再会…そして4



母親が怒った顔で睨んだが
父親は気にもとめず食卓の横にあるテレビをつけると
ニュースにチャンネルを会わせた



あれだけ娘を苦しめた男が今…娘の隣に座って
何もなかったような顔で食事をしている…

彼も苦しんだというのは本当なのか…
これほどいい男が他の女とつきあう事もせず三年間を過ごしたのだろうか
もっと早くノリコに会いにきてやれたのではないか…

あんな荒唐無稽な話を信じろと…


父親はまだイザークの事を認めたくなくて
頭の中で彼を否定しようと懸命な努力をしていた

それは単に娘をやりたくないという父親のエゴかもしれない…


ノリコの表情には今…
長いことそこに浮かんでいた憂いの欠片も見当たらない
初恋の男と再び出会えて…その彼が傍にいて…
身体中から幸せなオーラを放っている
それを喜んでやらなくてはいけないのだろうが…




イザークがまたあたしの隣にいる…

ノリコはつい横を向いてイザークを見てしまう
ノリコの視線に気づいたイザークと目が合って慌てて訊ねた

「そ…それで…お仕事はどうだったの…?」
「女の買い物につきあっただけだ…」
「お…お買い物?」
「あとは…レストランやナイトクラブとホテルの往復…」

コホンと父親が咳払いをした
「それは…もしかしてエスコートサービスというものでは…?」
「エスコート…? いや…ただの警護だ…」

警護と言うよりエスコートだな…

整った外見と、細っこい身体…
向かい側に座っているイザークをチラッと見る

この男だったら引く手数多だろう…

だが…
女の買い物につきあうのが職業の男か…
やはり結婚の申し込みに即答しなくて良かった…


急に満足げな顔になってごはんをかっ込む夫を
妻が不審気に横目で見た


ニュースが始まってテレビのほうへ顔を向けた

客が来ている時にテレビをつけるとは
言語道断なことだとわかってはいるが…

ガキのような態度だな…

わかってはいるのだが…




トップニュースはハイジャックだった

『ロンドン発成田行XX航空・・便が
 テログループにハイジャックされました』

アナウンサーがニュースを読み上げるのが聞こえて
ふっとノリコがテレビを観る

『犯行グループは、日本時間で・時・分・・上空で
 客室乗務員に銃をつきつけ人質にして機長に進路変更を要求し…』

「まあ…こわい」
母親も怒っていたわりには夢中になって見始める

一人だけ興味無さそうにごはんを食べているイザークに
ノリコがテレビを見ながら訊いた

「あれ…たしかイザークもロンドンから帰って来たんじゃなかったっけ?」
「ああ…」
「良かったね…この飛行機に乗ってなくて…」
「いや…おれが乗っていたのはその飛行機だ」
「え…」

『ただし犯行グループは全員すぐに乗客のひとりによって取り押さえられ…
 飛行機は予定通り成田空港に到着…』

(乗客のインタビュー)
『ええ…もう、あっという間でしたよ…犯人が銃を構える間もなくて…
 気がつくと全員床に転がってました』


「運が良かったのね…」
母親がイザークを見るとにっこりと笑う


『但しこの乗客には機長威嚇の疑いがあり…
 成田空港では警察の事情徴収を拒否…現在行方不明…』

突然、英語が聞こえてきて…イザークはひどく嫌そうにテレビ画面を見た

『あはは…大丈夫ですよ…明日にはちゃんと現れますから…』
(画面には「乗客の友人」のテロップとともに顔がぼやけた映像と字幕つき)


