ノリコの日記in New York 3

目が覚めたノリコが知らない人間のようにおれを見て
不思議そうに首を傾げたら…






「自分の名前も知らないって言うのよ…」
「英語が出来ない…ってだけじゃないのか…?」

不安そうな顔で座っているノリコから少し離れた所で
ホリーとカークはひそひそと立ち話をしていた

「そんなことないわ…流暢とは言えないけどちゃんと受け答えできる…
 本当に何も覚えていないみたい…」


どうせ下らないことで騒いでいるんだろう…と思ったが
ホリーの頼みを断りきれずにカークはやって来た
そこにいたのは、昨日誤って石を当ててしまった女の子だった
そのせいで彼女の婚約者から胸ぐらをつかまれ
動けなくなるという不名誉な目にあったのだ


「彼女と一緒にバッグを開けてみたの…」

ホリーがてきぱきと自分が何をしたかを説明していた


…ったく、聞き込みする相手がいつもこんだけ要領良ければ
苦労しないんだけどよ

…などと、全く見当違いの感想をカークは密かに抱いている


「彼女の写真が貼ってある日本のパスポートがあったんだけどね…」

ノリコ・タチキ…
そこにある名前を呼んでも…彼女はきょとん…としただけだった


婚約者だと言った男は確か…会議の警備をするらしい…
奴のことを知っていたチャールズに連絡を取ってみたら
近くにいるからすぐに知らせると言っていた


「…婚約者ねぇ…どんな人」
「すっげぇ無愛想な奴さ…いい男だけどな…

後の方は小声になったが
ホリーは気にせず、頬に人差し指を当てて考えるポーズを取っている

「…どうした?」
「ややこしいことにならなきゃいいけど…」

額にハテナマークをくっつけたカークが首を傾げた

「だってねぇ…カーク…」

眉を寄せたホリーが顔を上げた

「恋人が自分のこと忘れちゃったら…
 絶対パニックになって取り乱すと思うわ
 それで一騒動あるかもしれないわね」

うーんと唸りながら、 カークはぽりぽりと頬を掻いた

あの男がパニックになって取り乱している様子が想像つかない…

「めちゃくちゃ冷静そうな奴だったけどな…」
「人間って…見た目だけじゃ、わからないものよ…カーク」

自分の説にうんうんと頷きながら
あたしって天才…と感心しているホリーに
あっそ…とカークは鼻白んだ





「待ちなさいよ…!」


玄関でカークから話を聞いたベートと華は言葉もなく…
信じられない…と茫然としていたところに
ホリーの叫び声が聞こえ、全員が居間へと駆け出した


ノリコの手をつかんで連れ出そうとしているイザークの腕に
ホリーがしがみついていた




「あなたは誰…?」

ノリコがそう言った時…イザークの表情は静かに凍りついた



あれ…?

