One More Story 番外編 Teatime  


「平和だな」

「ええ、平和ですね」

事務室で、船長が事務室長とお茶を飲んでいた


「乗船して来た客の顔ぶれを見たときは、覚悟したんだがな」

「ブリッジにバリケード築いてましたよね」
そう言う事務員をじろっと睨んで、船長は一口お茶を飲む


「ところで」
船長が言う

「その警備員だが…女を連れて見まわってるそうじゃないか
 そういうことにはうるさいあんたがよく許可したな…」

「一応は注意したんですがね」


『だめだとは、聞いとらん』
あっさりとイザークに言い返された


「奴が歩くだけでうるさかった女どもが、今は落ち着きましたから…
 かえってよかったんじゃないんですか」
つまんなそうに事務員が言う



「しかし、けが人がひとりも出てないとはな…」

「いえ、実はひとり出たんですよ」

「例の足をすべらせたじいさんだろう
 わしが言っとるのは、 暴力沙汰でという意味だ」

「それが、それに近いんですよ」

「ほう…聞いてないな」

客同士のいざこざでけが人がでた場合は
船長に報告されることになっている
いつもは毎日山のようにあった報告が、今回は全くない

「それが…言うべきかどうか、悩んだですがね…」

事務室長がため息をついた

「あの警備員…大概は冷静でもめごとなんかも
 脅かしたり睨んだりするだけで治めてしまいます
 かかってこられても、簡単に押さえつけますし…」

「彼のいないところで、喧嘩でも始まったのか」

「それがですね
 彼は不思議ともめごとが始まるとすぐ駆けつけるんです
 勘がいいんでしょうね」

「ではいったい何があったんだ」

「どっかのバカが、奴の女に手を出したんですよ」
くっくと笑いながら事務員が言った




酒場で暴れた酔っぱらいを、イザークが睨みつけて反省させている間
ノリコは彼の後ろに立ってそれを見ていた

「普通の娘っ子なんだがな…」
「あれほどの男を夢中にさせるってどういうことだ」

そんなノリコを見て、男たちがこそこそ噂してる

「あっちがいいのかもよ」
「そういう風には見えないな…」

「ちょっと試してみるか」
「えっ」




「哀れなことにそいつ、あの警備員がどんだけ強いか
 知らなかったようでしてね
 女にきゃあきゃあ言われていい気になってる色男…
 くらいの認識しかなかったんですよ」




「よぉ姉ちゃん、たまにはおれとも遊んでくれよ」

「きゃっ」
いきなり後ろから抱きつかれたノリコが叫んだ




「見ていた者から聞きましたが、あっという間だったそうで
 気がついたらその男が床に転がっていたと…」

「医者が、動けるようになるまで2・3週間って言ってましたぜ」

「なんだ、殴りつけたのか…
 実害は出てないんだから、押さえつけるくらいでよかったろうに」


事務室長と事務員は黙って頭を振った


「だいたい酔っぱらいがふざけたくらいで…
 どこが冷静なんだ…」

「大概は…って言いましたよ、ちゃんと」

「彼女がからむと、途端にムキになるんです」
可笑しそうに事務員が言った

「じゃあまずいじゃないか、彼女連れで見回りなんか
 やめるように言い渡したまえ…
 それから保安室に鍵がかかっているとも聞いたが
 それはやはり困るよ
 いくらなんでも、やりたい放題させすぎとる」

