One More Story 3








夕暮れの街

イザークは一人で歩いていた

ノリコが待つ宿へ向かうつもりが
何故か近くの酒場にはいる


コインをひとつ置いて酒を注文する


「まいったな…」


『天上鬼』と『目覚め』であることはばれた
でもそのおかげで、ノリコと
お互いの気持ちを通わせる事が出来た


今のおれはジェイダ一行の警護を受け持っている
報酬は、この世に平和が戻って来たらということだが
それはそれで構わんと思ってる

何よりもノリコが
仲間と一緒の方が楽しいだろう


仲間…
そんなものとは無縁で生きてきたのだが

くっ…と自嘲的に笑う


今日、他の皆はグゼナの消えた大臣の動向を探ったり
旅の必需品を買い出しに行ったりしているようだが
おれは街の商人が護衛を必要としていると聞いて
その仕事を受けた

ノリコを宿に残して…


あいつを 一人になどしたくない

この世界が血眼で探している「目覚め」
それはあいつなんだ
追っ手から襲われたとき
このおれが護ってやりたい
出来れば一時でも目を離したくない

過保護と笑われてもかまわん
あいつを護れるのはおれだけなんだ

けれど…
近頃ノリコと二人でいることがひどくつらくなってくる
今日も、逃げるようにあいつのもとから去ってきた
もうこれ以上一緒にいると、おれは…



「あら、随分強いお酒のんでいるのね、お兄さん」

むせかえるような脂粉と香水の匂いと一緒に
酒場の女が寄って来た


「いいおとこだねぇ、あんただったら、ただでもいいわよ…」
女の腕がおれの身体にからむ

いっそ…この女を抱いてしまえば
おれが今抱えてる鬱屈は無くなるのだろうか


ノリコが欲しい
ノリコを抱きたい

望む事は我がままなのか…


ノリコから逃げるのをやめたあの日
初めて想いを打ち明け
それまで一人で負ってきた運命の重荷を
ノリコが受け入れてくれたあの時から

おれの中で、押さえきれない欲情がわきあがって
止められない

だがあいつはあまりにも無垢すぎて・・・

あの夜、傍らに寝たいと言ったおれを
なんの疑いも持たずに招き入れた
そしておれの胸に抱かれ
安心して寝てしまった

彼女は何もわかってないのだろう・・・

おれが何を望んでいるのか
こんなおれの思いを知ったら
いったい、どう受け止めるのだろうか

無理矢理抱いたとしても
それでおれは何を得るのだろう

軽蔑されるのか
恨まれるかもしれない

それはごめんこうむる

あいつを傷つけたくない
何よりもノリコを大切にしたい想いと
彼女の全てを愛したいと願う心が
相反して、おれはどうしていいのかわからない…



目を閉じて、ノリコを想った…


宿の部屋の窓際に椅子を持っていって
窓の外を眺めている姿が見えた


『イザーク、まだかな…』
窓の桟に肘をつき、外の通りにおれの姿を探している


はっと突然目が覚めたようにあたりを見回す
何をしているんだ、おれはここで?
ノリコをほったらかして
彼女を護ると誓っておいて…



「ねえ、2階にいかない?」
女が誘いかけてきたが

何も答えず荷物を背負うと、その場を後にした




宿のその窓が見える所まで駈けていった


「イザーク…」

おれの姿に気づいたノリコがぴらぴらと手をふった
最高の笑顔と一緒に




部屋に入ると
ノリコが抱きついて来た

「お帰りなさい、イザーク」


「寂しかったか、ノリコ」


「今日はね、ゼーナさんがずっと占っていて
 アニタやロッテニーナはお手伝い
 ジーナも勉強のために側にいて

 あたしは邪魔かなと思ったから…」


「じゃあ、ずっと一人でいたのか…」


「ううん、バーナダムがお昼に美味しいお食事屋さんに連れて行ってくれた」

この地方だけで捕れるめずらしいお魚を食べたの
前にね、お肉よりお魚の方が好きだって、言ったのを覚えてくれていたのね


屈託のない笑顔でうれしそうに話すが
イザークの胸の中に
暗い怒りがあふれてくる


あいつは…
まだノリコのことを諦めていない

こうしておれがいない時に
隙をねらってるのか…


「イザーク、たまたまお昼に暇だったから、誘ってくれただけだよ。