ちっ…と舌打ちするとイザークは立ち上がった

「失礼…」

ポケットから携帯電話を取り出すと窓際に向かう


電源を入れてからキーを押して耳に当てた

「ああ…おれだ…」

『イザぁークっっーーー!』
咆哮のような叫び声がノリコたちの所にまで響いてきた

「大声を出さなくても聞こえる…」

「警察へは明日出頭すると…ベートに伝えておいたはずだが…」

何かを察したノリコがはっ…と息を呑み、両親は訝しげな顔をした


「言っとくが …あいつはおれの友人ではないぞ…」

「いや…今は無理だ…」

「は…?おれが一体何をしたというのか…」

「… 脅してなどいない…頼んだだけだ…」

「…断る」

「うるさいぞ…」

「うるさい…」

「おれの邪魔をするな…!」

淡々と話していたイザークだったが、いきなり大声で怒鳴ると
ぎゅっと携帯を握りつぶし、粉々になったその残骸をゴミ箱に放り投げた

「…」

食卓に戻ってきたイザークは、平然な態度で再び食べ始める

「イザークったら、携帯…壊しちゃって…」
「心配ない…支給品だ」

フリーズ状態な両親には、二人の会話はひどく見当はずれに聞こえた
(以下括弧内:父の心のつぶやき)

「誰と話してたの?」
「おれの上司だ…」
(…あれが上司に対する態度か…)

「イザークがハイジャックやっつけたんだね」
(なにさらっと当たり前のように言っているんだ…ノリコ)

「ああ…進路を変更しろなどと、ふざけたことを言ったんだ」
(ハイジャックされれば当然だろう…)

「ニュースで言ってたけど…機長さんを威嚇したの…?」
(威嚇…?きみは動物か…)

「いや…最寄りの空港に緊急着陸するとばかなことを言い出したので
 予定通り目的地へ行くように頼んだだけだ」
(機長に逆らったんだな…
 やってることはハイジャック犯と変わらないじゃないか…)

「ふうん…どうせ命令形で頼んだんでしょう…」
(それは頼んだとは言わん…命令したんだ)

「…よく…わからん…」
(ごまかしたな…)


「警察の要請も拒否したんだね…」
「明日…出頭する…」
「どうして…? すぐ行けばよかったのに…」
(本当だ…そうしたらこんな騒ぎにはならなかっただろうに…)


「どうしてだと…?」

それまで前を向いて食べながら会話していたイザークは箸を置いて
ノリコの方へ向き直ると、視線をしっかりとノリコと合わせた

「夕方にはここに来ると…言っただろ…」
「え…?」
「そんな下らない理由のために、おれが約束を反古にするとでも…?」

真顔でイザークに見つめられたノリコはしどろもどろになって…
「で…でも…警察…のほうが…じゅ…重要だよ…」

「ノリコ…」
イザークは、なぜノリコがそんなことを言うのか
理解できないという顔をした

「おまえとの約束以上に重要な事などないぞ…」

ぽんっと赤くなって固まったノリコの様子を見て
イザークの表情が可笑しそうに崩れた

「!」

それを見たノリコの眉尻が上がる

「イザークったら…あたしをからかった…!」

今度は怒り出したノリコに
くっくっと笑いながらイザークは言う

「からかってない…本気だから…今、おれがここにいるんだろ…」

うっ…と悔しそうにノリコは言葉に詰まってしまった


両親は目の前で繰り広げられている光景を
フリーズしたまま…ただぽかんと見ていた…


先ほど居間で聞いた話では…
過酷な運命に引き裂かれた悲劇のカップル(by父親 職業:小説家 )と
言っても良いような…二人だったはずだが…

これでは…どこにでもいる、ただの…

父親は頭を振ると、浮かんだ単語を振り払った


コホンコホン…
おかげでフリーズ状態が解除された父親が咳払いをすると
二人は初めて気がついたようにこちらを見た

我々の存在を忘れていたんだな…


「あーイザーク君…なんだか約束の時間に遅れないという理由だけで
 ハイジャック犯を取り押さえて…
 機長にまっすぐ成田へ行けと頼んで
 警察の要請を断ったように聞こえるな…あはは…」

