One More Story 5








「起きろ、ノリコ…」


あたしを呼ぶイザークの声で目を覚ます

目を開けるとかなり日も高い


しまった、寝坊したんだ



ガバッと起き上がると
裸の胸があらわになり
自分が何も身に付けてないことに気づいた

ポンッと赤くなり、慌てシーツにくるまる


窓を開けたイザークが振り返り
そんなノリコを見て笑った


「朝食を持ってきた」

机には、朝食とお茶がのっていた


「イザークは、もう食べたの?」

「ああ」


一晩中、イザークに求められた…

いつ眠ったのか覚えていない




「ちゃんと寝たの、イザーク?」

答えずにあたしの頭をポンとたたく

「皆心配してたぞ
 おまえの調子次第では、今日の出発を延期しようかと…」

「あ、あたしは大丈夫だよ」


ん…、と笑って
「早く、食え」


「イ、イザーク…」

「なんだ」


「ちょっとだけ外に出ていてくれる?」

「き、着替えたいの…」


イザークは何か言いかけたが
頭をふると黙って出て行った


気を悪くしたかなあ

でも恥ずかしいもの
こんな明るい朝の光の中で…

わかってくれる…
うん、彼ならわかってくれる

自分に言い聞かせなが、
服を着ようとベッドから下りたが

昨日の二の舞で
足がたよりない

それでも頑張ってベッドを整えると
服を着た

昨夜みたいに不意打ちをかけられるかと緊張したけど
彼は戻って来なかった

ちょっとだけって言ったのに…
やっぱり怒っちゃったのかなあ

たよりない足をかばうように
壁を伝わりながら、机までたどり着いた
彼がここにいてくれたら
あっというまに運んでくれるのだろうな…


一人で食べる食事は味気なかった
昨日の夕食を思い出して
その落差に愕然とする

自分で追い出しておいて
なんて我がまま…

あたし、ちょっといい気になっている

夕食を食べさせてくれた時も
お風呂に入って来られた時も
恥ずかしくって
素直に嬉しいとは受け止められなかった

さっきも出て行ってなんて
えらそうに…

やだ、あたしったら
彼の優しさに甘えている

愛されてるって
たかをくっくってるの…?


イザークが好き…
イザークがいなくなったら
あたしは…
生きていけない

もっと、もっとその気持ちを
大事にしなくちゃ…


朝ご飯を食べながら、泣きたくなった




とんとんと、ノックの音がして
ガーヤおばさんの顔が覗いた

「調子はどうだい、ノリコ?」

おばさんの後ろにイザークの顔が見えた
何故だか少し 赤い

「心配かけてごめんなさい、大丈夫だよ」
笑顔で答える

「そうかい
 イザークが今日出発しても平気だと言うんだけれど
 あんたに無理させたくないからね」


思ったよりは元気そうなノリコの姿を見て安心したガーヤが
「じゃあ、あと一時後に…」
と言って去っていった


イザークは
部屋のドアを閉めると
あたしの隣に立って
耳元で囁いた


「心配するな、おれはずっとおまえの傍にいる」


聞かれたんだ、さっき思ってた事…

赤くなって、視線を下におとしたまま朝食の続きをとる
イザークが椅子をもうひとつ隣に持ってきて座った

黙ってあたしの持っていたスプーンをとると
スープをすくって、口まで運んでくれた
あたしは、逆らわずに口を開ける

優しい時間が過ぎていった…
幸せすぎて、また泣きたくなった…




約束の時刻、宿の前にみんな集まっていた


「ノリコ、大丈夫?」
誰もがあたしを見ると聞いた

昨日の夕食にも、今朝の朝食にも姿を見せなかったから
本当に心配してくれて…

でもなんか、やっぱり恥ずかしい
顔がまた熱くなって
やだ、あたしまた赤くなってる
皆にわかっちゃうよ…
顔をうつむけてしまう

冷静に…冷静にならなくちゃ
ノリコ、頑張るのよ

ガバッと顔を上げると
ぐっと両手に力を入れて気持ちを引き締める

そんなノリコを
イザークは面白そうに眺めていた



「具合が悪いのなら、今日は馬車の方に乗りな」
と、ゼーナさんが言ってくれた

実は、あたし
それを頼もうかと思ってたのでほっとした


イザークが、何か言いかけたが

『お願い、イザーク…今日は…今日だけは…馬は無理…』
必死で語りかけた

彼は察したらしく、赤くなる



イザークは
まだ足元がおぼつかないあたしを抱えて
馬車に乗せると
馬に乗って、
あたし達の馬車の後へついた





冷やしちゃだめだよ、とゼーナさんが
膝掛けをくれた


「ノリコ…これからイザークには言えないような
 困った事があったら
 遠慮しないであたし達に言っておくれ…」

馬車に揺られながらゼーナさんが言った


「?」

ノリコにはよくわけがわからない


「そうですわ、ノリコ。女同士ですもの… 
 具合が悪いのでしたら、無理しないであたし達に言ってくれれば…」

「お買い物とか、必要なものがあれば、代わりに行けますし…
 それにね、結構いろいろ常備してるのよ」

男達には聞こえないように、アニタ達がそっと言う

「でも、以前イザークと二人だけで旅していた時はどうしていたんだい?
 いつもそんなに辛いのかい? 」

そこで、やっとノリコに皆の誤解が把握出来た


みんな、きっとあたしにアレが来たと思ってるんだ…

それがいい事かどうか
よくわからないけれど

そのままにしておいた方が無難な気がして
黙っていた





馬車の後ろを見ると
イザークと目が合った


うん、これも悪くない


イザークの体温は感じられないけれど
旅の間中、ずっとイザークを見ていられる





そうだな
おまえの顔を見ることができる

イザークが微笑んだ









朝からずっと進み続けていたので
やっと、短い休憩 になった

火をおこし、お湯を沸かして、お茶が配られた



「飲め」

お茶の入ったカップをわたすイザークと
受け取るノリコの視線が絡み合う
その場の空気がふっと甘く艶やかに変わった

身体の調子を尋ねようと
ノリコに向かったガーヤは
急に回れ右して、皆のもとへ戻った



「あのね、イザーク…」
くすっと笑ってノリコが話す

「皆ったらね…」
こんな誤解をしていたんだよ
と他に聞こえないように声を落として
次から次へと、彼女のおしゃべりは続いていった

ノリコの隣に腰をおろし
黙って話を聞いているイザークは
とても愛おしそうに彼女をみつめる




「変わっちまったよな、イザークの奴…」
でれでれしやがって、見てられん…

「重かったんだろうよ、今まで一人で背負ってきたものが…」

「今はノリコが一緒だからな」

「ノリコは不思議な娘だよ、どんなに重たい運命でも
 彼女にかかればそれで良かったって言いかねない」

「あたしが知ってるイザークは
 いつだってどこか辛そうだったんだけどねえ…
 今はそれが消えている…ノリコのおかげだね」




「でもね…」
ガーヤがふとつぶやいた



でも…
皆がガーヤを見る

「あの時…二人で逃げると言った時…」



邪魔しない方が良かったかねえ…


ヒャッヒャッと、ガーヤは高らかに笑った











NEXT
Topにもどる


Copyright © 2008 彼方から 幸せ通信 All rights reserved.
by 彼方から 幸せ通信