ホリーは小首を傾げる



しばらくイザークは立ち止まったまま黙ってノリコを見つめていた


突然部屋に入ってきて自分の名前…らしい…それを呼んだ男の人に
じっーと見られてノリコは居心地が悪く落ち着かない

顔を赤くして、少し視線を下に向ける




「行くぞ…ノリコ」
「え…」

唐突につかつかと歩み寄ってイザークはノリコの腕を掴んだ
ノリコは困ったようにホリーに助けを求める視線を送る

「ちょっと待って…彼女何もかも忘れちゃってるんだから…
 話をするのが先でしょう…」
「必要ない…」
「なんですって…」

ノリコの手を引いて出て行こうとするイザークの腕に
ホリーはひしっ…としがみついた

「待ちなさいよ…!」




部屋に飛び込んで来たカークにホリーが叫んだ

「この人ったら…なーんにも説明しようともしないで…
 無理矢理…連れて行こうとしてるのよ!」


ベートとカークがイザークの前に立ちはだかる

「落ち着け…イザーク…」
「あんた…自分が何をしているかわかってんのか…」


イザークは二人の方に背筋が凍りそうなほど冷ややかな視線を向けた

「おれは落ち着いているし、おれが何をしているかもわかっている」

ひどく冷静な声でそう言うと再びノリコの手を引く


「痛い…」

小さなつぶやきが聞こえて…イザークは自分が必要以上に強く
ノリコの手をつかんでいることに気づいた

立ち止まったイザークは自分が手を引いているノリコを見下ろした
泣き出しそうなのを必死でこらえている


手の痛みだけではないのだろう…


イザークはつかんでいたノリコの手を放した…

ホリーもイザークの腕から手を離し…
部屋は重い沈黙と気まずい雰囲気に包まれる





「イザーク…」

沈黙を破って華がイザークとノリコの前に進み出た

「良かったら…あたしがノリコに話をするけど…」

イザークはちらっと華を見てから…顔をそらし黙って部屋を出ていった
ノリコを女の子たちに任せてカークとベートもその後に続いた



「何よっ…あの人…ノリコに対する態度…無茶苦茶じゃないの…」

ホリーはイザークが出て行ったドアを目一杯睨みつけた

「ひとっことも話そうとしないでさ…
 いっきなり…行くぞ…ですって!
 ノリコの意志なんかまるでお構い無しで…
 ひどく横柄な人なのねっ…」

あれじゃあノリコが可哀想…と憤っているホリーを見ながら
華はひどく苦々しい微笑みをその顔に浮かべる


「違う…」
「え…?」

傍目には彼の言動が時にそう映ることを…
そしてそれが他人から誤解を招くことを華は身をもって知っていた


「そんなことないわ…
 イザークは…典子のことをとても大切にしているもの」

華がきっぱりと断言するが、ホリーは納得がいかない

「…だったらなんでノリコが困るような真似をするの…?」
「さあ…彼が何をしようとしたかなんて、あたしにはわからないから…」
「わからないのに断言したりして随分といい加減だと思うわ」

ホリーの口調が少し皮肉っぽくなり華がかちんと来た

「イザークはあなたが思っているようなイヤな人じゃない…
 そう信じる心があたしにはあるの…」
「ふーん…あたし思うんだけど…
 先入観に捉われると物事を正しく見られなくなるのよね…」
「なんですって…!」


「あの…」

おずおずとノリコが口を挟んだ…

あたしを助けてくれた女の子も…
あたしの友達らしい…この女の子も…
二人ともすっごく気が強そう…
放っておいといたらどんどんエスカレートしそうだった


自分を指差してノリコが訊ねた

「あたし…いったい何者なんですか?」




「くっ…」

ドンっと廊下の壁をイザークが拳で叩いた


大丈夫だ…
冷静になれ…

ともすると震え出しそうな身体を懸命に抑える



「イザーク…」

背後からベートが声をかけた

「ノリコを…どうする気だ…?」

イザークはなんの感情も見出せない…
いつもの無表情な顔で振り返った

「ホテルに連れて帰る」
「けれど…」
「ノリコのことは心配ない…おれがなんとかする」


この男が事態を把握していないわけがなかった…

淡々と話すイザークがどんな気持ちでいるのか…
そう考えると胸が痛んで…
さすがのべートも黙ってしまった


「あんたなぁ…」

腕を組み、壁にもたれて話を聞いていたカークがこらえきれずに口を挟んだ

「…今の彼女に取って…あんた見ず知らずの他人なんだぜ…」
 
イザークからじろっと睨まれたが…怯まずに続ける

「知らない男とホテルの部屋で二人っきりになって…彼女どう思うかな」



「そうね…ただでさえ記憶をなくして不安なところに…」

ホリーが廊下に立っていた


「ハナが今、ノリコに話をしてるわ…」


冷たさすらも感じる無表情なイザークを見て
ホリーはさっきハナから聞いた話がどうしても腑に落ちない


「これは…一時的なことかもしれないし…
 しばらく様子を見た方がいいと思うの…」

やっぱりこの人からノリコを守ってあげなくちゃ…
そんな思いがこみ上げてくる


「あたしのせいで転んじゃったでしょ…責任感じるのよ…
 だから、ノリコはあたしが預かるわ…空いている部屋もあるけど…
 あたしの部屋に簡易ベッドを運んで寝てもらった方がよさそうね」