冗談のつもりだったのだけど…

「そうだが…」
あっさりと肯定されてしまった


「君はいらん…イザークでいい」

そう言えば、初めて彼の名を呼んだのだった

名とはこの世で一番短い呪…と言ったのはどこかの陰陽師だったな
彼の名を口にした事で、わたしは彼をそれまでとは違う存在として
受け入れた事になってしまうのだろうか
          
「それから…」

だが…この男…
ただの無愛想な優男だと思っていたのだが…
いったい…

「今晩ここに泊めてもらいたい…」
「は…?」
「イザーク…?」

間抜けな返事をした父親のことなどまったく眼中になく
愛らしく小首をかしげるノリコを
イザークはただ魅了されて…みつめている

「警察がおれの部屋の前で待ち構えているらしい…」
「大人しく警察へ行ったらどうなんだ…」
「明日、行くと言ってる…」

どうやら…強制されるのがいやなようだ…


「…だったら…」

母親が、今は社会人となって家を出ていった兄の部屋が空いているから
そこへ…と言った

冗談じゃない…ノリコの部屋の隣だぞ…
しかも二階はノリコしかいないというのに…

「いや…おれはノリコの部屋で構わ…」
一階の和室に布団を敷いてやれ」

「…」





エンジン音が響く機内で
ベートはガイドブックをペラペラとめくって見ていた

「ふうーん…キョートが一番面白そうだ…ねぇ、イザーク?」
「おれは、まだ行ったことがない…」
「じゃあ…一緒に行こうか…」

彼女もね…と片目をつぶって笑いかけてくる

冗談じゃない…
なぜこいつと旅行をしなければならん…しかもノリコを連れて…

「ベート…日本に来るのは構わないが別行動だとはっきり言ったはずだ…」
「でも…おれ日本語できないから…通訳してよ…」
「断る」

そんなイザークの態度に慣れたもので全く意に介さず
ベートは話題を変えた

「でも…珍しいね…その格好…」

肩がこると言って仕事以外ではめったに着ないスーツ姿のイザークに
チェックのシャツとジーンズといったラフなスタイルのベートが言った

「今日…ノリコの両親に会う」

ひゅっとベートが口笛を吹いた

「ノリコ…彼女の名前か…君ともあろう者が…マジなんだな…」

ふぅん…だからか…と、あごをさすりながらつぶやいた

「…まあ夜の警護のオプションはだめでも…」
ちらりと横目でイザークを見た

相変わらず…仏頂面だな

「少しくらい…王妃様に愛想よくしてもよかったんじゃない?」
「それはおれの仕事じゃない…」

はぁっとベートはため息をつく

「おかげで…十日間の予定が四日も早くキャンセルされて…」
「向こうの都合だろ…報酬は全額払われるはずだ…」

なにが問題なんだ…と怪訝な顔をしたイザークが横目で睨んだ

「そりゃぁさ…臨時休暇もらえて良かったけど…」

思ったより早くノリコに会えるのは確かに嬉しいが…
こいつが、日本に一緒に来るとはな…

「これから大事なお得意さんになってくれるかもしれなかったのに…
 あっちに戻って社長から厭味言われるの…おれなんだから…」

少しはおれに優しくしろと言うのを無視して
ぷいっとイザークは窓の外を見た…


その時…
きゃぁっ…という悲鳴と、ばたばたと足音が聞こえた
銃を持った男達が走ってきて、通路に間隔を置いて立った

「静かにしろっ…動いた奴は殺す…」
と言って銃をかざす

機内に緊張が走ってしんと静まり返る

犯行グループの一人が客室乗務員に銃を押し付けて
コックピットの方に消えて行った

「この飛行機はこれから進路を変更して〇〇国へ向かう…」

犯人がそう客席に向けて宣言した時…


「なんだと…」

それまで窓の外を見ていたイザークが振り返ると立ち上がった

「やめろ…イザーク!」
「こらっ、動くなと言ったのが聞こえなかったのか」
ベートと犯人の声が重なった

「今、なんと言った?」
「う…動くな…と…」
殺気を放ちながら問うイザークにぎょっと怯んで答える

「その前だ…」
「進路を〇〇国へ……おいっ座れっ…でないと」
はっと我にかえった犯人は脅かすように叫んだが

「ふざけるなっ」

撃つぞ…と向けられた銃を手で払いながらイザークが怒鳴った


客室にいたハイジャック犯全員を倒したイザークはコックピットへ向かい
機長に進路変更を命じていた最後の一人を片付ける

「おい…こいつらどうする?」
