One More Story 21






イザークは困っていた

これが他の誰かから言われているのなら
「断る」とひとこと言えば済むことなのだが…


ノリコが、お願い…といった目で見ている


「わ…わかった、出来るだけのことはしてみるが…」

仕方なくそう答えた


「うわー、イザーク…ありがとう!」

ノリコが抱きついてきたので
そのまま、ベッドに押し倒した

「報酬は高いぞ…」





眠ってしまったノリコを部屋に残して
その日最後の見回りに出た

船の警備を始めてほんの数日しか経っていないが
イザークはもううんざりしていた



これなら、盗賊とか化物相手に戦っている方がまだましだな

ごく普通の、それだけでめぐまれているはずの人々が
どれだけくだらん理由でもめごとを起こすのか…

酔っぱらいどうしの喧嘩は日常茶飯事だった
肩がさわったのさわらないのでなぜそこまで本気で怒れる?

女をめぐっての諍いが、剣を抜く騒ぎになって
おれは女に言ったんだ
「あんたが、どっちかに決めればいいことだろう」
そうしたら、おれがいいと言ってしなだれかかったので
片方の男に押し付けて逃げて来た
後でそいつと仲良くしてたから
それはそれで良かったんだろうが…


ったく、なぜいい大人が自分の面倒を見れない?
おれは家を出てからずっと
自分のことで人に迷惑なんかかけてないぞ…


いや…それは違うか

ノリコ…

彼女にはおれのせいで、随分辛い思いをさせた
それなのにおれを責めもせず
重い運命を一緒に受け止めてくれた
相変わらず笑顔で…


仕様がないな…



そのドアをノックした

「まだ起きてるんだろ…アレフ」







「珍しいねぇ…君が誘ってくれるなんて」

酒場に入って腰をおろす

「ノリコは…?一人で大丈夫なのかい」

「もう寝た」

ふーん、と不思議そうにイザークの顔を覗き込む

「な…なんだ?」

「いや、君がノリコを一人部屋に残して
 おれを飲みに誘うなんてさ
 いったいどういう風の吹き回しかなって思っただけだよ」

「そ…それは」

イザークは目をそらした



『イザーク、お願い
 アレフさんがグロ―シアのこと、どう思っているか
 それとなく聞いてみて…』



なぜおれが…
ため息が出る




さっきから酒を飲みながらお互い黙っている

アレフは不審そうに
イザークはひどく困って…


「なんだかおれに言いたいことがあるようだね」

とうとうアレフが切り出した



「その…」

「うん?」

「あのだな…」


ぷっとアレフが吹き出す

「な…なにがおかしい」

くっくっと笑いながら

「いつもは、いやになるくらい単刀直入に
 言いたいこと言うくせにさ…」

どうしたんだ、今日は…


それとなく…は無理だな
そう思ったら楽になった


「あんた…グローシアのことどう思ってるんだ」

「?」

「ノリコに頼まれた」

アレフと違って、正直になればなるほど
言葉がすらっと出て来る



「言わなきゃ、いけないのかな」

「聞いてこいと言われている」

おれは別に興味はないが…



「じゃあ、交換条件でいこう」

「ん?」

「あんたとノリコの関係さ、ホントのこと教えてくれたら…」

おれも正直に言うよ…






どうせ、ここでごまかしても
ジェイダたちのところへ行けば本当のことが知れるだろう
イザークは考えた



口先でごまかすのは得意だが
さんざん世話になってて
さすがにそれはうしろめたいな
とアレフは思った





「具体的に、何が聞きたい?」

イザークが聞いた

「そもそもからだよ…」

「?」

「偶然通りかかって出会ったなんて、嘘だろ」

「い…いや」

「言えよ、ホントのこと」

「おれは…」

言い淀むイザークにアレフが促すような視線を送る



「おれは…ノリコを、消そうと思って
 彼女のところへ行ったんだ」


「!」

アレフは驚いた

想定外だった
せいぜいなんらかの理由で駆け落ちした二人とか
そんなことを考えていたんだが



「正直に言ったぞ」

イザークが睨んだ

「今度はあんたの番だ」





「おれがグローシアと会ったのは、彼女が8歳の時だよ」

アレフが話し出した

「あの頃から気は強かったけど」
くすっと笑った

「可愛らしい女の子だった」


