One More Story 23




『 来い…ノリコ』

イザークの声がした…




「いつもそれ着て寝るの?」
グローシアが可笑しそうに言った

もう寝ようと着替えた時だった

「イザークの服よね…」


ここしばらく寝る時に、何か身につけた事はなかったんだけど…

「うん、はじめて会った頃…寝る時に使えって、彼が服をくれて…
 それからは、いつも…」

「まあ、いいわね」
ニアナが楽しそうに言った

「そうね、それはそれで意味があるわね」
納得したように、グローシアもうなずいた


ガーヤおばさんのところへ置いてかれた時も
イザークの服を着て眠って、彼を思い出していたんだ

今夜は一緒にいられないから
イザークにお願いして貸してもらった

笑われたけど…

でもこうして彼を感じられる…そう思って横になった

それでも、久しぶりに一人で寝るベッドはなんだか空虚で
なかなか寝つけず、あたしは傍に彼の身体を求めていた


そんな時に、彼の声が聞こえた




そぉっと起き上がって
部屋から出る

真っ暗な廊下は何も見えず
そこにいてくれるはずと思った
イザークの気配はどこにもなかった


『イザーク、どこ?』

呼んでも返事はない…

不安に思いながら、手探りで廊下を歩き出した



突然、 肩を捕まれ強く引き寄せられた

「きゃ…」
思わず叫びそうになった口を、唇で塞がれた



彼の手があたしの身体を探り始めた

ほどかれた帯がはらりと床に落ちる

服の中に手が入ってきて肌を弄る

あたしは我慢出来ずに
彼に強く抱きついた

息が苦しくて唇を離すと
彼の唇が首筋をそぉっと下りていった
ぞくりと感じて、身体の芯がくすぶるように熱くなっていく

それ以上触れられて
あたしの意識はとんでしまった




「ノリコ、何だって?」

ノリコがやってきて、イザークから服を貰うと
嬉しそうにおやすみと言って出ていった

「おれの服を着て寝たいんだと…」
口の端を持ち上げて、イザークが笑う

はいはいと、あてられ気味にアレフが言う
「運がわるかったな…
 せっかく夫婦になったという日にさ」

「別に、構わん…」

イザークはそう言うと、ごろんとベッドに横になって壁の方を向いた

(構うにきまっているだろうが…)