もう決めたんだから…

そんな有無を言わせぬ態度でホリーはイザークを挑戦的な瞳で睨んだ


「そうだな…」

くすっと笑いながらカートも賛成した

「意識が戻って初めて見たのがホリーだったせいか…懐いちまってるしな」


ヒヨコかよ…

ベートは思わずつっこみそうになるのを堪えて…イザークに言った

「せっかくああ言ってもらってるんだから…
 取り敢えずそうして様子を見たら…」



「わかった…」

しばらく黙って考えていたイザークが意外とあっさり同意したので
一同はほっとして胸を撫で下ろした

気負っているのか…未だ睨みつけているホリーを
イザークが顔を上げて見返した

「空いてる部屋があると言ったな…」
「…」




荷物を取りに行く…と言ってイザークはまたホテルに戻った



「ホリー…聞いてんのか?」

なんだか考え込んでいるホリーの耳元にカークの声がした

「きゃぁっ…びっくりさせないでよ…カーク…」
「あほっ…さっきから何度も呼んでんだぞ…」
「なによ…」

ぷん…とホリーが顔を背けた

「おれ…また仕事に戻るけど…」
「あ…」

そういや我がまま言って、わざわざ彼に来て貰ったんだっけ…

少し反省したホリーは、ぴとっ…とカークの腕に両手を廻してくっついた

「さっきはありがと…助かったわ」
「別にいいけどよ…今、なんか考えてただろ…」
「う…うん」

…もうっ、すぐわかっちゃうんだから…

「あのさ…あの人って…」
「あの人…あのイザークって奴…?」
「うん…彼…」

あっそうか…とカークはぱちんと指を鳴らした

「あいつがパニックになって取り乱さなかったんで当てが外れたんだろ…」
「ばーか…違うったら」
「じゃあなんだよ…」
「…ノリコが記憶を失ってるって…わかった時の彼がね…」

ホリーはその時のことを思い出しているのか…目を閉じ額に片手を当てた

「なんて言っていいのかわからないんだけど…」
「なんだよ…もったいぶらずにはっきり言えよ…」

イラッとしたカークが先を促した

「…彼…なんだか覚悟していたような気がしたの…」
「は…?どーいう意味だ?」
「…だから、まるでノリコがこうなるのを知っていたみたいだったのよ!」
「…」





ベートは、ノリコにこれまでのことを話している華の側に残り
カークはまた任務に戻った

イザークは仕事が終わったチャールズと一緒に戻ってきた

そのうちカークもまた仕事から帰ってきて…
少し遅目の夕飯を皆一緒に取った


以前ここにカークと一緒にいたマイクとビリーは
それぞれ恋人が出来、家を出て別な場所に住んでいる
「里帰り」と称してしょっちゅう訊ねて来てはカークに煩がられるが…


ホリーとベート、華が当たり障りのない話題をおしゃべりして
クロエが楽しそうに相づちを打ち
時々カークとチャールズが混ぜっ返すという具合で
一見和やかな夕飯の風景だったが…
誰もが無理をしていてどこかぎこちなかった

