再会…そして2



昨日までは、全く気がつかなかった…


街はいつのまにかクリスマスに向けて素敵に飾られていた
きっと…夜になればイルミネーションがきれいに輝くのだろう

イザークと一緒に…見られたら…
そう思うだけで、胸の中に何とも言えない甘い感覚がこみ上げてくる


いつもと同じ道を歩いているのに…
目に映る全ての色合いが全く違って見える


「あれ…?」

こんなところに、可愛らしいカフェがあったんだ
いろんな種類のハーブティーがあるみたい

イザークの向かい側に座ってお茶を飲みながら
ぺらぺらとおしゃべりしている自分の姿が見えるようで…


ノリコは、頭をぶんぶんと振った

何を見てもイザークのことしか考えられない…


昨日までもそうだったのだけど…
それは、ただ悲しみを誘うものでしかなかったのに…


彼が来てくれた…
彼に抱かれて…
また会おうと約束した

やだ…もう…
一日中…こんなにドキドキしていたら心臓が壊れそう…

ノリコは立ち止まって、胸に手を当てると
自分を落ち着かせようと深呼吸をする





「そういや…ここはどこ…?」

イザークが自然に日本語をしゃべっている状況に戸惑いながら
ノリコは訊ねた

マンションの部屋…?


「…チモで飛んだらここに来た…」

ノリコを羽交い締めにしていた奴を殴り飛ばし
そのままノリコを片腕に抱えて、残り全員をあっという間に片付けた

「その場にいない方がいいと思って…シンクロしたんだ…」

たどり着いたのがこの部屋だった
とりあえずノリコをベッドに寝かせて部屋の外を見に行った

廊下の向こう側には
リビングとダイニングキッチンが一緒になった部屋があり
机の上に置かれている書類を読んだ…


「…ここはおれの住まいのようだ…」

「…ようだ…って、どういうこと?…きゃっ…」

まだ事情が理解できておらずきょとんとしたノリコの肩を
イザークが手を伸ばしてぐいっと引き寄せた

「不思議な事だが…」

ノリコは半身イザークに覆い被さるような態勢になり
少し面白そうな表情のイザークの顔が目の前にきた

「どうやら…おれはこの世界の住人らしい…」

「!」



「明日から…十日間ほどヨーロッパで仕事がある」
「イ…イザーク…」

頭の中が大混乱状態のノリコは
ただ目を大きく見開いてイザークを見つめていた

そんなノリコを目の前で捉えながら…
イザークは震えるような幸せに浸っていた

ああ…おまえは再びおれの腕の中にいるんだな…

愛おしさが胸に込み上げてくる


「せっかくノリコと会えたのだから…
 こんな仕事は無視してもいいのだが…」


だが…

この世界に用意されたおれの記憶…
おれの運命…?


