One More Story 22






西大陸へ渡った一行は
エンナマルナを目指して徒歩で移動していた

穏やかな日差しが優しい、そんな一日だった

次の目的の街まで続く道は草原の中を
なだらかな曲線を描いている


アレフとグローシアが、それとなく照れながら
寄り添って 歩いている

うふっ、アレフさん
やっと打ち明けたんだ、グローシアに…
ニアナさんは、そんな二人を楽しそうに見ているし
大丈夫だよ…きっとジェイダさんも喜んでくれる


何度も練習してやっとチモで飛べるようになった
ただでさえ上機嫌なノリコは嬉しくて

ぺらぺらと小鳥が囀ようなおしゃべりをしたかと思うと
フンフンと鼻歌を歌ったり
何かを考え込んでは吹き出したりして
隣を歩くイザークを呆れさせていた


「何がそんなに可笑しい?」

「あのね…イザーク
 あたしの世界で見ていた学園ドラマ思い出してたの…」

「がくえんどらま…?」

「お芝居よ…10代の男女が学校に行って恋をするの…」

「?」

「あたしの国ではね、最初は名前でなくて苗字を呼ぶのよ」

それでね…
可笑しそうにノリコが笑った

「あたし…イザークに呼ばれたことないでしょ」
 

イザークに「立木」なんて呼ばれたらって
考えたら可笑しくて…


随分妙なことを考えるものだ…
よくわからんが…

「タチキ…」
と呼んでみた

「はいっ、キア・タージ先輩」

そう答えてから、ノリコは
うぷぷ…と笑った



そんなノリコを横目で見ながら
イザークが少し不本意そうに言う

「おまえはまだタチキと呼ばれたいのか…」

 えっ?

「キア・タージではいやなのか…」

 えーっ

「おれはとっくにそう思っていたのだが…」

 えーーーーっ

「ノリコ…もうノリコ・キア・タージと名乗れ」

 えーーーーーーーーーーっ



「ん?」

隣を歩いていたはずのノリコの姿が見えずに
イザークは振り向いた



「どうしたんだい、ノリコ」

前を歩いていたノリコが急に立ち止まり
赤くなって固まっているので、アレフが訊ねた

「大丈夫?」
グローシアもひらひらと手をノリコの顔の前にふって確かめる

「おい、イザーク…ノリコに何か言ったのか?」

「い…いや」







「夫婦でしょ」
グローシアがあっさりと言った

「イザークは、もう恋人でなくて
 ノリコと夫婦のつもりなのよ」

「つもりって…」

「不満なの…ノリコ?」



この宿には空き部屋が2つしかなく
女性陣と男性陣に別れることになった

イザークとあれからほとんど話をしないまま
ノリコは部屋に入った

ノリコが何だか変なので、グローシアが問いただすと
真っ赤になったノリコがしどろもどろに言った

「イザークが、キア・タージと名乗れって言うの…」
 そ…それって、どういうことかな…




「不満とか、そうじゃなくって…」

「じゃあ、なによ…」

「あたしたち…まだ…結婚しようとか
 そういうこと話したことないし…」

 不思議そうにグローシアがノリコの顔を見る

「そ…それに式も挙げてないのに
 いきなり苗字を変えたりとかって…」

「…」

そこで、はっとしてノリコが聞く
「こっちでは、お役所に届けたりしないの?」
 





おれの名を名乗れ、と言った途端
ノリコの様子がおかしくなった
口もきかず、目をそらしていたな

嫌…なのか?

