ずっと一緒

「あたしが持ってるのは
 イザークが好きって心だけ」








「お風呂でみんなに冷やかされちゃった…」
ベッドの上で膝を抱えて座ったノリコが少し照れたように言った

「…ん?」
ランプに火をつけて机の上に置いたイザークは振り返ると
相変わらずイザークの大きな服を就寝用に着ているノリコの姿が目に入って
ふっと口元を綻ばせた

「…今日、イザークが元の世界に帰せると言ってくれた時のこと…」
目線を遠くに飛ばしているのは
きっとその時のことを思い出しているのだろう
 
「ガーヤは怒っただろうな…?」
「え…」
なんで知ってるの…という様子で、ノリコはぽかんとイザークをみつめ
イザークはくすっと笑う

実際イザークがそう言ったと聞いたガーヤたちは
何を今さら言ってるんだろうね…って怒っていたんだけど…


『でも、あたしはイザークの傍にずっといる…って言ったんだ』

『えーっ、ノリコってば大胆…!』
『それで…イザークはなんて言ったの?』
『これでもうイザークも逃げられないねぇ…』

口々に囃し立てられた…
そして…

『後はもう…』
最後まで言わずにガーヤが思わせぶりに笑った


「後はもう…ってどういう意味かな…」
指を顎にあててノリコが小首をかしげる
イザークは、明日からでもおせっかいな干渉が始まる予感がして
はぁっとため息をついた



「…イザーク…」
くぐもった声が聞こえてイザークがノリコに目をやると
ノリコは立てた膝に額をつけた格好で顔を隠している

「あのさ…本当のこと言って欲しいんだけど…」
「?」
「…イザークはあたしが残って嬉しい…?」
「ノリコ…」
「帰った方が…いいのか…な…?」
声が震えている…

「なんか…あたしが一方的に…宣言した…みたいで…
 イザークの…気持ち…聞こうとしないで…」

途切れ途切れにノリコが言うのを聞いて
イザークは切ない思いに駆られる

おれの所為か…
未だにおれの態度がノリコを不安にする

イザークはノリコの横に腰をおろすとその身体を抱き寄せた

「おれは恐かったんだ…」
抱いているノリコの身体がぴくりと動くのが感じられる…

「おまえを…家族の元へ帰してやらなければ
 いけないのではないかというという気持ちが
 いつも心の片隅にあった…」

だから…

イザークは自嘲めいた表情を浮かべる

「おまえを元の世界へ帰してやれるとわかった時は
 随分光の力を恨んだな…」

ノリコの髪を優しく撫で始めた

「いっそ…黙っていようかとも思ったのだが…
 それも卑怯な気がして…」

「イザーク…」
潤んだ瞳でノリコがイザークを見上げた

「結局…おまえに決めさせてしまった」

すまなかった…とイザークはノリコに謝った


「イザークは…優し過ぎるんだよ」

いつもそう…この人は自分の気持ちを抑えて
誰かの為に…
あたしのために…
なんだかひどくそんな彼が切なくなって…

「たまには思う通りにしていいんだよ…」
あたしは心からそう思って言った…

言ったのだけど…



「…そうか…」

え…

そうつぶやいた彼の声が普段とは違う響きがあって
ノリコは何かが起こりそうな予感にとらわれた

「本当に…いいんだな…」

答えを待たずにイザークは、両手でノリコの肩をつかんだ

「きゃっ」

勢いで押し倒されたノリコに覆い被さるようにして
イザークはノリコの顔を覗き込む

イザークの髪がノリコの顔にかかって
至近距離で二人は見つめあった

「おれが恐いか…」

少し怯えた様子のノリコにイザークが訊いたが
ノリコはただ頭をふるふると横にふった

「いやなら…今のうちに言え」

イザークがそう言った途端…
きっ…とイザークを睨んで、ノリコはずるいと言った

「そうやって…いつもあたしに決めさせるんだね」

イザークはノリコの言葉を聞くと
可笑しそうに口の端を上げて笑ってから
顔を近づけノリコに口づけた


いつもの唇を重ねあわせるだけのキスではなかった
唇が強く押し付けられて思わず呻いた時に出来た隙間から
舌が侵入して思うがままにノリコの口内を翻弄する

初めての激しい口づけにノリコはすっかり身体の力が抜けてしまい
イザークの為すがままに身を任せた



いつか…

こんな時が来るんじゃないかと、ずっと…思っていた


身体中にイザークの愛撫を受けながら
羞恥に身を強張らせているノリコだったが
心の中は不思議と安らかで…



「…っ!」


今までで一番近くに彼がいる…


身体と身体を重ねあわせ
今…あたしたちはひとつになったんだ…
光の世界でお互いの魂が溶け合ったように…

もう…あたしたちの間に邪魔するものは何もない

あたしはそう信じた…





夜が開け始めているのかな…
うっすらと明るくなりかけた空が窓の外に見える

目を覚ましたノリコは
自分がイザークの腕の中にいることに気づいて少し慌てたが
彼を起こしたくなくて大人しくそのままじっとしていた

ゆうべ、彼に翻弄されていくうちに
初めて覚える感覚に身体が震えて、周りが白くはじけた

その後は覚えていない…

眠ってしまったんだろうか…
あんな時に…
呆れられたかな…


「あ…」

気がつくとイザークが目を開いていて
ノリコを見て微笑っている