「試してみても…悪くはあるまい?」

「そ…れは…」

ああ…とイザークは微笑った

「ここで…おまえと生きていけと言われているような気がするんだ」

「で…でも」

ノリコは信じられない…と言うように首を振る
その瞳はイザークに縋るように儚く瞬いた

「…イザーク…」

そんな都合のいい事、あり得ない…
これはやっぱり夢で…
別れてしまったら…もう二度と会えないような…
そんな不安がこみ上げてくる…


「心配するな…ノリコ…」

イザークは身を起こすとノリコを組み敷くように体位を入れ替えた

「や…っ」
軽い痛みさえ伴うように…激しく胸元を吸われた



「今日は家へ帰った方がいい…」

明日の朝早く空港へ行かなければならないイザークは
ノリコに言い聞かせた

「戻ったら…すぐに会いに行く」


チモは異世界の移動で相当無理をした上に
先ほどのシンクロで疲れきっていた

当分は使いものになるまい…と、イザークはタクシーを呼んだ

当たり前のように携帯で話している彼の姿を
不思議そうにノリコは見つめていた



「だ…大丈夫だから…ひとりで帰れるってば…」
一緒にタクシーに乗り込もうとするイザークにノリコは慌てる

「帰りの料金がもったいないよ…」

「あいつと…」
イザークは運転手を指差す

「おまえを、ふたりっきりにさせるわけにはいかん…」

「…」



イザークったら…相変わらずなんだもの…

思い出してノリコはくすっと笑った


他に比べて一段と赤く胸に残っている彼の印…
これが消える前までには、帰ってくると約束してくれた

この世界で…
イザークとあたしの新しい旅が始まるんだ…
そう思うだけで…身体の芯から熱いものがこみ上げてくる


「やだ…」
きっと顔が真っ赤になってる…

熱くなった頬を両手で押さえたノリコの背中がポンっと叩かれた

「きゃあ…」
イザークのことで頭が一杯だったノリコは
不意をつかれ焦って叫んだ

「なにが…やだなのよ」
「おはよ…典子」

「お…おはよう」

雅美と博子…それにもう一人江利ちゃんとは
入学時のオリエンテーションで一緒のグループだった時からの
友達つきあいだった

つきあいと言っても、休憩や学食で一緒にいたり
たまに放課後お茶したり、ごはんを食べに行く程度だったけど

常に固い殻の中に自分自身を閉じ込め
何か諦めたような微笑みしか見せないノリコを
ほっとけないような気持ちにさせられるのよねぇ…などと言って
接してくれる気のいい友人達だった


だが…ただひとつ、困った事がある

「ねぇ…今日の夕方、空いてる…?」
「だめっ…!」
「?」

びしっと言い切ったノリコに、友人達は不思議そうな顔をした

そう…この友達は結構合コン好きなのだ
籠りがちなノリコをどうにかしようというお節介からか
ただ単に人数合わせの為か
断っても断っても声をかけてくる

いつもならば…
でも…と言いながら目をそらしてしまうくらいで
強引に押し切られて、いやいやついて行ってしまう事もあるノリコだった

「江利ちゃん、最近彼氏で来たでしょ…」
「どうしても人数足りないのよ…座っているだけでいいから」

座っていればいい…というものでもない
話しかけられれば返事をしなくちゃいけないし
飲めないと言っても、いいからとお酒をつがれてしまう
相づちをうつのもだんだんいやになってくるほど
おしゃべりの内容はどれも軽すぎて…

そして…どうしても思い出してしまうのは…

寡黙だったイザークの横顔…
彼の口から出てくる言葉のひとつひとつが心に響いた
時折は冗談なども言ってくれる優しい人…

…それで…泣きたくなっていつも会場を後にしてしまうんだった

でも…今は…


「あたし…もう合コンは行かないから…」

「典子…なにかあったの?」
「変だよ…いつもの典子じゃないみたい」

口調も視線も態度も…
昨日までのノリコと全く違う…

「なにか…って…」

ふと、イザークと過ごしたゆうべのひとときが頭の中に蘇って…

まずい…

…と思った時はすでに遅く…
かあっ…と赤くなった顔を友達の前にさらしてしまっていた

「典子…まさか…」
きらりと雅美の目が光った

「…そうなんだ」
ふーんと納得顔で博子がうなずく

「あ…講義が始まるよっ…!」
ノリコは友人達を振り切るように教室へ駆け込んで行った




「困ったところをね…」

結局お昼休みに問いつめられて
江利ちゃんも加わった三人を前にしらを切れずに…
だからと言って全くの真実など話せるはずもなく…
昨日困った時に助けられた人とつきあうようになった…(うそじゃない)
という話しをしたのだった

最初は、襲われた時…と言おうとしたのだけど…

『…◯◯繁華街の路地裏で、地元では有名な不良グループが
 意識を失って倒れているのが発見されました。
 全員全治・・ヶ月の怪我で、意識が戻った後もひどく怯えており
 化物…などとわけの分からない事を口走っている様子です…』