「荷物室にでも放り込んどけ…」
「縛ったほうがいいかな…」
「必要ない…当分動けんはずだ」

ベートとそんな会話を交わしている後ろで
機長が操縦士に指示する声が聞こえた

「最寄り空港へ緊急着陸する…」


「まっすぐ目的地へ行け…」
「え…」
「予定どおりに航路をとるんだ」

機長が振り向くと
先ほどハイジャック犯を殴り飛ばした男が腕を組んで立ち
凄みのある視線で見下ろしていた

「一分一秒も遅れるな…」
「…」

頭の上からそういう声がおりてきて
冷や汗をかきながら、機長は今日の不運を心の中で呪った





「み…ミカンがあったな…」
「あなたったら…」

くすっと母親が笑った…

もうすっかり寝る準備が整った時間だったが
ノリコとイザークは、イザークの和室で話し込んでいる

「三年ぶりにやっと会えた途端…また一週間会えなかったのだから…
 つもる話もあるんじゃないですか…」

母親はすっかり二人の味方についたらしい…

「…だが…しかし…」
「大丈夫ですよ…ふすまは開けてあるし…」

ほんの五分前も父親に言われて飲み物を運んだ

「ただ座って話しているだけですったら…」




「…んんっ…」

何度も熱いキスを繰り返しされて、身体中の力が抜け落ちて行く
イザークの胸に投げ出すようにぐったりとノリコはその身体を預けた
しっかりと支えてくれる腕がなかったら
そのままずるずると床に崩れ落ちてしまうに違いない


部屋に入った途端、イザークに抱き寄せられた
会えなかった時間の隙間を埋めるように身体を密着させ
お互いの肌の温度が同じになってしまうほど長い抱擁

しばらくするとあたしを抱えて彼は床に座った

そして唇を捕らわれてしまった


「…だめだよ…もう…」

さっきおかあさんが飲み物を持って来た時は
気配を感じたイザークがさっと身体を離しても一人で座れたけれど…

今…来られたら…

「このままでも…いいだろう…」
「…でも…」

そりゃあ両親はもう知っているけど…
こんなふうにイザークに抱かれている姿なんか見せられない…

「玄関では、平気で抱きついてきたのにな…」
「あれは…」

会いたくて…
会いたくて…
やっと会えて…

イザークの姿が見えた途端…
何も考えずにその胸に飛び込んでいた



トクン…トクン…

「あ…」

イザークが着ているシャツの薄い生地を通して彼の鼓動が聞こえた


「やっぱり…ここが一番いいや…」
貴方の胸が…どこよりも安心できる

イザークは何も言わずにぎゅっと腕に力を込める


会ったら話そうと思っていた事…伝えたい事
たくさんあったはずなのに…

こうしてイザーク抱かれているだけで
胸がいっぱいで…

もうどうでもよくなってくる…


「おまえはいつも…甘い匂いがするな…」

当たり前のようにいつもそこにあって…
意識もせずに感じていたそれは
失って初めてその存在に気づくんだ


「イザークだって…」

そう言ってうっとりとノリコは目を閉じた

彼の匂い…
彼の鼓動…
抱きしめてくれる腕 …
触れる唇…

あたしの欲しいもの全てがここにあるんだよ




「お…」

何気に通りかかったふりをして様子をみにきた父親の目に
座ったイザークの膝の上でぐったりとしているノリコの姿がうつった


「眠ってしまった…」

イザークはそう言うとそっと彼女を抱え上げた


「母さん…」
父親が慌てて母親を呼びに行く…

やって来た母親は状況を一目で把握すると
イザークに目で促し、先を歩いて二階のノリコの部屋まで案内する

イザークはノリコをベッドにおろし布団をかけてやると
しばらくそこに立ってノリコの寝顔を見つめていた


愛おしそうに…切なそうに…
イザークの瞳が静かな光を帯びて瞬いた

このままずっと…
この腕の中に閉じ込めてしまいたい…

もう二度と離すものか…


指を唇にあてると、それをノリコの額にそっと触れさせる


やっときびすを返して部屋を出て行こうとしたイザークは
ドアの所にいた両親と目が合うと立ち止まった

「心配いらない…ノリコの眠りを邪魔するような真似はしない…」

それから自分の部屋へと戻って行った




NEXT
その後の彼方から
Topにもどる


Copyright © 2008 彼方から 幸せ通信 All rights reserved.
by 彼方から 幸せ通信