なんて言っていいかわからず、赤くなったノリコは
上目遣いで彼を見る

彼は片肘を曲げて手のひらで頭を支えるとそんなノリコをみつめ返す


ああ…あたし…ゆうべこの人に…
抱かれたんだ…

その事実がノリコの身体を熱くくすぶらせた

いやだ…
あたし…変…


彼は視線をあたしの目からそらすことなく
その指をあたしの唇にあてると
そのまま耳元に滑らして静かに首筋をなぞっていく

それだけで…あの感覚がまた蘇って…

指は鎖骨を這うと胸元まで降りていって
あたしの片方の胸の輪郭をそっとたどる

彼に見つめられたままで…

知らず知らず…あたしの息が乱れてくる
身体の芯が熱く疼いてきて…

このまま放っておいたらおかしくなりそうで
彼の手を押さえようと胸元に目を落とした


「やだ…っっ」

思わず大声をあげてしまって、イザークの指の動きが止まった

「どうした…」

「だって…」

毛布がめくれて露わになった上半身に
いっぱいに散らされている紅い印…

これって…

ゆうべ彼に身体中をキスされた、その跡…?
…じゃあ…ここだけでなくて…
背中も…お尻も…脚も…?

「…どうしよう…」
「いやなのか…」

ノリコの様子に、少し傷ついたような顔をイザークがするが
それに構わず…

「今晩…お風呂入れないよ…」

地下の共同風呂はひとつしかなく、いろんな人が利用している
一人で入ることなど叶うことなく
いつもガーヤおばさんたちと一緒に入浴していた


イザークがぷっと吹き出した

「…もう!イザークの所為なのに…!」


「今晩からは…おれと一緒に入れ」
「え…」

イザークは半身を起こして真っ赤になったノリコの身体に覆い被さると
耳元に熱い息と一緒に囁いた

「…これからは…ずっと…おれと…」

それをもっと確かなものにするかのように
また…ノリコの身体に印を結んでいく



イザークったら…急に強引になって
あたしが…あんなこと言ったせい…?


戸惑いながらも…嬉しさがこみ上げて…
ノリコは…彼の求めるがままに身体を委ねた




「イザーク…待って…」

すたすたと先を歩くイザークの腕をノリコは慌ててつかもうとする

今朝は皆さん、中庭にお集りですよ…
町の人が教えてくれた


エンナマルナの城壁に設えたその一角は
ノリコやイザークのような外部からの滞在者用の宿舎になっている

「ノリコ…」
イザークはノリコの伸ばされた手を逆に握ってまた歩き出したが…

「あ…あたし…」
「…?」

「やっぱり…恥ずかしいよ」

ノリコはきゅーっと目をつぶると足を止めたので
イザークも立ち止まって怪訝そうな顔でノリコを見る

「きっと…みんなにわかっちゃうよね…」
あたし…すぐ表情とか態度に出ちゃうし…

「…き…昨日とはなんか…違うな…って」

ノリコが何を言っているのかわかったイザークは
俯いているノリコの顔を上げさせると唇にトンとキスをした

「イ…イザークったら…」
慌てたノリコは、誰か見ていないか周りを見渡す

「確かに…」
そんなノリコに真顔でイザークが言った

「ノリコは…昨日よりずっときれいになった…」

「え…」

ノリコは手を握っているイザークを見上げる
顔がかぁっと熱くなった

くっと可笑しそうに表情を崩したイザークは
ノリコの手を引くと歩き出した

「おれはそんなノリコをみんなに自慢したいんだ…」


「やだっ…いやだってば…」

ノリコの嘆願は聞き入られなかった…




「ノリコ…こっちこっち…」

二人の姿に気づいたアニタとロッテニーナが声をかけた

その中庭は城壁の部分が大きくくり抜かれて
日光がさんさんと降り注いでいる
砂漠の町には珍しい青々とした蔓草が辺りを覆っている

ここへやって来た客人たちをもてなそうとする
町の人々の心遣いが感じられる…そんな一角だった


「気持ちいいお天気だから…朝ご飯は外で食べようって…」

呼ばれてイザークから離れたノリコが
トコトコと彼女たちの所へ行った

グローシアもいて、女の子同士のおしゃべりが始まった

「ゆうべは…イザーク優しかったでしょう?」
「え…」
いきなりそんなことを言われてノリコはまた赤くなる

「えー、なに…?」
昨夜、一緒にお風呂に入らなかったグローシアが不思議そうに訊いた

「だって…ねえ、ノリコったら…」
うふっとアニタが含み笑いして、ノリコを横目で見た

「家族よりもイザークを選んだわけだし…
 イザークだって最高に嬉しかったんじゃない…?」
ロッテニーナは両手をあわせて夢見る乙女のポーズをとった

「…て言うことは…」
頭の回転が速いグローシアは
すぐに二人の話を総合して結論を導き出したらしく…

「ノリコ…」
三人から意味有りげな視線を投げかけられたノリコは困って
イザークの方を振り返った

イザークはアゴルやバラゴと何か話しながらこっちを見ていた

目と目が合って…

イザークが優しく微笑っているのが嬉しくて…
ノリコも笑顔を返す



あれっ…

周りが白く輝いた
イザークの顔が急に恐いくらい強張って…

「ノリコ…!」

彼が叫ぶ声を聞いたのを最後に意識がとんだ




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