朝のニュースで言ってたっけ…
万が一ってこともあるからそれは言わないでおいた

…けど…イザーク、相当怒ったんだなぁ…


「信じられないわ…今まで何度告られても全く無視していたくせに…」
「男の人に興味がないのかと思っていたのよ」
「…一目惚れなの…?」

恥ずかしそうに目を伏せてもじもじとするノリコに
容赦なく質問がとんでくる

「学生?」
「ううん…社会人だって」
「なにしている人なの…?」
「警備の仕事…」
「警備員さんなんだ…」
「う…うん…」





欧州のとある古都…


「対象は今、食事を終えた…出口へ向かう」

老舗ホテルの中にある高級レストランの目立たない席に座って
コーヒを飲んでいたイザークが
襟の中に隠し込んでいたマイクにそうつぶやいた

「…表玄関近くに無人の車が違法駐車している…」

耳の中イヤホンから聞こえてきた内容を、ふん…と一呼吸だけ考えて

「車は従業員出入り口へまわせ…」



「失礼…」

イザークはかなりゴージャスに着飾った婦人の後ろに立つと耳元で囁いた
その婦人はイザークの声を聞いた途端、ぴくりと身体を震わせて立ち止まった

「表に不審な車が…裏へ…」

それだけ言うと彼女の背に手をあて方向転換させる

「じゃ…あ…皆様御機嫌よう」
婦人は一緒にいた面々に挨拶すると
イザークに誘われるままに出口へ向かった


どこかの王国の王妃らしい…
イザークは別に興味がないので詳しい事は知らない

私的な訪問にもかかわらず王妃ともあれば
国の警察なり機関が警護に当たるはずなのだが
直々の指名があったようだ

裏口の外には黒い高級車が停まっていた
イザークは後ろのドアを開けて王妃を押し込み
前へ回ろうとするが…

「待って…」
腕をがっちり掴まれた…

うさんくさそうに見下ろすイザークに王妃がねだるように言う

「…一人じゃ…恐いわ…一緒に座ってちょうだい…」
「…」



「お食事は如何でした…?」
運転席にいるイザークのパートナーのベートが如才なく問いかけてくる

「もちろん…あそこの食事がまずいわけないでしょう」
高慢な調子で返されてたが、気にもせずベートは明るく笑う


イザークはよほどの場合でない限り多勢と一緒に仕事はしない
必要最低限の人数…のほうがずっと動きやすい
今回は私的なショッピングが主な目的の滞在
特に警戒するようなこともなかったので
大抵一緒に組むベートと二人だけで仕事をしていた