ノリコとイザークはひと言もしゃべらなかった



食後…少し二人で話しをさせようとノリコとイザークだけ居間に行かせて
他の者はダイニングルームに残っている



緊張感から解放されて…椅子の背もたれに身体を預け…足を投げ出して
だらしなく座りなおしたカークが天井を見上げ大きく息を吐いた

「大丈夫かしら…」

居間の方を気にしているホリーに、ほっとけ…と言って睨まれる



「心配しなくていいと思うわ…」

コーヒーを飲みながら華がベートの方をちらっと見た

「ああ…彼なら大丈夫ですよ…」

にこにしながらベートは頷いた


「でも…さっきは連れ出そうとしていたじゃない…」

未だ納得できず…しかめ面をしたホリーに
ベートが笑いを引っ込めた顔を向けた

「今となって…思うんですけど…」


ノリコのイザークに対する無条件の信頼…
記憶を失ったら…あれも消えてしまうのだろうか…


「あの時…むしろ…
 イザークのやりたいようにさせた方が良かったかな…と」


「ホテルに連れて帰らせたほうが良かったってか…?」

あほか…と呆れて、カークがまじまじと二人を見る

「…そしたら…あいつ…無理矢理…」

華がキッ…と鋭い視線を送ったのでカークは言葉を途切らせた



「…しかし…あの男に婚約者とはな…」

顎に手を当てながらじみじみと呟くチャールズを
カークが横目でじと…っと見る

「なんだよ…チャールズ…昨日からいやに思わせぶりだな…」
「あ…いや…彼…イザークは…なんて言うか…女性と…」

はっきり言ってはいけないような気がしてチャールズは語尾を濁した

「女性と…いや女性に限らず他人と関わりを持つようには思えなかった…
 そう言いたいのでは…?」

ベートが後を引き取るとチャールズは仕方なそうに頷いた

「おれだって…結構長いこと彼と組んで仕事してますけど…
 最初は信じられませんでしたから…」

「そりゃそーだろーよ」

面白く無さそうにカークはそう言うと
ぷふぁーと大きな口をあけて欠伸をする

「あんな感情の欠片も無いような奴…
 女だろーが男だろーがついてけないよな」


冷酷な殺人鬼
破壊の化物

チャールズは以前彼の仕事を目の当たりにした時
その凄さにひどく興味をそそられて彼のことを調べたのだった

手に入れた情報は想像を絶するものだったが
なるほど…あの男なら…と納得したのも事実だった

その男が今、この家にいる
記憶をなくした婚約者とともに…


ノリコが可愛そーだな…などと嘯くカークの声が
妙に非現実的に響いた

あの男の現実とはなんなんだ…



「ノリコはあたしに任せて」

ホリー声が聞こえてチャールズは我に返った

「イザークって人のことはよく知らないけど…
 今のノリコに取ったら記憶にない婚約者と一緒にいるって
 すっごく精神的な負担になると思うのよ…
 だって自分の知らない過去の関係なんか
 持ち出されても困るだけでしょ…
 あたしとしてはノリコに落ち着いた環境で
 ゆっくり記憶を取り戻してほしーのよね
 だからね…あたし彼女がなるべく平静でいられるように
 気をつけてあげようと思ってるの」