イザークはイザークで考え込んでる


「さっきから変だよ、君たち…どうかしたの?」
アレフが訊ねた

「どうもノリコは、おれの妻になるのが嫌なようだ…」
イザークがつぶやくように言った






「おかしなことばかり言って
 ノリコはイザークと夫婦になりたくないの?」

「そういう意味じゃないってば…」

「じゃあ、どういう意味よ」

「や…やっぱり、結婚しようって二人で決めて
 婚約…あ、結婚の約束するでしょ
 べ…別に指輪なんかいらないけど…」

片手で頬を押さえて、ポッとノリコが赤くなった

「お式を…夫婦の誓いをみんなの前でして
 お役所にも届けて…」

うん、と納得したようにうなずく

「そうしてはじめて、ノリコ・キア・タージって名乗れるんだよ」





「それは絶対なにかの間違いだと思うよ
 君の勘違いじゃないのか」

「いや…だが」

まったく…
その辺の悪いやつらなんか簡単にやっつけてしまうし
いつもは恐ろしく冷静で判断力に富んだ奴なんだが
ノリコのことになると、どうしていつもこうなるんだ


ひどく思い悩んでいるイザークの姿が
アレフにはたまらなくおかしかった





「なに面倒くさいこと言ってんのよ」
グローシアは怒ったように言うと

「イザークの傍にずっといるって言ったじゃない」

「あれは…」

「誓いなんてお互いがするものでしょ
 なんで他人の前でする必要があるのよ」

「…」

「大切なのは…」
びしっとノリコの胸を指差す

「気持ちでしょ」

「う…」

ノリコは何も言えない

「もちろんお披露目は盛大にするわよ、一生に一度の事ですもの
 でもお役所なんか関係ないの
 ここではね、あなた達がそう決めたらもう夫婦なの」

そして少し赤くなり
「あたしだって…」

ふっと横を向く

「アレフがお父さんに話すまではと言ってるけど…
 今すぐにでもグローシア・エラザードって名乗る気はあるわよ」

「グローシア…」

黙って聞いてたニアナが微笑んだ


急に気がついたように、グローシアはあっと口に手をあてる

「ご、ごめんなさい…えらそうにいいすぎたかしら
 ノリコの世界では、習慣が違うってだけなのに…」

「ううん、そんなことないよ…」

ノリコはニコッと笑った





「アレフ、ちょっと…」
グローシアに呼ばれたアレフが部屋を出ていって
しばらくすると、また戻って来た


そしてイザークの肩をポンと叩くと
「君さ…船の警備で、結構給金貰ってたよね」

「?」





少し街を歩こう、と誘われた
まだ気まずさを覚えて
ノリコはイザークの後について歩いている
イザークは構わず先を歩いていく


 さっき悪いことしちゃったなぁ…
 せっかくイザークがああ言ってくれたのに
 なんにも答えないで
 無視しちゃったみたいで


「ごめんね、イザーク」

つぶやくように言うノリコに、イザークが振り向いて

「なぜあやまる」

と聞いた

「だって…」

ノリコが言いかけた時


「ここか…」

イザークがそこにあったお店に入って行った




貴金属や宝石のような石でできた飾り物を売るお店だった

「いらっしゃい」

店主が出てくる

「指輪を見せてもらいたい」

「そちらの娘さん用かい?」

「ああ」
イザークが答えると
指輪が並べられたケースをいくつか持って来た

「イ…イザーク、あの…」
焦ってノリコが言うのを遮るように

「黙って、好きなのを選べ」

グローシアにあんな事言っちゃたからだ

困ってしまったが
どうしたらいいのかわからず
仕方がないので並べられた指輪を見た

どうやら、ケースごとに価格の段階があるらしい

一番安そうなケースを見て
「えーと」と探し出す

イザークはそんなノリコを見て、くすっと笑うと

「ここのはいくら位だ…」
一番高そうなケースを指差した

「それは、4桁いっちゃいますよ…」

「高いな…900ゾル」

うっ、と亭主は考え込んだが

「ま、あんたたちまだ若いし…
 彼女にいいもんを買ってやろうとする
 にいちゃんの心意気が気にいった… 」

手を打って、他のケースを仕舞い始めた

「で…でも」

「早く選べ」



船を降りる時、船長が来て
平和な航海のお礼として、給金にかなりの報酬を上乗せし
高給で雇うから常勤にならないかと、誘われた

話は断ったが、お金は有り難く受け取ったのだ




結局ノリコは自分では選べなくて
助けを求めるようにイザークを見た

イザークが
「これを…」
と差し出した指輪を見て

「あんた、結構な目利きだね…」
店主がため息をついた

そのケースの中でも、一番いいものだったらしい

大きさを 調節してもらい
そのままノリコの指にはめた




「恋人同士かい?」

 あ…また思われてるんだ
 なんでイザークがあたしなんかと…って

ノリコは顔を伏せた


「幸せもンだね、にいちゃんも」

えっと驚いて顔を上げる

「いいムスメさんだ」

健気に安物を選ぼうとし
イザークが高いのを選べと言うと
おたおたと困っていたノリコに
すっかり好感を持ったらしい


「ああ」
イザークが笑って答えた


「だいじにしてやりな!」

店主に背中をばんと叩かれたイザークは
当たり前だと言いながら、ノリコと店を出て行った





「あ…あの、イザーク」
ノリコが立ち止まった

「なんだ」

「ありがとう…こんな高いのに…」
左手の薬指を右手で握りしめて言った

「あたしが、グローシアに変なこと言っちゃったから…
 だから…無理してくれたの?」

それには答えず、イザークはノリコの目を見る

「ノリコ…」

そして静かに言った

「おれの妻になるか」




「あ…」

ノリコの目にじわっと涙がにじんできた


「うん…あたし」

それでも明るく言った

「今から…ノリコ・キア・タージって名乗るよ…」


イザークはそんなノリコをぐいっと抱き寄せると言う

「エンナマルナに着いたら、披露目をしよう…」

「イザーク…」

「みんなの前で誓ってやる…」

「や…やだ、あれはね…ただあたしの世界の習慣ってだけで…」

「役所に届けるわけにはいかんが…」

くっとイザークが笑った


ふっとノリコは思い至る
たとえこの世が日本とおなじシステムでも
化物から預けられて、両親に忌み嫌われ
家を出てずっと旅を続けて来たイザークと
異世界からとばされたあたしが
どこの役所に届け出るというんだろう