「船の平和が一番だと思ったんですがねぇ」

「じゃあ船長…自分で彼に言ったらどうです?」
ほら、と事務員がドアを指差す

イザークがノリコを連れて事務室へ入って来た

「午後の見回りが終わった
 特別なことは何もなかった」


それだけ報告すると出て行こうとしたイザークを
船長が呼び止める

「これこれ、ちょっと待ちたまえ」

なんだ、という顔でイザークがふりむいた


 いい男だとは聞いとったが、これほどまでとはな
 だがこんな細身で本当にそんなに強いのか…

「わしはこの船の船長だが…」

こほんと咳払いをして言う

「こんにちは」
女の子の方がぺこりと挨拶をしてにこりと笑った

「う…」

その笑顔の無邪気さに
これから言おうとしていた言葉を呑み込んでしまった


男の方は無愛想に黙って見てる

「あ…君のおかげで船内の治安が保たれていると聞いて
 ひとこと礼を言おうと思ってな…」

「おれは、仕事をしてるだけだ」

「だ…だが大変じゃないかな、その娘さんには
 毎日何度も見回りにくっついて歩くのは」

「あたしは大丈夫ですから…
 気にしないで下さい」

「いや、しかし…もめごとにでも巻き込まれたら
 危険でないかと思うのだが」

「ほうっておいてもらおう」

一応心配しているように言ったのだが
あっさりとはねつけたイザークに船長はむっとして

「実際酒場で彼女がからまれて
 あんた、その男ぶん殴ったそうじゃないか
 一緒に連れ歩きさえしなければ、起こらなかったはずだ」

じろっとイザークが船長を睨んだ
船長は少しひるんだが、続ける

「警備員自らが暴力沙汰を起こすとは、感心出来んな」


「それから保安室に鍵をかけるのもやめてもらおう
 あそこは事務室と同じく公的な場所だ
 いつ誰が飛び込んでもいいようにしておいてもらわねば…」


「いつ誰が飛び込んでも…か」
くっとイザークが笑った
ノリコは赤くなってうつむく


「な…なにが、おかしい
 そもそも保安室で君たちは…
 その…そういうことは…けしからんぞ」

船長が言葉を濁しながら言った


「服は着たまま、ベッドは別だ」
しれっとイザークが言い、事務員がぷっと吹き出した

「ならば鍵などかけなくともいいではないか」

「最初の晩に女が飛び込んで来た…」

「なにかもめごとでも起こったのか?」

「おれのベッドに」

「…」



本当のところは、鍵をかけるの忘れて寝てしまったのだった
夜中に女がこっそり部屋に入ってきて、イザークのベッドに潜りこんだ
そこで服を着ていないノリコと鉢合わせしたわけだが…



「そこの人に…」
と言って事務室長を指差した

「そういうことはするなと、釘を刺されている」

船長が事務室長をみると、うんうんと首を縦に振った

だから…

「鍵をかけさせてもらうことにした」


「わかった…鍵の件は認めよう
 だが見回りに彼女を連れて行くのはいかんぞ」


「あ…あのう」
ノリコが遠慮がちに言った

「なんだ」

「イザークはあたしを連れて行ってなんかいません」

「えっ」

「あたしが勝手にくっついて歩いているだけです」

ノリコは真剣だ

「だが手を繋いで歩いとると聞いたぞ」

「あたしが掴んでるだけです
 イザークは優しいから、振りほどけないんです」

嬉しそうに話すノリコに
船長は困ってしまった
どうやら、ノリコの笑顔に弱いようだ

「いけないでしょうか…」

「いけなくなどないが…」


「お客さんがどこを歩こうが自由ですからね」
さっきっから可笑しくてたまらない事務員が、ノリコに助勢した

船長はそんな彼を睨みながら言う
「し、しかし君のことになると彼は逆上するらしいからな…
 一緒にいない方が…」


「何を言ってる?」
イザークが心外そうに言った

「おれは逆上などせん」

「だが、現に普通は軽くあしらうところを、殴りつけたんだろう」

「あれは…」
こほんと咳払いをした

「手がすべったんだ」


「なにをごまかしとるんだ
 手がすべったくらいで2・3週間も動けなくなるわけないだろうが」

かっとなって船長が怒鳴った

「運が悪かったんだろ」

「まじめに話したまえ!」

イザークはそれに答えず机に置いてある金属製の文鎮に手をすべらせた
すると錨の形をしたそれが、真ん中からぐにゃりと曲がった

「…」

「どうやらこいつも運が悪かったらしい」

くすっと笑って船長を見た

「まだ、なにか?」

「い…いや、もう…結構だ」



「では失礼する」


部屋を出ようとするイザークにノリコが怒って言う

「イザークったら!」

「ん?」

「人の物を壊しといて黙って出て行くの?」

「て…手がすべったんだ」

「だめっ、ちゃんと謝りなさい!」



「すまん」

少し赤くなった顔で、振り向いてそう言うと
イザークはノリコを連れて出て行った



残された三人はぽかんと顔を見合わせた


「ど…どうやらこの船で最強なのはあの娘らしいな…」

「実際、今一番恐れられてますよ」

「?」

「男の方に殴り掛かっても
 せいぜい床に押さえつけられるくらいですが
 女の子にちょっと触れば、数週間の怪我ですからね…」


「ま、船長…心配しなくても大丈夫ですよ」

そう言って事務室長はお茶をすすった











イザークは多少事実を粉飾してますが、ノリコはいたって本音です
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