立て板に水のごとくしゃべるホリーを
ベートは少したじろいで苦笑を浮かべた

「はは…君はノリコよりずっと年下なのに…
まるでノリコを守ると言っているみたいだな…」

「あったりまえじゃない…」

ホリーはどーんと胸を張った


「…」
「…」
「…」

クロエが顔を赤らめ…
チャールズはため息をついて
カークは上目遣いで視線をあらぬほうに向けた


有力者に狙われたクロエを必死で守ろうとした時
ホリーは未だ八歳だったのだ…





ノリコはそぉっ…と向かい合って座っているイザークを上目遣いで見た

今日の午後、華がいろいろ教えてくれたことを思い浮かべる



「えーっ!」

思わずノリコは大声を上げてしまったのだった


自分が立木典子という名前で…
最近、短大を卒業して…
ニューヨークに旅行に来た…

そして…
ちょっとした事故があって…記憶をなくしてしまった…

そこまでは何とか理解できたが…



「婚約者ぁ…?」

あんぐりと大きな口を開けているノリコの左手を華が指差した

「薬指を見てごらんなさいよ」
「で…でも…でも…」

薬指の指輪を見ながらノリコただ首を振った


「信じられないの…?」
「だって…」
「だって…なによ?」

赤くなったノリコは絡ませている両手の指先に視線を落とす

「…あんなにカッコいい人なのに…?」


恥ずかしそうなノリコのつぶやきを聞いた華は
脱力したように肩を落としたのだった




イザークは先ほどから膝の上で組んだ手を見つめて黙って座っている



彼から渡された荷物の中に…日記があった

この旅行のために新しいノートを用意したんだろうな…
最初のページは、出発前夜…眠れないあたしが
一晩中彼とおしゃべりしていた…と書かれていた

…ベッドに寝転がって携帯で話している自分の姿が思い浮かべられない…

飛行機の中では彼に抱かれてずっと眠っていたらしい…
ホテルの部屋はシングルで…

それが意味することを考えて…ノリコはポッと赤くなる


どのページも…行間の隙間から…
あたしはこの人が大好き…っていう想いが溢れていた



「…あ…あの」

ノリコは思い切ってイザークに話しかけてみる

「なんだ…」

イザークがやっと顔を上げてノリコを見た


短いその言葉が…
ホテルから戻って来て初めて聞いた彼の声だった

…それ以前だって…
周りであたしのことで、ああだこうだといろんな人が話している中…
彼はほんの数言しか…話してなかったっけ…

無口なのかしら…
それに…ひどく無表情…
だけど…それが…なぜだかあまり気にならない


行くぞ…ノリコ…

手を引かれた時はびっくりして困ったけど
痛い…と言ったのは…強く手を握られた所為だけではなかった

意識を取り戻してから何もかもが漠然として…
夢を見ているんじゃないかと思う程おぼつかなくて…
足の下に地面が無い感じ…

けれど彼に強く握られた手の確かな痛みが
これが現実なんだと教えてくれたんだ
それで思わず声を出してしまった




「ごめんなさい…あの…あたし…」
「…」

握った手を胸に当ててノリコは視線を落とした

「何も覚えてなくて…あなたのこと…」
「いや…気にしなくていい」



あなた…か

イザークはひどく忌々しい思いでその言葉を心の中で繰り返した


『イザーク…』

おれの名を呼び微笑むノリコの姿が記憶の中に蘇る

『イザーク…』

お互いの身体が溶け合うように愛し合いながら
何度もおれの名をノリコが呼んだのはゆうべのことだと言うのに…



「さっきですけど…決してすごく手が痛かったわけじゃないんです
 ただ…」
「わかっている…」
「え…」

驚いたように顔を上げたノリコをイザークはじっと見つめる


記憶をなくしたノリコにもう俺の声は届かない…
それはいったい何を意味するのだろう…


「現実だと…認識したのだろ…」
「な…なんで…」

わかるの…と不思議そうにノリコは小首を傾げた…

「以前…同じ表情をしていたのを見たことがある…」
「…そうなんですか」

自分が一体どんな状況でそんな顔をしたのか…
ノリコは全く思いつかなかった

自分に向けられているイザークの瞳は感情など全く見られず…
何も語ってくれない

けれど…

この人は…あたしの知らないあたしの過去を知っているんだ
華ちゃんは本人から聞いた方がいいと
彼のことはあまり詳しくは話してくれなかった


迷惑かけてるな…

いろんな人に…
特にこの人には…

もし…あたしが誰かと愛し合っていて
その人があたしのこと…忘れてしまったら…

想像するだけで、ノリコは遣る瀬ない想いがこみ上げて来たが…

でも…
落ち込んでいたって…何も解決なんかしない…

それに…
彼は…あたしが痛いと言った時…
すぐに手を放してくれたわ…



「あのっ…」

ノリコは何かを決心したかのように表情をきりっと引き締めた

「教えて下さい…」
「ん…?」

先ほどまでとは全く違ったノリコの口調に
イザークは少しだけ表情を動かした

「忘れてしまったことを…
 ぐじぐじ悩んでもしかたがないと考えましてね…
 あなたと…あたしのこと…
 この際腹を据えて聞かせて頂こうと…」  


必死な顔でそう言うノリコを見ているイザークの口の端が上がった


あ…笑った…

ノリコは意識が戻ってから…初めて彼の笑顔を見た

笑わない人かと思っていたのに…
笑った顔がすごく素敵に見えた

なんだかドキドキする
あたし…なんか変…


「イザークだ…」
「…?」

名前なら華ちゃんから聞いて知っていたけれど…
でもなんだかそう呼ぶのが恥ずかしくて…


「おれの名はイザーク…『あなた』じゃない…」







ここの「あなた」は少し他人行儀な二人称で
異世界語の「あなた」とは全く意味が違います。


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by 彼方から 幸せ通信