「ごめんなさい、イザーク…
 あたしったら、我がままばかり言って」

イザークの胸でつぶやいた

「本当におまえはすぐあやまるんだな…」

「イザーク」

「ノリコ…」

「おまえが教えてくれなければ
 おれはおまえの世界の事は何も知らん」

「で…でも、そんなの関係ないし…」

「関係なくなどない」

 前の世界と同じようにはできんが
 出来る限りかなえてやりたい…
 たった一人で異世界へ飛ばされたおまえが
 何を思って、何を願っているか
 その全てを知りたいんだ

「頼むから…おれに遠慮するな」

 これからはおれに直接言ってくれ…



「うん」

イザークの優しさに目眩がしそうで
ノリコは彼に身体を…すべてを預けた

イザークはそのすべてを受け止める






今度は仲良く並んで歩き出した



「だが…」
イザークが少し情けない顔でため息をついた

「どうしたの?」

「今夜、おまえを抱けないのは辛いな」
せっかく夫婦になったというのに…

「えっ」
ノリコは真っ赤になって

「や…やだ、イザークってば」
プイと顔をそむけた




ベッドでは、狂おしくおれを求めて
驚くほど激しく乱れるノリコが
相変わらず恥ずかしげなそぶりをする

そんなノリコの姿がひどく愛おしかった





「あ…」

民家の窓辺に置かれた椅子の上に
産んだばかりの子猫を抱いている母猫がいた

「可愛い」
ノリコが無邪気に笑って、近づいていった





イザークは思い返す


前の街で、女だけでちょっと買い物したいと言われ
男たちは酒場に入って、時間をつぶしていた
カウンターに寄りかかって、酒を飲みながらアレフが聞いた

「君たちってさぁ、そういう関係になってどのくらいなの?」

イザークは横目でアレフをじろりと睨んだ

「ずっと二人きりの旅だったんだろ
 ノリコはあんなに無防備だし…
 最初っから押し倒したのかい?」

「アレフ」
胸ぐらをつかむと言った

「いい加減にしろよ」

「おっと冗談だ…本気にするなよ」

ドロスが心配そうな顔をするし
他の客からも注目されて
仕方なく、手を離した



「ジェイダ左大公たちと旅をするようになって
 しばらくしてからだ…」

それでも変に誤解されるよりは、と正直に答えた

「もう数ヶ月経ってるよね」

「ああ」

「君の事だから、毎晩彼女を離さないんだろ」

「何が言いたい?」



アレフはうーんとうなって

「おれ結構女性を見る目はあると思ってんだけど
 君たちの事知らなくて、ノリコを見たらさ…
 絶対そうだとは思わなかったね」

「そうだって、なんだ…」

「男を知っているってことだよ」

「…」

「無垢っていうか…清らかっていうか…
 不思議なんだよね、彼女」


「色気がないとか、そういう意味じゃないから…」
アレフは、あははと笑って言った






『心から愛する人に抱かれたら
 女の子はもっときれいに、もっと清らかになるの』

なるほど、そういうことか



おれを心から愛してくれているのか…ノリコ






子猫をながめてるノリコを後ろから抱きしめる

「猫が好きなのか…」

突然耳元でイザークの声がして
どきんと大きく心臓が鳴った

「猫に限らないけど、赤ちゃんは可愛いから特に…」



「おまえも欲しいのか…」

「えっ」

どきんどきんと鼓動がどんどん大きくなる

「今までは気をつけてきたが
 おまえが欲しいと言うなら…」


「イ…イザークってば…」

今日は、自分の名を名乗れって言われたり
赤ちゃんが欲しいかなんて聞かれたり

なんて一日なの…



でも…



「欲しい…」

小さくつぶやいた


「天上鬼の子どもだぞ…」

あたしを抱く腕にぎゅっと力がこもった

「関係ない…」

あたしはイザークの腕をそっとはずすと振り返って
彼に抱きついて言う

「関係ないよ…イザーク
 あたしはイザークの子どもが欲しい!」

「ノリコ…」




「ちょっと、あんたたち…さっきから何やってんだい?
 人の家の前でさ…」

そのうちの主婦らしき人が出て来た

イザークから身体を離したノリコが焦って言う

「すいません、子猫があんまりに可愛らしくて…」


「子猫が可愛いと、抱き合って口づけるのかい?」

まったく、若いもんたちときたら…




二人は早々にその場を離れた

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