アレフやドロスが寝入ったのを確かめると
ノリコの気を探る

やはりまだ寝ていない


彼女を呼んで、廊下に出た
気配を消して、彼女がくるのを待った



ノリコが部屋から出てきた

廊下の灯りは全部消しておいた
夜目のきかない彼女は不安そうにおれの気配を探っている

おれの服を着ているノリコを見るのは久しぶりだった
大きすぎるそれをまとうと
きゃしゃな彼女の身体が一層たよりなく見える


おれだけが知っている彼女の身体が…


『イザーク、どこ?』

呼びかける声に答えず、しばらく彼女を歩かせてから
肩をつかんで引き寄せた

叫びそうになった口を唇で塞いだ


もう何度もこの身体を抱いているのに
なぜこうもおれは昂るんだ
まるで初めての時のように…


口づけたまま、彼女の身体を探る

服が邪魔でいらだたしく帯をほどき
その中に手を入れて、暖かく柔らかい肌を堪能する

ノリコが抱きついて、身体を強く押しつけてきた
おれが欲しいんだな…

唇を離して、苦しそうにあえぐ
おれはそのまま首筋に唇を這わせた

彼女の身体が震え出した

そのまま触れ続けると、びくんと大きく反応して
意識をなくしてしまった

崩れ落ちて行くノリコの身体を
両腕で抱きかかえた






「ここは…」
我にかえったノリコが聞く

「物置だ」
イザークはいたずらっぽく笑う



昼間、たまたまこの場所を見た時
ふとあの時のことを思い出した



ノリコを抱えたまま壁にもたれて座り
彼女の意識を呼び戻した

ノリコはあたりを見回してから
イザークの顔を覗き込んだ

「でも、ここ…」

「ああ…」


カルコの町で、二人で身を隠したあの場所とひどく似ている


あの時…

「今思えば、おまえをすでに好きになっていたんだ」

イザークはそう言って、ノリコを抱きしめた







そっとドアが開いた
グローシアもニアナもすやすや寝息をたてている

ノリコをベッドに横たえ、シーツをかけると
イザークは静かに 出て行った





部屋に入るとイザークはため息をついた

「起きているのか…」


くすっとアレフが笑う
「毎晩彼女を離さないって、おれの推測は当たっていたようだね」


「くだらんこと言ってないで、さっさと寝ろ 」

「なんだか目が覚めちゃってね…」

ふあー、とあくびをする

「次からはさ…部屋がない時は、二人で野宿でもしろよ」

「ノリコに野宿などさせるつもりはない」

「外で抱き合っていたら同じだろ…」

「外でなど…」

しっとアレフが、指を口にあてた
「声を落とせよ…ドロスが目を覚ますぞ」

「あ…」

赤くなったイザークに、笑いながらアレフが言う

「もう寝ようね…」






「大丈夫、ノリコ…」

目を覚ますと心配そうに
ニアナさんとグローシアが覗き込んでいた


夢を見ながら、ぽろぽろ泣いていたらしい
枕がじっとりと濡れていた

「悲しい夢をみたの?」


身体を起こしてノリコは言った

「夢はみたわ…」

そしてにっこりと笑った

「すごく幸せな夢を…」





朝食に降りて行った

階段のところで待っていたイザークが
ノリコを見ると心配そうに言った

「目が赤い…泣いていたのか?」

「うん、でも…すごく幸せな夢を見て…」

「夢?」


「ほら、カルコの町でね…盗賊に襲われた時
 隠れたでしょ、イザークと一緒に…」

「あ…あ」



「昨夜ね…イザークが傍にいないせいか
 なかなか寝付かれなかったんだ
 でもいつのまにかうとうとしちゃってたみたいで…」

そして…

「イザークに呼ばれて出ていってね…そして廊下で…」

かぁっと赤くなる

「あの…すごく感じちゃって…変だよね、夢なのに…」

「ノリコ…」

「それで気がついたら、カルコの町のあの物置にいて
 今のあたしたちが、なぜかそこで抱き合ってたの」

なんかおかしいよね…と恥ずかしそうに言う

「イザークってば、あの時…
 もうあたしの事が好きだったなんて言うのよ」

「…」

「出会って、たった三日だっていうのに…
 あり得ないよね…そんな事」

えへっと笑う

「でも、そう言われたときは嬉しかったなぁ…」

「ノリコ、それは…」

「辛い思い出だったはずなのに、なんだかすごく幸せで…
 目が覚めたら、ぽろぽろ泣いてたの…」

それから不思議そうに…

「でもなんで今頃カルコの夢をみたのかなぁ?」
 
イザークが何か言いかけたが



「おはよう、ノリコ…お疲れさん」

アレフたちがやってきた

「アレフさんたら、起きたばっかりなのに」

イザークに睨みつけられたが
もう慣れたもので、アレフは笑いながら

「なかなか寝かしてくれない輩もいるしね…」

「もう、すぐからかうんだから…
 昨夜はグローシアたちと一緒にちゃんと寝たよね」

アレフと一緒にきたグローシアに言う

「そうよ、アレフったら変な事言って…」

グローシアは呆れたように言った



ノリコが赤くならない…

どいうことだと、アレフはイザークを見るが
彼は情けない顔をして頭を横に振った

「一晩中、夢を見ていたらしい…」


ぶっと、吹き出したアレフを
ノリコとグローシアがキョトンとみつめた

「なに笑ってんのよ、アレフ…
 すごく幸せな夢だったんですって
 ノリコったらぽろぽろ泣いてたのよ」

「いや…すまん…すまんが…」

苦しそうにお腹を押さえてアレフが言う


「変なアレフ…」

ノリコとグローシアがおしゃべりをしながら食堂に向かった
呆然と突っ立ているイザークと、笑いが止まらないアレフを残して…




「頼むよ…イザーク」
涙を拭きながら、アレフがぽんと肩に手を置いた

「なんだ…」
またなにかやらされるのか…?

