、アレフが耳を留めた

「どうしたんです」

いつもの人の警戒心をとくような
笑顔で尋ねる


「え…っ、頼んでいた子守りが
 午後にならないと来られないって」


お昼忙しい時だけでも、誰かに見ててもらいたいんだけど…




アレフは考えた
ノリコならいいんじゃないかな
なんだか向いていそうだ

この宿から出さえしなければ構わないだろう…


「で、いい子を紹介したら、宿代を負けてもらえます?」





「あ、いいよ。もちろん、あたし… 」

ノリコは、気軽に請け負った



4歳になるという
その子を宿の中庭で遊ばせているノリコが

「数日前は嵐で大変だったんだね」
と話しかけた



「かぜ、すごかった…」

その子が言った


「うみ、こわい…」


「いまは、大丈夫でしょ…」


「ほんと…?」


海を怖がっているその子が可哀想で
穏やかな海を見せたくなった


「ほんとだよ、見に行く?」


宿から、海までほんの数分の距離だった


ちょっと、 見せて帰ってくればいい


そう思って、ノリコはその子を連れて海まで歩いて行った


イザークに知られないように
心を閉ざして…








海は思っていた以上に酷い有り様だった
壊れた船の残骸があっちこっちに浮いている




来なかったほうが良かったのかな
きれいな海だけを見て欲しかった
この子に…


ノリコは少し後悔して

「帰ろうか」

と言った時

埠頭の端っこで海を見ていた
その子の身体がぐらっとして

海に落ちて行った



「やだ!」



ノリコは慌てて飛び込んで
その子を抱えると
近くの岸にその身体を置く

ほっとしたのもつかの間

自分も岸に上がろうとした時
服が引っぱられた

「あーっ、もう」

服は浮いている船の残骸の
木片の上の金属に引っかかってる

ぐいっと、無理矢理引きはがそうとすると
木片がゆらっと斜めに傾いで
金属塊が海の底へと消えていく

「えっ」

と思った瞬間
ノリコの身体は引っぱられて
海の底へとどんどん落ちて行く



『やだっっ…イザーク、助けて』

息を止めた
こぽこぽと身体の周りから
泡が上がって行くのが見える

明るい光がだんだん遠ざかって
周りは暗闇に覆われる

だめ…もうこれ以上は無理

あたし死ぬのかな…


イザークの顔が脳裏に浮かんだ


ごめんなさい


ごめんなさい…イザーク


せっかくみつけられると思ったのに
イザークと一緒にずっと歩いて行ける道を…

なのに、あたし
あなたの言い付けを聞かないで…
こんな事になって


彼は悲しむ…
絶対に悲しむ


ああ…どうしよう



もう息を止めていることが出来ず
水を飲む覚悟で呼吸をしようとした瞬間



力強い手にその身が掴まれた







中庭で遊んでいるはずのノリコたちの姿が見えず
アレフは焦って宿を飛び出した


そんな二人連れが海の方へ歩いて行ったと聞いて
そちらへ向かう


子どもの泣き声が聞こえた


埠頭にはひざまずいて激しく咳き込むノリコの背中を
優しく撫でながら抱きしめるイザークの姿がみえた


傍で子どもが泣きじゃくっている


3人ともずぶ濡れだった


「大丈夫だ…ノリコ」
もう、大丈夫だ…


言葉とは裏腹にイザークの胸の中は恐怖でいっぱいだった



死んでいたかもしれん…

ほんの数分いや…数秒遅れただけで



ノリコが死ぬ…?



そう考えただけで、身体が震えてくる



「ごめんなさい…」

ノリコが泣きながら言う

「出てっちゃだめだって注意されたのに…
 あたしが あの子に海を見せたくって…」



ああ、またノリコが謝るのか


なんだかイザークは切なくなってきた


アレフは宿屋内での子守りだと思っていた

ノリコは、あの子に海を見せたかっただけだった



「誰が悪いわけではない…」

そう言って、イザークはノリコを抱えると歩き出した


子どもの手を引いてアレフが後に続いた

ノリコが無事で良かったと、ほっと胸を撫で下ろしながら…





部屋に入りノリコをベッドへおろす


「海水でシーツが汚れ…」

全部言わせずベッドに押し倒し
濡れている衣服を破るように引きはがした



死を覚悟した…と、 ノリコは言っていた

冗談じゃない…



手足を絡め、身体をぴったりと密着させる


 彼女の喘ぐような息が
 上下する胸の隆起が
 暖かい身体のぬくもりが

全てがただ有り難かった


生きている彼女の身体を、こうして抱きしめられる喜びに浸りながら
イザークはつぶやく

「おれを残して、勝手に死ぬなど…」

決して許さん…



黄泉の世界から引き戻すかのような狂おしい激しさで
イザークはノリコをかき抱いた

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