 一人で食べるより、ずっといいでしょ」


しまった、読まれてしまったか

横目でノリコを見ると
うふっ、と笑った顔が愛くるしい


「ノリコ…」
ベッドに座っていた彼女をギュッと抱きしめる

あまりにも無垢で
なにも疑う事をなくおれを慕ってくれる
ノリコを試してみたくなった

おれの邪な想いを、
おまえはどう受け取るのだろうか…

結果次第で、おれは彼女を失うかもしれん
だが、もうこれ以上は無理だ、ノリコ

おれは、もうこれ以上・・・



「ノリコ…、おまえが欲しい」

ノリコがぽんっと赤くなった


「だが、この先どうなるのだろうか、おれたちの運命は…
 戦わねばならん敵は、どこかに必ずいる
 その結果がどうなるか、おれにはわからん

 ずっと一緒にいることさえ叶わないかもしれん」


「もしかするとおまえは
 またもとの世界に戻っていってしまうかもしれんしな・・・

 その時は…
 やはりきれいな身体のままでおまえを戻してやりたい」

「こうしておまえがおれの傍にいてくれる
 それだけで、もう充分なはずなのだが…
 それ以上を 望んでしまう」

「笑え、ノリコ
 今のおれは自分の気持ちすら制御できん
 ただの情けない男なんだ…」

ノリコを抱く腕に、ぎゅっと力をこめた



「イザーク、ありがとう」

ノリコの言葉に イザークは驚く
何か感謝されるようなことを言ったか、おれは?



目を閉じてイザークの胸に体重を預け、ノリコは続ける
「イザークはずっと 悩みを一人で抱えていたでしょ
 信用されていないようで悲しかったんだ、あたし…」

「だからこうやって話してくれると、すごく嬉しい

 笑ったりなんかしないよ、
 誰だって、心の中でいろいろな思いを持って悩んでいるんだよ」



しばらく黙ってイザークの胸でじっとしていたノリコが
つぶやくように問う

「イザーク…きれいな身体って、なに?」

「そ、それは…男など知らん …」
すこし焦るイザーク


「イザークに抱かれたら、あたしは汚れてしまうの?」
まっすぐにイザークの目を見る

「言ったよね、あたしはイザークが好き
 誓ったよね、ずっとあなたの傍にいる

 イザークが言うように…
 考えたくなんかないけれど
 あたしたちが何らかの力で引き離されて
 二度と会えなくなっても」

 あたしにとってイザークは
 
「この命を賭けて、誓った人なんだよ
 この世で…ううん
 この世とあたしの世界と、
 他にいくつ世界があっても関係ない…」

 たった一人のひとなの…

「たとえ引き離されたとしても
 あたしの心はいつもイザークと一緒にいる
 もう、2度と離れない…」

「イザークに抱かれて
 何故あたしがきれいでなくなるの?
 穢れるの? 傷つくの?」

 そんなのはうそだよ…

「心から愛する人に抱かれたら
 女の子はもっときれいに、もっと清らかになるの」


ノリコの瞳にはなんの迷いもなかった


イザークの中で、何かがはじけた
もう躊躇も戸惑いもない


ノリコに唇を重ねる

それまでのそれとは違う
熱くて深い口づけだった

ノリコはすっかりそれに酔ってしまい
イザークがやっと唇を離した時
力なく崩れていく

その身体を受け止め、ベッドに横たえると
身につけているものを
剥ぎ取っていく


おれが『天上鬼』、ノリコが『目覚め』

それは必然だったんだ

こうして結ばれるために、おれたちは出会ったんだ

おれたちは出会うために、生を受けたのだ




彼女の身体中に愛撫を繰り返す…
彼女のすべてを知りたいんだ



彼の指が、唇が、舌が…
あたしの身体中を探る…


恥ずかしさのあまり
身体を固く閉じてしまう


「ノリコ…力をぬけ」彼が言った

でも…


「ノリコ」
耳元で彼の声が響いた

閉じていた目をあけると、彼の顔がすぐそこにあった

あたしを優しく見つめ、少しかすれた声で囁く
「愛している…」

ビクン…

その言葉が、心の中に染み入り
身体の緊張がとけていく…



その瞬間
彼が彼女のなかにその身を沈めた











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