「だが、今ではもう立派な女性だ」
イザークが言う

「ああ」

いつも菓子やら可愛い小物をポケットにしのばせて行った
彼女の笑顔が見たくて

だが、ある日彼女から拒絶されたんだ

「あたしは、もう子どもじゃないわ」


「けど、おれにとっては、彼女はまだ小さな女の子なんだ」




「そうしてごまかすのはやめろ」

「なんだと…」



「聞くがアレフ…」
イザークが言う

「あんた今まで誰かを好きになったことはあるのか?」

「えっ…?」

「ないんだろ」

「ああ」

「なぜだ?」

「なぜって…」

「他の女なんか目に入らんということだ」

「…」


それに…

「本来、警備隊長のあんたが左大公の傍にいるべきだろう」

「それは…」

「そうしろと左大公に言われたのか?」

「いや…違う」



あの騒ぎが起こった時、おれはジェイダ様と兄弟たちに言った

「馬で逃げて下さい…
 女性は馬車に乗せます」

そしておれはためらいもせずに
ジェイダ様たちをバーナダムに頼んで
馬車の御者台に座った


イザークが口の端を持ち上げて笑った

「認めようとしないでいるが
 行動に出てしまったというわけか…」




「君こそ…」

アレフが話題を変えた

「なぜあんなか弱いノリコを消そうだなんて
 物騒なことを考えたんだ」



「それは…」

イザークがひどく緊張したのが感じられた



「知らなかったんだ、おれは…」

「何を?」


口に手を当ててうつむいたまま黙り込んでしまった

これ以上、訊かない方がいいのか…
さすがのアレフも躊躇する


けれどイザークは決意したかのように
顔をあげてアレフを見た


「目覚めが…あんな女の子だなんて
 思っていなかった…」


「!」



クレアジータの言葉が頭に蘇った

『あの破壊の化物と言われている天上鬼でさえ…』



「イザーク…君は」





イザークはアレフを
キッと見ると

「あんたが、自分の気持ちを認めたくない
 理由を言ってもらおうか」



イザークからすごい秘密を打ち明けられて
もう隠そうとかごまかそうとか
アレフには考えられなかった


「おれは孤児なんだ…」

施設を抜け出して、
小さい頃から結構ぎりぎりのところで生きてきた

剣を遣い出したのは
まだその重さをやっと支えられる年の頃だった

脅かし、奪うために…

「あのままでいたら、今頃とっくに闇に捕われていたよ」

ひょんなことから、ジェイダ様に会って
おれは心を入れ替えた
まともな人生を歩むことができるのも
彼のおかげなんだ

大恩があるんだよ

そんなおれを警備隊に受け入れてくれて
隊長にまでにしてくれたジェイダ様も
おれがグローシアを愛したと知ったらどう思うか

おれは恐いんだ

彼女を一人の女性として愛するなんてしてはならないと
自分にずっと言い聞かせて来た


アレフは遠くを見るような目をして語った



やけに口が達者で、人当たりが良くて
捉えどころのない奴だと思ってたんだが
その後ろにそういう過去を隠していたというわけか


「おれもずっと、ノリコを受け入れようとしなかった…」

イザークは静かに言った

目覚めの彼女を
天上鬼のおれが
愛することなど決してしてはならないと

そんなおれの頑な思いが、ノリコをそしておれ自身を
苦しめ続けて来たんだ


「理由はどうあれ、自分の気持ちから逃げてはだめだ」

イザークはアレフの目をまっすぐに見る

逃げずにそれを受け入れろ…


「そうすれば、道はきっと開ける 」



おれたちは、それはきっとあると信じて来た
まだはっきりとはみつけていないが
今はその存在を確信している




深い事情がありそうだと
ただの仲のいいカップルではなさそうだと思っていたが

これほどまでの運命を背負っているとは…




「グローシアに、はっきり気持ちを言ってやれ」



そう言うとイザークは立ち上がって去って行った


アレフはぼんやりと見送った









「天上鬼と目覚めですって」
グローシアが言う

アレフはしっと指を口にあてる
「声がでかいですよ」


「これはおれの推測ですが…
 ジェイダ様は、すべてを承知の上で
 彼らを送って来たと思われます」

最大の破壊兵器として各国が求める天上鬼に
自分の妻子の警備を依頼した

左大公殿、やりますね…
アレフは心の中で賞賛する