ベート自身もかなりの凄腕らしいのだが
その人当たりのいい性格のため、イザークと組む時は
無口で無愛想なイザークを補うようにマネージャー的な役割を果たす

王妃に警護にたった二人とは、本職のSPが聞いたら卒倒しそうだが
最強のコンビであった



「ねぇ…」
隣に座ったイザークに身体を寄せて王妃が囁いた
イザークは前を向いたまま、微動だにしない


「・・大使夫人に聞いたのよ…」
以前ニューヨークで警護にあたった人物の名前を出す

「夜の警護にオプションがあるのですってね…」

ひゅっ…とベートが口笛を吹いた



記憶があった…
おれのものでないようで…おれの記憶だ


そして…向こうの世界でも…


…時折、使用人だけでなく
滞在している館の婦人がおれの寝所に訪れてくる夜があった
気が向けば相手をしていた…

館の主がその事実に気がつこうが
王からおれたちを手厚くもてなすよう命令されていては
どうすることもできない

視線で人が殺せるなら、おれはとうの昔に死んでいたかもしれない



なるほど…
向こうの世界のつけが回って来たのか…



「悪いが…そういうサービスはしていない」

剣もほろほろにイザークが断って、気まずい雰囲気の中
王妃の滞在しているホテルに着いた

待ち構えていた、帯同を許されなかった王妃のお付きの者が大騒ぎで迎えたが
機嫌の悪い王妃はまっすぐと部屋へ向かう
もちろん傍にはぴったりとイザークがついていた



「王妃の女官長っていう人に泣きつかれちゃったよ…」
「何をだ…」

車を停めて、形だけだがホテルの周辺を見回ってきたベートが
王妃の隣の部屋へ入ってきた


「今日のお出かけは誰ひとりついてくるな…っていうのがね…」

王とは三十以上も歳が離れている王妃は
モデルから王妃になったシンデレラストーリーの主役でもあったが
その奔放さは王宮の者にとっては迷惑そのものらしい…


「それに…この警備体制…」

王妃クラスの警護であれば、部屋の前の廊下に数名…
エレベーターや非常階段…ホテルの全ての出入り口
そして屋上に人員が配置される…のが通常だが

イザークは隣の部屋にいるだけでいいと言う
昼夜交替要員もいらない…と
今まで、それで問題はなかった…なかったが…
周辺の者にしてみれば…不安でしかあるまい…


「王妃の安全はおれが保証する…」

ベッドに寝転がったままのイザークはそう言うと目をつぶった



『ノリコ…』

日本はもう深夜か…
寝てしまったのだろうな…

『イザーク…』

起こしてしまったのか…

『違うの…イザークのこと考えていたら…なかなか眠れなくて…』
『夜更かしは身体に悪い…』
『うふ…あっちでは日が暮れたら寝ていたものね…』
『ああ…そうだな』

ノリコから散々聞かされていたが、こちらの世界の夜の明るさには閉口する
場所によっては昼間と区別がつかないほどだ…

『イザークは…お仕事大丈夫…?』
『危険な事などない…』
『そうだよね…イザークは強いものね…』

買いかぶりだ…おれの弱さを知ったら…
ノリコはどう思うのだろうか…

『早く…会いたいなぁ』
『おれもだ…ノリコ』


「なに、にやけてるの…?」

ベートの声で通信が途切れた
イザークから機嫌の悪い視線を浴びせられたがベートは慣れたもので

「なんか…今回、すこし変だよ… 」
「なんだ…」

うーんと、言ってベートはぽりぽりと額を指でかいた

「今までの君ってさ…なんて言うか…
 虚無感…っていうの…?
 やることは完璧にこなすけど…
 気持ちはどっか彼方…みたいなところがあったんだよね…」

イザークは黙ってベートを睨んでいる

「仕事は相変わらず完璧だけど…
 君の気持ちは今…どこかにきちんとあるようだね」

前から気づいてはいたが…
飄々としているくせに…かなり鋭いんだ…
鈍感な奴よりはずっとましだが…

「東京に行ったのだって…不思議だったんだよ
 どこにいようが関係ない…っていう主義かなって思ってたのに」

どうやらお気に入りの相棒が勝手に配置換えしたのが
気に入らないみたいだった

「日本は飯がうまいぞ…」

イザークはぼそりと言うと…

「なるほど…美味しいご飯を作ってくれる女がいるんだな」

ぎろりとイザークに睨まれたベートは
あはは…と笑うと言った

「君との仕事が一番楽だから…おれも東京に行こうかな…」





十日間の仕事だって言ってたなぁ…

あれから毎日…指折り数えて時を過ごした…
まだ六日目…あと四日か…


何気に流行の唄を鼻で歌いながら夕飯の後片付けをしているノリコの姿を
両親は何とも言えない思いで見つめていた

もう一週間…経つが…

あれ以来…ノリコは確実に変わった…
いや…変わったと言うよりは、もとに戻ったというべきか…

あの日…
「懐かしい人に会った」と言っていたその人が原因なのかと思った

けれど…あれ以来…大学やバイトが終わると普通に帰宅する
誰かと会っているような気配はない…

理由を知りたいが…なんと訊けばいいのか…
長い間ノリコとの間に築かれしまった
踏み込んでは行けないような溝がまだそこにある
これではいけないと…わかっているのだが…


『ノリコ…』

突然ノリコの動きが止まったので
両親はどうしたのかと不思議そうにノリコを見た

『明日…帰る…』
『明日…? 四日後だと思ってた』
『予定が変わった…今晩の飛行機に乗るから、明日の午後には空港に着く』
『…だったら夕方会えるね…』

しばらく間があった

『ノリコ…おまえの両親と会って話しがしたい…』

え…

それが意味する事をノリコは考えて
胸がきゅっとする

そう…なんだ
向こうの世界とは違う…
ここにはあたしには…家族がいて…

イザークは、きちんとそこのところを考えていてくれるんだ

その気持ちが有り難くて…涙が出てきそうになる


『いや…か?』
『い…いやじゃないよ…決して』

今…上手く伝えられない想い…
明日…会えた時、伝えたい…絶対に

ありがとう…と


それから…ノリコは大きく息を吐くと…

『…じゃあ、明日の夕方…うちでごはん食べる…?』
『ああ…楽しみにしてる…』

夕方にはここに来ると言って、イザークの通信は途切れた


「あ…あの…」
くるりと振り返ったノリコがそこにいる両親を見て
少し恥ずかしげに目を伏せる

「明日…なんだけど…」


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