「おれさ…ジェイダ様から釘刺されてんだよ」

「な…なにを?」

「だから…もうこれ以上…」

と言ったところで、また思い出したのか
くっくっと笑い出し、言葉が続かなかった

「?」







朝食が終わって、部屋に戻ろうとすると

「ノリコ…ちょっと来い」

イザークに言われ、ノリコは彼の後について行った



「どうしたのかしら?」
グローシアが、不思議そうな顔をする

まだ笑いのおさまらないアレフが言う
「まあ、一晩離れているといろいろあるんでしょう」

「アレフ…なんか変な事考えてる?」

なんだか軽蔑しているような視線がかえって
アレフが慌てて言った

「変な事なんか考えてませんよ」

「じゃあ、なあに考えてるの?」






イザークはノリコを例の物置に連れて行き
両肩に手を置いて押し出すように中を見せた

「あれっ…?」
ノリコは中を見るとはっとして赤くなった

「自分がどれほど乱れたのか、覚えていないのか…」
ノリコの耳元でささやき、そのままうなじにキスをする

びくんとノリコが反応した

「思い出したようだな…」
イザークが笑った

記憶はかすんでいても、身体が覚えている
そう確かに昨夜あたしはここで…


「!」

はっと気がついた

「じゃ…じゃあ、イザーク
 あ…あの時もうあたしが好きだったっていうのは…」

「ああ」


夢のままにしておいても良かったんだが…


「たった三日と言ったな…」

その三日のあいだに
どれだけおれを戸惑わせたか…
おまえはわかっているのか


「おまえの行動の全てが、おれには理解不能だった…」

イザークはその時のことを思い浮かべてくすっと笑った


「いきなり抱きつかれた時は、焦ったぞ…」

「だ…だって、ほんとに恐かったんだもの…」

 やたら人懐っこくて
 泣き出したと思えば、こてんと寝てしまう
 いくらわからんと言っても、ぺらぺらしゃべり続ける
 行動は著しく慎重さに欠けて…

ひとつひとつ挙げられて
ノリコは恥ずかしくなってうつむいてしまった

「しかも…」

まだあるんだ…

「おれにいつも最高の笑顔を向ける…」



「天上鬼の運命に支配されていたおれの心は
 ただおまえを拒絶することしかできなかった」

だがおれが己自身に始めて目を向けた時
おれのなかに、それとは違う感情があったのに気づいた

「一人の人間として…男として
 おれはおまえに最初から心を動かされていたんだ」



「最初から…?」

「ああ」

「それって…一目惚れ…」

「かもな」


イ…イザークがあたしに一目惚れ
まさか…やだ、沈まれ心臓


どきどきしながら、ノリコはふと気づいた

でもそうだとしたら…



「どうした…?」

ノリコが黙ってしまったのでイザークが聞いた


「イザークは辛かったんだね…」


冷たく突き放した態度
おばさんのところへあたしを置いて行ったあの日
あたしを拒絶することしかできなかったイザーク

あたしを好きだったというのなら
どんな思いでそうしていたのだろう

苦しかっただろうな…

それなのに、悲しい思い出にとらわれているあたしに
イザークは言ってくれた
 
 あの時は悪かった…



「ノリコ…」

イザークはあたしに微笑んだ

「おれが謝りたかったんだ… 」

「ガーヤのところに、おれはおれの意志でおまえを置いて行った
 おまえが、何よりも一番辛いと思うのはそのせいだろう」


 元凶との戦いで引き裂かれたときも辛かったけれど
 傍にいて欲しい…と言った彼の言葉が
 あたしに勇気を与えてくれた


ああ…イザークはわかってくれている
それだけでいい…


「もう、心配しないで…イザーク」

ノリコはイザークを見て、ニコッと笑った

「あたし決めたから、もう辛くないよ」
 船の中でイザークを追いかけた時に…


「なにを決めたんだ?」


「ここにいろって言われても…だめだって言われても…」

 もう離れない…

「絶対ついて行くって」



「ああ…」

そう言うノリコをイザークは笑って抱きしめた


「ついてこいノリコ…」






「邪魔して悪いんだが…」

アレフの声が聞こえて、二人は身体を離した

「そろそろ、出発の時間なんでね」


「すぐ用意をする」



戻りかけたアレフが、物置に目をとめた

「なるほど、 ここでか…」
と顎に手をあててつぶやいた

ぽんっとノリコが赤くなる

「じゃあ、待ってるよ…」
くっくっと笑って去って行った

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