「で…でもそんな二人が一緒にいて大丈夫なの?」

今は眠る天上鬼を目覚めさせるという目覚め…


「ずっと、二人で運命から逃れられる道を
 探していたと言ってました」


『あの破壊の化物といわれている天上鬼でさえ
 光とかわるかもしれません』


「まあ」



「ドロスは知っていたの」
ニアナが訊ねた


「お…おら」

知っていた

あの元凶との戦いで
「ノ…ノリコは、イザークのそばへ行きたいと
 それしか考えてなかった…」

死ぬかもしれない…
そんな時でも
ノリコはイザークに会えると
とても嬉しそうに走って行った


グローシアは手にぐっと力をこめて握った

『あたし、これからもずっと彼のそばにいるつもりだから…』

あの言葉には、それ以上の深い意味が込められていたんだ
だから、イザークも彼らしくなく放心してノリコを見ていた
その時のことを思い出していたのかもしれない


やっと元凶から逃れられたとき

「イ、イザークは…身体中を何カ所も刺し抜かれたような
 ひ…ひどい傷で…出血もすごくて
 おら、たぶん助からないと…」

アレフたちは青くなってその話を聞いている

傷の回復が人より早いそうだ…


「じゃあ、うちに来た時…」

「傷がやっとふさいで…
 で、でもイザークもノリコも服は血まみれだったんだ」

強盗にやられて持ち物は奪われ、服もぼろぼろな渡り戦士
まぬけなやつだな、っておれ思ったっけ…




「イザークてば」
明るい笑い声が聞こえた

みんな、はっとそちらを見る

こちらに歩いてくる二人の姿が見えた

ノリコが何かおしゃべりしているのを
イザークが微笑みながら聞いている

イザークが何か言うと、 ノリコが少し怒ったような顔をして
彼は可笑しそうに笑った

どこにでもいる、仲のいいカップル…



ノリコを頼む、と言ってイザークは見回りへ出かけた

そんなイザークの後ろ姿を、ノリコがじっとみつめていた


アレフはイザークの言葉をかみしめる

ノリコを頼む…

もう何度もそう言って彼は、彼女をおれに託した
けれどその言葉に秘められてる
彼の思いをおれは気づこうともしなかった



ノリコから聞いた話をグローシアは思い出す

目覚めを自分の傍から離したいと
イザークは知り合いのところへノリコを置いていったんだ

その思い出が彼女をひどく苦しめている
彼が遠ざかって行くのを見る目が切ない

目覚めの自分が彼の傍にいてはいけないと
ノリコはイザークから逃げようとしたに違いない

いまだに彼女は、女たちに囲まれる彼を見て
ああいう普通の女性の方が目覚めの自分といるより
彼にとってはいいのだと
無意識に感じているのかもしれない

あんなに思われてるのに
不安気な表情をするノリコを
あたしはただ非難した
彼らがたどって来た軌跡を知りもせずに





「ついて行けばいいのに」
グローシアが言った

ほんの少しの間でも
別れるのが辛いなら
後ろ姿を見送るのが哀しいなら
一緒に行けばいい


「今の彼なら、それくらい許されますよ」
アレフも言った

船員が言っていた

普通の航海中は、名ばかりの警備員がいたとしても船内は無法化する
窓ガラスは割られ器物は破壊しつくされる
毎日のように女たちが犯され、けが人が続出し
死者や海に放り込まれたと思われる行方不明者も当たり前だそうだ
誰もが無事に港に着けることを祈る毎日だとか

けれど今回は、階段で足をすべらせた老人が医務室に運ばれたのが
ちょっとした騒ぎになったくらいだった

「彼が近づいてくるだけで
 こそこそ隠れる輩があっちこっちにいますよ」

くっとおかしそうに笑った



「ほらっ」
ためらっているノリコを
グローシアが前へ押し出した


イザークの背中が見える…

追いかけていいの…?
もう我慢しなくていいんだ


走り出した


ノリコの気配に、イザークが振り返る


ノリコが必死におれに向かって駈けてくる

そうか…
不安を抱えて誰かに託す必要などない
連れて行ってやればいいんだ


両手を広げて彼女を受け止める



「行こう…」
その手をつないで、二人は一緒に歩き出した

NEXT
One More Story
Topにもどる


Copyright © 2008 彼方から 幸せ通信 All rights reserved.
by 彼方から 幸せ通信